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9月30日(水)

今日、娘の住んでいたマンションの引き渡しと売却代金受け取りの手続きがあった。

すでに売買契約は8月の終わりに済んでいるので、あとはこちらとしては代金を受けとるだけである。

とはいうものの、少なからぬ大金が動くので、関係している人はより一層慎重にならざるを得ない。

私も娘の代理人として手続きを一任されている以上、かなりの重圧を全身に感じていた。

指定された銀行に朝9時に集合、ということであったが、その20分前からシャッターが開くのを待っていた。

当然ながら、銀行もATMのコーナー以外はすべて閉まったままである。

9時5分前頃、その風体からしていかにも営業員という空気の若い男性の存在に気付いた。

老夫婦が一緒にいるが、まわりに視線を配りながら誰かを探しているようだ。

たぶん、この人が仲介会社の営業担当だと思ったが、もし間違っていたら失礼である。

そこで、スマホで仲介会社のサイトを開け、営業担当のところで顔写真を確認してみた。

マスクはしているものの、ひたいの広さを見れば一目瞭然、彼に相違ないと思った。

人間の顔の特徴というのはビミョーなもので、わずかでも平均と違っていると必要以上に目立つものだ。

漫画家の描く似顔絵は、少しだけの特徴を思いきりデフォルメする手法をよく使っている。

だから、誰の顔なのかというのが判断できるのだろう。

担当の彼にしても、そのおでこの広さが気づきのポイントである。

ネットの写真だけで彼だとすぐにわかったのだから。

片や、彼は私のことに気づかなかったのだろうか。

営業担当であれば、仮に一面識もない人間であっても、相手の年代層や状況などを想像すれば、おおよそその場のどこに私がいるかは判別できるのではないか。

それは営業をする人間が持っているべき動物的嗅覚というようなものだと思う。

失礼ながら、彼にはその感性がなかったのだろうか。

営業トークはできても、顧客に何を伝えておけば安心するか、担当者として何をすべきかを判断するセンスは欠けているようだ。

ともかくも、月末の最終日という銀行にとっての超多忙なタイミングではあったが、なんとか午前中に売却代金の入金を確認することができた。

これで、家を建てるという娘の悲願も実行に移せる。

私も一つの大きな課題をクリヤできたような気がする。

次は、娘の夫を公正証書作成の場に立ち会わせるという難題が控えているが。

ちなみに、月末なのでウイスキーのロックで祝杯をあげた。



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月に一度だからか、お酒が美味に感じられる
 
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9月29日(火)

明日が、娘の住んでいたマンションの引き渡しの日に当たる。

その前日になってあわてるのは段取りが悪いわけだが、基本的な事柄で不明な部分があって、朝からああでもないこうでもないと首を傾げていた。

要は、マンションの売却代金を振り込んでいただく口座については、明日の振込のときに番号と口座名を示すだけでいいのか、ということ。

娘が言うには、もしかしたら元夫があらかじめ振込先を提示しているかもしれない、と。

ただ、元夫に確かめてみるというのもバツの悪い話だ。

普通に考えれば、振込先なんてどこでもいいわけで、実際に振り込む直前に口座名義と番号を示せばいいことだと思う。

しかし、もしイレギュラーなルールがあって、事前に申請しておかないと受け付けないと言われるかもしれない。

事情をわかっているはずの担当者に訊くのが最も安心だが、あいにく仲介会社は今日と明日は休みで、連絡がつかない。

担当者の携帯に電話したものの出てこないので、留守番電話に折り返しの電話をお願いしておいて、ようやく夕方になって連絡がついた。

最終的には、通帳を写真で撮っておき、その番号を見ながら伝票を起こせばいいとのこと。

それなら、事前に、一言、言っておいてくれればわれわれは安心したのに。

そもそも、この担当者はコミュニケーションをとるのが苦手らしい。

こちらから尋ねない限り、情報を伝えてくれない。

引き渡しのときに必要な書類や持ち物、場所、日時も、私が訊いたから連絡をもらえたが、もしじっとしていたらどうなっていたのだろう。

とにかく、名義人代理人の弁護士にも情報が入ってこないという。

だから、先週、弁護士との打ち合わせがあったときに、手付金の額や売買契約書の内容などといったレベルのことが初めて把握できた、というほどである。

弁護士も「不動産業界の営業員としては珍しいタイプですね」と感心していた。

メールで関係者一堂に情報を伝えてくれれば済むようなことでも、なんでも「CCメールは使わないことになっている」とやらで、当事者にだけメールを入れるらしい。

会社でのルールというのであれば仕方ないが、それなら、コピペして同じ内容のものを関連する人に漏れなく送っていれば、この人は知っていて、この人は知らない、という偏りは起こらなかったはず。

根本的にコミュニケーションをとることに関心がないのかもしれない。

WEBで見ると、彼はスノーボードが趣味だという。

雪の上を滑るのは快適だろうが、仕事で滑っていてはいけない。



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将来、銀行業務がネット化されたとき、紙の通帳は値打ちを持ってくるのだろう
 
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9月28日(月)

娘の元夫との間でもめていた「面接交渉」の9月の日時であるが、結局のところ、今日になった。

話が二転三転する中で、ようやく一昨日に決まったものである。

夕方の5時過ぎから約1時間、近くのファミレスで、子供たちと元夫が食事をしながら親子の時間を持った。

私は子供たちを引率し、彼にファミレスの中で引き渡して、あとは駐車場にとめたクルマの中でひたすら終わるのを待ち続けていた。

弁護士からは、万一の事態に備えて厳重に「監視」をしておくように釘をさされている。

過去には、甘い言葉でもって子供をどこかへ連れ出してしまうという事例があったらしい。

そのケースでは離婚前の別居状態のときであったので、「誘拐」にも当たらず、子供を取り返すのには苦労した、と聞いている。

今回は離婚が成立しており、もし彼がそんな行動に出ればれっきとした「誘拐」だから、間違いなく刑法上の罪に問われることとなる。

まさか彼もそんな愚かなことはしないだろうが。

ともかくも、祖父としての責任を果たすべく、ファミレスの入り口を凝視していた1時間であった。

なお、彼とは必要最小限の会話しかしなかった。

後日、「言った言わない」のトラブルを避けるためである。

念のために、ICレコーダーをポケットにしのばせておいた。

それにしても、手間のかかる「面接交渉」である。

中でも、いつするのかの日時の調整で、こちらとしては神経をすり減らしてしまう。

これが毎月繰り返されるのかと思うと、想像しただけで気が重くなる。

元夫にとっては法律で保障された権利なので、よほどのことがない限り、当方としても受けて立たなければならない。

娘にしてみれば、せっかく離婚できて彼のモラハラから自由になれたのに、「面接」を通じて延長戦をやられているようなものだ。

事態を打開するための方法を、目下、弁護士も含めて模索中である。



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「ファミレス」の和やかな雰囲気とは無縁の1時間であった
 
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9月27日(日)

散髪に行ってきた。

通常であれば平日に刈ってもらうのであるが、昨今は何かと用事が入ってくるので、あえて日曜日を選んだ。

昔は日曜日というと大勢の客がやってきて、その順番待ちの時間が何時間ということもあった。

最近は全く事情が違う。

なぜかはわからないが、今は休みの日だからといって猛烈に混むことはない。

今日も10時半頃にお店に入ったのだが、待ち人数はゼロであった。

コロナ騒ぎになってからのクリニックのようなものだ。

散髪の待ち時間に、週刊誌でも読もうと半ば当てにしていたのだが、雑誌を手にとる間もなく順番が回ってきた。

家族3人でやっているお店だが、今日はご主人にお世話になった。

この人は散髪中は最低限のこと以外はほとんどしゃべらないので、こちらも安心してうたた寝ができる。

浅い眠りとはいえ、心地よい椅子に座っているものだから、快適な気分に浸ることができる。

機嫌よく寝ていたところに、突然のスマホの呼び出し音。

仕事中のご主人も気を使ってか、「どうぞ」と言う。

こうまでされると知らんふりはできないので、仕方なく電話に出ると、やはり妻からのものであった。

散髪中であることを告げて、あとで電話すると、とりあえずは答えておいた。

用件はおおよそ察しがつくが。

ここだけの話、なぜか私が出にくいときに限って、妻から電話がよくかかってくる。

もしかしたら妻は超能力者であって、遠方の人間の行動がありのままに見えるのかもしれない(汗)。

それはともかく、すっかり目がさめてしまって、私のお休みタイムは終わらざるを得なかった。

携帯電話が普及したことで現代人の生活は大いに便利になったのは確かだが、反面、失ったものも少なくない。

もちろん得たもののほうがはるかに多いので、あまり文句を言う人がいないだけのことだと思う。



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久しぶりにカレーライスを作った。記事とは無関係。
 
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9月26日(土)

