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7月31日(金)

午後のひととき、部屋のインターフォンが軽やかな音を奏でた。

また管理組合の用事かなと思って出てみると、
「明日に引っ越してまいります〇〇と申します。ご挨拶にまいりました。」
と女性の声がした。

急いでマスク片手に出てみると、年齢は40代半ばの知的な表情をたたえた女性の姿がそこにあったのである。

玄関の掲示板で、新たに入居する人がいることは知っていたが、わざわざご挨拶にお越しになったので、恐縮してしまった。

私も、2年前には、お隣さんと上下の階の部屋には寄せていただいたが、そのときも、第三者の人からは、いまどき珍しい、などと冷笑されたことを思い出す(汗)。

私にしてみれば、集合住宅とはいえ、ご近所さんとの最低限のお付き合いはさせていただきたいし、とりわけ近くの部屋のかたとは、生活音の問題はじめ、何かとご迷惑をおかけすることも多かろうと思った。

それだけに事前にお声をかけておけば、相手にしてみれば、わずかなりとも気持ちは良いのではないか、と思ってのものだ。

なお、明日引越してこられるかたは、私の2軒隣の部屋に入られる。

私は角部屋であり、お隣さんというと一つだけなので、さらにそのお隣まで、という発想は全く浮かんでこなかった。

ちなみに、京都清水寺普門庵のお菓子を頂戴した。

京都の情緒を体感しながら、ありがたくいただいた。

受け取った人の心を揺さぶるお品を選択する感性も、私は持ち合わせていない。

何かにつけて、センスの違いを感じさせてもらった日であった。



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「鈴カステラ」と「和三盆クッキー」であった
 
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7月30日(木)

昨晩は、マンション管理組合の決算理事会があった。

文字どおり、8月の総会に向けてのもので、名実ともに最終の理事会である。

私の意識の中では、言うならば消化試合の色合いを持っていて、ノンキに構えていたのが偽らざるところだ。

しかし、世の中には思わぬことが起こるものである。

というのは、8月の総会は書面決議の形をとるとの前提で、私たちは準備を進めてきた。

会場の公民館が入場規制をしていて、広い会場なのに13人しか入ることが許されないからだ。

やむを得ず、あらかじめ総会案案内と一緒に議決権行使書と委任状を全世帯に配っておいて、書面決議での総会にすると決めていたのである。

ところが、同席していた管理会社の人から、
「書面決議をするのは、事前に全組合員の書面による了解を得ておく必要がある」
と指摘されたのである。

まさに青天の霹靂であった。

区分所有法というマンションをマネジメントする法律で、明確に定められている。

もちろん、現実には「全員の了解」を得るなんて無理だ。

中には海外出張中の人もいるのだし、連絡を取るだけでも相当に汗をかかなければならない。

もしかしたら、「私は反対だ」という人がいたら、たとえ一人だけであっても成立しないこととなる。

形としては、組合員の出席を求める体裁をとらざるを得ない。

ああでもないこうでもないの論議の末、結局は、案内文に「コロナ」や「感染」などの言葉を多用して、なるべく出席しない方向に誘導するようにして、もし「出席」との回答が所定の数を上回れば、役員の出席を制限することで公民館の定める「13人」の枠に収めることとなった。

それでも13人を超えるようであれば、それは実際にその事態に直面してから考えよう・・・・と。

こんなことが法律で決まっているなんて、全く知らなかった。

もしあのままで総会開催案内を配付していたら、事情に詳しい人からは「総会無効」の指摘を受けていたに違いない。

そういった意味では、指摘をいただいて良かったと思う。

理事会が閉会したのは午後10時であったから、3時間も理事会を開いていたことになる。

だからか、睡眠時間は短かったものの、ぐっすりと寝入ったような気がする。



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ZOOMでの総会であれば会場のことを心配しなくてもよい
 
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7月29日(水)

弁護士事務所に行ってきた。

昨日は娘や孫たちの様子が尋常でないと気をもんでいたが、今日は、皆、晴れ晴れとした表情をしていた。

どうやら、上の孫娘が悶々としていたのは、母から「口裏合わせ」をするように言われていたことが原因であったらしい。

母親が現在別居中であることをまわりに秘密にしていたので、自分の娘にも口止めをしていた。

だから一緒に友達と遊ぶのも自由にはできず、その理由を訊ねられても「用事があるから」といった当たり障りのない答え方をせざるを得なかった。

ウソをつかなければならないことが、子供にとっては重くのしかかっていたようである。

昨晩、娘と上の孫娘がじっくりと話をして、本当のことを言ってもいい、と言われたのをきっかけに、孫の表情がにわかに緩んだらしい。

もし友達から「お父さんは?」と訊かれたら、「いないの」と答えなさいとも。

さらに突っ込まれて問われたら「だって、いないんだもの」とニコニコしながら言えばいい、ともアドバイスしたらしい。

なるほど、子供同士の会話であれば、それで十分に用は足りる。

まさか、そこから突っ込んで「どうしたの?」と、根掘り葉掘り問うてくることはないだろう。

娘がどこから、あるいは誰からそんな話法を仕入れたのかはわからないが、これは賞賛に値すると思った。

おかげで、家族一同、今日は機嫌よく出かけることができた。

事務所では、当方の離婚合意書案をまとめた。

当初の話と違っているのは、月額養育費の金額だけである。

なぜ違ったというと、弁護士が夫に
「養育費の概算計算をするので、できる限り正確な昨年の年間収入を教えてほしい」
と依頼して、彼から返ってきたメールの金額でもって養育費を算出していたのが最初に提示した案。

正確な計算をすることとなり、彼に源泉徴収票を要求したところ、書かれていた年間収入は、それよりはるかに多かったのである。

そこで家裁の養育費算定表をもとに再計算したところ、最初に提示したものよりも高くなったのは当然のこと。

もちろん、所定の養育費の最高額を要求したのは当然だ。

彼がこれをどう受け止めるかはわからない。

ほかにも過少申告していたものはたくさんある。

すぐにバレるようなウソを平気でつくのだから、まるでお隣の国と同じだ。

それはともかく、この案は、弁護士から本日中に夫側に伝達することとなっている。

さて、相手が受け入れれば、これで離婚騒動はめでたくお開きとなる。



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待っている間に孫娘たちが画いてくれた
 
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7月28日(火)

急きょ、明日に弁護士事務所に行くこととなった。

私のもとに連絡がきたのは昨日のことで、趣旨は、夫側に提示する最終離婚条件案をまとめるためである。

実は8月のできるだけ早い時期にということで日時を押さえていたのであるが、弁護士のほうから少しでも早いほうがいい、ということと、たまたま先生の時間が空いた、ということで明日に決まったようだ。

それはそれでいいのだが、困ったことに娘がまた抑うつ的になってきたらしい。

妻の話では、いよいよ離婚が具体化してきて、どうやら娘の中に今まで鬱積していたものが徐々に出てきたのではないか、と。

また、孫たちも今のぎこちない生活の中で、子供ながらに欲求不満を溜めていっているようだ。

小学校2年生の上の子など、皮肉めいた口調でモノを言うこともあるらしい。

しかも、その口調が夫の言い方に似ている、というから、娘にしてみれば余計にダメージが大きいのだろう。

考えてみれば、地獄の苦しみは5年間だけであったかもしれないが、トータルで17年間の結婚生活があったのだから、相応の重みがあるのは想像に難くない。

我が子ながら、その胸の内は察するに余りある。

なお、明日は、孫娘たちも弁護士事務所に連れていくことになっている。

夏休み中につき、子供の面倒を見る大人がいなければいけないので、子供たちを弁護士事務所に連れていき、会議室をお借りし、そこで遊ばせておく、という段取りである。

過去にも、2回か3回か、その方法で対処させてもらった。

もちろん、事前に事務所の了解をいただいている。

幸か不幸か感染症の時期で、会議室はいくらでも空いている。

大人が用意していくのは絵の描ける紙とお菓子だけでいい。

これが男の子であればそんなわけには行かないだろうが、女の子ならおとなしいものである。

ともあれ、問題解決のためには、さまざまなハードルをこえていなければならない。



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お菓子で子供を釣るわけではないが(汗)
 
