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11月10日(日)

初孫の七五三を祝った。

お天気にも恵まれ、さらには天皇陛下ご即位のパレードが行われるというよき日に偶然に重なって、お祝いの日としてはこれ以上望むことができないようなベストな一日であった。

ただ、娘の旦那の実家のある地域の神社に詣でるので、少し遠隔地まで足を伸ばさなければならない。

行く途中で、面白い体験をさせてもらった。

まずは、クルマ椅子の高齢女性を介護する40代半ばの女性の姿を見かけたのである。

乗車のときも降車のときも、たまたま私と同じ駅であったので、自然と姿が目に入ってきた。

違和感を覚えたのは、介護している側の女性が、電車に乗ってきたとき、席を譲ってくれた人に、全く何の言葉もかけずに平気で座席に座ったこと。

そして、電車を降りるときも、段差がなくなるように傾斜のついた板を持ってきてくれた駅員さんに、やはりお礼の一言もなくそのまま降りていったこと。

それぞれの場面を目にして、権利として認められていることであっても、実際に手を煩わせている人に対する接し方ではないだろうと感じた。

せめて「ありがとう」の一言はあってしかるべきではないか。

大げさに言えば、これも現代人のモラルが地に堕ちたことのあらわれだと思う。

そんな釈然としない思いを抱きながら、向かうべき神社の場所を教えてもらおうとプラットホームにいる駅員さんに尋ねたら、ご存じない、という。

頭を下げながら「改札口で尋ねていただけませんか」といかにも気の毒そうな表情を前面に出して、私に詫びる。

仕方なく、改札口に行ったら、そのときの駅員さんがいて、若い人に何やら指示を出している。

まさかその神社のことではなかろうと思っていたが、なんと、若い駅員さんが地図を持ってきて、そこへの行き方を丁寧に教えてくれるのである。

本来、鉄道会社として行うべき任務の範囲を超えているのだが、その親切さがとてつもなくうれしく感じられた。

とりわけ、不快な場面に遭遇しただけに、心温まる対応をしていただいたとあって、瞬時に、喜ばしい感情に満たされてきたのだ。

ほんの一言や気づかいというものが、ここまで他人の気持ちを和ませることに、あらためて気づかされた。

同時に、他人の親切を受けたときには、その人の顔を見ながらお礼を言うという当たり前のことを実行しなければならないと痛感した。

孫の七五三の日に、貴重な経験をさせてもらったと感謝している。


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こんなに和服の似合う女性は地球上には他にいない(汗)
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コメント
お孫さんの七五三のお祝い、おめでとうございます。
たしかに~(こんなに和服の似合う女性は地球上には他にいない)ですよね。

このお孫さんが、二十歳の姿の時も、花嫁さんの姿の時も、、そう思われることでしょう。(笑)
by: アイハート * 2019/11/10 20:46 * URL [ 編集] | page top↑
親ばかじゃなくて、孫バカ?
・・・何て言うのでしょうか?^^;
良いですネ。
by: nekochan59 * 2019/11/10 20:48 * URL [ 編集] | page top↑
こんばんは♪


孫娘さんの七五三、
おめでとうございます♡

そうですよね~
当たり前のことでも心配りはとても大事です。
by: きっちゃん♪ * 2019/11/10 21:05 * URL [ 編集] | page top↑
アイハートさんへ
ありがとうございます。
 
実は、娘の嫁ぎ先のお母さんとも話をしていて、冗談で、
「この子が結婚する姿を見るまでは絶対に死なない」
とおっしゃっていました。
そのときは一笑に付したのですが、内心は、私も全く同じだと自分に言い聞かせました。
孫娘の晴れ姿を見ることが、仕事からも手を引いた私にとって、最大の生きがいなのかもしれません。
by: 声なき声 * 2019/11/10 21:07 * URL [ 編集] | page top↑
nekochan59さんへ
はい、孫バカです。
どのように言われても、弁解も反論もいたしません。
孫というのは、祖父から見ればいとおしくてならないのです。
健康に育ち、いずれは恋愛もして、良き伴侶に巡り会ってもらいたいと念じております。
by: 声なき声 * 2019/11/10 21:11 * URL [ 編集] | page top↑
きっちゃん♪へ
ありがとうございます。
 
