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1月18日(月)

胃の内視鏡検査を受けた。

かねてより慢性胃炎と逆流性胃炎の症状が見られるということで、年に一回の経過観察をするとなっている。

昨年にピロリ菌の除去を済ませているので、ガンや潰瘍のリスクは極めて低いとは思うが、念のために確認をしておくほうが安心だ。

この手の検査で辛いのは、朝食抜きという条件が課せられる点である。

厳密に言えば、主食のほうは我慢できても、コーヒーやココア、牛乳など、毎朝のオヤクソクで飲んでいる嗜好品に待ったがかかるのは、思いのほか重圧であった。

特に寒い季節、温かい飲みものは心身ともに暖をとれるから、私には貴重品だ。

昨年の1月にも同じクリニックで内視鏡検査を受けたのだが、そのときは、さほどコーヒーやココア抜きが辛かった記憶はない。

もしかしたら、わりと暖冬であったからかもしれないが。

ほかの人はいざ知らず、私の体は、寒ければ寒いほど甘いものを摂取したくなるメカニズムになっているのかもしれない。

よりによって、予約をとった時間は、朝の10時半からの検査である。

朝の9時からというのであれば、1時間半も前倒しになるので、その分だけは助かるのだが、いまさら何ともできない。

不思議なことに、クリニックの中に入ってしまえば、緊張感が漂っているからか、嗜好品を禁じられたフラストレーションも忘れてしてしまう。

胃の中を内視鏡で診察するのは長くても15分だというが、検査の準備には手間が相当にかかってくる。

まずは喉の麻酔であり、さらに、私の場合、普通の状態で内視鏡を口から飲み込むと阿鼻叫喚の地獄を味わうことになるので、鎮静剤を点滴してもらっている。

鎮静剤で眠っている間は何の苦痛も感じないまま、検査を受けられるから極楽だ。

さらに血圧測定のためのセットも行い、ようやく準備が整う。

この点滴が始まるといつの間にか眠れる森の美女状態になり、ナースさんから声をかけられて、初めてすべて完了したことを知った。

検査終了後、約30分で声をかかるスケジュールンになっているらしい。

睡眠不足の日々が続いていたので、気もちの良い眠りを満喫することができたと思う。

その後、医師からのご説明をいただいた。

結論は、
「ガンや潰瘍などの懸念はありません。
 慢性胃炎と逆流性食道炎は、昨年とほぼ同じぐらいの症状です。」
ということであった。

喜んでいいのか、期待はずれというべきか、中途半端な思いである。

胃の症状よりも、嗜好品を我慢できない幼児性のほうこそ、治療が急がれるべきかもしれない(汗)。

マンションに帰ってすぐに飲んだインスタントコーヒーは、この上なく美味であった。



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寝ていて受けられる検査は何の苦労もない

 
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1月17日(日)

年賀はがきの当せん番号が発表された。

くじ運からは見放されている私ではあるが、年に一度のお祭りとして、ひそかに楽しみにしている。

もとより一等の現金30万円なんて私には現実味のない話であり、賞品がお目当てではなく、一種の運だめしのつもりで遊んでいるのである。

何年か前から「現金」が商品に加わり、お年玉つき年賀はがきも大人の世界のものとなってしまった。

少しばかりギャンブルの色がついてきたような気がする。

小学生も一緒に、なって、家族で楽しめるゲームではなくなったのが残念だ。

ちなみに、一等の30万円に対しては、人によっては課税されることもある。

クジや懸賞の賞品に該当するので一時所得の扱いとなり、ほかに、たとえば競馬や競輪の払戻金、ふるさと納税の返礼品、Go To トラベルやイートの国からの支援金などと合算したとき、もし50万円を超えた場合に申告しなければならない。

年賀はがきで30万円が当たっただけであれば課税対象にならないが、もしGo To を多用した人なら、合計すれば一時所得が50万円を超えてしまう可能性は高くなる。

そうなれば、申告の義務が出てくる。

高額の賞品は注目度を高めるには効果的だが、納税という生臭い話と無縁ではいられない。

なお、会社名で送られてきた年賀状で、宛名が自分の氏名になっている場合、もし賞品が当たっていてもそれは会社の権利になるらしい。

これが切手シートであれば、実際には問題にはならないだろうが、30万円の賞金となれば、個人が自分のものにしてしまうと、横領か窃盗かの犯罪になってしまう。

年賀状1枚で人生を棒に振ってしまうなんて、笑うに笑えない話だ。



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切手シートが2枚当たっていた

 
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1月16日(土)

