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11月29日(金)

カーラジオで語られている話を聞くともなしに聞いていた。

すると、思わず神経を集中させるトピックスが飛び出してきた。

会社の新人研修担当者の体験である。

学校を出たばかりの新卒者を対象に研修会を開いたところ、開始の9時ギリギリになって会議室に飛び込んでくる新入社員がいたらしい。

そこで、研修第一日目が終わったときに、新卒者全員に注意を与えたという。

そのとき、
「講師に失礼に当たるので、明日からは9時5分前には着席しておくように」
と申し渡したのである。

それを言うと、新卒者の多くが怪訝な顔をした。

気になるので、その中の一人に、
「わかりましたか?」
と訊いたところ、驚くばかりの返事をしたらしい。

「”9時5分前”だと、すでに研修は始まっていますが・・・」
と答えたのだ。

最初、担当者には意味がわからなかったという。

すぐに頭に浮かんだのが、
「9時5分という時刻の前」
と解釈してしまったのではないか、ということ。

つまり、
「9時5分の直前に」
着席すると思ったようだ。

そこで、
「8時55分には着席しておくこと。」
と言い直して、ようやく新卒者の理解を得られた。

まさかと思ったが、実はこれに類した話を、半年以上も前にすでに耳にしている。

それは小学校の6年生の話で、学校の勉強の前に校内の掃除をするために、少し早めに集まるとのシチュエーションであった。

やはり”前”の言葉の解釈を子供たちが間違えて、遅れてきた子が何人かいたらしい。

そのときは、子供のことだから仕方ない、と思ったのだが、今回のケースは、若いとはいえ大人でも同じようなことをしているのだから自分の耳を疑った。

おそらく、私の世代であれば、疑うことなく「8時55分」のことだと考えるはず。

いまや、言葉の意味がそもそもとは違って使われている例は少なくない。

「情けは他人のためならず」や「世間ズレ」などがそうだが、”~前”もそうなりつつあるのか。


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日本語がデジタル化しているような気がする
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11月28日(木)

同窓会の折りに撮った写真を参加者に発送した。

昨晩に封筒に詰めて、今朝、ゲン担ぎのために相性の良い郵便局まで持ち込んだ。

念のために局で重さを量ってもらって、210円の切手で可能だということを確認しておいた。

150g以内であれば210円切手が使えるということで、打ち合わせのときもできるだけ軽くするように知恵を絞った。

”減量”することで郵送コストを下げるのも大事なポイントだ。

とりわけ、重さが気になったものがあった。

厚紙である。

フォトブックは製本されているからいいとしても、全員が入っての集合写真は郵送中にシワが入る恐れがあるので、厚紙ではさんで保護することにしたのだ。

その厚紙が重いのではないかと心配したが、その点もクリヤできた。

めでたしめでたしだ。

来月に経費精算をすることになっているが、事実上、これで同窓会プロジェクトのための作業は完了したことになる。

どういうわけか、肩の荷が下りたような安堵感と、生活の目標を失ったような喪失感が私の中では共存している。

会社の仕事もこのような前向きなノリで取り組むことができれば、職場がストレスの元凶になることもあるまい。

ところで、今回は当日の欠席者にも全く同じ写真集を送った。

参加者に送るのは慣例的にどこでも行われているが、来なかった人にも同じ対応をさせてもらったのである。

一種の仲間意識の表明であるが、それが欠席者に通じるかどうかはわからない。

おろらく、彼らにしてみれば意外の感を抱くに違いない。

どんな顔をするだろうか、そして、写真を見た瞬間に頬が緩むであろうことを想像して、ほくそ笑んでいる私である。


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集合写真に写った私の顔は遺影として使いたい(汗)
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11月27日(水)

年賀状の一部を印刷したが、途中で印字位置がずれていることに気づいた。

葉書の連続送りの機能がうまく動かないので、やむを得ず、手差しトレイから1枚ずつ差し込んでいっているのだが、印刷されたのを見ると三分の一ぐらいの枚数の葉書がいびつな仕上がりになっているではないか。

手数料1枚につき5円を支払って新しいものに交換することになるが、枚数が増えると単価が5円でもバカにならない。

プリンターを買ってほぼ4年になる。

大半が年賀状の印刷に使っており、今年は例外的に、同窓会や管理組合の関係で頻繁に使用したが。

おそらく、一般的なプリンターの耐久年数にはまだまだ達していないだろう。

不具合が出ているのは”はがきサイズ”の印刷だけで、ほかの大きさのものは機嫌よく使える。

いっそ新しいものを買うべきか、それとも無理して使っていくべきか、判断に迷った。

これが、もし60が買う、40がこのままという比率であれば、たいがいの人は新しいものを買うことにするだろう。

しかし私が判断できないでいるのは、その比率が51対49だからなのだ。

はがきサイズの印字が不良というだけで、ほかの機能はちゃんと果たしているから、まだ使えることは使える。

しかし、目前に迫った年賀状の印刷ができないので頭が痛い。

今朝、メーカーのサポートに電話をして不具合の相談をしたが、明快な答えを出してくれる人ではなかった。

あらかじめメモに現象を書いてそれを見ながら不具合の説明をしたのであるが、電話での会話だからか、話が通じていない部分があった。

それはともかく、私が一通りの説明をして、彼女が言った対応策が2点あった。

1. 手差しトレイの送りローラーが汚れている可能性があるので、それの清掃をする

2. 印刷ソフトの設定で位置を調整する

以上の2点である。

「1」に関しては、私もうすうす感じていたので、その清掃の仕方が書いているサイトの所在を尋ねたところ、”Q&A”のページを案内されたが、あっちこっち行っても結局は見つからなかった。

しばらく電話を保留され、つながったときに、「これはサイトには書かれていません」と言われ、がっかりした。

口頭で説明したもらったものの、機械のことだから電話ではわかりにくい。

なんとかイメージはつかめたが。

「2」については、正常に印字できているものもあるので、設定を調整するのは的外れである、と伝えた。

そのときはわかってくれたような返事をした。

結局、ローラーの掃除しかないと腹をくくらざるを得ない。

電話の最後に、サポートが言ったのは、
「それでは、ローラーの清掃とソフトの印刷設定の調整をして様子を見てください」
というもので、さすがに奈落の底に突き落とされた、といっても過言ではない。

用意されたマニュアル通りに話しているのだろう。

このメーカーへの不信感を抱いたほどだ。

なお、綿棒を買ってきて掃除をしたものの、結果は全く同じでやはりズレている。

やはりパソコンプリンターを買いかえることにした。

もちろん、今の機種とは違うメーカーで。


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皮肉にもサポートの人の対応のおかげで買い替えの決断ができた
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11月26日(火)

行きつけのスーパーで”ブラックフライデーセール”をやっている。

先週末から始まり、今日が最終日であった。

米国で生まれた手法で、そもそも11月の第4木曜日が感謝祭にあたっており、その翌日に感謝祭での売れ残り品一掃セールとの意味合いがあるらしい。

だから、今年の場合は11月29日の金曜日が正統なブラックフライデーだということになる。

ただ日本では、事実上の年末商戦の一環になっているようだ。

毎年、興味を持って観察しているが、くだんのスーパーでは、さほど魅力的な値段になっているとは思えない。

ネスカフェゴールドブレンドの120ℊが598円で並んでいたのが、私には最大の収穫であったぐらいのもの。

ほかには、冬用の厚手のシャツを買った。

1,880円の定価の商品だが、これが3割引きだ。

割引率に惹かれたというよりも、要は寒いから生地の温かそうなものを選んで買った、というところだ(汗)。

私がものを買うのは大半が食料品であり、さすがに食べものについては、このお店でも目だった割引にはなっていない。

衣料品関係など、何もイベントがないときでもバーゲンをやっているのは今や常識である。

お店としては購買意欲をそそるためだろう、店内放送やポスターで盛んにブラックフライデーを絶叫しているが、いまひとつパンチが効いていない。

その理由には、”ブラック”の語感が災いしているのではないかと思う。

ともすれば”ブラック企業”や”ブラックマンデー”など、マイナスイメージにつながってしまう。

ポスターも黒っぽい色づかいになるので、見た目の印象もダークになる。

もし色彩が真っ赤なトーンで展開されていれば、広島カープの応援団のごとく、客としても血沸き肉躍る高揚感が漂ってくるだろう。

なんでも、米国の小売店では、ブラックフライデーが1年で最大の売上を記録する日らしい。

日本では、おそらくは際立った好結果は残していないのではないか。

それにしても、スーパーというのは、ほぼ年を通じて何らかの名目でセールを打っているものだ。

スーパーの食料品売り場は、季節感を味わうには最適の場所かもしれない。


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Sサイズの在庫があって助かった
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11月25日(月)