午前11時20分ごろ、妻から電話があった。

また、あの「面接交渉」のことかと思って電話に出てみたら、
「クリニックにクルマで連れていってほしい」
と珍しく低姿勢で頼み込んできたのである。

事情を聴くと、インフルエンザの予防接種の申し込みの電話をいろんなクリニックにしてみたところ、どこも、定期的に通院している患者から優先的に予約を受けていて、事実上、手持ちのワクチン量が切れてしまったところが多いらしい。

そこで、初めての人からのインフル予防接種の申し込みは断っているらしい。

ただ、妻が通っている耳鼻科クリニックであれば、今日の午前中に予約の申し込みをすれば受付可能だという。

急いで飛び込まなければならないのだが、娘が別の用件でクルマを使っているので、そこへ行くまでの足がない。

歩いてということになると、かなりの距離があるので、正午までに入るのは時間的に無理である。

そこで、私に声がかかったという次第。

「タクシーを使ったら?」という勇気は私にはない(汗)。

ちょうど、マンションで予定されていた消火設備点検も終わったところなので、部屋の中に拘束されることもなくなった。

効率は良くないが、私のクルマを出したことで、無事に妻の注射の予約は取れた。

今年は、インフルの予防注射難民の数は増えるのではないか。

いろんな自治体で「65歳以上は無料」を実施すれば、しかも、コロナ感染症も完全には収まっていないとなると、多くの人々がインフルワクチンだけでも打っておこうという気になるのは自然な心理だ。

当然にワクチンの在庫は底をついてしまう。

クリニックにしてみれば「一見さんお断り」の対応をとるのはやむを得ないだろう。

しかしこれは、ちょっとした社会問題になりそうな気がしてならない。



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毎年、インフルエンザワクチンは不足していると聞く
 
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9月25日(金)

血圧の薬をいただきに、かかりつけのクリニックに行ってきた。

医師からは、インフルエンザの予防接種の話が持ちかけられた。

毎年、この医師から予防接種をすすめられながら、今までずっとお断りしてきた経緯がある。

それを踏まえて、医師は
「今年はコロナのリスクもあるので、インフルには十分な備えが必要」
「大阪府では、65歳以上の人には、インフルエンザの予防接種が無料で受けられる配慮をしている」
の2点を強調していた。

説得する言葉には、常とは違った熱意がこもっていた。

それでもまだ煮え切らないそぶりを見せていた私に、医師は決定的な一言を放ったのである。

「ワクチンの量は、国内では6,300百万人分に限られていて、希望者全員には渡り切らない。
多くのクリニックは、いつも通っている患者さんに優先的に接種している。
予約をしてもらえれば、あなたの分も確保しておきます。」
と言うのである。

事実上の特別扱いという形になるが、考えようによっては一般のビジネスではごく普通に行っている行為ではないか。

そもそも、自分が「優良顧客」とみなされているとわかれば、うれしくないはずがない。

私はその部分に心惹かれて、インフルの予防接種を受けることに決めた。

単純だ。

なお、卵アレルギーがあるかないかを問われ、「ありません」と答えたら、「なら予防接種を受けても大丈夫です。」とのこと。

たしか娘か息子の受験のときに、妻に懇請されて一度だけ予防接種を受けたことがある。

医師の話では、60歳を超えている人間であれば、すでに何回もインフルエンザにかかっていて、すでにその抗体ができているものの、新しいタイプのインフルに罹患した場合のことを想定して、予防的にワクチンを打つ必要があるらしい。

また、打ったからといってマイナスになることはなく、もし罹患しても症状は軽くて済む、とのこと。

わかっているリスクであれば、たとえわずかでも少なくしておくに越したことはない。



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何年か前、アメリカでネコインフルエンザがはやったことがあった
 
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9月24日(木)

娘の子供たちは、いまだに娘にとっての元夫の戸籍の中に名前が入っている。

いま、娘は自分ひとりの戸籍を作ったのだが、そこに子供たちを招き入れなければならない。

そして「氏」も母親と同じものに変えることとなる。

つまり入籍の手続きが必要になってくる。

氏変更のためには家庭裁判所の許可を得る必要があり、今日、娘を連れて大阪の家庭裁判所に行ってきた。

人口密集地の大阪市のさらに中央部にあるところから、駐車場を探すのに腐心する。

カーナビを持たない私は、昨日、ネットで道順と駐車場を見つけておいた。

家裁からは少し離れているものの、大阪府庁に時間貸しで知られた駐車場があり、そこに停めようと心に誓って家を出た。

実際に着いたのが10時を少し回ったところ。

もう満車になっていて、私の前に1台、ゲートの前で「まだかまだか」と開くのを待っているクルマがあった。

待てど暮らせど、クルマが動く気配がないので、娘を先におろして、家裁での手続きを急がせた。

弁護士からは、「およそ1時間半から2時間ぐらい待つ」と聞いていたので、その間にクルマを駐車場に入れておけばいい、と安易に考えていたのである。

ほどなく、私の前で待っていたクルマは入庫し、いよいよ私が次の番となった。

ところが、それからが長い。

たまたま手にしていた所属団体の会報誌は隅から隅まで読んだし、スマホのメールやニュースサイトのチェックもすべて終わった。

どこかに活字はないものか探したところ、駐車場の料金表看板が目の前にあったので眺めていた。

料金表を見て、なぜクルマの動きがないのかがすぐに判明した。

「1時間600円」「一日最大1500円」となっていたのである。

つまり、この駐車場は、長時間にわたってクルマを停める前提の人が利用しているのだ。

人口集中地区では、「30分300円」というように、短いサイクルの駐車時間で料金設定をしていることが多い。

しかし、ここは違う。

おそらく、ほぼ一日近くクルマを停めておいて、人間はその間に大阪市内で、ビジネスなり用事を済ませる、という発想なのだろう。

だから、中で停まっているクルマが出ていく場面は、1時間半近くいて、たったの1回だけしか見なかったのである。

折りよく、娘から「いま終わった」との電話があった。

入庫はあきらめて、引き返すことにした。

後ろのクルマの人にバックしていただくようお願いしたら、快く応じていただいた。

自分の順番が一台分早く回ってくるので、「儲けた」という喜びもあったのだろう。

とにもかくにも駐車場での順番待ちから抜け出して市役所まで走り、入籍手続きをお願いしてきて、私と娘は今日の任務を果たすことができた。

娘と出かけると、なぜか珍道中となる。



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ネクストバッターズサークルで1時間以上も待つことはない
 
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9月23日(水)

弁護士との打ち合わせがあった。

入籍手続きやマンション分配金、面接交渉の3つの課題をめぐってである。

といっても、最初の二つは決められたことをそのまま実行するだけだから、議論の余地はない。

問題は「面接交渉」である。

相変わらず、娘の元夫は弁護士のもとに、連日、メールを送り付けているようである。

弁護士としてもいつまでも知らん顔はできないということで、その返事もしなければならない。

なお、娘が診察を受けている心療内科の医師からのアドバイスで、
「面接交渉の日程を、たとえば毎月第二日曜日とかいうふうにルール化しておけば、その都度、手を煩わせなくてもいいので、そこで受けるストレスを減らすことにつながるのではありませんか」
との言葉があって、弁護士もそれには共鳴する部分があったようだ。