以前から探していた「窓ガラス用の断熱シート」が100均で売られていたので、買ってきた。

早速、部屋の窓ガラスに貼りつけた。

寒さから身を守るために、可能なことは何でも試していきたい。

シートの取り付けの仕方は簡単。

両面テープをシートの端部を囲むように貼っておいて、それをガラスに接着させるというだけである。

断熱シートは、俗に「プチプチ」と呼ばれているアレである。

なんでも、「プチプチ」が正式の商標名だというから意外だ。

要は、モノを包むときに衝撃を受けても大丈夫なようにガードするシートなのだが、泡の中の空気が断熱作用をもたらすところから、それが思わぬところで役に立つのである。

ただ、不器用な私がやる作業だけに、効果が得られるのかどうかは何とも言えない。

90センチ平米の窓ガラスが2枚並んでいて、当然、その2枚ともシートを貼った。

サイズを測ったりしていると、結局、1時間近くはかかったと思う。

ただ、ガラス面はしっかりと拭いたつもりなのであったが、時間が経つと、水分が回ってきたのか、一部では両面テープがはずれかかってきている。

これでは先が思いやられる(涙)。

明日はさらに冷え込むとの予報なので、今日の作業結果を検証するにはもってこいかもしれない。

そもそも、日本の家というのは、古くから夏の暑さへのケアはなされてきていたが、冬の寒さに対しては無頓着であったフシがある。

日本の古典中の古典ともいうべき『徒然草』の中に、
「家の作りやうは、夏をむねとすべし」
の一節がある。

このフレーズは、その後の日本人の家屋建築の基本的な心構えを決定づけたのではないだろうか。

「寒いのは何とかなるが、暑いのは不快でたまらない」と不平を口にする人は、特に夏場になると少なからず出てくる。

兼好法師に感化されたのだろうか。



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材料代200円の断熱工事であった

 
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1月15日(金)

年が明けたと思っていたら、いつの間にか小正月になっていた。

いまや「小正月(こしょうがつ)」という言葉そのものも耳慣れなくなってきたが、関西では今日1月15日までが松の内とされている。

もっとも、実際には関東と同じで1月7日が過ぎれば新年は終わりで、「明けましておめでとうございます」の挨拶もほとんどしない。

関西というか、私の居住地域近辺で、いまなお残っている小正月の慣習としては、門松や注連飾りをはずすぐらいのものではないか。

つい何年か前までは、神社や地域の空き地などでどんど焼きをしていたものだが、昨今は環境問題が厳しくなってきて、それもほぼ皆無である。

だから、一部の神社に納めに行くことで、「処分」をする家庭が多いと思う。

ただ、神社にしても、ひと昔前であれば、境内でどんど焼きをしていたのだが、いまやそれもできない。

どうするかというと、私が住んでいた住居の氏神様の神社では、いきなり清掃会社に頼んで引き取ってもらっている。

それを知ってしまうと、一般家庭でもありがたみが消えてしまうので、「それならウチも燃えるごみの収集日に出そう」となる。

どんど焼きの姿も見られなくなったが、あわせて鏡開きをする家も減ってきたのではないか。

手間の問題もさることながら、今ではホンモノのお餅ではなく、イミテーションを使っているケースが多いので、鏡開きのやりようがないのである。

私が小学生の上の学年のころまでは、たしか家で鏡餅を飾っておいて、小正月にカビを落としながら切って、ぜんざいで食べたことを覚えている。

少なくとも50年以上は以前の記憶であり、セピアカラーに染まった世界の出来事であった。

今日、スーパーに行くと、たまたまインスタントのぜんざいが目にとまったので、往時の思い出をよみがえらせたいと思い、買ってみた。

ぜんざいを食べるのも何年ぶりかのことである。

申し分のないほど美味であったのは確かだが、「糖分50%カット」を謳っていたものの、口にしてみると相当に甘かった。

60年前の思い出の中には、こんな甘いぜんざいなんてなかった(汗)。



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お餅が入ってないと殺風景に感じる

 
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1月14日(木)

某大手ファミレスの社長が、決算発表の記者会見の場で、政府高官の発言にかみついたというニュースが波紋を広げている。

「たとえランチであっても感染リスクは高い」と注意に及んだのを取り上げ、
「ふざけんなよ」
と一刀両断に斬り捨てたものである。

社長に言わせれば、
「ウチは大手ということで協力金ももらっていないのにかかわず、午後8時までの時短にはすでに協力している。
 これ以上、何を求めるのか。」
と憤懣やるかたなし、といったところだろう。

ただ、感情面では共感できるものの、公的な場での発言として
「ふざけんなよ」
はいただけない。

しかも、ファミレスというのは夢を演出する仕事である。

安い値段でイタリア料理を食べることができるのは、一般大衆にはうれしい話である。

そんな舞台を率いる会社の社長が口にしていい言葉ではない。

もっとも、実際の発言の様子を動画で見ると、マスクをしているので明瞭ではないが、少しばかり笑顔もうかがえるようで、まわりが凍り付くような険悪さは感じられなかったが。

ただ、言葉というのは、得てして独り歩きするものである。

その店のことが頭に浮かんだとき、「ふざけんなよ」が反射的に出てくるようであれば、お店のイメージには拭いきれない汚れがつく。

実は、私はそのお店がお気に入りなのである。

この何年かは足を運んでいないが、会社勤務の頃、まだパソコンというか活字を入力する機械が普及していなかった時代、文書を作るときにはしばしば行ったものである。

ノートにボールペンで原稿を書いていくという荒っぽいやり方であったが、ある程度まとまった時点で家に持ち帰り、ゆっくりと清書をしたものである。

パソコンやスマホの発達した現代では想像もつかないが、そんな非生産的なことをやっていたのだ。

その作業の場として、よくこのお店を使わせてもらっていた。

仕事であることが店員さんには露見していても、イヤな顔一つされたことはない。

私の心の中の光景では、そのお店は、安くておいしいイタリヤ料理が気持ちよく食べられる、と美しくバラ色に輝いていた。

なのに、あの社長の一言で、すべて消え去ってしまった。

社長が心の底から行政に怒りを感じているのであれば、時短には応じずに、自店の営業時間どおりに運営していれば良かったと思う。

「自粛」を求められているだけなのだから強制力はない。

従わなくても、法律で罰せられることはない。

行政からはにらまれても、来店客へのサービスを淡々と提供し続けていれば、それはそれで筋を通していることになる。

それにしても「言わぬが花」の一言であった。



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焼き立てのパンは口福そのものであった

 
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声なき声

Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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