11月の最終週に入ったということで、ようやく年賀状の準備に入った。

今年は送る相手を大胆に減らしたこともあり、文面のほうも出来合いのものを使うことにした。

『筆まめ』に添付のテンプレートから使おうと思って、5点を選び出し、妻に決めてもらうことにする。

毎年、なぜかデザイン面については、妻が幾つかの候補の中から選ぶことになっている。

ずっと昔は私しかパソコンもプリンターも持っていなかったので、おそらくその頃からの慣習が残っているのだろう。

私の口から「自分で作ったら?」とは言い出せないというふがいなさが、自分でももどかしくてならない(汗)。

印刷するのは、喪中の案内葉書が来る可能性があるので、12月の半ばにする予定だ。

何百枚という単位ではないので、今年などはすぐに終わってしまうと思う。

ただ、去年からプリンターの不調で葉書の連続印刷ができなくなり、1枚ずつ差し込みながらの印刷を余儀なくされるが。

これも、今回は枚数が少ないので、Youtubeの音楽に耳を傾けながら作業すれば、そんなに苦にならない。

なんでも、今年のお正月が「平成最後の正月」ということで、これを機に年賀状をやめた人が多かったらしい。

一つには、この正月用に向けての年賀状から、郵便料金が11円上がることも原因しているようだ。

郵便代と消費税との合計で11円のアップである。

同窓会の案内状を送ったとき、往復葉書で一人分126円もかかることになり、高額商品そのものだと身に染みて感じたのは記憶に生々しいところだ。

同窓会の出欠を尋ねるには、ほかに連絡の手法がなかったので、これはやむを得ないコストだと言えるかもしれない。

しかし、単に儀礼的に新年の挨拶をするだけの葉書に63円も使うのはもったいない、との感覚はあって当然だろう。

私も、本当に必要な相手に対してだけ年賀状を送るようにすることで、かなり少数に絞り込むことができた。

本来は、親しい人、あるいは重要な意味合いを持っている人に対してだけ、葉書での新年挨拶をしていたはずである。

今回、思い切って枚数を減らしたのは、言い変えれば、あるべき姿に戻すのだけのことに過ぎない。

私でさえ、これぐらいの対応力は持っているつもりだ。


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SNSが普及すれば年賀状は姿を消していくだろう
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11月24日(日)

大相撲は千秋楽であった。

今場所は大関の多くが休場し、だからなのか、一人だけの横綱の存在ばかりが目立っていたように思う。

横綱に続く好成績の力士は4敗だから、これはワンサイドリードというべきだ。

もっとも、その横綱にしたって1敗はしているので、必ずしも圧倒的な強さを示したというわけでもない。

今場所の大相撲には視聴者を惹きつけるポイントが、どうも少なかったような気がする。

日本の伝統的スポーツであるとはいえ、いまや多彩な競技を観戦することのできる時代になっており、このまま推移すると相撲人気が魅力を薄れさせていく懸念は拭えない。

ところで、最近の大相撲中継を見ていて、土俵近くで熱心に見ている客の中には、和服に身を包んだ女性の姿が増えてきた。

いっときは格闘技の好きな男性が好む競技であったのだが、現代ではそうとも言えなくなってきたようだ。

着物姿の女性が正座しながら土俵上の闘いに熱い視線を注いでいる姿は、昨今では全く違和感がない。

また応援風景も、他の多くの競技で行われているように、ひいき力士の名前を複数の人たちが一斉にコールしたり、力士名を書いたプラカードを掲げるなど、これも昔はなかった場面だと思う。

そうかと思えば、かつては取り組みがすべて終わった後の弓取式では、大半の観客は見ることもなく立ち去っていたが、今はずっと最後まで見ている人が多いことに気づく。

昔ながらの相撲の伝統を伝える儀式に魅力を感じる人が増えてきたのだろうか。

これは好ましい傾向だと思う。

ともかくも、今場所は幕を閉じた。

秋場所が終わると、年末がにわかに近づいてくる。


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最近はお正月にも着物姿は少なくなった
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11月23日(土)

朝早くに、マンション管理組合の理事長からメールが来た。

実は、当マンションの放送関係を提供しているケーブルテレビ会社から、4K8K放送へに対応した機器のアップグレード工事の申し入れがあり、それを管理組合として認めてほしいとの要望があった。

機器の更新にかかる費用はすべてケーブル会社が負担し、サービス開始後は、希望者だけが4Kや8K対応のテレビを買ったり、必要な備品を自費で備える、というもの。

私など、それを聞いて渡りに舟だと思った。

世の中、4Kや8Kの方向に進んでいるのは誰の目にも明らか。

しかも、東京オリンピックが一つの指標となって展開されている放送の高度化事業だけに、年が明けると4Kや8Kへのニーズも一層高まり、人気が高まってくるのは目に見えている。

設備に費用がコストがかかるというものの、今回は業者がすべて持ってくれるのだから、管理組合としては1円も出す必要がない。

これほどありがたい話は願ってもない。

テレビを見ない私でも、マンションそのものの価値が上がることにメリットを見出して、喜ばしく感じたほどだ。

まさか反対する役員も入居者もいるはずがないと判断したのだが、理事長の考えでは慎重に考えて結論を出したいという意向であった。

私の考えは積極的賛成なのでそれをメールにダラダラと書いて返信しておいた。

夕方、再び理事長からメールが来て、
「今回は見合わせることにした」
というから、一瞬、キツネにつままれた。

なんでも、強く反対をする人が一人いて、さらに、慎重論をとる人がもう一人いるらしい。

前者の「強く反対する人」とは前理事長であり、そのもう一人の人というのは、彼女の懐刀と目されている前役員であることがわかった。

つまり図式としては、前理事長が前役員に働きかけて、今回の申し入れに反対している、ということである。

前理事長の反対の真の理由はわからない。

自分に相談がなかったことが面白くないのだろうか。

あるいは、合理的な根拠があって反対しているのだろうか。

もう一人の人の主張する反対理由は
「事前の説明がない」
「急いでやることでもない」
というもの。

これって、反対のための反対をする人が使うフレーズにほなならない。

仕組まれたということは明らか。

とはいうものの、変に義憤に駆られてアクションを起こすつもりは私には毛頭ない。

4Kが見られなくても、マンション生活に支障を来す住民はいないだろうから、現状で大きな問題はない。

ただ、中には楽しみにしている住民もいるはず。

私が懸念しているのは、もしオリンピックを4Kでテレビ観戦したいと望んでいる人がいて、
「業者負担で工事をしてくれるというのに、なぜ理事会が断わったのか?」
と疑問に思うこと。

納得の行く返事なんてできないから、たちまち返答に窮する。

そのときはそのときのことと構えておくしかない。


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オリンピックはネットで見るつもりだ
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11月22日(金)