言葉を出さなくても、せめて少しでも頭を下げるとか、笑顔を見せるとか、感謝の気持ちをあらわしてほしかったと思っています。
これは、同じ空間に住む人間としてのモラルではないでしょうか。
by: 声なき声 * 2019/11/10 21:14 * URL [ 編集] | page top↑
お孫さんの753のお祝いの日に 嫌な光景見てしまいましたネ。その後の事は 余計に嬉しく感じられたのでしょう。アルバイト先のカインズには いろいろなお客様が見え、私達の仕事に「ありがとう」と一言声掛けていただける方、無言で帰られる方といろいろです。レジの若い女性に、クレーム。怒鳴りつけて「責任者いないのか」大声で。一番手に負えないお客さんです。私が店長でしたら 丁重に謝罪し 「今後の来店はご遠慮ください」位言いますが・・・こういう年寄り 嫌ですネー。大昔韓国ソウル訪れた時 地下鉄 バス に乗ると若者がすっと立ち上がり、席を譲つてくれました。旅行者で大きな荷物持っていたせいでしょうか。子どもさん連れの方が乗車すると、すぐに若者が席立ち 譲ります。日本では目にしない光景に驚きました。日韓の関係が良好な頃でした。現在は分かりません。
by: kitchenplaza * 2019/11/10 23:29 * URL [ 編集] | page top↑
温まる話をありがとうございました
駅員さん、素晴らしいですね。

若い駅員さんもそうやって成長するんでしょうね。
by: taka(みちのく) * 2019/11/11 04:01 * URL [ 編集] | page top↑
kitchenplazaさんへ
はい、おっしゃるとおり不快な場面を目撃した直後の親切でしたので、一層、身に染みたのだと思います。
義務としてすべきことの範囲を超えてのサービスですから、それだけに価値あるものだと感じました。
 
暴走老人の話はいろいろなところで耳にします。
私も、一度だけ、スーパーで大声で怒鳴っている高齢者を見かけたことがあります。
家族はどんな人なのだろうと、余計なことを考えてしまいました。
 
韓国はそもそもが儒教の国だと聞いてます。
長幼の序が厳しく教えられているそうです。
今も、おそらくは老人や年長者に対しては敬意を払うように徹底されていることと推測します。
ただし、相手が日本人だとわかれば態度は変わるかもしれませんが(汗)。
by: 声なき声 * 2019/11/11 04:56 * URL [ 編集] | page top↑
taka(みちのく)さんへ
たぶん鉄道会社の方針として、徹底されているのだと思います。
事故を起こさずに、時間どおりに運行させるのはもちろん、細かい部分でも乗客に親切にするように指導されているのだと感じました。
気持ちよかったことは言うまでもありません。
いまだにその爽快感は残っています。
by: 声なき声 * 2019/11/11 04:59 * URL [ 編集] | page top↑
おはようございます
七五三のお参りの日
お天気も パレードも後押ししてくれましたね。
大安でしたし、お孫さんの今後を象徴するような善き日で良かったです。

孫バカ 結構!結構!
私もそうですから(笑)
100日目のお宮参りの日に
Yさんのお母さんと「家の子が一番可愛い」と
笑い合ったものです。
まだ、どんな顔になるかも分からないような時期に・・(笑)

こんな日に少し残念な光景を見てしまいましたね。
最近は 年齢によらず、当然の事が出来ない人が
増えているように思います。
40代と言えば 私達の子供くらいの年齢ですね。
躾はしっかり出来ているような年代ですが
嘆かわしい時代になりました。

それに比べて駅員さんの対応は
喜ばしい事でした。
本来は そこまでする必要はないですが
それが日本人が得意とする思いやりの心だと思います。
by: ヨンヨン * 2019/11/11 05:12 * URL [ 編集] | page top↑
ヨンヨンさんへ
おはようございます。
 
おあつらえの小春日和で、外を歩いていても心地よさが感じられる日でした。
七五三にはうってつけであったと思っています。 
 
基本的には、すべての祖父母は”孫バカ”だと思います。
街の中を歩いている小さな子供を見ても、少なくとも私の評価基準の中では、自分の孫ほど可愛い子はいないと、固く信じているのがジジとババです(汗)。
 
降りる駅のところでは、駅員さんが降車位置にスロープの板を持って待機していました。
それだけ手を煩わせているのですから、最低限のお礼の言葉を内にするのが常識ではないでしょうか。
標準の日本人であれば、おそらく教えられなくても、軽く頭を下げて「ありがとう」の言葉ぐらいはかけていたはずです。
「嘆かわしい」時代です。
 
その駅員さんの親切には頭が下がりますし、そういったサービスを徹底させている西日本JRという鉄道会社にも敬意を表したいものです。
日本語の「思いやり」を形にしているのは、高く評価されるべきです。
by: 声なき声 * 2019/11/11 05:25 * URL [ 編集] | page top↑
お孫さんの晴れ姿可愛らしいですね♪
声なき声さんの微笑ましいお顔が想像できます。