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7月27日(月)

図書館に向かう途中のこと、バイクを運転する人とすれ違いざまに、声をかけられた。

マスクをしているので、その人を見てもだれだか気づかなった。

私はノーマスクなので、おそらくすぐに身元が判明したのだと思う。

怪訝な表情をしていたら、その人がマスクをとり、笑っている顔を見て、Mさんだとすぐにわかった。

Mさんはこの三月まで小学校の野球部でコーチをされていた人で、今もときどき応援でお手伝いをしている人である。

コメの販売店をやられていて、今日はお客さんに請求書を届けるために走っている、と言っていた。

Mさんと言っても、女性にハイヒールで踏んづけられて喜ぶという趣味を持っているかどうかまでは、私は知らない。

この3年ほどは、年に一回の総会のときしかお目にかかることがないが、よくぞ私のことを覚えてくださっていたものだ。

客商売だけに、人の顔を頭に叩き込むのは得意中の得意、いや一度で覚えてしまわないことには話にならないというところなのだろう。

彼のパーソナリティーは豪快そのものであり、会話をしていると文字どおりエンドレスである。

とはいえ、私と違って彼は仕事を山のように抱え、手を抜いているゆとりはないはず。

簡単に会話を済ませてお別れした。

いま子供たちの野球部は、コロナの関係で練習場の確保もままならず、何かと苦労をしながらもチームとしての活動を続けているらしい。

とにかく好印象を与える人物であり、彼のまわりは常に笑いにあふれていた。

いい人と会って話をすれば、それだけでこちらの気持ちも良くなり、なぜか運気も上がったような気がする。

図書館に着いてからでも、まだ彼の余韻が残っていたほどである。



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柚月裕子さんの『検事の信義』を借りてきた
 
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7月26日(日)

一昨日、クルマの12か月点検を申し込もうと思って、近所のガソリンスタンドに行き訊ねてみた。

すると、迷惑そうな表情をあらわに「ウチではやっていません」と答えるのである。

「去年、車検をやっていただいたのですが・・・」と言うと、提携している認証工場に持ち込んでのものであって、このスタンドの中ではやっていない、との返事。

要はやりたくないのだろう。

もし持ち込みの費用がかかるというのであれば、それも見積もりの中に入れればいいだけのことだと思うのだが。

若い人であったから、もしかしたらアルバイトなのかもしれないが、せっかくこちらから商売のネタを持ち込んでいるのに、可愛げがない店だと思って、そこで頼むのはやめた。

ネットで調べてみたが、しかし認証工場や整備工場は家の近くにはない。

クルマの引き取りや納車をやってくれる会社も多いが、私の場合、駐車場と自宅が離れていることもあって、逆に手間がかかる。

点検の会社が家の近所にあって、自分で持ち込みも引き取りもできないと困る。

その時点で、12か月点検を受けるのを、事実上あきらめた。

ただ、エンジンオイルだけは気がかりであった。

昨年の車検以来、一度もチェックを受けていない。

そこで、今日、ガソリンの給油のためにいつものスタンドに寄ったとき、あわせてエンジンオイルの点検をお願いした。

何という名称かはわからないが、細い棒を突っ込んで引き上げるやいなや、店員さんの目が丸くなったのである。

「かなり汚れていますし、量も減っています。」と言われた。

もちろん、すぐに交換をお願いした。

休憩室のような部屋に案内され、座って待っていると、その店員さんが小走りでやってきて、「ほかにも不具合箇所があります」と言いながら1枚のペーパーを見せてくれた。

6点ほどの項目が書かれていて、いずれも期限切れか機能不十分か、とにかくすぐに変えなければならないものばかりだという。

特にバッテリーが老朽化していて、いつなんどき、つまり高速道路を走っている最中に動きを止めてしまう恐れもある、とか。

走行距離数は少ないが、走らなくても1年も経つと機械のことだから不調が出てきてもおかしくはないらしい。

恥ずかしながら、日常的なケアは全く何もしてこなかった。

今日、ガソリンスタンドで見てもらったおかげで、12か月点検も済ませたようなものだし、一応の安心はできる。

いずれはクルマもAIでコントロールされる時代になるだろうから、おそらくマイカーを持つ人も少なくなるのではないか。

いま私が乗っているクルマも、娘のことが落ち着けば売却してしまうつもりだ。

もしかしたら、私がクルマの点検を受けるのは、これが人生最後であったかもしれない。



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すべて合わせると税込みで2万円かかった
 
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7月25日(土)

外を歩いていて、お店の前に「しばらく休業します」とか「閉店いたしました」といった貼り紙を見ることは、珍しくない。

ことにコロナ以降は、至るところで見かける。

飲食店などに多い。

今日も、フランチャイズの焼き鳥店の店頭で見かけた。

2週間ほど前に初めて気がついたのであるが、今日は、閉店の貼り紙のすぐ横に、おそらく次にオープンするであろうお店の告知が貼られているのに気づいた。

それによると、8月上旬に開店するらしい。

「串焼き鶏」のお店だというから、提供商品もわりとよく似ていると思った。

今晩で営業をやめて、明日から次のお店が内装の工事に入る予定というから、あわただしいスケジュールである。

今日で店じまいするお店には、一度も行ったことがない。

だから、どんな味の焼き鳥が出されるのか、どんなサービスをしてくれるのか、値段線はどんなラインかなどは、全くわからない。

時期が時期だけに、最後だからというのでサヨナラを言うために立ち寄るというのも遠慮してしまう。

思えば、昼夜を問わず外食をしたのは、3月2日のイタリアンレストランが最後である。

それから約4か月間というもの、家の外ではコメ粒一つ、またお酒の一滴も口にしていない。

ただ、私のような人は数多いことと思う。

だから、飲食業界は大きなダメージを受けたのだろう。

それにしても感染症がいまだ収まらない現状で新規に店を出すというのだから、相当な覚悟で臨んでいるに違いない。

清水の舞台からバンジージャンプをするようなものだ。

陰ながらこのお店の商売繁盛を祈ってやまない。



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去るものと来るものが仲良く並んでいるのが面白い
 
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7月24日(金)