昨晩、幹事連中が集まって、同窓会のときに撮った写真の整理を行った。

ひとり写真に詳しいのがいて、彼の主導で事が進められた。

2L版というやや大きめのサイズの集合写真と、そしてスナップ写真をフォトブックに仕立てたものを参加者全員に送る形で考えている。

彼が示したサンプルを見て、とりわけフォトブックには目をみはった。

A5スクエアの冊子になっていて、華麗に仕上がっている。

気の早い話だが、このフォトブックを受け取った人の喜色満面の顔が頭に浮かんできたのには、我ながら苦笑を禁じ得なかった。

値段のことを心配していたが、24ページもあって、なんと1冊298円だという。

これなら、予算内に十分に収まる。

私など、かなり安易に考えていて、集合写真とスナップ写真何枚かを入れて送っておしまい、にするつもりであった(汗)。

写真を送られた側の気持ちになれば、きれいな仕上がりのものを手にするほうがうれしいに決まっている。

提案してくれた彼は、今回は「いいものを作って喜んでもらいたい」の熱い思いに燃えていたようだ。

学生時代の彼はあまり目立った存在ではなかったのだが、私の見方が一面的過ぎたのだと自省している。

「有終の美を飾る」という言葉がいろんな場面で使われるが、この同窓会のお世話役も、締めくくりまできっちりとしたい。

彼の姿勢から大きなものを学んだと思う。


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受け取った人の思い出に残る写真集であってほしい
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11月21日(木)

先日の血液検査の結果を聞きに、クリニックに行ってきた。

数値を見て、少なからず失望した。

なんと、肝心の鉄の値が下がっているのである。

9月に61(μℊ/dL)であったのが、53まで下がった。

この検査のために、2か月間というもの、鉄分を含むとされている食材をたらふく摂り続けてきたのに。

小松菜、アーモンド、豚肉、牛肉、青魚等々、満腹になるまで食べてきた。

あわせて、鉄分生成の邪魔になるもの、コーヒーや落花生など、シュウ酸を含んだ食品はセーブしてきたのである。

まるで『巨人の星』を想起させるほどまで鉄分摂取に血眼になってきた私の2か月間は何であったのか。

医師の話によると、考えられることは
「内臓の壁が破れていて、そこから血液が漏れ出ているかもしれない」
とのこと。

2か月前に、そのときの検査結果を見たとき、私なりに不思議に感じたのは、従来から鉄分を含んでいるとされる食材は摂ってきたのに、にわかに検査の数値として「基準より低い」と出てくるのは不自然ではないか、ということ。

量が足らないのかと思って、この2か月間は積極的に摂取に励んだのだが、それでも数字としては以前よりも下がっているから奇妙だ。

なお、医師からは鉄剤を処方いただいた。

鉄欠乏性貧血の薬としては、最も標準的なものだそうである。

一か月後にあらためて血液検査をするとのことで、これでもし鉄分の数値が低ければ、内臓器官の損傷が疑われることになる。

厄介な検査を受けて、最悪の場合は治療とならざるを得ない。

意識せずとも、ブルーな気分に包まれてくる。

今晩はせっかく飲み会なのに、心ここにあらずの状態だ(涙)。



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過去のデータを見ると4年前から血液量が少なくなってきている
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11月20日(水)

最寄り駅の前に、先週の土曜日から洋菓子店がオープンした。

昔なら”ケーキ屋”とか称されていたのだが、昨今は呼び方も変わってきた。

”ケーキ”も”スイーツ”と呼ぶのが一般的になってきたような気がする。

そのお店は、昨年の9月までは立ち食いソバのお店であったのだが、閉店した後、1年以上にわたって放置されていた。

先々月ぐらいから店の工事が始まり、何の店舗かなと思っていたが、出来上がってみて洋菓子店とわかったのである。

駅の改札口のすぐ横なので、集客の点の難はないと思う。

現に、いつ見ても営業時間内は人がいっぱいで、ときには店の外にも行列ができているほどだ。

今日、たまたま人だかりが少なかったので、近寄って外からではあるが店内を覗いてみたが、なんと、商品の並んでいるはずのケースがほとんど空っぽになっていた。

全部売れたのだろうか。

お店にはスイーツを作るスペースらしきものもあるが、製造が追いつかないほどに売れているのだとしたら、これは喜ばしい話だ。

新装オープンなので、もしかしたら割引クーポンをばらまいたのかもしれない。

だから、必ずしも客の数が多いからといって、店が繁盛しているとは言い切れない。

いまどきは、コンビニが新しい商品展開のために、スイーツに力を入れている。

値段はどうやら洋菓子店より安いようだし、それでいて味もひけをとらないレベルだと聞くから、手ごわいライバルであることは間違いない。

競争相手のいない商売なんて、今の世の中にはないだろうが、このお店がどこまで人気を高めてくのか、しばらくはウォッチングの対象にしようと思った。


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店をたたむところも少なくないようだ
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11月19日(火)

月1回の内科クリニック行きの日であった。

血液内の鉄分量検査のために採血をする予定も入っていて、いつもとは違った緊張感を持って診察室に入った。

会社を辞めてからというもの、午前中に通院するのが通例となっている。

だから、私が診察室に入って医師が開口一番口にするのは、当然ながら
「おはようございます」
である。

次に医師の口から出てくる言葉が、
「お変わりありませんか?」
である。

ある程度は血圧の変動が落ち着いてきてからは、ずっとこのフレーズになっている。

だから、少なくとも3年ぐらいは変わっていないのではないか、と思う。

30年ほど前、このクリニックに通い始めたころは、たしか
「いかがなさいました?」
が最初の言葉であったと記憶している。

ことほどさように、医師が口にする挨拶言葉からも、私の体調が安定してきていることがみてとれる。

そう考えると、より健康度が上がったような気がして得したような気がしてきた。

いうまでもないが、診察を終えて部屋を出るときは、医師からは
「お大事に」
の言葉がかけられる。

これはオヤクソクのようなもので、どの医療機関でも同じだと思うが。

そろそろ感染症の季節となって、予防接種の患者が増えてきている。

待合室も立ち席が出るほどの大入り満員だ。

この季節となると、クリニックでの待ち時間は読書タイムだと割り切っている。

失った時間は戻ってこないから大切にしないといけない。


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患者には常ににこやかに接していられる
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11月18日(月)

夕方、妻から電話があった。

ネットで大相撲中継を見ながら夕食を摂っていて、右手がふさがっている状態のときである。

だからメモを取る準備はしていない。

取るに足らない用件だろうと思って話を聴いていたら、アメリカにわたっている息子一家の帰国の日程がわかった、ということ。

これはビッグニュースだ。

あわててパソコンの画面を一旦とめ、電話に神経を集中させた。

12月17日に帰国して、しばらくは東京のホテルで滞在し、年末に大阪の戸建ての家に戻ってくるとのこと。

そして、大晦日と新年は神戸のホテルで迎えるという段取りになっている。

東京での迎えは妻一人で行くと、決まっているようだ。

私にしてみれば、2年ぶりの再会に心を躍らせていたし、特に孫たちの成長ぶりを楽しみにしていたのに、当てが外れたような気がしてならない。

とはいうものの、一週間ほどで大阪にやってくるのだから、大きな違いはない。

少なくとも、私の人生トータルで考えた場合は誤差の範囲に収まる話である。

それよりも、日本での勤務地がどこなのか、それが気になるところだ。

決まっているかどうかも、尋ねなかったのでわからない。

勤務地のことも、大阪ではないことは確実だと、渡米以前から聞いている。

もしかしたら北海道になる可能性も否定できない。

ひ弱い人間なのに、北海道の寒さに耐えられるかどうか、親としても心配だ。

できれば、東京勤務になってほしい。

東京なら、大阪からでも行きやすいし、嫁が横浜の出身ということもあって彼女も心強いだろう。

息子の勤務地のことまで親が心配しても始まらないとはわかっているが、それでも気になるものだ。

私は、いまだに子離れができていない。


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3世代10人が集まっての正月は私には初めての経験だ
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11月17日(日)