元夫側はかねてから
「自分は正規社員、元妻は家庭の主婦だから、自分の都合に合わせてもらのは当然」
というスタンスを主張していた。

医師は、その考えも間違いだし、それを正す意味でのルール化は大いに意義があると述べたらしい。

実は、弁護士と医師とで電話で話をしていただく心積もりになっていたが、今日の水曜日は心療内科が休みで、直接対話は早くでも明日以降になる。

それ以前に、娘が医師から直接聞いた話を伝えることでも、弁護士の判断の上では有益な情報になったのではないかと思う。

元夫が、今、血眼になって求めている9月中の面接交渉の日程も今日の打ち合わせで決めて、弁護士から彼に連絡していただく段取りとなった。

元夫からの返事がどうなるかはわからないが。

そもそもが、最初に決めていた日時が都合が悪いと言い出したのは彼である。

そして彼が指定した代わりの日について、こちらが都合がつかないとなると、「その理由を明示してほしい」と開き直ってくるのである。

大人の論理が通用しない相手であるが、さりとて「面接交渉には一切応じない」というわけにはいかない。

法律で決まっているから。

しかし、あまりにわがままに終始するようであれば、家庭裁判所での調停にゆだねるしかないと覚悟している。

本来は午前中には終わるであろうと思っていた打ち合わせだが、夕方近くまでかかってしまった。

娘を実家まで送ると、スーパーで買ってきたという弁当が置かれてあった。

空腹であったせいか、頭が疲れていたせいか、すこぶる美味であった。



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ワサビ入りの鉄火巻きは久しく口にしていなかった
 
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9月22日(火)

今朝は不覚にも寝過ごしてしまった。

目がさめて、いつもの習慣で枕元の時計を見ると、「4:45AM」を示しているではないか。

寝ぼけているのかなと思って再度確認したが、間違いない。

目覚ましのアラームは、夏時間ということもあって「3:00AM」で設定している。

おそらく、目ざまし音が鳴ってもすぐに止めてしまって、それに気づかずにそのまま寝続けたのだろう。

妄想をたくましくするならば、昨日の建築契約締結で肩の荷がおりたことで、緊張感が緩んでしまったというのもあるかもしれない。

さらに、6月以降は睡眠不足の状態がずっと続いていたというのもあって、体の疲れも溜まっていたのだと思う。

昨晩はいつもどおりに9時に寝たものだから、計算すると約8時間は眠ったことになる。

久しぶりの長時間睡眠となった。

おかげで体の倦怠感はすっかり消え去ってしまった。

2時間寝過ごしたことでのマイナスの影響は、たぶん何もないと思っている。

毎朝、このブログに足跡を残してくださったかたのブログを拝見するという私のお楽しみタイムが、いつもより遅くなったことだけだ。

もし私が電車の運転士の仕事にあたっていて、うっかり寝坊してしまった、というのであればこれは由々しき事態である。

その点、一年金生活者の寝坊なんて自分のことだけで済んでしまうから気楽なものだ。

ところで、世間では「早寝早起き」が健康の秘訣のごとく言われている。

極めて私的な狭い範囲の話であるが、私に限って言えば、深い眠りを得るためには、適度に夜更かしをするほうが望ましいと感じている。

起床の時刻は一定にしておき、就寝時刻を、時おりあえて遅くして眠ることで熟睡効果を得られるのではないか、という仮説である。

6月から睡眠時間は、3時間とか5時間とか、とにかく短かったが、それだけに夜の寝つきは良かった。

もちろん、昼間に眠けを持ち越して、ウトウトすることは多々あったが。

あまりに「早寝」にこだわると、寝つきが悪くなり、深い睡眠がとりにくくなるような気がする。

これは私だけのことだから、万人に共通しているかどうかはわからない。



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目ざめたときは周りは暗かったので私に罪悪感はなかった
 
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9月21日(月)

娘が建てる家について、工務店との正式契約の場に立ち会った。

当初は娘一人で行くつもりにしていたのだが、妻から「お父さんにも行ってもらったら?」と言われたらしい。

30代の女性ひとりでは押しが弱いかもしれないが、何の役にも立たないとはいえ相応の年齢のオッサンがいれば、ちょっとはインパクトが出ると考えたのだろう。

枯れ木も山の賑わいである。

なお、子供向けのキッズルームも用意されてあり、それを知った孫も一緒に行きたいと言い出し、妻がその面倒を見るために同行することとなった。

何のことはない、家族そろってのレジャーではないか。

そんなお祭り気分での契約であるが、当初は約1時間と言われていて、朝の10時からスタートした。

そこから契約の前に重要事項説明があり、見積書の詳細にわたっての内容説明があり、その間の質疑応答があって、とにかく契約書への署名捺印が終わったのは正午を30分も回っていたころであった。

昼ご飯を食べるのを忘れていて、工務店の担当者にはお気の毒なことをしたものだ。

娘は学校で建築を学んでいたし、仕事はCADであった関係で建築のことは浅いながらも、通り一遍の知識は持っている。

私が横で聞いていても言葉や用語そのものがわからないものが多々あり、たぶんそれが私の表情に出たのであろう、幾度となく、担当の人は話を途中でとめて、言葉の意味の説明をしてくださった。

そんなこんなで、気がつけば2時間半も経っていたことになる。

最も夢中になっていたのは娘だろう。

自分の長年の夢を形にできるチャンスがやってきたのだから。

娘の口調には、この何か月か聞いたことのない充実感がこもっていた。

自分が心から実現したかった目標に前向きに取り組んでいる娘の姿を見て、私も、自分の魂が揺さぶられる思いがしてならない。

半年後の竣工のときまで、私なりに精いっぱい応援しようと、あらためて心に誓った。



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その工務店はコロナ期になってから来客や問い合わせが増えたらしい
 
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9月20日(日)

インターネットというのは便利なもので、ぶらぶらとサイトを見ているだけで、新しいトレンドや珍しい発想に巡り会うことができる。

今日は、「瞬読」(しゅんどく)という言葉があることを知った。

うたい文句は、”1冊3分で読めて99%忘れない読書術”というものである。

このキャッチコピーと同名の本が原典のようだ。

かねてより「速読」というのはあった。

事実、人によっては速読法を身につけて、多忙な生活の中にあっても大量の書物を読破している話はよく見聞きした。

しかし、「瞬読」は、それよりもはるかに先進的なテクニックであると言えよう。

ポイントは、右脳を使って読書をする、という点に尽きるらしい。

証拠もないのに否定するのはまずいかもしれないが、これを読んだ瞬間に眉唾だと感じた。

「速読」でも、一分間に5,000文字程度というのが標準のスピードで、本一冊は10万文字と聞いたことがあるから、計算すると20分かかる。

それを3分で読めるのだから、3倍以上の効率化を達成したことになる。

「ホンマかいな?」というのが私の偽らざる思いだ。

テクノロジーの発達であれば、3倍以上のスピード化は十分にあり得る。

新幹線が開業した当初、こだま号で、東京と大阪は4時間かかっていた。

目下計画中のリニアモーターカーだと、1時間で行けるというから、まさに3倍を超えるスピードアップである。

しかし、たとえば人間が100mを走るとなると、10秒を切ることができれば、抜きん出て足の早い部類と見られる。

おそらく、人類がいくら頑張っても、10秒を5秒に縮めることは不可能だろう。

人間がみずからの体を使ってやることには限界があると思う。

ちなみに、アマゾンの同書の書評を読むと、酷評がこれでもかこれでもかと連なっている。

これらは「瞬読」の実際の姿を余すところなく語っているのだと思うと、私も納得する。




この手法では六法全書を読んでも内容を把握できないだろう
 
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9月19日(土)

昨晩、娘が心療内科に行って診察を受けてきた。

最近、不安と絶望感に沈んでしまう時間が増えてきたので、もしかしたら「面接交渉」がきっかけになっているのではないかと思って医師に相談したら、やはりそうであった、とのこと。

なんでも、医師のお話では「入院して環境を変えて治療に専念するのが理想的」とのことであった。

ただ、幼い子供たちの面倒も見なければならないし、逆に、それが娘にとってのモチベーションになっている側面もある。

入院に踏み切るかどうかは検討するとして、娘としては、そこで診断書の作成を医師にお願いした。

そこに「面接交渉は当面は見合わせるのが望ましい」との文言が入っていれば、苦しみの原因となっている事態を回避できると考えてのことである。

一旦は医師もペンをとって書きかけたのだが、ふと筆を止めて、
「どういった内容の書き方にすればいいか、私にも判断がつきかねます。
その弁護士の先生にサジェスチョンを受けて、その結果を教えてもらえませんか。」
と、診断書は保留となった。