郵便受けを見たら、「アンケート」が入っていた。

管理組合の理事長が手配したもので、9月にマンションの火災保険が更新されることになっていて、どこを選ぶかを役員個々に問いかけている。

管理組合が発注する火災保険は、個人の部屋のとは違って、共用部だけが対象になったものだが、基本的には変わるところはない。

昨年の秋に火災保険料が大幅に値上げになったが、その点もマンション共用部だからといって例外ではない。

実はこの件で、またまた前理事長が登場してきたのである。

先月頃、現在の理事長に対して、この事態に適切に対応するように迫ってきた。

火災保険料の負担が大きく増えれば、マンション住民が毎月支払っている管理費を上げざるを得なくなる。

彼女はそのことを極度に嫌がっているようだ。

そこで彼女みずから着手したのは、新たな保険会社を見つけてきて、そこから見積をとる、ということ。

しかし、現在契約中の保険会社があって、また、相見積もりをとる会社が5社もあるのだから、これ以上、選択肢を増やすことに何か意味があるのだろうか。

そもそも、保険料が上がるのが嫌だというのであれば、補償される保険金額を下げるか、補償内容を減らすか、免責金額を増やすか、幾らでもやり方はあるはず。

たとえば私のマンションでは、個人賠償保険も補償内容に入っているが、実際には住民の世帯での契約でも入っている事例は多い。

現に、私もそうである。

万が一の事故があったからといって、両方の保険からダブって保険金が入ってくることはない。

なら、何らかの形で契約実態調査をして、ほぼ全世帯が個人で入っているとわかれば、マンションとしての契約からはずせばいいではないか。

それだけでも、大きく保険料が下がる。

少なくとも現行より安くなるのは明らかだから、前理事長も文句は言えない。

今から間に合うかどうかはともかく、このようにあれこれと知恵を絞って、保険料が下がる方向に持っていこうと思っている。

来週の決算理事会で最終決定する段取りだが、これが今期理事会の最後の仕事になるだろう。



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自分の部屋の火災保険は仲介業者のすすめるままに決めた
 
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7月23日(木)

地元のテレビ局から、電波出力レベルの測定のために、検査担当者が私の部屋までやってきた。

私のマンションでは、そのテレビ局から地上波テレビの電波が届けられており、電波が正しく送られてきているかどうかのチェックを定期的に行っているらしい。

私は入居3年目にして初めてであるが。

とにかく、その検査のために部屋に入ってくるので、住民は立ち会う必要がある。

もちろん、無料である。

2週間ほど前から、住んでいる人間の都合のいい日時を選んで申し込むようになっていた。

といっても、時間帯は2時間の枠が用意されていて、『訪問日時』を知らせる文書には、作業にかかる時間は「30~40分ぐらい」と書かれている。

片や、2週間前に送られていた『案内文』には「20分程度」となっていた。

ざっと2倍の違いがあるので、「どっちやねん!?」の言葉が出てきそうになるが・・・。

かといって、あえて電話をかけて問い合わせをするほど、目くじらを立てる問題ではない。

私の人生全体から見ればささやかな違いなので、知らん顔をすることにした。

そもそもテレビを見ない私には、仮に私の部屋に送られてきている電波に異常があったところで、何の関係もない。

とはいえ、もし私がこの部屋を出ていくような事態が起こるかもしれず、次の住人のために受けておいた。

約束の時間帯に、若いイケメン男性がやってきた。

私の部屋にはテレビ端子が二か所あり、その一か所にだけケーブルのようなものを突っ込んで、それをタブレットに読み込ませての検査である。

作業はものの5分もかからずに終わった。

私のところまできて、「正常値が記録されました」との報告があり、確認のサインを求められた。

それで終わりかと思うと、そのイケメン君が私にさらに話しかけてくるのである。

何かな、と思いながら耳を傾けると
「私ども○○の提供しているサービスに光ファイバーのネット接続がありまして・・・」
と立て板に水のトークが始まった。

今日は、測定を兼ねた訪問販売、というのが偽らざるところなのだろう。

だから「所要時間」が一定していなかったのだ。

熱心というか強引というか、積極的な営業姿勢は、この会社の際立った特徴である。

ここの社員さんには4連休なんて関係ないようだ。



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ノルマは相当きついのではないかと思う
 
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7月22日(水)

物事が進むときというのは、思いも寄らぬスピードを帯びるものだ。

昨日、弁護士事務所で打ち合わせ、家裁での調停を申し入れることに決定して、弁護士への委任状に捺印も済ませ、やれやれとの思いで帰宅した。

すると、今日の午後になって、弁護士からメールが到着。

夫側が全面降伏を申し入れてきた、とのこと。

「家裁への調停申し入れは何としても避けていただきたい」と泣きを入れてきたらしい。

当方としても争うこと自体が目的でもなんでもなく、円満に問題解決ができるのであれば、それ以上は何も求めていない。

これで楽になるのであれば、願ったり叶ったりである。

一応は、しばらく対応を協議してから正式に返事をする、との形で弁護士から夫側に答えていただいた。

いっときは泥沼化を覚悟していただけに、本当に救われた思いである。

実は、昨日に弁護士から家裁調停の件は夫側にメールを入れていただいていた。

そして、どうやら夫は深夜にそれを読んで、おそらくはそれから眠ることができず、何通もの嘆願のメールを送り、午前4時過ぎのタイムスタンプのあるメールで「妻側の条件に従います」と伝えてきたのである。

今朝から弁護士が東京出張で、出先での仕事の合間を縫って彼とも最終の確認を取り、当方に連絡を入れてくださった、という経過がある。

つまり、昨晩遅くには相手方は白旗を上げていたことになる。

まだ終わったわけではないが、あまりにもあっけない幕切れであった。

彼が住んでいるマンションからも速やかに出ていってくれるし、渋っていた財産分与にも応じてくれる、コロナの特別給付金の妻と子供の分も振り込んでくれる(笑)、マンションの持ち分比率のことも撤回してくれる、あと細々した無理難題もすべておさめてくれるだから、実に見事な手のひら返しではないか。

近々に弁護士と条件の最終確認のために打ち合わせして、それでもってエンディングとなる予定。

今となってみると、彼が騒いだ分だけまわりの人間が降りまわされ、時間とエネルギーとお金を浪費したことなる。

失ったものは取り返しようがない。

せめて、弁護士費用の半額は負担してもらいたい(汗)。



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コロナの時期でなければ祝杯を挙げているはず
 
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7月21日(火)

お店に出していたクリーニングが上がったので、取りに行った。

見ているだけで汗がわいてくるような厚手の服ばかりであったが、1本だけ、夏物スーツのズボンがあった。

先週、弁護士事務所に行った帰りに汚れが付いたので、冬物と一緒にクリーニングに出したのである。

実は、夏物のスーツはこれ1着しかない。

現役時代は3着はあって、着回しをしていたのだが、3年前に引越してきたときに気がついたら、これ1着しか見当たらなかった。

立場的にスーツを着る機会なんて、年に何回かぐらいしかないから、今さら買うのももったいないと思い、気にも留めないでやり過ごしてきた。

しかし、クリーニング店に出した直後に、次の弁護士との打ち合わせが21日、つまり今日の夕方に決まったのである。

偶然にも同じ日に上がる予定であったので、その点は助かった。

クリーニング店さんはスーパーの中で営業をしているので、スーパーに行ったついでに持ち帰ればいいだけのこと。

それに、火曜日はそのスーパーが力を入れている「特売日」なのである。

「火曜市」と銘打って、野菜や魚などの特価販売をするので、開店と同時に千客万来となる。

店内ではのぼりを立てたり、BGMを流したり、お店をあげてのお祭り騒ぎなのだが、今日は、そういった賑やかさは見られなかった。

今までなら、入り口付近に野菜の特設売り場を設け、「ジャガイモ28円」「玉ねぎ28円」などとお得価格を前面に出していたのがだが、今日は特設売り場もなく、値段もジャガイモが58円まで上がっていた。

長雨の影響を受けたからだろうか。

精彩を欠いた「火曜市」であった。

ただし、買い物が少なかったおかげで、クリーニングの上り品を持って帰るのも楽であっから、これはこれで「塞翁が馬」であったと思う。

さて、弁護士とは、今後の娘の離婚交渉をめぐって相談させていただいた。

協議を続けていても埒ががあかないとの判断で、家裁での調停に持ち込むことに決定した。

夫側に誠意のかけらも感じられず、エネルギーを浪費するばかりだと考えてのことだ。

先方には断りも入れず、一方的な宣戦布告となる。

しかし、ほかに選択肢はなかったと思う。



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季節が変わるときだけしかお世話にならない
 
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7月20日(月)