野球のプレミア12の決勝戦が行われている。

来年のオリンピックの予選も兼ねての戦いであり、国際大会でもあるところから、本当なら鳴り物入りの騒ぎになって、世間の人の話題が集中していてもいいはずだが、いま一つ精彩を欠いている。

ラグビーのワールドカップが想像以上に注目を集めたこともあって、人々がエネルギーを使い果たしのかもしれない。

あるいは、野球人気そのものが低下してきたことのあらわれだろうか。

だとしたら、一抹の寂しさは禁じ得ない。

私が小学生の頃は、つまり50年以上前にさかのぼったその時代は、野球の全盛期であったと思う。

テレビ中継が始まったことも相まって、プロ野球をテレビ観戦するのが娯楽として定着した。

唯一とは言わないが、おそらくは子供のいる一般家庭では、最大の娯楽ではなかったか。

当時の小学生の男の子は、たぶん半数は将来はプロ野球の選手になりたい、との夢を持っていたように思う。

小さな空き地で、ゴムボールを使っての三角ベース野球に興じていた光景は、いろんなところで見られた。

日本の国技と言えば大相撲がそれに当たるものだが、人気度の点からすると、プロ野球のほうがはるかに上回っていたことは、皮膚感覚でもって容易に想像できる。

そんなプロ野球の天下も、サッカー熱が昂じてきてからというもの、かなり陰りが見えてきたことは確かだ。

息子が小学生の頃、同じチームの部員でサッカーに走った子は少なくない。

これは息子の所属チームだけのことではなく、小学生野球の実に多くのチームに見られた共通の現象であった。

それまでは、一つのチームに1学年で20人とか30人の部員がいるところが珍しくなかったのに、たちまち、部員の頭数が足らないとの悲鳴が聞かれるようになってきたのである。

もちろん、少子化の波に翻弄されていたのは言うまでもないが、小学生がするスポーツの選択肢として、野球以外にサッカーができたというのはかなり響いたはずだ。

人気が上がったり下がったりするのは、スポーツだけに限ったことではなく、芸能界や小説、IT製品など、あらゆるものにつきまとうものだ。

ただ、野球に関しては私なりの特別な思い入れがあるだけに、なんとかかつての活気を取り戻してほしいと切に願っている。

そんなことを言いながら、優勝戦のネット配信も見ないで寝てしまう私は、冷淡そのものだと反省している(汗)。


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午後6時55分の試合開始だから終わるのは相当に遅くなる
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11月16日(土)

100均ショップがコスパに優れていることは、いまさら言うまでもない。

デフレのシンボルのごとく言われることもあるが、実際には多くの人が助けられているのではないか。

私ももちろん例外ではない。

引っ越してきた当初、台所用品や衛生品などの身のまわりのアイテムをそろえるのに、どれほど役立ったことかわからない。

また、同窓会の準備のために、コピー用紙や文房具、各種備品なども、100均でそろえることができた。

さらには、最近、ベルトも置いてあることに気づき、早速買って使ってみたが、耐久性は未知数として、目下のところ、使用感では何ら問題はない。

これなら、ビジネススーツに合わせて会社に締めていっても恥をかくことはないと思う。

今までは、もっぱらスーパーの衣料品売り場の片隅にある1,000円のベルトを買っていた。

その十分の一だから、これは大いに値打ちがある。

自分から言い出さない限り、100均で買ったベルトだなんて、ほかの人にはわかりっこない。

一定の品質が備わっているのであれば、生産国などは気にしないという発想の人も少なくないと思う。

私もそんな感性を持っているので、要は役にさえ立てばブランドは全く気にしない。

もちろん、これはと思って買った100円の商品にはハズレもあるし、食べものの関係は最初から買わないようにしている。

今後も、積極的に100均を活用していくつもりである。

私のように「100円」にこだわっている人間がいる一方、いま世間では「5,000円」がとかく話題になっている。

「桜を見る会」の前夜祭での夕食が「5,000円」であり、これが安いからと公職選挙法違反の疑いがあるとの声が一部で上がっていることだ。

しかし、事が起こったのは春のことだし、それが冬も近い季節になって表に出てきたのは腑に落ちない。

なんらかの思惑が水面下でうごめいているようだ。

キャスターの辛坊治郎さんもそのことに言及しており、放送では禁止されている言葉を口にしてしまった、という。(こちら

しかし、辛坊さんの思いには私も共感するところが多い。


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人が多いところには必ず100均ショップがある
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11月15日(金)

パソコンやスマホ、ネットワークなど、IT関連のことは苦手である。

何よりも、せっかくわずかなりとも覚えた知識も、3か月も経てば色あせてくるほどだから、私など、そのスピードについていけない。

詳しい人から直接に教わったり、あるいは、ネットのブログ記事を拝見したりして、ようやく少しばかりの知識を頭に入れることしか、能力的にできないのだ。
 
だから、最近になって、やたら”Windows 10大型アップデート”の話が出てくるまで、そんなものが以前から予定されていたとは小指の先ほども知らなかった。

なんでも、”1903”とやらのバージョンにするのがゴールらしい。

”1903”の意味がわからない私には、
「OSのアップデータはやらないよりはやったほうがいい」
というぐらいの認識しか持っていない。

今回、一念発起してアップデートに取り組んだ。

平素は”google chrome”を使っているので、そういった意味でも、Windowsの世界のことだというので本気になっていなかったのかもしれない。

朝の4時から作業にとりかかった。

毎朝、コーヒーとココアを飲みながらのブログ巡回は、私の大きな楽しみでもあり、充実のひとときでもある。

早くアップデートを終わらせて、皆さんのブログのところまでお邪魔したいとの一心で、早朝から取り組んだ。

しかし、やり始めてみたところ、作業がなかなかなか進まない。

まるで時間が止まったかのような進捗状況だ。

最終的に使えるようになったのは、6時半になってから。

なんと、ダウンロードから更新まで含めて、2時間半もかかったのである。

しかし、ようやく完了したものの、何がどう変わったのかわからない。

どんな便利な機能が追加されたのか、使いやすくなったのか、処理速度が速くなるのか、あるいは、毎日がバラ色の生活を送れるのか、全く見当がつかないのである。

日常的に接しているものであれば、自然と今までの違いなども見えてくるものだが、chromeが使えないときだけしかWindowsのお世話になることはない。

実は、Windowsの性能が飛躍的に向上するのであれば、いっそWindowsをメインにしてもいいのではないか、との思いもなくはない。

ずっと先はともかく、しばらくはパソコンOSではWindowsの天下が続くのは間違いないだろうから。


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かつてハードディスクの初期化とOSの再インストールは一日仕事であった

20 : 20 : 49 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

11月14日(木)