帰宅してきた娘から報告を受けた妻は、
「それなら、弁護士からストレートに医師に電話して話してもらったら?
 土曜日の午前なら心療内科はあいているし。」
となって、要は、その依頼をメールで弁護士に送ることを私に求めてきたのである。

妻は疲れ果てていて、メールを書く気力も残っていない、という。

その点はわからないでもない。

急いでメールを書いて送ったのだが、送信完了したのが9時30分で、さすがに事務所にはいらっしゃらないだろう。

翌日は土曜日で、本当なら仕事をされているはずだが、コロナ騒動以来、弁護士事務所も基本的には土曜日は閉じたままになっている。

念のために、今朝、土曜日になってから、弁護士の携帯電話宛てに何回も電話を繰り返したが、全くつながらなかった。

電話をかける私のほうも、かなりのフラストレーションが溜まってきていたのは間違いない。

妻にその旨を連絡したら、
「なら、私のほうからメールを送っておくから」
と冷静に一言。

ただ、事務所が休みだからメールが開かれることもないのだし、妻もそれは知っているはずなのだが(汗)。

連休が明けたら、それぞれにコンタクトはとれるのだし、あと3日間だけの辛抱だ。

人生全般から見れば、取るに足らない短い期間である。

ただひとり、「返事を寄こさない。無視された。」と声高に叫ぶであろう男がいると思うと、私は気が滅入ってしまうが。

天気はいいのに、気持ちは薄暗い連休初日であった。



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法律的には診断書があるからといって面接交渉を拒否はできないようだ
 
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9月18日(金)

スマホは、いまだにiPhone 6を使っている。

いまどき、古い機種なんだと思う。

しかし、古いからといって特別に困ることもない。

致命的に困ったなと思ったのは、マイナポイントの予約のときに、マイナンバーカードの読み取りができなかったぐらいのもの。

ネットを見ると、iPhone 7からでないと使えないことになっていた。

仕方なく、新しいiPhoneに買い替えるのではなく、マイナンバーカードの読み取りのためにICカードリーダーを買うことにしたのである。

2,00.0円弱で買えるし、来年の確定申告のときにe-Taxで使うチャンスがあるから、ムダにならない。

親の影響か、あるいは育った時代が昭和であったからか、モノは大切にしなければならないという考えは、私の骨の髄まで浸透している。

だから、スマホに限らず、使えるのであればいつまでも使い続けたい、というのが私の思いである。

iPhone 6も来年の秋まではメーカーサポートが受けられるので、少なくとも来年の春までは後生大事に使っていくつもりだ。

さすがにサポートが終わってしまったら、故障したときに正規店での修理はできないから、新しい機種に乗り換える。

さて、新しい機種になるまでの間、ソフトウェアのアップデートはやはり小まめにやっておくべきのだろうか。

それとも、たとえアップデートの要求が出たとしても、そのまま放置しておいて問題は起こらないのか。

今日、「iOS 14のアップデートで欠陥が見つかった」との記事を見た。
  (参考 こちら

アップデートしたばかりに、余計に手間がかかったことになる。

私の使っているiPhone 6は、iOS 12.4.8だから関係はないのだが、これを読むと、必ずしも最新のOSにアップデートしなければならない義理はないのかな、という気もする。

その反面、ドコモ口座事件ではないが、セキュリティ対策はしっかりとやっておかないと、古いOSだと、最悪、乗っ取られる恐れがある。

世の中、便利になったらなったで、迷いも増えてくる。



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立ち止まってのスマホも迷惑なものだ
 
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9月17日(木)

毎朝、日課としてやっている運動に、ラジオ体操第一とスクワットがある。

ラジオ体操は会社をリタイヤしてからやり始めたものだから、3年の実績がある。

YouTubeを見ながらやっている。

スクワットはこの3月に医師の書いた健康法の本を読んでいて、そこに「これにまさる運動はない」などと書いてあったものだから、一も二もなく飛びついた。

下半身の筋力をつけたいと思ったのだが、当然ながら、まだ3か月では成果は見えていない。

ラジオ体操のほうは手や体の動かし方は決まった手順があるので、迷うことなくそのとおりにやればいい。

片や、スクワットについては、やり方というかバリエーションが実にたくさんある。

両腕を前に突き出すか、腕組みするか、頭の後ろで組むかも違うし、ほかにも、呼吸の仕方や上げ下ろしのスピード、ハーフスクワットかフルスクワットか等々、挙げていけばキリがない。

ネットで「スクワット」で検索して出てきたサイトの数だけ流派がある、と言っても過言ではあるまい。

私自身も、スクワットのやり方は最初の頃と今とで大きく違っている。

やり始めた頃は、たまたまYouTubeで見たオーソドックスなタイプであったが、その後、何回もマイナーチェンジを繰り返し、今では「スロースクワット」に取り組んでいる。

これも個性が豊かであって手順は多様だが、要は、5秒ぐらいかけて体を下げて、そして同じように5秒ぐらいで体を元の状態にする、という流れである。

ただし、元の状態にするといっても、完全に膝が伸びきる前に、また体をゆっくりと下げる、ということの繰り返しであるのは共通だ。

ポイントは、完全に膝が伸びた状態にはしない、ということである。

5秒もかけて体を下げるのだから、極めてスローではあるが、それだけに肉体的負荷も大きい。

朝のひんやりした空気の中にあっても、ラジオ体操とスクワットが済んだら体が火照ってくるぐらいだ。

健康増進のためにこの二つの運動がどれほど貢献してくれるかはわからないが、これならずっと続けられると思う。



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インドではコロナ感染症のとき外出禁止令に違反した人にスクワットの刑を科したらしい
 
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9月16日(水)

午後からは、またもや娘の元夫に振り回された。

実は、当初、9月の末に「面接交流」の予定を組んでいた。

これは、事実上、彼から一方的に指定してきた日なのである。

ところが、昨日になって、「20日に変更してほしい」と言い出してきた。

この日は、娘と孫との予定が先に入っていたので、「できない」と断ったところ、それが不満であったのか、連絡役の弁護士のところに電話とメールの攻撃が始まったのである。

今日になって、「なぜ20日が不都合なのか、その理由を明らかにしてほしい」とまで主張し始め、私のところにまでもメールを送ってきた。

休日の予定なんてプライバシーそのものだから、他人からとやかく言われるような筋合いはない。

しかも、最初の予定を急に変えたのは彼のほうである。

本当なら、彼の口から、「勝手を言って申し訳ないけれど・・・」の言葉があってしかるべきなのに、とにかく、「20日に会わせてほしい」の一点張りである。

まともな世界では通用しない理屈をこねて、物量作戦でやってくる。

仕事はどうなっているのだろうか、むしろそちらのほうが気になった。

礼儀も論理も何もあったものではない。

弁護士の先生と相談して、「彼が疲れるまで放置する」こととなった。

それが午後2時過ぎのこと。

妻もこのことでは精神的にかなり疲れたのか、私に電話をかけてきて40分以上も話し込んでいた。

常に娘と一緒にいることもあって、妻の場合は息を抜くいとまもない。

神経が参ってしまうのも無理からぬことだ。

あたかも、スマホを通じてモラハラされたような午後であった。

本当は大相撲を見ながらノンキに過ごす心積もりをしていたのだが。

まだまだ楽はさせてもらえそうにない(汗)。



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言葉と態度での暴力がモラハラである
 
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9月15日(火)