趣味では決してないのだが、また今日も医療機関のお世話になった。

歯科の定期健診に行ったのである。

最初は半年に一度であったのが、気がつけば3か月に一度になっていた。

どこかが悪いというのではなく、歯が着色しやすいタイプらしい。

中でもコーヒーは歯を汚しやすい傾向があると聞いて、合点が行くところがあった。

今まで担当の歯科衛生士さんがかわるたびに、
「コーヒーはお好きなのですか?」
「一日に何杯ぐらいコーヒーを飲まれるのですか?」
と質問されていたのを思い出したからである。

歯科衛生士さんはコーヒー好きが多いのかなとか、私をお茶に誘っているのかなとか、いろんな妄想をめぐらしていたのだが、あくまでも治療の一環として訊いていたのだ。

とにかく、汚れが付着しやすい性状の歯だけに、3か月に一回は点検してクリーニングしましょう、ということに相成ったのである。

それが3か月に一回の健診となった経緯だ。

これは美白のためという美容目的ではなく、歯に色が着くとそこから菌が繁殖しやすくなるから、と聞いた。

もちろん歯の健康を守るための処置になるので、社会保険が適用されるのは言うまでもない。

もっとも昨今はうかつに「美白」の言葉を使うと、人権上の問題が出てくるかもしれず、ややこしい時代になったものだ。

ところで、診察椅子を倒されて30分以上も横になっていると、自然と眠くなってくるのは避けられない。

最近は睡眠不足気味の毎日なので、とりわけ柔軟なクッションの効いた椅子に横たわると、眠気が我慢の限界近くまでやってくる。

歯科衛生士もわきまえているのか、頻繁に椅子を起こして私にうがいをさせる。

その都度、一旦は目が覚醒するのだが、横になるとまた睡魔が襲ってくる。

それの繰り返しであった。

なお、健診はさしたる指摘事項はなく無事に終わった。

最後に受付で受け取った検査表の私の氏名に、訂正の跡があった。

本当ならプリントアウトのし直しをするのだろうが、おそらくは経費節減のために手で修正したのだろう。

どこのクリニックも経営は大変なようだ。



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幼稚園の先生のような気もする・・・・
 
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7月19日(日)

ネットをうろうろしていたら、ちょっとしたクイズをやっているのに出くわした。

「一けた台の素数は何個あるでしょうか?」
というものである。

指折り計算して、「5個」が正解だと思ったら、「4個」が正しい答えとなっていた。

意外に思って解説のところを見ると、「素数」の意味として
「1とその数自身でしか割り切れない数であって、1よりも大きい数」
といった説明がなされていた。

私の理解の中では、「1よりも大きい数」という但し書きがいつの間にか抜けていたようだ。

誰にも知られなくてよかった(汗)。

おそらく、学校で習ったときは、当然「1よりも大きい数」と教わっていたはずである。

知らない間に、というか、受験が終われば「素数」と接することもなくなり、「1は素数ではない」ことが記憶の世界から消えてしまったに違いない。

おそらく、高校を出てからは、「素数」の考え方に触れたこともなく、言葉すら耳にしていなかったと思う。

それが、はるか50年後にひょんなことで私の前に登場したのだから、何やら導きのようなものを感じてならない。

いや偶然ではなく、もしかしたらこれは運命づけられたものかもしれない。

最近はマンションや娘のことで割り切れない思いをする場面が多く、そんな私の心境が「素数」を招き寄せた、とも考えられる(まさか)。

もう一つう不思議なのは、理系には全く興味がなく数学も苦手でしかなかった私が、なぜか中途半端ながも「素数」の意味をいまだに覚えていた、という事実である。

学校時代は、テストがあるからというそれだけの理由で理系の勉強をしていた。

だから、これをやったところで大人になっても役に立つことなんて絶対にないと、多くの劣等生と同じ考えに染まっていた。

現に、社会人になってからといもの、一度たりとも「素数」や「因数分解」「ピタゴラスの定理」などは使う機会がなかった。

「オレの言ったとおりではないか」と、ひそかにしたり顔をしていたのだが、数学は会社の仕事や家事では役に立たずとも、自分の思考力や理解力を高める上でプラスに働いていたのではないかと、とりとめもなく思いをめぐらしてみたのである。

そう考えると、学校での無意味にしか思えなかった勉強も、長い人生を形作る上では大切な意味合いを含んでいたのかもしれない。

有形無形のいろんなものが、私を育ててくれたと思うと、ありがたい思いで満たされてくる。



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紀元前の時代から素数の研究が行われていたらしい
 
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7月18日(土)

年齢だからか、医療機関にはよく行っている。

今日は眼科クリニックのお世話になった。

本当なら土曜日の通院は避けるようにしている。

時間の自由になりやすい私のことゆえ、お勤めの人が休日に通いやすいだろうと考え、たとえ一人分でもワクを減らす趣旨からである。

もちろん、とりもなおさず、自分自身が土曜日のように混雑する日には行きたくない、との意図もある。

しかしながら、この眼科クリニックは、いつ行っても患者の数はまばらである。

何十年か前に街が開かれたころは、相当な賑わいを見せていたと聞いている。

平成の終わり頃になってからというもの、近くに住む人も少なくなってきたぐらいだから、手の打ちようがない。

だから、土曜日だからといっても患者が殺到することはなく、私も気にせずに診察を受けられる。

そもそもは白内障の経過観察のために、この眼科で診ていただいている。

簡単な検査をして、目薬をいただいて帰るだけだから、診察は10分とかからない。

ただ、今日は最初の視力検査からつまづいていた。

医師が奇異に感じるほど、私の左目は大きな字が見えないのである。

どうやら、乱視だそうだ。

乱視が進んだというよりも、乱視での見え方がいつもより歪んできているらしい。

そういえば、最近、パソコン画面の文字が一段と見づらくなってきた。

老眼が進んだのかと思っていたが、医師のお話では実は乱視の影響だとのこと。

乱視での見え方というのは、日によっても歪み加減が違うらしい。

まさか、パソコンモニターを注視することが原因ではなかろうか。

となると、ややもすれば、医師からパソコンの使用制限が加えられるかもしれない。

人生の楽しみが奪われるような気がしてならない。

ただ、モノを見る器官として目は大切なものだ。

大事にいたわっていかなければならない。

いままで、自分の体の一部だということで、ごく当たり前のように酷使してきたものだ。

「10月10日」の日だけでなく、毎日、目を大事にしよう。



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診察は視力検査から始まる
 
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7月17日(金)

ささやかとはいえ、自分の目を疑うようなことがあった。

散歩を兼ねての買い物に行ったところ、サブにしているスーパーでインスタントコーヒー120ℊが598円で出ていた。

いつもなら600円台後半なのだから、100円ほど安く出ていることになる。

コーヒーの味がどうなのかは私には全くわからないが、インスタントは必ずこの銘柄を買ってきては飲んでいた。

20年以上はこのブランドだから、まぎれもなく私のお気に入りの品である。

もちろん、すぐに手が出たのは言うまでもない。

もう一つもらおうかとも一瞬は思ったが、あまりに卑しいように思えてそれは自重した。

驚いたのは次である。

すぐ隣の棚に同じ品の80ℊ入りが並んでいた。

それは正規品で、値段は650円となっている。

同じ商品なのに、中身の量が少なくてしかも値段が高いなんて、明らかな矛盾である。

さすがに、今日は、80ℊ入りのほうをあえて買う客なんていないだろう。

同一商品がお店によって値段が違っている、というのは珍しくはない。

今回のように、ほぼ同じ商品棚のところで、内容量が少ないほうが値段が高いというのは、人生経験の浅い私には初めてである。

買い物歴の長い人には日常茶飯事のことかもしれないが、私には、この春、原油の先物価格がいっときはマイナスになったニュースを連想した。

世の中には、いろんなところに不思議がある。

だから退屈はしない。



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朝のコーヒーは幸せを運んでくれる
 
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7月16日(木)