散歩途中で、ときどきコーヒーを飲みに行くスーパーがある。

イートインが用意されていて、外の光景もきれいに見えるところから、休憩の場にふさわしい。

ただ、そのスーパーはほんの少しだが価格が高めにつけられている。

そんなわけで、やや買い物スポットとしては私は敬遠していた。

しかし、今日は目をみはるプライスの品が出ていた。

カボチャと生サンマである。

いずれも、98円という値段である。

カボチャは四分の一のカット品であるが、一目瞭然、大きいのである。

同じ「四分の一」を謳っているカボチャでも、128円とか158円などといった価格で出ている店もある。

産地も同じ北海道産であるにもかかわらず、また、サイズが小さいものであっても高いプライスになっているのだ。

おそらく、この店のカボチャが最も安値ではないか。

実は、この店ではときどき思い出したかのように、98円カボチャが並んでいる。

一種の目玉商品なのかもしれない。

さらに、生サンマについては、2週間ほど前から他のスーパーの店頭でも見かけることが増えてきた。

ただし、私の行きつけのスーパーでは、一昨日の特売日に128円の値が付いていたのである。

そのときに買っていたので、今日は躊躇したのだが、せっかくの安いサンマなのだから見逃す手はないと、2匹を買って帰った。

自由競争の世界だから、価格が店や日によって違っているのは不思議でもなんでもない。

20年ほど前、
「ネットが普及したら、同じ商品で価格差がつくことはなくなる。」
などと予測する人がいた。

しかし、たとえばネットにも、価格の比較を行うサイトがあって、安いものを探すのが簡単になったが、アクセスする人の全員が一番安いものを買っているわけではない。

納期や取扱会社などを見て、自分の条件に合ったところから購入する人は少なくないのが現実だ。

ネット販売ですら、価格差よりも優先される条件があるのだから、リアル店舗で野菜や魚を買うにあたっては、客によって選択の幅が広がるのは当然なのだろう。

瓶ビールを酒屋さんから買った場合と、和服を着た女性から注いでもらう場合とでは、同じ瓶ビールであっても、その値段は大きく違ってくる。

消費者が値打ちがあると認めれば、少々高い値段であっても売れるものだ。

私のように、値段の安いものを血眼になって探している人間には、モノの値打ちはわからないのかもしれない(汗)。


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種がお目当てで買っているという側面も強い
20 : 20 : 43 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

11月13日(水)

朝から持病の心配性に翻弄されている。

今晩、管理組合の臨時理事会が行われるからである。

議題は、「先月に開かれた理事会の議事録の内容確認」というものである。

多くの管理組合がそうだと思うが、管理会社の担当者が議事録の原稿を作ることになっていて、それを管理組合の理事が点検する形をこちらも採用している。

しかし、内容チェックのためにわざわざ時間を割いて集まるというのは、あまりに効率が悪い話ではないか。

メールかFAXで理事に送って、「記述内容に問題があれば理事長まで知らせてほしい」の流れで十分だと思うのだが。

先月はそうしたのだが、何かまずかったのだろうか。

ここで思い浮かんだのは、あの前理事長が糸を引いているのではないか、という憶測である。

自分の考えている理想的な議事録を作らせるために、現在の理事会メンバーを集めて指導しようとの作戦ではないか、とも考えられなくもない。

もちろん、自分が陣頭指揮をとらなくても、息のかかった理事メンバーを動かすことで、みずからの意思を徹底させることは容易にできる。

いやいや、そんなまだるっこしいことをしなくても、前理事長自身が出席して、長い時間をかけてしゃべりまくって会議をリードするほうが、彼女の性には合っているだろう。

そうなると、1時間ではとても終わらない。

話に尾ひれ背ひれがついてどんどん広がり、気がつけば2時間か3時間が経っていたということもあるかもしれない。

そもそも、会議というのは自然と長くなる性質を持っている。

重要度の高くない議題であっても、何人かの人間が集まって意見交換をするだけでも時間がかかるのだ。

今晩の臨時理事会も、どんな展開になるやら想像もつかないが、基本的な私のスタンスとしては、先述のように
「理事長が原稿の問題点の指摘をして、理事長がそれをまとめる」
というのが最も合理的だと考えている。

会議の様子を見ながらではあるが、その主張をするつもりである。

さてさて、どうなることやら。


【8:35PM 追記】

つい先ほど会議は終わった。

前理事長の意思とは関係なく、現在の理事長の発送で臨時に理事会を開いたようである。

閉会の直前に、会議前から考えていたように
「理事長が原稿のチェックをして、それを他の理事が確認する形にしたらどうか」
と提案したら、出席者全員の同意を得られた。

これで、毎回集まる必要はなくなる。

めでたしめでたしだ。


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ブラック企業の会議に比べれば天国のようなものだが
20 : 35 : 14 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

11月12日(火)

「憲法改正」や「夫婦別姓」など、意見がきれいに分かれるテーマというのは、いつの世でも必ずある。

受動喫煙を法律で禁止するというのも、その一つかもしれない。

ある意味、関係者にとっては、みずからの生活基盤を揺るがしかねない重要なテーマでもある。

飲食店や娯楽施設など、タバコを吸うことでリラックスしたいと考えている人は多い。

片や、私のように、快適な空間でBGMを聴きながらコーヒーの香りを楽しみたいと思っている人間にとっては、タバコの煙は受け入れがたい妨害者である。

全く相反する意向を持った客がいる場合、お店の経営者から見れば、喫煙者に肩入れしている人が多数ではないか。

喫煙することで安らぎたいと思っている人のほうが、喫茶店の利用意向は強いことは想像に難くない。

店舗経営上、喫煙者のほうがありがたいお客さんになるだろうから、法令でもって、受動喫煙どころか全面禁止などとされたのでは、商売あがったりは火を見るよりも明らかだ。

だから、
「喫煙NO!」で岐路に立つ喫茶店 受動喫煙への規制、根強い反発も
の記事のごとく、お店としては黙って引き下がるわけにはいかないのだろう。

この手の議論で、医師はほぼ例外なく、「タバコの有害性」を説いている。

私も、”嫌煙派”の一員として、喫煙者を説得するための資料探しを試みた一時期があった。

確実に言えるのは、「COPDのリスクがあること」と「血管を収縮させることで動脈硬化を引き起こす恐れが濃厚なこと」の二つぐらいのもので、あとは有害性を示す明確な証拠データは得られなかった。

医療については全くの素人だし、私のデータの探し方が不十分である可能性もあるから、これを受けて、「タバコは健康にはさほど悪くない」などと暴論を吐くつもりはない。

ただ、たとえばひと頃はタバコとガンの関連性が指摘されていたが、禁煙率が高まってきてもガンに罹患した人は増える一方であり、医療保険会社のPRだと「2人に1人」がガンになる時代だという。

喫煙がガンの犯人ならば、タバコを吸わない人の割合が増えた昨今、本当ならガン患者の数は減るのが当然のはず。

それが逆に増えているのだから、ガンとタバコの間に因果関係があるのかどうか、はなはだ疑問である。

タバコやお酒は嗜好品の仲間であるが、嗜好品を頻繁に口にするというのは、言うならば外敵との戦いのために緊張を緩和させる役割があるのではないか、と私は考えている。

会社に入って仕事をするとなると、周囲との摩擦は多かれ少なかれ避けられない。

そんな厳しいストレスにさらされる中で、心を休めたいというところからタバコや酒が欲しくなるのではないか。

だから、喫煙率も飲酒率も、男性のほうが女性よりも高いのだと思う。

昨今は女性の喫煙率が高まってきていると聞くが、これは女性の社会進出が盛んになってきたことのあらわれなのだろう。

ちなみに、父は92歳までタバコを吸っていて、晩年はそれほどでもなかったが、おおよそ1日40本か60本ほど吸っていた筋金入りのヘビースモーカーであった。

私は、そんな父から「タバコを吸うとやめられなくなるから、吸うな」と事あるごとに教えられ、それがもとで、私はタバコとは縁ができなかった。

だから、受動喫煙のリスクをわきまえ、紫煙のもたらす匂いへの配慮が適切になされるならば、私は喫煙を過度に目の敵にするのは如何なものかと考えている。

多様性を認める時代であれば、喫煙者との共存を模索していくことこそ、大人のとるべき態度ではないか。


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私自身はタバコは一生吸わないだろう
20 : 20 : 02 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

11月11日(月)