毎週、火曜日はいつも行くスーパーで「火曜市」をやっている。

魚や野菜などを安価で売る催しである。

それがお目当ての客も多く、9時オープンの10分前から店の前にはちょっとした行列ができるほどだ。

私もその一員である(汗)。

「火曜市」の一環かどうかはわからないが、コロッケ2個入りセットやカツサンドも、それぞれ100円で並んでいるのである。

健康のために、ふだんはフライ類は食べない私であるが、週に一度、火曜日だけは解禁している。

ちょうど、ダイエットをしている人にとっての「チートミール」のようなものだ。

たまには息抜きが必要だし、週に一度だけであれば、それでもって健康を害することはないだろう。

会社員時代は、とにかく脂っこいものが大好きであった。

魚や野菜類には目もくれず、脂身たっぷりの牛肉や揚げ物を、家でも外でもたらふくと食べていた。

いつぞやは、血液検査で異様に高い悪性コレステロール値が出て、かかりつけ医から治療薬を処方されたこともあった。

あわせて、「当面は、脂ものはセーブして卵も1日1個だけ」とも言われ、しばらくはそれをかたくなに守っていたのだから、私の受けたショックも大きかったのだろう。

もちろん、今は検査数値も下がり、コレステロールの薬も飲まず、卵も制限なく食べているが。

それ以来、脂ものはだんだんと避けるようになって、職場を去る3年前からは家では一切摂らないようになった。

だから、週に一度はチートミールのチャンスをもらってもバチは当たらないと思う。

週に一度というのが適切なのかどうかはわからないが、マイルールで勝手に決めていることだから、自分で納得が行けばそれでいいと思っている。

火曜日は、私の一番好きな曜日である。



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私にとっては”スーパーチューズデー”である
 
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9月14日(月)

ひところのことを思うと、かなり涼しくなってきた昨今である。

それでも、気がつくと音もなく蚊が飛んでいて、不覚にもかまれてしまった。

関西では「蚊にかまれる」という言い方が一般的というか、少なくとも私には違和感がなく自然である。

なんでも、東のほうに行くと、「蚊に食われる」となるらしい。

共通語としては「蚊に刺される」だと聞く。

なるほど、いずれも言われてみればそのとおりだと頭の中では納得する。

ただし、自分の口からは、おそらく深呼吸をしてからでないと「蚊に刺される」とは言えないだろう。

手持ちの蚊取り線香は、残っていた一本というか一巻だけであったが、急いで取り出して火をつけた。

これにて在庫一掃である。

とはいえ、まだ蚊の季節は続くだろうから、線香を買って備えておかないと、いざというときに困ってしまう。

私の狭い経験で言えば、蚊の対策としては蚊取り線香が最も有効だと思う。

また、一旦、蚊にかまれてしまったら、そこにはキンカンを塗ることにしている。

かゆみをとるための私のセオリーである。

日本での蚊というのは、重大な症状をもたらすものはあまりいないようだ。

しかし、熱帯地域に行くと、ハマダラカがマラリアを媒介していて、毎年、何百万人とも言われる人が亡くなっている。

人類に与えているダメージは新型コロナの比ではない。

素人考えでは、日本の蚊取り線香やスプレーなどを贈って蚊の撃退をすればよさそうなものだが、それをするとハマダラカが殺虫剤に対する耐性をつけてくる可能性があるらしい。

世の中、単純なものではないようだ。

ところで、このキンカンも残りが少なくなってきた。

こちらも同様に新しいのを買っておくのが無難だが、しかし夏の蚊対策でしか、実際には使うことがないのも事実だ。

取るに足らない話だが、季節の変わり目というのは、とかく判断に迷うことが多々ある。



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蚊取り線香の煙の匂いは実は好きだ
 
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9月13日(日)

先月から取り組んできたテープ起こしの仕事が、一応、完了した。

「一応」というのは、どうしても聴き取りのできない部分を除いては文章化が終わった、という意味である。

今回は、とにかく聴き取りにくい箇所が多過ぎた、というのが最大の難点で会った。

もしや、私の耳が加齢によって遠くなってきているのかな、とも思ったが、毎日の生活では難聴を意識したことは全くない。

おそらく、ICレコーダーの設置場所の問題と、そして、二人ともマスクをしての会話であったというのが原因していたと思う。

さらに、娘が興奮して涙ながらに語っていたり、元夫が、返答に窮してブツブツと小さな声でつぶやく部分については、全くお手上げであった。

総時間は2時間弱だから、そんなにボリュームがあるわけではない。

ただ、聴こえにくい箇所を何回も巻き戻して耳を傾けるものだから、想像を上回る時間が必要となった。

時間ばかりでなく、神経を集中させて聴取してもわからないとなると、少なからぬフラストレーションが溜まってくる。

面白いことに、最初は繰り返し聴いてもわからなかった言葉も、その後にあらためて聴き直せば、結構、クリアに聞けることもあった。

だから、全体を通して少なくとも3回は聴いたと思う。

3回も聴くと、いろんなことに気がつくものだ。

大雑把に言えば、元夫をめぐって、3点が私の中で明らかになった。

まずは、「問題のすりかえが得意」であること。

自分に不都合な問いかけがあったときは、それに正面から答えることなく、逆に自分から相手に質問を投げかけ、議論をはぐらかしてしまう、というのが何度もあった。

二番目に、深く考えることなく、思いつきだけで話を作り上げてしまう、ということ。

結果的には、これがウソとわかって本人の信用をなくしているのだが、彼はそのことに気がついていないようである。

そして最後の三番目、彼は相当なナルシシストである、ということ。

自分の言葉に酔っているとしか思えない語りが耳についた。

あたかも、青春ドラマの主人公になったかのように。

そんな場面では、普段とは装いを変えて、標準語のアクセントになっているのだから、完全に自分を没入させているのだろう。

いずれも具体例を書けないので、読者のかたには具体的なイメージを持っていただきにくい点は申し訳ないが、生々しい言葉のやりとりに接してきた私には、痛いほど理解できる。

なお、聴きとり不明な箇所は、いずれ、娘の体調が戻ったときに、娘に補足してもらう心積もりだ。

妻に相談したら、「当分は無理」とのこと。

PTSDにつきまとわれ、いまだにフラッシュバックに襲われる一瞬があるらしい。

少し先になるかもしれないが、必ずや完成度の高い記録として仕上げたい。

娘の歩んだ苦難の足跡を証言する記録として。



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9月13日は元日から計算して256日目のメモリアルな日である
 
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9月12日(土)

学校の卒業生で校友会なる組織が作られているが、その総会の案内が郵送されてきた。

基本的には全卒業生が対象となっているので、計算上は何十万人もの会員がいることとなっている。

ただ、実際に郵便物を送ってちゃんと届くとなると、3万人だか5万人だかになってしまうらしい。

さらに、年に一度の総会に出席する、あるいは、欠席であっても返事を送り返してくるというのは、かなり少人数だと聞いたことがある。

私は、その校友会では末端の役をやらせてもらっているから、この5年ほどは必ず総会には出席している。

つまり、役を命じられるまでは、私も総会にも顔を出したことがなく、単に事務局から送られてくる案内を読んでいるだけの存在であった。

ところで、今日、郵送されてきた書類は、来月に開かれる予定の総会の案内であった。

開封前には、「中止」を知らせる文書が入っているはずだと勝手に予測していた。

しかし、実際の文面を見て、いい意味で自分の目を疑った。

なんと、今度の総会は「インターネットを利用したライヴ動画配信」で行うとのこと。

全卒業が対象とは言いながら、出席者の大半は60歳を超えた年代層の人である。

昨今のトレンドであるとはいえ、よくぞネット方式を採用するに至ったものだと、その「英断」には敬意を表する次第だ。

会場からの一方的な動画配信なので、双方のコミュニケーションをとることはできない。

だから、毎回行っている「記念講演」や「懇親会」は、今回はしない。

必要最小限のセレモニーと審議だけをする段取りになっている。

議案はあらかじめ列挙されており、異議がある人は指定の日までに連絡しなければならない。

事実上、全案件承認は確かだと思う。

ただ、会の冒頭は例年にならって学歌斉唱をするプログラムなのだが、家でネット配信を見ている人も起立して歌わなければならないのだろうか?

