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12月5日(木)

喪中につき・・・という年賀欠礼はがきを受け取った。

今年は昨日までは1枚しか送られてこなかったので、これで2枚になった。

おそらく、時期的に考えてもこれが最後の年賀欠礼はがきだろうと思う。

例年に比べれば異様に少ないように感じる。

もちろん、このほうが望ましいのであるが。

さて、前にも記事にしたかもしれないが、そもそも喪中の考え方が現代にはなじまないのではないかと思えてならない。

ご不幸のあった家では新春を迎えてもお祝いをしてはならないなんて、何にも合理的な根拠はない。

松飾りや年賀状、年始参りもしないということとと、喪に服することとは関係がないのではないか。

昔はご不幸があったら、家族は1年間の服喪期間があって、その間は結婚式が決まっていても先に延ばし、外出すら控えていた人もいたらしい。

しかし、多忙な現代では通用しないしきたりである。

今は、たとえば喪中であっても勤務先の関係者には年始の挨拶もし、新年行事にも参加している人が増えてきたという。

いわば、親族の不孝は「私」の領域のことであり、職場は「公」のものだからというので区別しているのだろう。

私がそれが自然なありようだ。

さらに言えば、四十九日が明ければ服喪期間は終わったと判断していいと思う。

来年の正月まで束縛するのは意味のないことだ。

あくまでも妄想の世界での話であるが、故人にしても子孫を拘束するようなふるまいは望んでいないはず。

とはいえ、いまだに社会的な常識としてはお正月もつつましくすることが求められているから、露骨にそれに逆行する言動はできない。

無意味な慣習が徐々に消えていくことを心の奥底で願うだけが、無力な私にできる最大のレジスタンスである。


20191205.png
返礼としての寒中見舞いは書いたことがない
20 : 20 : 30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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コメント
こんばんは♪

今年は3枚でした。
多い時は5枚です。
喪中の考え方はたしかにいろいろあります。
たとえば奥さんの親が亡くなった場合、
旦那さんは喪中かどうかということです。
by: きっちゃん♪ * 2019/12/05 21:27 * URL [ 編集] | page top↑
きっちゃん♪へ
おはようございます。
 
過去で多かったときは10枚を超えて受け取っていたことがありました。
それを思うと、2枚は少な過ぎるような気がしないではありません。
 
喪中の範囲をどこまでにするかというのは、人によって基準が違います。
例示されているように、義理の親の場合、喪中とはしていないケースも多いです。
生前のかかわりの深さによって、変わってくるのかもしれません。
by: 声なき声 * 2019/12/06 04:06 * URL [ 編集] | page top↑
おはようございます
今年は、異常気象のせいか 年賀欠礼の葉書が
今 現在で1枚しか届いていません。
異常気象は 関係ないと思いますが、良い事です(^^♪

喪中については、
最も身近な人の不幸は、喪に服したいほどの
悲しみと 嘆きだと思いますが、
遠く離れて生活していた夫の親などは
それほどの思いもない場合もあります。

昔は大家族で 祖父母や親 義兄弟との同居も
珍しくありませんでしたので、
家族の中に不幸があった場合は、
1年の喪に服すことも 普通だったと思いますが
現在は、そこまでする必要はないように感じます。

日頃 話の中に登場もしないお友達の
ご主人のお父様が亡くなられて
喪中の葉書を受け取っても実感も沸きませんし
そうなの?そんな感じです(+_+)

今の若者は、そんな昔からの慣習などどこ吹く風と 
お正月も遊び歩いていますね。
多分 親が亡くなっても そうなのではないかと思います。
家族の関係が薄くなってると思えてしまいます。
by: - * 2019/12/06 04:59 * URL [ 編集] | page top↑
ヨンヨンさんへ
おはようございます。
 
おっと、ヨンヨンさんところも喪中のお葉書は1枚だけですか。
なるほど、比較的温かい日が多いとお亡くなりになる人も少ないのかもしれません。
暑さと寒さのピークのときに死亡者の比率が高くなる、と聞いたことがあります。
 
故人との生前の親密度という点では、合点の行くものがあります。
私の父方の祖母とは地理的に離れているところからほとんど接触がありませんでしたので、亡くなったときも葬儀には参列しませんでした。
私の祖父母は早くに亡くなっていたいたケースが多く、いわば面識のある唯一の祖父母であったのですが。
葬儀には父は当然まいりましたが、母も行かなかった記憶があります。
私も喪中としての対処はしなかったものです。
だからといって、決して亡くなった祖母に冷淡だとは考えておりません。
 
私自身の死後の「もしも」を考えてみて、逆に子供や孫たちが私の死を嘆き悲しんでいる場面を想像すると、私の胸が締め付けられるような気がいたします。
それよりも、私がいなくても子孫たちが仲良く楽しく暮らしている光景を想像するほうが、私には充足感があります。
それは家族関係の希薄化というものではないと思っています。
by: 声なき声 * 2019/12/06 05:24 * URL [ 編集] | page top↑
喪中欠礼
こんにちは。

喪中欠礼を頂いた方には
必ず寒中見舞いを出し、
今年が明るい良い年になりますように、と添え書きしてお出ししています。
by: パープル * 2019/12/06 13:06 * URL [ 編集] | page top↑
パープルさんへ
はい、そうするのが礼儀だと思います。
昨年は私自身が喪中でしたので、欠礼葉書を出したところ、おひとかただけですが、寒中見舞いをいただけました。
お気持ちが伝わってきて、心に触れるものを感じたのを思い出しています。
来春からは私も行います。
by: 声なき声 * 2019/12/06 13:14 * URL [ 編集] | page top↑
年賀状にしろ喪中の挨拶状にしろ、その慣習をやりたいなら別に止めないというか。
姻戚関係、親類縁者に年始挨拶をしないといけないけど、遠いしだるいし年賀状で勘弁してくれ、みたいなやつがいたら出そうかな、ってくらい。今は紙にこだわる必要もないしメールでもメッセンジャーでもいいし。気持ちの問題ですかね。
by: てかと * 2019/12/06 18:20 * URL [ 編集] | page top↑
てかとさんへ
親戚との関係は、私の死後もずっと続いてきます。
それがありますので、自分の都合だけでは判断できない難しさがあるのです。
年齢的にIT関連は全く知らない人も多いですから、昔ながらの葉書でしかコミュニケーションができないのが痛い点です。
by: 声なき声 * 2019/12/06 18:26 * URL [ 編集] | page top↑

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昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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