行きつけのスーパーの入り口に”リサイクルボックス”があって、用の済んだ紙パックや食品トレーなどを持っていく箱がある。

そこに入れておくと資源として再活用できるように処理がなされるというもの。

資源の節約になることは言うまでもない。

ただ、たとえば牛乳パックなど、洗って乾かせて、平面にするために切り込みを入れるから、結構な手間がかかる。

それは些少な問題だとしても、再生化のためにあらためてエネルギーを消費しなければならないというのは、無視できない問題ではないか。

環境負荷をもたらす二酸化炭素を排出したり、燃料を利用することによって、マイナス面が出てくるのである。

必ずしも、再資源化というのは非の打ちどころが一点もない施策ではないのだ。

もちろん、しかるべき機関ではそのような計算をしてデータを取っており、総合的な判断で再資源化を推進しているのだとは思うが。

それならば、大胆に発想の転換をして、たとえばペットボトルそのものを使わないようにすれば、劇的に省資源につながるのは確かだ。

もう20年以上も前のことだが、娘の通っていた小学校でも環境教育が熱心に行われていた。

そのときの指導の一つの手法に、”ペットボトルロケット”があった。

飲み終わったペットボトルを捨てるのは環境にも良くないというので、ロケットを作って飛ばすという企画が進められていたのである。

安価で便利なペットボトルは、反面、環境汚染に直結する材料でもある。

だから、内心は使ってほしくないアイテムなのだが、せめて使い終わった後は工作でロケットを作って役立たせようとの思いから始まっていたと思う。

子供たちにしてみれば面白いから熱心に取り組むのは当たり前だろう。

ただ、熱心さが昂じて、よく飛ぶペットボトルだとのうわさが立てば、先を争ってその銘柄を買いに走るのが盛んになった。

わが家でもそうであった。

だから、いっときは冷蔵庫に入りきらないほどの在庫を抱えていたものだ。

当初はペットボトルを捨てる前に有効活用しようという趣旨であったのに、結果的には、過剰にペットボトル製品を買う方向に走ったと私は見ている。

学校で意図してたのと真逆の結果ではないか。

一律にペットボトルの供給を禁止するというのは無理だろうが、その量を思い切って制限しないことには、どこまでも膨れ上がっていくのは目に見えている。

ペットボトルの資源再生を進めるよりも、製品量を劇的に減らすほうが環境への負荷ははるかに下がると私は予測しているが、どうなのだろう。


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私の場合、最も手間がかかるのは牛乳パックの洗いである
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11月10日(日)

初孫の七五三を祝った。

お天気にも恵まれ、さらには天皇陛下ご即位のパレードが行われるというよき日に偶然に重なって、お祝いの日としてはこれ以上望むことができないようなベストな一日であった。

ただ、娘の旦那の実家のある地域の神社に詣でるので、少し遠隔地まで足を伸ばさなければならない。

行く途中で、面白い体験をさせてもらった。

まずは、クルマ椅子の高齢女性を介護する40代半ばの女性の姿を見かけたのである。

乗車のときも降車のときも、たまたま私と同じ駅であったので、自然と姿が目に入ってきた。

違和感を覚えたのは、介護している側の女性が、電車に乗ってきたとき、席を譲ってくれた人に、全く何の言葉もかけずに平気で座席に座ったこと。

そして、電車を降りるときも、段差がなくなるように傾斜のついた板を持ってきてくれた駅員さんに、やはりお礼の一言もなくそのまま降りていったこと。

それぞれの場面を目にして、権利として認められていることであっても、実際に手を煩わせている人に対する接し方ではないだろうと感じた。

せめて「ありがとう」の一言はあってしかるべきではないか。

大げさに言えば、これも現代人のモラルが地に堕ちたことのあらわれだと思う。

そんな釈然としない思いを抱きながら、向かうべき神社の場所を教えてもらおうとプラットホームにいる駅員さんに尋ねたら、ご存じない、という。

頭を下げながら「改札口で尋ねていただけませんか」といかにも気の毒そうな表情を前面に出して、私に詫びる。

仕方なく、改札口に行ったら、そのときの駅員さんがいて、若い人に何やら指示を出している。

まさかその神社のことではなかろうと思っていたが、なんと、若い駅員さんが地図を持ってきて、そこへの行き方を丁寧に教えてくれるのである。

本来、鉄道会社として行うべき任務の範囲を超えているのだが、その親切さがとてつもなくうれしく感じられた。

とりわけ、不快な場面に遭遇しただけに、心温まる対応をしていただいたとあって、瞬時に、喜ばしい感情に満たされてきたのだ。

ほんの一言や気づかいというものが、ここまで他人の気持ちを和ませることに、あらためて気づかされた。

同時に、他人の親切を受けたときには、その人の顔を見ながらお礼を言うという当たり前のことを実行しなければならないと痛感した。

孫の七五三の日に、貴重な経験をさせてもらったと感謝している。


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こんなに和服の似合う女性は地球上には他にいない(汗)
20 : 31 : 15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(20) | page top↑

11月9日(土)

散歩をしているときに、妻から携帯に電話が入った。

明日は孫娘の七五三に行く予定で、電話はそのことかとは想像がついており、心の準備はできていた。

やはり、七五三がらみであったが、最初に話を切り出したのが、孫娘の名をあげて「神社に詣るときだけの衣装を借りることになったので、私も一緒に見に行く」ということ。

そして、
「写真は前撮りしてあるので、撮影はしない」
「その貸衣装店は○○駅から徒歩で10分ほどで、タクシーに乗るまでもないし、天気も良さそうなので歩いていく」
「神社での祈祷の時間に遅れないように十分に時間はとってある」
等々としゃべりまくるのだ。

で、妻が訊きたかったことは、要は、私も一緒に行くか、それとも私は神社に直行するか、ということであった。

一番最初に、このことを尋ねていれば、長い時間をかけて電話をする必要はなかったのに。

私も散歩中でヒマであったから何の問題もなかったが、もし神経を集中させて考えごとをしているときとか、次の行き先に急いでいるときなどであれば、妻の話を途中で遮って、
「いま急いでいるので、用件は何?」
と釘を刺ささるを得ない。

ずっと以前からそうなので、いまさら訓練によって変えられるものではないと思う。

私としては、妻から話しかけられたときは、
「結論は何なのだろう?」
と想像をめぐらすクセがついてきた。

考えようによっては、この上なく有意義な脳トレになるのではないか。

だとすると、私は決して損をしているわけではない、と歩きながら気づいた。

そしてその瞬間に気づいたもう一つは、いつもの散歩コースの道順を間違えていたということである(汗)。

私の認知症予防トレーニングは、今となっては手遅れなのか。


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携帯電話は現代人のライフスタイルを大きく変えた
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11月8日(金)

11月というのは何らかの口実をつけての飲み会が多い。

”臨時総会”や”懇親会””昼食会”等々、ネーミングはいろいろあるが、要は単にメンバーが集まって食事をしたり飲んだりといった集まりである。

おそらく、いっときは12月に”忘年会”と称してやっていたイベントを、あまりに集中し過ぎるからというので、一か月前倒しして11月に開いているのではないか。

今日も、その手の会合があって晩に出かける予定になっている。

朝型人間の私は、夜の集まりは苦手だ。

さらにそこで飲み食いをするとなると、次の日の体調の不安があるので、腰を据えて痛飲することはできない。

中途半端な会となってしまう。

とはいえ、普段は顔を合わさない人と食事を共にすることで、ご無沙汰を帳消しにしてくれるチャンスだから、これを見逃すのはもったいない。

結局、あれこれ言いながらも、そこに行ってしまう。

もちろん、それぞれに参加料は必要だ。

さすがに何万円というのはないが、それでも同じ月に集中すると少なからぬ額になる。

私は、今日のような参加費、医療費はじめ生活費と、マンションの管理費、クルマの駐車料金、医療保険などの固定的な費用なども、基本的には二か月に一度支給される年金のプール分から出している。