かかりつけの内科医に行ってきた。

血圧の検査と処方薬をいただくために、毎月1回、通っている。

感染症の関係で、今日もすいているだろうと思ってマスクはポケットに入れたままにしておいた。

待合室に入ると4人が待っていて、予想していたよりは人の数が目立つなと思った。

平日の昼間にクリニックにやってくる人だから、ひとりの例外を除いては高齢者ばかりである。

私を入れて5人だから、どう見ても密集状態にはならない。

だから、待合室でもマスクはしなかった。

診察室の中では医師と対面になるので、入室の直前にマスクをつけるつもりでいた。

だがしかし、実際に自分の名前を呼ばれて中に入ったとき、うっかりマスクをするのを忘れてしまったのである。

診察はものの5分間ほど。

血圧を測定し、薬が出てきたまさにそのときに、マスクをポケットに入れたままであるのを思い出した。

スタッフは全員がマスクをつけているので、やや私の居心地が悪くなってきてしまった。

しかし、診察はもう終わりだし、もし私にマスクの着用が必要というのであれば、まずは受付のところで注意を促されただろう。

なのに、何も言われることはなかったので、知らんふりをして帰ってきた。

そういえば、最後に医師から
「これからは十分に水分をとって、熱中症には気をつけてくださいね」
と声をかけられた。

もしかしたら、私がノーマスクであることを引け目に感じていると思われて、いたわりの言葉をかけてくださった・・・・と考えるのは気の回し過ぎか?

なお本日の血圧は108-60と、良好であった。



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遠隔治療であればマスクを気にせずに通える
 
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7月15日(水)

郵便局に行って、介護保険料を納めてきた。

年金から天引きされるのが原則なのだが、昨年度の私の所得が変更になったというので、天引きがストップになったという。

そのからくりは私にはわからないが、ともかくもお上が決めたことなので、従うしかない。

口座引き落としという方法を選ぶこともできるのだが、なぜか指定の銀行は限られていて、ネットバンクは当然のごとく名前が載っていないのである。

ということは、窓口まで現金と納付書を持っていくしか方法しか残されていない。

幸い、湯便局なら近所に幾つかあるので、散歩や用事で出かけたときに郵便局で払い込むというのが、最も簡単だ。

ただ、現金でないと受け付けてくれない。

政府がキャッシュレスを熱心に叫ぶのであれば、カードやQRコードでも納付できるようにする配慮が要るのではないか。

昨今、私はできるだけカードか電子マネーでの支払いをするように努めている。

買い物はもちろん、飲食店でもほとんどがカード決済を取り入れているので、支払いはカードで済ませて何ら支障はない。

電車に乗るときはICOKAだし、諸団体の会費を納めるときも、迷わずネットバンクを使っている。

商店などで現金以外の支払いを認めていないお店は、あらかじめわかっていれば、買い物をしないと決めている。

100均ショップで現金オンリーのお店があるが、そこでは買い物をしないと決めている。

現金を使わざるを得ないというのは、電子マネーをチャージするときか、あるいは諸団体の飲み会参加費かお祭りの夜店の屋台ぐらいではないか。

最近はお葬式でも「お香典不要」のケースが多くなってきている。

私は好意的に評価しているキャッシュレスだが、中にはセキュリティー面を心配している人もいる。

海外の一部の国では、政府が国民の動向を管理するためにキャッシュレスを推進しているようだが、日本の場合は、当面はその恐れもなさそうだ。

それは信じるしかないことだと私は割り切っている。

ことほどさように、現金を持ちたがらない私にとって、キャッシュしか使えない場面というのはすこぶる苦痛なのである。

とりわけ、最近は弁護士事務所に家族と一緒に出掛けることがふえ、娘の体調を考えてクルマで行くのだが、大阪市内のビジネス街ともなると、駐車場は有料のところしかない。

大半は自動精算機で、しかもキャッシュだけである。

さらに、使える紙幣の最高額が5,000円というところもあって、もし1,000円札の手持ちがなければ、たちまち困ってしまう。

妻か娘に借りるのもカッコ悪い。

そんなことがないように、大阪市内に行くときは、事前に、財布に1,000円札が入ってることを確かめておかなければならない。

うっとうしい作業であり、さらにシワが増えそうな気がする(汗)。



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小銭入れを持って外出することはほとんどない
 
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7月14日(火)

昨日に引き続き、弁護士事務所に伺った。

重大な争点になるかもしれないマンションの持ち分比率に関しては、弁護士の迅速な動きによって、夫側の言い分が事実無根であると証明できそうである。

不動産登記をするにあたっては、売主と買主の間に司法書士が入って、書類がすべてそろっていることを確認し、支払いが完了したことを確認してから、法務局に登記の名義の変更手続きを申請することになっている。

当然、そのときに契約内容を双方に確認するので、持ち分比率にも触れるのは義務とされている。

その一連の書類の中に持ち分比率が明記されており、同時に、司法書士に手続きを代行してもらうことを認めた委任状があった。

そして、夫と妻の両名の署名があり、捺印がなされていたのである。

夫の筆跡は、娘が見た印象では本人のものに間違いない、と断言していた。

裁判にでもなれば専門家による筆跡鑑定とうことになるが。

そこまでしなくても、この署名は事実を雄弁に物語る動かぬ証拠と言えよう。

夫はどう釈明するのだろうか?

まさか筆跡を真似て妻側が勝手にサインした、などとは言わせない。

司法書士が目の前で見ていたのだから。

これらの一連の書類をもとに登記簿が作成されるのだから、司法書士の任務は責任重大である。

常識的に考えて、勝手に内容を変えてしまうことなんてまず不可能である。

ウソばかりついていると、どこかで矛盾に行きあたってしまう。

結局はみずから墓穴を掘る事態になる。

そういえば、一昨日の日曜日に娘が久しぶりにLINEを見たら、夫がIDを削除していて彼の書いたメッセージがすべてなくなっていたらしい。

ひと月ほど前から夫をブロックしていたし、その気力もなかったのでLINEを見ることもなかったから、いつの時点で夫がID削除に及んだのかはわからない、とのこと。

同居していた頃には、脅迫めいたメッセージが送られてきたこともあったというから、もしかしたら証拠隠滅を図ったのかもしれない。

今回の持ち分比率のことが自分の間違いだとわかったとき、たぶん知らん顔して済ますのではないか、という気がする。

何も言わなければ皆は忘れてくれるだろうと思い込んでいるのか。

それが彼の今までの処世術であったのだろうが、しかしこの持ち分比率の一件は、翻弄された何人かの人間の記憶に消しがたく焼き付いているのは必至。

簡単に証拠隠滅できるものではない。



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世の中に悪の栄えたためしはない
 
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7月13日(月)