誰かが見ているわけでもないので気にしなくてもいいのだが、そんなことが気になっている私である(汗)。

 
 
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双方向通信ではないので、こちらの服装や部屋の様子は主催者には見えない。
 


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9月11日(金)

今日になって初めて知ったことなのだが、 「毎日くだもの200グラム運動」というのがあるらしい。

行政や各種団体が取り組んでいるもので、要は、くだものは健康にいいので毎日200グラムは食べましょう、というものである。

200グラムと言われてもイメージがわきにくいが、実際の例では、リンゴなら1個、バナナなら2本、ミカンなら2個が200グラムに当たるらしい。

ここで疑問が出てくるのだが、では、毎日、200グラムを超えてくだものを食べ続けたら、何らかの良くないことがあるのだろうか、ということ。

私はバナナが好きということもあって、毎食後、デザートを兼ねて食べている。

一日二食だから、基本的にはバナナ2本を毎日食べていることになる。

これで、くだものの摂取必要量200グラムを満たすことになるのだが、他のフルーツもあわせて食べたとなると、たちまち基準値を超えてしまう。

たとえば、最近はリンゴをまるまる一個、食べているのだが、そうすると400グラムにまで跳ね上がる。

このことが気になってきて、あちこちのサイトを見て回ったのだが、結論はわからなかった。

検索を繰り返しているうちに気づいたのだが、どうもダイエットとの関連でフルーツの摂取量について語っているケースがほとんどである。

「くだものをたくさん食べると太るので注意してください」と。

私は健康への影響が気になるのであって、ダイエットは関心事でないどころか、むしろ、体重を増やしたいと望んでいるぐらいだ。

とはいえ、肥満は避けたい。

考えようによっては、肥満を病状の一つと考えれば、くだものの食べ過ぎは体には良くないことになる。

くだものは糖分を大量に含んでいるので、あまりに大量に摂ると、それが体脂肪として蓄積していくらしい。

野菜であれば糖分が少ないので、ちょっとやそっと食べたところでほとんど害はないが、くだものの場合は肥満を招くことになる、と多くのサイトで語られていた。

やはり、自重しようと思った。

リンゴを食べたときは、夕食後のバナナは見合わせるとか。

あるいは、リンゴを半分だけ食べて、残りは翌日に回すとか。

子や孫のためにも健康寿命を伸ばしたいので、食生活も見直そうと考えている。



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好きなものはつい食べ過ぎてしまう(汗)
 
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9月10日(木)

ヨーロッパにリトアニアという国がある。

そこから日本に留学に来ている人の講演があるので、聴きに行った。

リトアニアと言われても、バルト三国の一つで、戦争中に杉原千畝がユダヤ人にビザを発給した、ということしか、私は知識がない。

アメリカや中国のように、国の名前だけですぐさま多彩なイメージが展開することがない。

それだけに、もの珍しさも手伝って、是非とも話を聞きたいと思ったのである。

まずもって、その講師の姿が私の視界に入ったときの最大の驚きは、とてつもない美人だということであった。

マウスシールドをしていても、その美貌はちゃんと伝わってくる。

聞けば、モデルの仕事をしながら大学院に籍をおき、勉強をしていると、そして、ミスリトアニアに選ばれた経歴もあるという。

さらにソプラノ歌手としての顔も持っているとなると、才色兼備どころの話ではない。

神様はあまりに不公平だと思ったのは、私だけではあるまい。

まるで映画の一場面を見ているかのように、そう、昭和の時代に、スクリーンに映し出されたカトリーヌドヌーブやソフィアローレンを眺めてうっとりとした感覚でもって、聴衆の一人になっていた。

日本滞在は6年目らしいが、かなり流暢で自然な日本語を話す。

ときおり、関西風のアクセントが入るところを見ると、少なくとも日常会話の部分は相当に習熟していることがわかる。

今はオペラにも取り組んでいて、その関係で、イタリア語の勉強も本格的に始めた、とのこと。

彼女の語ったリトアニア像は、そこで住んでいる人たちの生活そのものを、飾ることなく描き出していた。

日本で言えば岡山県に相当する面積の国に、300万人の国民が生活している。

彼女の講演を聴くまではほとんど興味も関心もなかった遠い国であったが、今日一日で、距離がにわかに近づいたように思う。



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感染対策で定員24名とされていたが、実際の入場者数と完全一致した
 
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9月9日(水)

何か月も前になるが、このブログを読んでくださっているかたから、本を紹介していただいた。

落語家の林家木久扇さんの『イライラしたら豆を買いなさい-人生のトリセツ88のことば』である。

筆者の生き方の知恵や経験を軽妙な語り口で書いていて、肩肘張らずに気楽に読める。

ちょうど、私が「散歩」をテーマに記事を書いたときに、そのコメントの中でおすすめいただいた本だ。

この中の「散歩なんかしなくていい」の項を読みなさいと言われたのである。

あまり詳細を書いてしまうのは好ましくないが、筆者は道具を使っての体操をすることで、健康を保っているとのこと。

どうも私には気が進まない方法なのだが、筆者はこのやり方でもって、80歳を超えた今でも現役でご活躍されている。

私が心を惹かれたのは、文中の「(散歩は)時間がもったいない」の一言であった。

実は、私自身、あまりに散歩に時間をとられることへの問題意識を持っていたのは確かだ。

そもそも「一日1万歩」の達成のために散歩をするというのも、医学的に見て、健康増進にプラスになるとは言えないようだ、

それは以前から専門家の間でも言われているし、「一日1万歩」でネット検索してみれば、否定的な見方をしているサイトがほとんどである。

ただ、散歩は部屋の中とは異なった光景を見ることができるし、街を歩く人々の姿を眺めて刺激をもらえるなどの良さもある。

簡単なリフレッシュ法でもあるので、「はい、やめます」というわけにも行かない。

かかりつけ医から、血圧を下げるために適度な運動が必要と言われ、「一日20分、歩きなさい」と言われたのが、私が散歩をやりだしたきっかけである。

たぶん15年ほど前のことだと思う。

なるほど、それ以来、血圧の数値も安定してきたし、気持ちの上で体の具合も快調になったような気がする。

それが、3年前に会社を完全リタイヤしてからというもの、「一日1万歩」が事実上のノルマになってしまっていた。

調子に乗って、春や秋などは、歩数計が2万歩になるまで歩いたこともしばしば。

こわいことに、いつの間にか歩数計の数字を上げることが義務になってきたのである。

本当は、体調を維持向上させるために歩くのだが、数値目標達成が優先してしまっているのだから、本末転倒もいいところだ。

時間の余裕があるときならともかく、ほかにやりたいことやるべきことがあると、散歩に費やす時間が過大に感じられてくる。

この本のおかげで、たとえ頭の中だけでも、「一日1万歩」にこだわらない散歩をすることに方向転換できたと思う。

同書をご紹介をいただいたブロガーのかたには、感謝を申し上げる。



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一項目2ページ程度の小編の集大成であるが内容は濃いものがある
 
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9月8日(火)

所属団体の会議があるので、会場に急いでいたとき、すれ違った人から声をかけられた。

私の苗字を呼ばれたから人違いではない。

声をかけた人はマスクをしていたので、迂闊にもどなたであるのか気がつかなった。

私が不思議そうな顔をしたのが相手に伝わったのか、「Fです、Fです。」と2回、繰り返して自分の名をおっしゃった。

世には、「Fさん」を名乗る人の数は多いし、私も何人かの身近なFさんの顔を懸命になって思い返してみるのだが、彼のマスクが邪魔になってイメージが全くわいてこない。

「市役所にいたFです。」と言われて、初めて人物特定をすることができた。

今からだと、もう20年以上は前のことになるが、市役所の若手の切れ者として、彼の名は広く知られていたのだ。

お役所の中でも日の当たる部署の要職を幾つも経験し、いずれは幹部クラスの椅子が約束されている、というのが皆の一致した見方であった。

ただ、頭が切れる人というのは、往々にして堪忍袋の紐も切れやすい傾向もある。

意見や考え方の違いから、時には上司ともぶつかることがあったらしい。

その当時、風の便りに聞いた話だが、彼は「瞬間湯沸かし器」と評されていた、とのこと。

人間は誰でもそうだろうが、怒りっぽい人だということになれば、自然と距離をとっていくようになるものだ。

15年ほど前に秘書課長として辣腕ぶりを発揮していたのが、私の記憶に残っている彼の最後の姿である。

いつしか一般職員の話題にものぼらなくなり、当然、私も彼の名を聞く機会はなくなった。

だから、その後の彼のお役所の中での仕事ぶりは、全く知らない。

失礼ながら、おそらくは鳴かず飛ばずの状態に追いやられたのではないかと、今になって憶測している。

「定年で役所をやめて、今は、ここに来ているんです。」と名刺を差し出してくれた。

市役所の関連企業に勤務しているようだ。

「理事長」の役職名が書かれていたが、たぶん、またまた無礼千万ながら、閑職であろうと想像される。

一時期は飛ぶ鳥を落とすぐらいの勢いを持っていた人であったのに、その落差はあまりに大きい。

頭脳が明晰すぎたのが彼のアキレス腱であったのかもしれない。

ただ、生き生きとした話しぶりを聞いていると、たとえスポットライトを浴びる仕事ではないにせよ、もしかしたら今の彼は仕事にやりがいを感じて、市民サービスを熱心に行っている可能性も考えられる。