もし足らなくなったときは、今まで貯めてきた預貯金から流用しようという腹づもりである。

昨年、ひとり住まいを始めるとき、妻にその段取りを話したら、
「その年金額では絶対に無理」
と断言された。

そのことへの反発もあるのだろうが、出費を抑える努力をすることで1年が経過した今でも、ほぼ年金のプール分だけで家計は回っている。

たまに入る飲み会に行くぐらいの費用は、何とかなっている。

もしかしたら私はお金持ちなのかもしれないと夢想しつつ、本記事の予約投稿をした。


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帰りは寒くなりそうなのでコートを持っていく
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11月7日(木)

スーパー銭湯では、サウナは欠かせない。

昨今のように寒さが感じられる季節になると、よりいっそうサウナの値打ちが出てくる。

私の行っているところには、遠赤外線サウナとミストサウナの二つの部屋があり、いずれの部屋にもテレビが設置されている。

携帯やスマホを持って入るのは禁止なので、おそらくは暇つぶしの一環としてテレビ番組を流しているのだろう。

午後の時間帯だからか、いずれの部屋もテレビはワイドショーを映していた。

千葉県の森田知事が台風の翌日に公用車で別荘に行っていたと週刊誌に報道され、「いや、それは別荘ではなくて自宅だ」と弁明したとのニュース。

そして、芸能人が覚せい剤がらみで5回目の逮捕となったニュース。

この二つをメインに流していた。

どちらもネットでは見出し部分だけは知っていたので、さほど目新しさはなかった。

ワイドショーで通り上げると、微に入り細をうがって事細かに報じていくパターンは以前から変わらない。

さらに、その説明をより深いところまで掘り下げるために、コメンテーターまで並べている。

ただ、コメンテーターの中には専門家とはほど遠い人もいて、ときおりピントはずれの発言をして司会者をあわてさせることもあるが。

中には、裁判の刑事と民事の区別がつかないコメンテーターもいたこともあり、”人材”は豊富だ。

私にしてみれば、これらのニュースの詳細を知らなくても、極めて機嫌よく生活していけるし、困ることは一向にない。

ワイドショーというのは不思議な吸引力があって、一旦、その番組を見始めると最後まで見ないことには気が済まない性質を持っている。

だから思わぬほど時間をとられてしまう。

私が自分の部屋からテレビを撤去して約半年になるが、おかげで自分の時間を浮かせることができたのが一番の収穫だと思う。

次に、不本意に洗脳されるのを免れることも、特筆すべきメリットであった。

テレビにはCMがつきもので、スポンサーが高い広告料を支払っていることはよく知られている。

画像と音声でもって視聴者の頭にスポンサーの意向を染み込ませていくのだから、これは洗脳にほかならない。

もちろん、現代では、テレビと変わらないほどの大量の広告がネットにも流されている。

しかし、自分の意思でそのサイトから出ていったり、広告をカットするツールを入れることで「見ない」態度をとることも可能だ。

テレビの場合は、基本的に局から流されるものを、そのまま目で見て耳で聞くことを強いられる。

受ける影響が、テレビのほうが大きいことは言うまでもない。

テレビと縁を切ったことで自分には大いに得るものがあったと、サウナでテレビを見るたびに感じ入る。


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若い人がテレビ離れをしているそうだが、頼もしいと思う
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11月6日(水)

プライベートの銀行は、以前からネットバンクを使っている。

だから、街の中にある銀行の建物に行くことは、ほとんどない。

昨年の夏に、私の名義になっている家族口座の定期を他行に振り替えるというので、妻と一緒に行ったのが最後だと思う。

そんな私は複数のネットバンクと契約しているが、今日、その中の一つを解約した。

履歴を見てみると、もう2年間にわたって現金の移動はない。

なぜ使わなくなったのかというと、ログインするまでの手続きがあまりに煩雑だからである。

IDだけではなく、パスワードまで求められるのは当然だが、その後、乱数表を見ながらの記号や番号までも入力していかなければならない。

もちろん、セキュリティのために必要だとは理解しているが、たとえば残高を見たいというだけであっても、乱数表とにらめっこしながら指示された文字を打ち込むのである。

自然と、他のネットバンクのほうを使うようになっていくのは、きわめて自然な流れではないか。

さらに、預金金利も低いし、また、ATMや振込手数料が一定回数までは無料というのは、どこのネットバンクでもやっているサービスである。

使うべき理由がなくなった、というのが偽りのないところだ。

解約手続きの申し込みをしたとき、電話口でその理由を問われたのでありのままを伝えたのは言うまでもない。

なお、解約をするには、
”「手続きフォーム」または「コンタクトセンター」”
とされている。

「手続きフォーム」であればWEBでできるから楽だと思って利用しようと思ったが、どこを探しても見つからない。

私の探し方が不十分なのだろうが、うがった考え方をするなら、解約する人は冷たく当たられている、との被害妄想を持っても不思議ではない(汗)。

それはともかく、電話でサポートに解約の旨を伝えるという手法をとらざるを得なかった。

当初は数少ない存在であったネットバンクも、いまやすっかり定着し、同時に、業界の中でもランクがついてきたような気がする。

いろんな比較サイトを見ても、人気度の点ではほぼすべて、「楽天銀行」と「住信SBIネット銀行」とが首位を争っている。

私も、決して意図したわけではないが、この両行をそれぞれに使い分けしている。

近い将来、銀行といえば、ネットの世界でのビジネスというのが常識になることだろう。


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セキュリティを強化し過ぎると著しく使いにくくなる
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11月5日(火)

所属団体の月1回の会議が行われた。

閉会の後、部屋を出て帰ろうとした私を女性スタッフが追いかけてきて、廊下の隅でこっそりと語りかけようとするのである。

一瞬、
「わたし、あなたのことが好きなんです」
と告白されるのかと考えて、全身が緊張に包まれた。

女性の年齢はおよそ40代半ば、その団体の事務局で働き始めて、もう10年以上は経過している。

すっかりベテランだし、会議に出てもポイントを押さえた発言をするし、なかなか頭の回転も速そうだ。

おまけに、ちょっとした美形である。

もしそんな彼女から交際を求められたらどう返事をしたらいいものか、私の思考回路をフル回転させて、持っているボキャブラリーを総動員して、適切な言葉を懸命に模索した。

「今の家庭を失いたくない」の言葉は、取りも直さず、彼女の申入れを拒絶することになる。

さりとて、「絶対に周囲にわからないように」などとの約束は守られるはずがない。

優柔不断な私は、そもそもが素早い決断は苦手である。

ましてや、もし私の人生にかかわるような事柄について、瞬時に決めてしまうなんて無理な話だ。

こうなった以上、彼女の出方を見てみることにした。

彼女から最初に呼び止められて、次の言葉を発するまではおそらく1秒もかからなかっただろう。

その短い時間に、実に多くのことに思いを巡らせたのだ。

そんな息詰まる空気の中、いよいよ彼女の口から出てきた言葉は、
「私、今年で年賀状を出すのをやめにするつもりなのです。
 声なき声さんとはうずっとやり取りさせていただいていましたが、そういう事情ですのでご了解ください。」
とのこと。

あっけない幕切れであったかもしれないが、内心は気が楽になったものである。

年賀状の準備もそろそろしなければならない。

年末の足音が聞こえてきた。


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ほんの1秒足らずとはいえ夢を見させてくれたことを喜ぶべきか
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11月4日(月)

私がメンバーになっている団体で昼食会があるので、参加してきた。

10人程度のざっくばらんな会合であり、しかも、昼間からお酒が飲めるというお楽しみがあるので、文字どおり遊び半分で顔を出した。

駅を降りてから道を間違えたこともあって、会場に着いたのは予定時刻の5分前である。

そそくさとテーブルまで行ったら、なんと空いている席はご来賓の目の前しかない。

そのご来賓とは市長である。

まさかご出席になるとは思ってもいなかったが、なんでもすぐ近くで公務が入っているというので、その前の空き時間を使ってご出席になられたとのこと。

仕方なく、という言い方は失礼そのものだが、市長の前の席に座らせてもらった。

30分ほどで公務のために中座されたが、そのときは、肩の荷が下りたような気がしてならなかった。

これって、一番最後に来た人間への罰ゲームなのか?