弁護士事務所に行ってきた。

先週、弁護士から、当方からの離婚にあたっての条件を明記した書類を、夫側にメールしている。

その返事が来ているとのことで、伺いに行ってきた。

手前勝手な物言いかもしれないが、当方としてはかなり甘い条件にしておいた。

そのほうが事は早く進むだろうと思って。

また、弁護士も、
「おそらく家裁もこの条件と同じレベルの裁定をするであろう」
とのお話であった。

ところが、夫から返ってきた回答というのは、文字どおり木で鼻をくくったようなもので、弁護士もあきれ返っていたという。

A4のペーパー2枚にプリントアウトされた彼からのメールを読んでみると、荒唐無稽としか評する言葉がない。

一点だけ具体例を挙げるなら、彼は、マンションの評価額を思い切り高めに設定していたのである。

これは、最初の条件の投げかけのとき、彼の持ち分比率分の対価を当方が支払うので、名義を娘だけのものに書き換えてほしい、と申し出たからであろう。

彼にしてみれば、少しでも自分の取り分を多くするために、査定額を意図的に高めに設定したのだと思う。

現在のマンションの名義は、娘と夫とで7:3になっている。

この比率についても、実は資金を出したのは当方側が9割に近い8割ほどを占めている。

本来は8:2ぐらいが妥当なラインなのだろうが、娘は夫のことを配慮して7:3で登記申請を済ませた。

彼自身もわかっているはずなのだが、なぜか半分ずつの資金負担をした、と執拗に繰り返すのである。

弁護士が登記簿謄本を取り寄せて、共有割合が7:3と明記されているのを示しても、それは間違いだと主張する。

挙句の果ては、あたかも娘が公文書を偽造したかのような口調になってきた、というから、まともに相手にはできない。

しかし、ちゃんと反論しなければならないのが弁護士の仕事である。

過去の銀行通帳から実際の振込金額の明細を調べ、さらに法務局に出向いて登記に不手際がなかったことを確認するらしい。

彼が自分が間違っていたことが検証されたら、どんな顔をして言い訳をするのだろうか、見てみたいものだ。

明日も続きを行う予定。



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偽造していないことを証明するなんて、可能なのか?
 
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7月12日(日)

買い物をするスーパーは、主に3店に集中している。

メイン以外にもサブを2店、持っている。

サブの中でも、わりと頻繁に買い物をするところと、チラシを見て特価品が出ているときだけ買いに行く店と、使い分けをしている。

今日は、よく買うほうのサブの店で「玉子1パック98円」の特価品を買ってきた。

おそらく、この値段で売っているスーパーは、世には多くあると思う。

どことも、「ほかに1,000円以上の買い物をしたお客様限定」との条件を付けていることが多い。

ただ、同店では、その条件が「500円以上」となっており、かなりハードルは低い。

私のように、必要なものだけをその都度買っている者には、500円というのは助かる。

ところで、このお店は、コロナ騒動で緊急事態が叫ばれていた時期は、98円での販売企画は中止になっていた。

政府の要請か指導かで出された「人がたくさん集まるイベントは慎んでください」に従ったものである。

4月から今月のつい最近まで、玉子のお得価格での販売はしていなかった。

それまでは、日曜日ともう一日、毎週2回、このイベントをするのがならわしであった。

今日は3か月ぶりに復活である。

もっとも、すべての小売店が玉子の特価販売を見合わせたわけではなかった。

私がメインとしているスーパーでは、何食わぬ顔して週に一度、98円玉子を売っていた。

考えてみれば、玉子10個入りを98円にしたからといって、それだけで大いなる集客効果が得られるかと言えば、はなはだ疑問である。

喜んで飛びつく人は私ぐらいのものではないか(汗)。

お店にしても、お上の指導にはちゃんと従っているというポーズを示すために、いわばアリバイづくりとして玉子の安売りをやめていただけではないか、という気もする。

だんだんと毎日の普通の生活が戻ってきつつあるように感じる昨今だが、玉子の廉価販売が復活したことに、私は励まされる思いがした。



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玉子は本当に物価の優等生だ
 
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7月11日(土)

午後から、マンション管理組合の理事会があった。

来月の総会の準備のためであり、実は、7月は今日を入れて3回の理事会が予定されている。

最後の詰めといったところだ。

今日は、やはり組合員全員を集めての総会は開催できないので、新旧の役員と管理会社だけで、書面決議の総会をすることとなった。

これはある意味では当然の結論と言える。

実際に出席するメンバーの人選をめぐって話が進む中、なぜか前理事長の名前が出てきた。

もちろん当日に出席する必然性は全くない。

奇妙に思ったのは、そもそもは前理事長の仲良しグループの一員だとばかり私が思っていた二人の女性が、口を極めて彼女への批判を繰り広げているのである。

いわく、理事会の活動に口をはさみ過ぎだ、呼びもしないのに私たちの活動に入り込んでくる、理事会のときにオブザーバーで来てもらったら、自分が求められている議題が終われば出ていくのが当然・・・・・等々、私が常に感じていることと全く同じ話が出てくるのである。

ほかの人から来た話を総合すると、どうやら前理事長は、自分がやりたいと思い立ったことに対しては我慢が効かないらしい。

そういえば、私のほうの用件で電話をしたときも、彼女からの一方的なおしゃべりを延々と聞かされることがあり、途中で、適当な口実を見つくろって一旦電話を切るようにしないと、いつ終わりになるかわからない。

会議のときなど、まわりの人が聞いているかどうかはお構いなしで、とにかく自分のペースで話し続ける。

完全に自分に酔っているとしか思えない。

昨年の理事会は3時間とか4時間もかかっていたと聞くが、納得の行くところだ。

本当のところ、コミュニケーション力は欠けているとしか言いようがない。

今日の会議での一番の収穫は、表面的には親しく接している人であっても、内心は必ずしもそうではない、という事実を目の当たりに見られたことである。

理事会活動のプロセスではいろんなことを勉強させてくれるので、認知症の予防にはつながっているかもしれない。

 
 
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「60の手習い」とは言い難い年齢だが・・・
 
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7月10日(金)

今年は大雨に呪われたかのような梅雨となった。

とにかく、全国各地で大雨特別警報が出されている。

「数十年に一度」と言われる特別警報がこんなに毎日のように出されたのでは、特別感というものが伝わってこない。

気象庁の弁では、くだんの「数十年に一度」の気象がらみの災害としては、たとえば伊勢湾台風が該当するとのこと。

死者と行方不明者を合わせると5,000人を超えるというから、これは紛れもなく記録的な災害にほかならない。

私が小学校2年生のときに経験しているが、いまでもあの地鳴りのような暴風の響きは耳にこびりついているほどだ。

なるほど「数十年に一度」の形容詞にふさわしいと思う。

ただ、昨今はあまりにも頻繁に特別警報が発出されている。

気になって調べてみると、大雨特別警報については、2013年の制定の年から毎年出ているではないか。

もっとも、「数~」という言葉は、使う人や世代によって大きくギャップがある。

私など、「数十年」と言われれば頭の中では「60~70年」をイメージしてしまう。

しかし、私と同じような年代であっても「30~40年」と受け止める人もいた。

ちなみに、年代が下がれば下がるほど、「数~」の示す具体的数字は低くなっていく傾向があるらしい。

曖昧な内容の言葉だから、本来は特別警報のように人命にかかわる可能性のある場面では、使わないほうが適切だと思う。

ともあれ、仮に「数十年」を「10年」と理解したとしても、10年という長い期間に1回起こるかもしれないという災害なのだから、軽視はできないが。

なお、このことについて疑問に思う人が多いようで、気象庁には問い合わせが多く寄せられているようだ。

気象庁サイトのよくある質問集 の一番最後に、そのやりとりが掲載されている。

回答は、
「数十年に一度とは地域ごとにみた場合のものであり、全国的にみた場合には、年に1~2回程度あるかもしくはないかの頻度になります。」
となっていた。

言われてみればまさしくそのとおりであって、矛を収めざるを得ない(汗)。

とはいうものの、特別警報の乱発は、言われた側の緊張感をゆるめてしまう。



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雨は適度に降ってほしい
 
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7月9日(木)

