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3月16日(月)

障碍者施設での大量殺傷事件の実行犯に、死刑判決が下された。

本人みずからが「自分には責任能力がある」と認めていて、自分を擁護する弁護士の主張をも否定しているのだから、死刑は極めて妥当な判決であったと思う。

死刑反対論の根拠の一つに「もし冤罪であったとしたら取り返しのつかないことになる」というのがあるが、この被告人の場合はそれもあり得ない。

19人もの人間を殺したのだから、「永山基準」も完全に満たしている。

だから、おそらくは本人にも納得の行く結末であったとも言える。

障碍者を介護する仕事というのは想像を超えた苛烈さがあることは、私にも推測がつく。

事実、同じ仕事に携わっている人のネットでの投稿を読んだことがあるが、時には、理由もなく暴言を吐かれたり暴力を振るわれたりすることも覚悟しなければならない、という。

そんな環境のもとで、いつしか障碍者への攻撃心を募らせていったという経緯もあったかもしれない。

とはいえ、そのことが被告人の鬼畜にもとる行為を正当化することにつながらないのは、当然のことだ。

そういった意味でも、死刑という形で社会から抹殺することでもって、少なくともこの被告人による同種の犯罪が起こる可能性はゼロになる。

それはそれで一つの安心材料になると私は考えているのだが、どうなんだろうか。

私が腑に落ちないのは、障害を持った人たちへの差別心をあからさまにしながらも、謝罪の言葉を口にしている点である。

明らかに矛盾しているではないか。

極刑を免れるためのリップサービスとしての謝罪でもないと思う。

何かしら理由があるはずだ。

しかし、被害者の家族には、「反省や謝罪の姿勢は一度も見えなかった」という。

やはり口先だけの「おわび」であったのか。

不敵に笑っている顔写真を見たことがあるが、今日の判決をどんな思いで受け止めたのだろうか。

 
20 : 20 : 00 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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コメント
気が重くなる犯罪でしたね。正常な時も差別的な思想が判断基準の根幹をなしているという異質な思考の持ち主、ということで変に責任能力がなかったと主張する弁護側の意見が取られずに判断されたことはよかったのだろうと思いますが、別の人間による次の犯罪に繋がらないようにするためにはどうしたらよいのか、、、。
by: TORU * 2020/03/16 21:04 * URL [ 編集] | page top↑
TORUさんへ
この犯罪を実行した人間は、一種の確信犯と言うべきでしょう。
普通の日本社会では根本的に受け入れられない価値観に固まっていたようです。
どれだけ熱心にカウンセリングをしたところで、まず考え方が変わることはないでしょう。
判決以外の選択肢はなかったと思います。
by: 声なき声 * 2020/03/16 21:10 * URL [ 編集] | page top↑
こんばんは♪

妥当な判決だと思いますが、
この被告人も普通の思考ができない一種の障碍者かもしれません。
ですが、罪を犯していいことにはなりません。
by: きっちゃん♪ * 2020/03/16 22:16 * URL [ 編集] | page top↑
きっちゃん♪へ
おはようございます。
 
私の勝手な妄想ですが、この被告人であれば、今回の事件を起こしていなくても何らかの非合法な形で自分の主張を実行していたことと想像しています。
おっしゃるように、「一種の障碍者」であると思います。
もちろんこのことが免罪符になるわけではありませんが。
by: 声なき声 * 2020/03/17 03:10 * URL [ 編集] | page top↑
おはようございます
この問題は、簡単に論じる事の出来ない問題だと思って居ます。
特に 何も問題なく生活している人には分かり得ない事ですから。
月曜日に放送された
ドキュメント「19人を殺した君と思い障がいのある私の対話」
https://kakaku.com/tv/channel=4/programID=4003/episodeID=1347306/
それを見て 益々 私の考えは、まとまりが無くなりました。
深い 深い問題を含んでいる出来事だと感じるからです。

死刑については 
この世に生を受けたからには どんな人間でも
大切にされるべきだと思いますが、
今回のように 殺人が明らかであった場合は
自分の身を持って償う事は仕方ないと思って居ます。
お金と人の生を同じに考えるのは
少し違うと思いながら 
横領した人は弁済しなければならないのですから。

罪を悔いながら 一生生きるのも 一つの方法だとも思います。
この人が 一生かかって悔いる考え方心境になるのかは分かりませんけど、
少なくとも この施設に勤務しようと思う以前は
障碍者の為に生きたいと思って居たのでしょうから
その頃の考え方に戻る可能性もあるかも知れません。

精神障害者の娘を何十年と物置に閉じ込めた親が居ましたが
誰のせいでもなく そのような家族を持った事を隠し 
恥だと思わなければならないほど
今の世の中は「普通」が重んじられていると感じます。

不敵な笑いやら 謝罪の言葉やら
本人にしか分からない思考の結果でしょう
それを解明しようと思っても無理な事だと思います。
by: ヨンヨン * 2020/03/17 05:16 * URL [ 編集] | page top↑
ヨンヨンさんへ
おはようございます。
 
今回の事件そのものが軽々に議論される筋合いのものではないと、私も考えています。
ただ、「盗人にも三分の理」ではありませんが、どんな犯行であっても実行する側には理屈というものがあります。
突き詰めれば身勝手な独りよがりの主張に過ぎないのですが、昨今はそんなわがままにも耳を傾けなければならないという風潮が強いです。
「人権」なんだそうですが、私はそれは時間のムダに過ぎないように思えてなりません。
私の意識が低いからなのでしょうか。
 
死刑廃止論を叫ぶ声というのは、大きくなったり小さくなったりするようです。
今回のような事件があると、何もなかったかのように、死刑廃止論は聞かれなくなります。
本来なら、正当な理由もなく他人の生命を奪った場合は、原則的には自分の命をもって罪をあがなう、というのが筋道だと思います。
「横領した人は弁済しなければならない」ということと発想は同じで、それが責任の果たし方ではないでしょうか。
ただ事件の背後にはさまざまな事情というものがありますので、死刑適用の例外は認められるべきです。
「罪を悔いながら」生きていくというのが本当に可能であれば理
に想的ですが、それを立証する方法はありません。
本件に関しては、ほぼ絶対に本人の改悛の情が明らかになることはないと見ています。
 
この判決で、非業の死を余儀なくされたに19人のかたの御霊が多少なりとも安らかになったものと、私には思えてなりません。
by: 声なき声 * 2020/03/17 05:43 * URL [ 編集] | page top↑
こういう衝動で行動するひとの思考って理解不能なんだよなあ。デメリットしかないのになぜ?って感じ。
遺族の怒りを思えば死刑しかないというか。
by: てかと * 2020/03/17 13:46 * URL [ 編集] | page top↑
てかとさんへ
ほとんどの人は、彼の行動や主張を理解できないでしょう。
日本では私的な復讐は禁止されています。
この事件では、かわりに国家が断罪の鉄槌を打ち下ろしてくれることとなります。
これはこれで合理的な処置だと、私は考えています。
by: 声なき声 * 2020/03/17 15:35 * URL [ 編集] | page top↑

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昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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