その人が幸せかどうかは、まわりではなく本人が決めることだ。



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頭が良すぎて損をした人は決して少なくない
 
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9月7日(月)

新たな生活をスタートさせるために、住居を物色していた娘であるが、戸建ての家を建てることにしたらしい。

妻から聞いたのだが、婚姻生活のときに住んでいたマンションを売ったら、思わぬ高額で買い手がついたところから、その結論に至ったという。

普通に考えれば、まずは生活を安定させるための費用としてプールしておくものではないか。

まだ小さな子供が二人いるので、しばらくは働きに出ることも難しい。

元夫からの養育費以外は定期的な収入はないので、手持ちの現金は減っていくばかりである。

だからこそ、多額の現金が入ってくるのであれば、将来に備えて蓄えておく、というのが正論だと思うが。

ただ、妻も、娘の発想には大いに乗り気になっている。

自分の夢を実現できるからだ、というのである。

娘は中学生時代から、家を設計する仕事に憧れてきた。

進学も建築学科に狙いを定め、就職もCADオペの仕事を選んだ。

設計士を夢見ていたものの、現実はそんなに甘いものではなく、少しでも関連したジャンルで仕事をしたいと考えたからである。

余談ながら、この会社が給与水準が高く、結婚した時点では当時の夫よりも上回っていたらしい。

これも、元夫のプライドをすこぶる傷つけたことは想像に難くない。

とにかく、持っているカネの額がそのまま自分の評価だと認識している人間なので、妻が自分より高給与というのが許せなかったようだ。

だから、本来は生活費から出すべき費用も、娘の個人口座から出費していたという。

それがずっと続き、離婚直前まで、子供の習い事や遊びの費用をも娘が個人で負担していたのだから、よくおカネが続いたものだと感心する。

それはともかく、今回は建築設計のまね事ができるのだから、娘にとっては血沸き肉躍るようなやりがいを感じるのは当然だ。

絶望の世界でもがき苦しんでいた後遺症をいやすには、こういった前向きな姿勢をとるのが最も効果的だと私も思う。

最初は家を建てることに疑問符を持った私であったが、今では何らかの形で娘を応援しようと思っている。

この3か月間はピンチに追い込まれた娘を守るためのサポートであったが、これからは、目標実現というポジティブな方向での応援だから、私もより一層充実感を覚える。

娘一家の再出発のために、あと一ふんばりしよう。



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すでに3社に提案と見積を頼んでいるらしい
 
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9月6日(日)

台風10号が九州を直撃しそうだ。

特別警報が出されるのではないかとささやかれたほど、パワフルそのものの台風である。

台風10号の名前が出るときはほぼ例外なく「大型で非常に強い」が枕詞に使われるほどだ。

どうやら、「特別警報」は免れるようだが、それでも勢力を落とすことなく九州を虎視眈々と狙っている。

大阪など、地理的にはかなり離れているはずなのに、昼から尋常でない強さの風が吹いていた。

いっときなど、風の音がうるさくて、テープ起こしの作業が難航したぐらいである。

また、この台風でよく耳にしたキーワードに「高潮(たかしお)」がある。

言葉そのものは何度も聞いていたが、何を意味するものかは、実のところ全くわからなかった。

調べてみると、気圧が下がったことで海面が吸い上げられるように上昇する現象のことらしい。

地震のときに起こる津波とイメージはよく似ているものの、メカニズムは全く違う。

運の悪いことに、今回は、いろんな地域で満潮のときに高潮が発生する恐れがある、とか。

とにかく、かつて経験したことのないレベルの被害が懸念されている。

日常的によく使う言葉に「最高潮」があるが、どちらかというとプラスイメージで口にされることが普通だと思う。

しかし「高潮(たかしお)」は事情が違うから要警戒だ。

ちなみに、私は気象情報は、YouTubeのウェザーニュースで見ることが多い。

若くて美しい女性が進行させていて、ときおり、気象予報士はじめ専門家が解説を入れてくれる。

リアルタイムでの放送だし、CMも入らない。

全国が対象であるが、地域ごとの天気情報も得ることができる。

最近は、食事をしながらBGMがわりに見ることもある。

私にとっての有益な情報源である。



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夜間に台風がやってくるのは、何とかならないものか
 
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9月5日(土)

借りていた本を返しに、図書館に行ってきた。

さすがに熱中症の懸念からか、マスクをしないで館内を歩いている人も少なくない。

図書館のルールとしては、「マスク着用」と「滞在時間30分以内」の二つはベースとなっているもので、ときおり館内放送でもアナウンスされている。

ただ、職員の人も気づいているはずなのだが、マスクをしていないからといって、注意はしていない。

少なくとも、私はその現場は見たことがない。

もう一つの「滞在時間30分以内」にしたって、まさか利用者それぞれの入館時刻を調べているわけではない。

要するに、「用件が終わったらサッサと帰ってください」ということを言いたいのだろう。

いかにもお役所らしい対応だと、いつも思っている。

ところで、新型コロナウイルス発祥の地、中国の武漢市といえば、おそらくは忘れ得ぬ固有名詞として世の多くの人々の記憶に焼き付いているはずである。

そんな武漢市で、この8月15日に数千人を集めた音楽フェスティバルが行われた。

しかも、マスクをしている人は一人もおらず、ソーシャルディスタンスもとらないという完全密集状態であった、というので物議を醸した。

そのときから2週間以上が経過したが、その後、武漢市でクラスターが発生したというニュースは聞いたことがない。

もちろん、中国のことだから、実際には感染が拡大しているにもかかわらず、知らんふりをして臭いものにフタをしているだけなのかもしれない。

ただ、初期にやっていたような悪質な隠蔽工作は、現在は中国政府も自重していると考えるほうが自然だろう。

国際的非難にさらされ、損害賠償請求すら突き付けられているのだから、同じ愚を犯すことはあるまい。

つまり、感染は拡大していないことになる。

ということは、武漢市民の間では集団免疫ができていることになるのだろうか?