あれほど世間を騒がせたコロナも、最近は落ち着きを見せてきたようだ。

おかげで、散歩をしていても、マスクをしないで歩いている人の姿も目立ってきたと感じる。

私にとっては仲間が増えてきて、大いに心強い限りである。

いっときの「3密」のインパクトが強過ぎたせいか、「3とる」のほうはまだ浸透度が低いようだ。

熱中症が懸念される季節につき、マスクのつけっぱなしは要警戒である。

適度にマスクをとることも、心がけていかなければならない。

さて、マスクをしないでいても肩身の狭い思いを強いられないのは喜ばしいが、しかし、反面、困った現象も復活してきた。

それは歩きたばこである。

ほぼ全員がマスクをしていたときは、歩きながらの喫煙はまれにしか見られなかったが、いまや事情は違う。

私の住んでいる地域は路上喫煙禁止条例の対象にはなっていないこともあってか、コロナ以前は歩きたばこは極めて日常的な光景であった。

歩きたばこは、室内での喫煙と違って、たばこの火が他人に接触してしまうという恐るべきリスクが潜んでいる。

今から20年以上前のことだが、地域の夏祭りのお手伝いをしていたとき、来場者がたばこを持って歩いていたところ、すれ違いざまに、たばこが小さな女の子の目を直撃する事件があった。

いっときは会場が騒然となるような大騒ぎになった。

もちろん救急に連れていったが、幸いにも、ほとんど怪我はなく、外傷も残らないというので一安心したことがある。

たばこの火の中心部の温度は、なんでも990度を超えるという。

それがいきなり目に飛び込んでくるのだから、怪我が全くなかったのが不思議なぐらいであった。

そんな事件があって以来、歩きたばこを見ていると、いまだに自然と警戒心がわいてくる。

歩きたばこを減らしたというのも、マスクをすることのメリットの一つだと思う。



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歩きたばこをする人はポイ捨てをよくする
 
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7月8日(水)

嫁がcloudにまとめている家族写真が更新されていた。

孫たちの通っている保育所で七夕を祝ったときに、お願い事を短冊に書いてそれを笹の葉に吊るしている写真である。

もちろん、実際には先生が代わりに書いたのだろうが。

上の男の子は、「でんしゃのうんてんしになりたい」、下の女の子は「アンパンマンにあいたい」と書いていた。

どちらも自分が心から望んでいることなのだと思う。

この率直さが可愛くてたまらない。

関東も七夕当日はお天気には恵まれなかったようだが、この笹の葉はどうしたのだろうか。

昨今は環境問題での制約がきびしくて、川に七夕の笹を流すのもできないのではないか。

小さな子供たちの純なハートが天に届いてほしいものだが。

私のマンションでも、毎年、笹の葉に住民が思い思いに願い事を書いて吊るしている。

おそらく、七夕を何日か過ぎたタイミングで頃合いを見て、管理人さんが神社かお寺に持っていっているのではないかと思う。

マンションに住んでいる人も、高齢者ばかりではない。

若い人や子供もいる。

「筋力がつきますように」
「パティシエになれますように」
などと微笑ましさにあふれたのもあれば、
「収入UP!」
「好きな人と結ばれますように」
「いつまでもお酒が飲めますように」
など、大人を感じさせる短冊もある。

見ていて飽きが来ない。

ところで、私の目下の最大の願いは「娘の問題が円満に解決すること」である。

目がさめている間は、ほぼ常時、そう願っている。

しかし、七夕の短冊に書いて、他の人の目に触れるのは避けたい。



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大阪で七夕に晴れたのは過去60年で16日だけ

 
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7月7日(火)

あわただしい一日であった。

2軒のスーパーへの買い物、妻への届け物、管理組合の雑事、所属団体の定例会出席など、文字どおり席の暖まる暇もなかった。

外国語に翻訳できない日本語としてよく引き合いに出される言葉に、「バタバタしていまして・・・」というのがある。

まさにその言葉がぴったりの一日であった。

今日の「七夕」の日に、はからずも私は「バタバタ」した(汗)。

もちろん、散歩をする時間などあろうはずがなく、今日は健康維持からは遠のかざるを得ないと腹をくくっていた。

ひととおりの予定が終わり、帰宅したときにスマホの歩数計を見たら、1万歩を優に超えているではないか。

これにはわが目を疑い、同時に満足感を得た。

意識して歩いた散歩とは違うので、たまたま歩数が一緒であってもその質は全く違うというのは理解している。

とはいえ、常に目標として自分に課している数値を期せずして上回っていたことは、シンプルに喜ばしいことであった。

思いもかけず歩数が伸びたのは、クルマを2回にわたって使っていることも寄与していると思う。

駐車場がマンションから離れたところにあり、歩くと5分はかかる。

それの往復を2度繰り返したのだから、それだけで20分は歩いたことになる。

クルマを持つと歩かなくなるとはよく言われることだが、必ずしもそうではない。

逆に、クルマを所有することで歩かなければならないシチュエーションが生まれることもある。

それにしても、娘のことがなければ、先月の末か今月末にはクルマは売却していただろう。

今の私には、クルマは手放すことのできない武器である。



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「忙しい」というのは「ヒマ」と同義語だ、と聞いたことがある
 
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7月6日(月)

弁護士から指示があって、娘の戸籍証明書を取りに行ってきた。

本籍地は、同じ大阪府ではあってもかなり南のほうである。

よりによって折からの大雨に見舞われた。

クルマで行ってもいいのであるが、ナビもないし、雨の日の運転はできるだけ避けたい。

よって、電車で行くことにしたのである。

思いも寄らぬことだが、まさか乗った電車が人身事故の影響で止まってしまうなど、幸先の悪いお出かけとなった。

しかし、こんなときこそ、己の不運を嘆くのではなく、
「これでアンラッキーはすべておしまい。これからは良いことばかりだ。」
と、無理にでも思うようにしている。

それはともかく、予定より1時間遅れで市役所に到着した。

私の人生全体から考えれば、1時間なんて取るに足らない些細な問題にすぎない。

そんな楽観発想のおかげか、それとも雨のせいか、訪れている市民の姿はまばらで、ほとんど待ち時間もなく用件は相済んだ。

天気が良ければ、遠方に来たついでに近くの名所や神社仏閣などを見に行っても良かったのだが、さすがに大雨となると、そんな意欲はわいてこない。

本当ならば、娘のマイナンバーカードでもってコンビニで戸籍証明をとればいのであり、弁護士からはネットに書いてある利用方法解説をプリントアウトまでしていただいた。

しかし、娘がやってみたところ、本籍地以外の市から機械で申請する場合は、最初に幾つかの情報を入力して登録しておかないと利用できないらしい。

で、その登録を間違えてしまって、再発行まで5日間かかる、という。

しかたなしに、私が市役所まで現物を取りに行くことになったのである。

効率を考えれば割に合わない話だが、しかし必要なものだからしかたない。

人生にはいろんなことが待っている。



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私は雨男ではないはずなのだが
 
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7月5日(日)