一方で、お礼の一言も言えない人が世にはたくさんいるという話は寂しい限りです。
日本ほどではありませんが、ここオーストラリアでもたまに見かけます。
結局その人がどんな人生を送っているのかによるのでしょうね…
by: Noah * 2019/11/11 08:23 * URL [ 編集] | page top↑
こんにちは
七五三おめでとうございますv-300
仕事をしていた頃「私は障がい者だから○○してもらって当然だ!!」とクレームを言ってくる人がいました。
勿論、障害をお持ちだからといって特別扱いはしませんでしたが、こういう方は日々どこでも“やってもらって当然”という意識で生活しているのだと思います。
殆どの障害をお持ちの方は周囲に感謝しながら生活をされているのに、ブログにあるような勘違い者の愚行によって他の皆さんに厳しい目が注がれることになったらお気の毒です。
by: 窓辺 夢 * 2019/11/11 09:20 * URL [ 編集] | page top↑
Noahさんへ
孫娘の姿を見ていると、ただそれだけで頬が緩んできます。
理屈抜きに可愛く思っています。
 
親切をされてもお礼を言わないのは、日本だけの現象ではないのですね。
妙な言い方ですが、心のどこかで安心したという感覚もあります。
 
”マナー”というレベルの問題ではなく、その人の”価値観”がどんなものか、好奇心をそそられます。
本当に、彼女がどんな生き方をしてきたのかが大きなポイントだと思います。
by: 声なき声 * 2019/11/11 09:28 * URL [ 編集] | page top↑
窓辺 夢さんへ
こんにちは。
 
ありがとうございます。
 
自分が特別な待遇を受けて当然だと考えていて、それを口に出して宣言している人もいます。
社会的に活躍している人や、一部のハンディを抱えている人にも見られます。
昨今は、”客"の立場を利用して、店に無理難題をふっかける事例も多いです。
しかし、突き詰めれば同じ人間なのですし、相手を困らせ不快感を与えてしまったのでは、結局は自分が損をすることに気がつかないのでしょうか。
 
障害を持たれた人や、その人を介助している人の圧倒的多数は、自分がサポートされていることに何らかの形で謝意をあらわしています。
その姿勢を見せられると、こちらの気持ちも快適になってきますので、また機会があればお手伝いをさせてもらおうという思いがこみ上げてくるものです。
私が生で体験した好ましくない行動をしたのは、記事に書いた事例が初めてです。
by: 声なき声 * 2019/11/11 09:38 * URL [ 編集] | page top↑
ハイ!
お孫さん 世界一着物が似合って可愛らしいです。ウフフ (^_-)-☆

じじバカ ばばバカは良いものです。

良き一日でしたね。\(^o^)/


くだんの方、心が悲しい方ですね。

私のモットーは
「 感謝して生きる」「喜び上手は幸せ上手」です。

私は家族間であっても「ありがとう」の言葉は大切だと思っています。

若い駅員さん 嬉しいことでしたね。
by: パープル * 2019/11/11 12:22 * URL [ 編集] | page top↑
パープルさんへ
孫のことをほめられると、とてつもなくうれしくなってきます。
ありがとうございます。
 
七五三の後は、両家の家族が夕食を共にしました。
花も実もある有意義な一日でした。
 
「喜び上手は幸せ上手」というのはいいフレーズだと思います。
自分が他人から親切にしてもらえることを喜ぶことができれば、それだけで幸せになれることは確かですから。
私もこの言葉をかみしめて生活していこうと思いました。
 
最初に声をかけた駅員さんが、その若い駅員さんに指示して地図を持ってこさせたのだと思います。
気持ち良いばかりの連携プレーでした。
本当にありがたい話です。
by: 声なき声 * 2019/11/11 12:29 * URL [ 編集] | page top↑
初孫の七五三、おめでとうございます。
あと記事にでてくる鼻につく態度の女性ですが、どうせもう会うことはないでしょうし死別したも同然の人間ですね。
いっそ、こいつはろくな死に方しないな、くらいでいいのでは。
それよりも座席を譲ったひとや駅員の徳をたたえましょう。このひとたちは長生きしそうだ、程度には。
by: てかと * 2019/11/11 13:33 * URL [ 編集] | page top↑
てかとさんへ
ありがとうございます。
 
同じ日に、しかも、ほぼ時間も変わらないタイミングで”悪”と”善”に直面できたというのは、これは天が私に何かを教えてくれていることにほかならないと感じています。
”悪”を真似ると自分の値打ちをさげるだけで、逆に”善”を見習うと自分自身も幸せになれるとの教訓だと受け止めています。
幾つになっても、学ぶことはたくさんあります。
by: 声なき声 * 2019/11/11 13:40 * URL [ 編集] | page top↑

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昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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