さて、今日は席運に恵まれていないようで、苦手なタイプの人がすぐ隣に座っていた。

元弁論部だけあって、とにかくよくしゃべる。

80歳目前で、大きな声を張り上げて力いっぱいしゃべるものだから、いやでもこちらの耳に入ってくるし、自然と皆の話題も彼が言い出したものになってしまう。

さすがに、元議員の人間がその場にいて、彼が持ち出した話題をうまくそらす方向に誘導していく。

助かったと思ったのは、私一人ではあるまい。

さもなければ、80歳の老人にかき回されるところであった。

そんな年齢になると、自慢話が多くて、しかも同じネタの繰り返しが目立つ。

聞いているほうも疲れてくる。

元議員が見事なテクニックで彼の話をそらせてくれたおかげで、少なくとも会費分は楽しむことができたと思う。

正午から始まった食事会は、波乱含みながらも午後3時前にはお開きとなった。

”捨てる神あれば拾う神あり”とはよく言ったものである。


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昼に飲むお酒は格別においしい
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11月3日(日)

”興奮冷めやらぬ”という言い回しがあるが、一日が経過した今でも、私の中には余韻が漂っている。

昨日、同窓会が開催され、正午の開会から午後3時のお開きまで、何十年ぶりかに再会した面々で歓談した。

その後も、ほぼ全員が二次会に繰り出し、私は8時の中締めを機に退席させてもらった。

楽しく飲んでしゃべって体を壊したのでは、話にならないからである。

それにしても、高揚感が途絶えることなくずっと燃え盛っていたのだから、これは私にとっては年に一度あるかどうかといった希少な世界であった。

28人の参加申し込み者の全員が出席し、中には45年ぶりの人もいたのだから、テンションが上がるのは避けられない。

40年以上もの空白期間があると、人間の姿や形が変わるのは自然な現象である。

しかし、面白いもので、その人の話し方や口調というのは全く変わっていないことに気づく。

準備段階で、長らくのご無沙汰の旧友と話す機会があったが、電話での会話を通じても相手が誰かはすぐにわかったものだ。

また、かつての美人の変わり果てた姿に失望するとの話も、よく同窓会の話題に出てくるが、例外もあることを発見したのである。

当時はこういった言葉こそなかったが、紛れもなく”マドンナ”にふさわしい女性がいた。

容貌と言い、スタイルといい、モデルを称してもおかしくなかったと思う。

そんな彼女は、65歳になっても、やはりスレンダーで美形を誇っていた。

やや距離を置いてみれば、30代半ばでも通用するのではないか。

口さがない男の中には
「相当にカネを使っているに違いない」
と言っているのもいたが、そうだとしても昔の美しさを、ほぼ原形のままとどめているのだから賞賛ものだ。

さて、私自身について、40年ぶりに会った人は「痩せた」との印象を受けるようだ。

口をそろえてそのことを言われ、「大丈夫なの?」とまで言われたりもした。

二次会の場でもその話が出て、健康談議にしばし話が咲いたほどである。

このままだと、本当に病人になってしまうかもしれない(汗)。

さすがに、この場では塩分節制や貧血の話は差し控えた。

このように他愛のない話を果てしなく続けられるところにも、年月の重みを感じてならない。

私も幹事としての責任を果たせたし、一参加者としても存分に楽しませてもらった。

ビッグイベントは盛況のうちに終わった。


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二次会は某君がメンバーになっている会員制クラブに案内された
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11月2日(土)

いよいよ同窓会の日がやってきた。

今年の5月から準備を始めたが、そのときは「半年も先のことだから」の思いが強かった。

あわてることなく、のんびりとやっていけばいい、と心の中では思っていた。

月日の経つのは早いと言うが、それを身をもって感じる。

ただ、現実にその日が迫ってくると、私の昔からの悪いクセで、不安のほうが先に立ってしまうというものがある。

今回の同窓会にしても、本当なら旧友との交流ができる心和む場なのだから、不安に思ったり心配したりする材料は何もない。

なのに、その日が近づいてくると、重苦しい空気がどこからかこみ上げてくるのである。

若い頃からそうであった。

心配性というか、物事をネガティブに見てしまいがちな性分なのだろう。

おそらく、私の場合は脳内にノルアドレナリンが発生しやすい構造になっているのだと思う。

いわばDNAに刻み込まれているものだから、これを変えるのは至難のワザだ。

私自身、そんな特性のせいで、損ばかりしていたとは考えていない。

何でも悲観的な予測をするものだから、ギャンブルや一獲千金の投機話には全く興味を持つことがなかった。

だから、人生での冒険をしたことがなく、当然ながら”大失敗”も経験せずに済んだ。

見る人が見れば、面白みの全くない人生であったということになる。

とはいえ、私からすればそれこそが私の人生であったのだから、後悔も反省もしていない。

そんな私だから、世間でよく言われているフレーズで、どうしても受け入れられないものがある。

それは
「後悔には2つあって、何かをしておけばよかったというものと、やらなければよかった、というもの。
しかし、同じ後悔なら”やらなければよかった”のほうが意義がある。」
といった意味合いのものだ。

私が思うに、一度やってしまったことは変更のしようがないのである。

男性が既婚女性に良からぬ意図を持って近づいた、渡航禁止地域を訪ねた、あやしげなクスリを試してみた・・・・・など、結果次第では取り返しのつかない事態を招くことになる。

極端な例ばかりを挙げたかもしれないが、危ないものには近づかないという生き方しか、私には選べないと思う。

今後も”人畜無害”で”平々凡々”な人生であってほしいと思っている。



(予約投稿)
20 : 20 : 29 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

11月1日(金)

引越しでマンションから出ていく人がいて、その作業が午後2時から始まる予定であった。

引越し業者が作業を終えるのは、およそ1時間半か2時間後だと聞いていた。

管理人さんは日勤制で、基本的には午後3時までとなっている。

そこで、管理人さんが帰った後の玄関ドアの施錠をするようにと、申しつかった。

引っ越し荷物を運び出すときには観音開きのドアの両方を開けることになるが、片方は自動ドアなので、ちょっとした細工をしなければならない。

だから、誰かが人間の手でやらなければならないのである。

もちろん、不器用な私でもできる単純な手順であるが、それだけにちゃんと任務を果たさないことには、まわりの笑いものになってしまう。

物忘れのひどい私なので、目立つように赤字で書いたものを、冷蔵庫にマグネットで貼り付けておいた。

買い物レシートの裏に書いた程度であれば、見落としてしまう恐れがある。

さらに、作業の手順をメモにして持っておくこととした。

おそらくは小学4年生以上であれば、口頭で教えてもらえばすぐに頭に入るレベルだろうが、私の場合はそうは行かない(汗)。

万全の体制でもって備えをしておいた。

業者がやってきたのは午後3時、うまくしたもので1時間遅れで順調にスケジュールは進んで、5時前には完了した。

これで私の責任も全うできた。

考えようによっては、管理組合としてやるべき業務ではないことになるが、では誰がドアを閉めるかとなると、結局は住民の誰がかが受け持つことにならざるを得ない。

私が難色を示したら、もしかしたら前理事長が「出番到来!」とばかりに腕まくりしながら登場する可能性もある(汗)。

そればかりは避けたいとの思いもあって、私は積極的に身を乗り出したのだ。

このことはともかく、出ていった人は、この時間から新居に行って荷ほどきをするとなると、終わって落ち着くのは相当に遅くなるのではないか。

ひとごとながら、お気の毒になってきた。


20191101.jpg
4トン車で2往復していた
20 : 20 : 17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
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Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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