マンション管理組合では、月に一度理事会を開いている。

その都度、議事録を作成して保管することが、管理規約の中で定められている。

さらに、その議事録は管理会社のクラウドにも保存されているので、念の入ったことだと思う。

ところで、この議事録作成のための役割分担が決まっている。

実際の理事会のときに記録をとってwordで原稿にするのは管理会社の営業担当で、それを彼が管理組合の理事長にメールで送り、続いて理事長が私宛に転送してくれる。

まずは私のほうで内容の確認をして、その後、理事長がそれを点検し必要とあれば修正して、プリントアウトする。

そして、議事録の体裁に整えるまでを行っている。

この一連の作業では、言うまでもないが管理会社の営業担当が最も負担が大きい。

次は、理事長が事実上の最終確認をするところから、その責任が重いのは明らか。

私なんてチェックだけだから子供でもできることをやっているに過ぎないが、しかし、やっていて虚無感にとらわれることもある。

慣例として以前からの手法を引き継いでおり、微細な経費数字の部分までも議事録に載せているのである。

なんでも、何年か前に管理会社と行き違いがあって、その経費の一部が振り込まれていなかったことがあったらしい。

それ以来、議事録にも細かな数字を逐一打ち込むことになったのだが。

実際の作業としては、営業担当が議案書の経費の数字を見ながら、たとえば、切手代〇〇円、宅配便代○○円等々と入力する。

コピペではなく手入力でやるので、すると人間のやることだから数字の打ち間違いも出てくるのは避けられない。

私の役目は、その間違いがないかどうかをチェックすることなのだが、これがまた面倒で辛気臭い。

もちろん、金額の大小にかかわらず、正確であることは大事だが、切手代や蛍光灯代がマンション管理を左右することはないと思う。

議案書に全く同じ内容が記載されているのだから、必要になればそれを見れば済む話だ。

以前に、「議事録から省いたらどうですか?」と提案したのだが、年度途中で急にやめるのはまずいとのことで、今も続けている。

おそらく、来年度も再来年度も、ずっとずっと未来永劫に変わることはないように思う。

マンションの管理組合役員は単年度制となっている。

1年交代はリフレッシュをするとか、あるいは癒着を防ぐためには有意義なシステムなのだが、反面、「前例をきっちりと守っていけば安心だ」という事なかれ主義をはびこらせる温床にもなる。

重箱の隅をつつくような些細な事柄ではあるが、私の気持ちが少しばかりかげった日曜日であった。



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理事会もマスク着用と3密回避を心がけている
 
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7月4日(土)

午後から弁護士との打ち合わせがあった。

なぜか、娘の夫が離婚に前向きに応じようとの姿勢を見せているようだ。

すでに会社の上司には別居の事実は報告していると聞いた。

もしかしたら、結論を早く出すように会社から言われたのかもしれない。

エリート社員だけに、会社の上司の意向を察知するのにも長けているのだろう。

突然に態度を変えたのは、自分の社内的立場を考慮してのものだとしたら、納得ができる。

家庭のぬくもりと自分の出世とを比較したとき、会社の中での立身出世のほうに価値観を見出したというのであれば、いかにも彼らしい。

ただ、弁護士のお話によると、
「これが本心なのかどうかはわからない。いつ、言うことを豹変させるかは予想できない。」
とのこと。

油断大敵である。

弁護士のお話では、今週の初めごろから、彼からヤイノヤイノと進捗状況を問う電話がかかってきているらしい。

それも二日に一度は電話があり、ほぼ1時間ぐらい一方的に話し続けるというから、厄介である。

しかも、弁護士の話の揚げ足取りや言葉尻をとらえて執拗に迫ってくるからいやらしい。

彼の主張に明確に間違った点がないだけに、相手をするのが疲れる、という。

自分の言いたいことをまくしたてているかと思えば、にわかに弱気になって泣き出すこともある、とか。

これって、モラハラ夫の典型である。

ハラスメントの対象であった妻がいなくなったので、今度はその代理人がターゲットになっているのではないか。

この夫というのは、いろんなタイプの人と接してきたはずのベテラン弁護士にもため息をつかせるのだから、まさに傑出した存在であると言えよう。

さすがに高学歴のエリートではあるが、しかし人間としてはどうなんだか。



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まさにモンスターそのもの
 
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7月3日(金)

先日買った体重計で、毎日、測定をしている。

昨日までは夕食後に測っていたのだが、言うまでもなく、食後というのは食材の重さがプラスされるので、正確ではない。

幾つかのサイトを調べてみると、起床直後か就寝直前が望ましいらしい。

それを読んで、早速、今朝一番に体重計に乗ってみたのである。

表示された数字を見て、たちまち目が醒めるおもで思いがした。

43.8㎏まで下がっていたのだ。

BMIは16.38であり、適正体重に15kgも足らない。

ちなみに、昨日の夕食後で44.3㎏であったところから、寝ている間に0.5㎏の汗をかいたと考えれば、決して不自然な数字ではない。

毎年のことで、夏が近づいてくるとめっきりと体重が落ちてくる。

汗をかくし、何より食欲が減退するから食べる量も減ってくる。

このこと自体は多くの人に共通しているのではないか。

ただ、昨年の健康診断の記録を見ると、45.0㎏となっている。

やはり7月で、しかも梅雨が明けて本格的猛暑の真っただ中での測定であったから、おそらくは年間を通して最小体重であったと思われる。

そのときよりも少なくなっているのだから、少し不安になってきた。

恥ずかしながら、一日二食ではあるが、いずれも満腹になるまで食べている。

相撲取り型の食事であるから、体重は増えるはずだと思っていたのだが。

3か月前から玄米食にしたものだから、とにかくよく噛まなければならず、その結果、食べる量が減っていったのかもしれない。

もしかしたら、この4か月ほどは回転寿司に行っていないことが原因なのだろうか(まさか)。

理由はなんであれ、今後は食べる量を増やしていこうと思う。

玄米の量を増やすことと、芋類を二食とも何らかの形で摂ることを決めた。

娘のこともあるので、エネルギーを蓄えておかなければならない。

なお、いつものように夕食後に量ったら44.9㎏と、私にはノーマルな数値が出た。

安心のために、しばらくは夕食後に計量する。



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ジャガイモを蒸した
 
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7月2日(木)

マンション管理組合の総会は、毎年、8月の最終日曜日に開かれている。

会場は近くの公民館集会室であり、これも慣例的に決まっている。

そろそろ総会の準備にかかっていたまさにそのときであるが、今年は会場の確保ができないことが判明した。

昨日、役員が会場の予約に公民館に行ったとき、受付の担当から言われたのが、
「入室人数の制限があって、集会室は15人がMAX」
ということであった。

当マンションは全体で約70世帯があり、仮に全員が出席するとなれば、しかも、夫婦連れでの出席の世帯もあるので、100人近くが来ると心積もりしておかなければならない。

とうてい15人では話にならない。

役所としては感染症対策の一環としての処置なんだろうとはわかるが、「これは無茶でっせ!」の世界だ。

私がその話を聞いたのは、今朝に受け取った理事長からのメールが最初であった。

彼の意向としては、あらかじめ議案書と議決権行使書を全組合員に配っておき、書面決議でもって総会にかえたい、とのこと。

私もそれが望ましいと考えている。

行政が運営している会議室であれば、どことも事情は同じだろうし、かといって民間の会議室を借りるとなると、かなり料金が高くなる。

それに、遠くまで歩いていかなければならないとなると、高齢者にはつらいものがある。

私の所属団体も、すべて書面決議での総会の形をとった。

中には、規約や定款には書面決議の方法を定めていない団体もあったが、大人なら事情をわかっているのか、あえて苦情や異議はなかったと思う。

このマンションの総会も、ほぼ間違いなく書面決議の総会となるはず。

当日は、現役員と次期役員候補者、そして管理会社だけの出席となる予定。

そもそも、総会の決議が反対多数で否決された、という話はほとんど聞かない。

大勢の人の時間を奪って開くのではなく、あらかじめ組合員個別に承認をもらっておけば事が足りると思うが。

また、出席者からの質問を受けることもないから気が楽だ。

そういった意味でも、私には願ったり叶ったりの結果となった。

いずれにしても、この日で、事実上マンションの役員から「御役御免」となる。

内心はうれしくてたまらない(笑)。



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株主総会でもとんでもない質問が出たりする
 
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声なき声

Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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