もしこの推測が正しいとすれば、コロナ対策のありようも大きく変わってくることになる。

ある程度は感染する方向で動くほうが、免疫ができることになり、結果的には、コロナの症状に苦しめられることもない。

だから、マスクはしないし、適度な3密は積極的に味わうほうがいい、ということになるが、大胆に断言する勇気も自信も私はもっていないのが実際だ。

ただ、日本や韓国、台湾など、中国からの訪問者が多い国ではコロナによる死亡者数は異様に少ない。

この現象も、それぞれの国ですでに集団免疫を獲得しているからだと説明すれば、矛盾はない。

大手メディアの世界では、ほぼ黙殺されている集団免疫獲得説であるが、あるいは何年か経ったら、実はそれが正解であったということになっている可能性はある。

いずれにしても、武漢市の今後の様子に注目である。



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集団免疫ができているのであればワクチン開発の必要性はなくなるが
 
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9月4日(金)

朝の9時過ぎ、大音量のマイク放送が飛び込んできた。

おりしも、先月からの課題であるテープ起こしに神経を集中させていたのだが、完全に現実の世界に引き戻されてしまった。

マンションのすぐ隣に公民館があり、そこからの放送で、「大阪880万人訓練」を伝えるものである。

「南海トラフ地震」を想定しての訓練放送だ。

もっとも、そのときの放送の内容は、あくまでも「訓練放送をするので、その事前連絡をします。」といった意味合いのものにすぎない。

はたして、9時半に、地震が起こったとの前提での訓練放送があった。

迫真の演技とは言いがたい、どちらかといえば棒読み調で「訓練であること」「地震が発生したこと」を伝えている。

さらに、ほどなくして、私のスマホがにぎやかな警告音を発した。

緊急速報メールである。

これが2通もやってきた。

大阪府と地元市からの2通である。

この訓練というのは、府民のためだけではなく、行政の側のトレーニングという趣旨もあるので、府と市の両方から送られてくるのはわからないくはない。

ただ、受け取った側にしてみれば、全く同じ情報を2か所からもらっても何の意味もないのである。

もし、クルマの運転中とか、結婚披露宴で新婦の両親へのお礼の言葉のときとか、あるいはご葬儀で棺を囲んでの最後のお別れの最中に、緊急速報メールが立て続けに送られてきたら、実のところ迷惑この上ない。

とはいえ、もし本当の大地震が起こったというのであれば、事実を伝えることが大切だから、仮に重複しても行政からの連絡はしっかりと受ける必要がある。

根拠のないデマに振り回されないように、情報を正しく受け取るというトレーニングも怠ってはいけない。

なお、台風襲来や火山の噴火、北朝鮮からのミサイル発射、各種伝染病蔓延などのリスクについても、本来ならば適切な避難法を学んでおくことが大切だ。

そうなると、毎日が訓練となり、ほかのことが何もできなくなるが(汗)。



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「放送」や「メール」だけでなく実際に体を動かす訓練も大事である
 
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9月3日(木)

いつものスーパーに行ったら、「おせち早割り」の案内看板が上がっていたので、驚いた。

まだ9月になったばかりで、朝晩はともかく、昼間はうだるような暑さが続く日々である。

私の感覚では、来年のお正月に備えるというには、あまりに早過ぎるという気がしてならない。

とはいえ、正月料理を準備することには縁のない私だから「早過ぎる」と感じるのであって、ビジネスで注文を受けている料理屋や会社にとっては、決して「早い」タイミングではないだろう。

「もう9月」だと、お尻に火がついた状態なのだと思う。

ことに今年の年末年始は、感染症が尾を引いているだろうから、おそらくは帰省や旅行は控えぎみになるに違いない。

だとすると、楽しみが少なくなる分を補おうと、おせち料理を豪華なものにする家庭は増えるはず。

今年のおせち市場は空前の規模になるのではないか、と無責任に予想している。

昨今は、家庭でおせちを用意するところが減ってきているようだ。

私の実家も、私が子供のころは母が血眼になって作っていたが、弟夫婦の代になってからは、仕出しを頼んでいるらしい。

妻の実家もそうだ。

一品か二品は手作りするものの、メインはホテルか料理屋で頼んでいる。

ネットで調べれば、見栄えのいいものを自由に選ぶことができる。

そして、大晦日なり、指定の日に届けてくれるから、それを待っているだけでいい。

もちろん、相応の値段は覚悟しなければならないが、新年を祝う縁起ものだし、ただでさえ多忙な年末に手間のかかる料理を代わってやってもらえるのだから、大助かりというところだろう。

人によっては、手作りでその家庭の味を出してこそ、本来のおせち料理だと主張する向きもあるかもしれない。

正論だとは思うが、昔とは環境が大きく変わっているのだし、あえて手作りにこだわる必要は、私はないと思う。

それよりも、家族がそろっておせちを囲み、新しい年の訪れを共に祝うことのほうが大切ではないか。

なお、私は、圧力鍋で黒豆を作りたいとひそかに考えている。

枝豆ができたのだから、黒豆もできないはずがない(汗)。

ただし、あまりに不本意な出来上がりであれば、何事もなかったような顔をして撤回するつもりだ。

もし成功して、私の黒豆が元旦の家族の話題の一つにでもなれば、それだけで幸いである。



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ことし最後の枝豆だと思う
 
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9月2日(水)

某生命保険会社が行ったアンケート調査では、コロナの拡大期以前よりも、自分が健康になったと考えている人が半数もいるとのこと。(→ 記事

直感的に、わかるような気がした。

職場でも学校でも、通勤や通学のための時間と労力が必要であり、これが思いのほか負荷が大きいと思う。

とりわけ満員電車など、朝から膨大な肉体疲労を生み出す。

ちょっと遠方から通っている人であれば、通勤で片道1時間を超えるなんて珍しくはないだろう。

それがほぼ毎日続くのだから、蓄積していけば健康にダメージをもたらすのは当然だ。

その通勤や通学がなくなるだけでも、体の調子が上向くのは極めて当たりまえの話だ。

さらに、感染症の時期は、オフィスでの仕事もしないので、ストレスも溜まりにくくなる。

アフターファイブの飲み会もなくなるから、その面でも健康的だ。

しかし、物事はすべてがすべてハッピーというわけではない。

真逆の人もいて、感染を恐れるあまり、一日中、部屋に閉じこもってしまって、メシ、風呂、寝るの3つ以外は何もしなかった、という人もいたらしい。

運動はしないのに食べるのはしっかりと食べたのだから、体重は増え、胴回りの寸法は太くなった。

「コロナぶとり」と称された現象が起こったのである。

おまけに飛沫感染がこわいからと、家族の誰とも会話をせず、メンタル面で抑うつ状態に陥ったケースも多い。

「コロナ鬱」とか「コロナブルー」と呼ばれている症状である。

医療機関でも、精神科や心療内科は患者数が減ることはなかったらしい。

明暗がくっきり分かれた形になっているが、「不健康になった」という回答はほんの2%程度にすぎない。

残りの約5割は「変わらない」と答えている。

興味深いアンケートであった。

コロナ騒動は、肉体的健康への影響よりも、経済的健康への影響のほうがはるかに大きかったと言っても過言ではないだろう。



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会社に行かなくてもテレワークで仕事はできていた
 
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9月1日(火)

先日、マンション売却の関連で、司法書士事務所から送られてきた書類の記名捺印の仕方がわからないので、問い合わせを入れていた。(

その回答が昨晩に戻ってきたので、「正解」を持って娘の家で記名と押印を求めた。

ちなみに、事務所の担当者からは一言のコメントも書かれていなかった。

ということは、彼は自分の手法、つまり、空白の書類を送っても相手がちゃんと埋めてくれる、と思っているのだろう。

常識を疑ってしまう。

さらに、今日、妻の話を聞いていると、まさにその彼から、「鍵を早く渡してください」との要請があったらしい。

しかし、物件の引き渡しまでは、鍵はその部屋の所有者のものなんだし、しかも、司法書士事務所に鍵を渡さなければならない義理はないはず。

娘も妻も、即、断ったが、その後、鍵のことは何も言ってこないらしい。

今までの人生で、いろんな「士業」の人にお世話になってきたが、今回のようなケースは初めてである。

本当に信頼していいのか、はなはだ不安である。

国家資格を持っている人は、専門的知識はもちろん、社会的な責任も十分に踏まえて行動している。

だから、一般人からも信用されているのだ。

もっとも、このケースは司法書士自身の言動に関するものではなく、単に窓口を担当している人の挙動のことを取り上げているので、事情が違うと言えば違うが。

そんなことで私の気持ちが落ち着かないでいたとき、娘からいい話を聞いた。

きのうは、孫が転校しての初めての小学校登校日であった。

最初だというので娘が連れていった。

学校の門を入ったとき、突然に声をかけられたのが、孫が幼稚園で仲良くしていた子であったという。

不安でいっぱいであった孫娘がにわかに明るい顔になったのは言うまでもない。

残念ながらクラスは違うが、同じ学校の同じ学年に仲良しがいるというだけで、孫にはどれほどの安らぎになることかわからない。

初日からのラッキーがずっと続くことを願ってやまない。



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いずれは気の合った友達と一緒に登校するのかな?
 
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Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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