FC2ブログ

9月30日(月)

かかりつけ医に行って、先日受けた血液検査の結果をうかがった。

やはり、”鉄欠乏性貧血症”だと診断された。

見方を変えれば、ガンや潰瘍などの内臓疾患による失血ではなかったことになる。

そういった点では安心した。

検査数値としては、鉄分の値は”61”と出ていた。

その検査機関での男性の基準値としては”60~210”となっていたので、あくまでも合格圏内に入っており、決して異常に低いわけではない。

他の検査機関では、最低基準が”54”に設定されているところもあり、絶対的な数値ではないのは当然のことだ。

ただ、医師としては安全策をとり、より鉄分摂取を心がけた食生活に努めてほしいとのことであった。

今回も、鉄分を補うためのレシピや食べものの一覧、また注意事項を記した書類をいただいた。

帰宅してから読んでいて目を剥かんばかりに驚いたのが、
「コーヒーや紅茶、お茶は望ましくない」
との一文である。

すんでのところで、そのときにたまたま飲んでいたコーヒーをこぼしてしまうほどであった。

心配になってネットを調べてみたら、コーヒーやお茶に含まれているタンニンが鉄分吸収のときに悪さをするためらしい。

だから、食べながら、あるいは食事の直前や直後にコーヒーを飲むのは避けたほうがいい、との趣旨のようだ。

朝一や食間であれば、なんら問題はないと私は理解した。

なお、貧血対策に向いている薬膳を調べてみたが、面白いことに、先生からいただいた書類に書かれている食材と、ほぼ重なり合っている。

西洋医学も中国医学も、底辺では相通じるものがあるのかもしれない。

なお、医師から釘を刺されたのは、「レバーを食べ過ぎないこと」である。

貧血対応というと、ほぼ定番的に「レバー」となるが、過剰に摂るとコレステロールが溜まりやすくなるらしい。

大豆類や魚を積極的に摂ることをすすめられた。

ちなみに、納豆は好きということもあって以前から頻繁に食べている。

納豆に加えて、豆腐やホウレンソウ、そして魚も頻繁に食べていくつもりである。

2か月後に、再び鉄分の血液検査をすることとなった。

これからの2か月間でどう変わるかを見てみたい。

飛躍するが、年齢が上がってくると医療機関のお世話になることが増える。

私だけではあるまいが。

日本全国での昨年度の医療費が42兆円を超えたという。

なんでも、年金の総額が50兆円だそうであるから、近々に医療費が年金を上回る事態が起こっても不思議ではない。

高齢者の数は増えるばかりだから、何もしなければ、医療費でもって日本がパンクするのは目に見えている。


20190930.jpg
夏の間の倦怠感は鉄分不足による貧血が原因であったのかもしれない
20 : 20 : 43 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月29日(日)

9月最後の日曜日、つまり消費税8%で通用する最後の日曜日ということで、小売店はどことも商戦が熱心であった。

行きつけのスーパーなど、26日から5日間続けての”5%引き”セールを行っている。

ここまで来ると、やや行き過ぎの感がなくもない。

逆に、普段の買い物で正規の値段で買うと”5%”を損してしまうような錯覚に陥る。

値引きセールなど、月に何回かやるからこそ、客にとってもありがたみが出てくるのであって、それが普通の状態になってしまうと、いびつな感覚を持ってしまうものだ。

しかも、10月から税率が上がると言っても、言うならば2%にすぎない。

私のように、買い物と言えば、ほとんどが食料品だという人間であれば、増税の影響は受けない。

秋や冬に備えての服を買おうと思っても、とりたててあれが欲しいというものもない。

少なくとも、何万円の価格の商品で必要となりそうなものは全くないのである。

ならば、必要となってきた時点で10%の税金を払って買えばいいだけのこと。

とはいうものの、私も人の子、高揚した雰囲気で増税を叫ばれると、少しなりとも前倒しで買っておこうという気持ちが芽生えてくる。

そこで、家に買い置きがあるにもかかわらず、いつものウイスキー1本を買ってきた。

本体価格688円。

これで14円分の節約ができたが、さほどうれしくはない(涙)。

このこととは関係はないが、同窓会の案内状で追加の発送先が出てきたので、そのスーパーで増税対応後の往復葉書を買おうとした。

しかし、「10月1日からの販売となっています」との返事。

さらに、不足分を補うための1円切手も置いていないという。

いま展開されている”5%引き”は「お客様感謝セール」とのうたい文句になっているが、どうも実態とは合っていないようだ。


20190929.jpg
おそらく増税後も何らかの口実を見つけて”5%引き”を打ち出すと思う
20 : 20 : 23 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(11) | page top↑

9月28日(土)

小学校1年生の孫娘の運動会であった。

午前中はマンションの消防設備点検が入っていたので、午後からの見学とならざるを得ない。

点検の立ち合いはサボっても実際には大きな問題はないのだが、マンションの役員をやっている体面上、入居者として求められている義務は果たさなければならない。

内心は渋々であったが、点検に立ち会って、終わるや否や妻に電話をしたら、
「出る演目はあと一つしか残っていない。たぶん2時ごろからになると思う。」
とのこと。

ただ、天気がいま一つ思わしくなく、学校としても途中で中止という事態は避けたいはず。

昼休みを短くすることで、午後からの予定を早めにする可能性もある。

安全策をとって、かなり早めに家を出て小学校に向かった。

そして最寄り駅に近づいたところで、妻から電話。

午後からの部がもう始まったという。

たぶん、予想したとおり、天候を懸念して早めたのだろう。

私の気持ちはあわてたものの、だからといって特別に何かをするわけにも行かない。

電車でなくてタクシーを拾ったところで、逆に時間がかかると思う。

走ることも考えたが、途中で心臓麻痺を起こして倒れでもしたら、それこそ元も子もない。

速足でひたすら歩くことに集中した。

校門に着いて、受付で今やっている演目のプログラムナンバーを尋ねると、二つ後が孫の出るものとわかり胸をなでおろした。

やはり小学校の運動会だと、見に来る親の数は少なくない。

児童の席を取り囲むように、大勢の親が携帯片手に運動会を見守っている。

娘夫婦の姿を見つけるまでには、思いのほか時間がかかった。

娘に訊いても、孫が何をするのかは知らないらしい。

実際に始まってみて、初めて玉入れだとわかった。

午前中に徒競走とダンスは終わったらしい。

贅沢を言わせてもらえば、私が見たかったのはそちらのほうであったが(汗)。

玉入れを見ていても、どこに孫がいるのか全く見当がつかない。

最終的に、閉会式の後、初めて孫娘の顔を見たというお粗末な話である。

とはいえ、孫が出ている競技を観戦できただけでも、幸運であったと感謝している。

閉会式後は、娘は大人用トイレの掃除、婿は孫と一緒に帰宅と、家族も三々五々に分かれた。

私なりに充実感を味わえた秋の午後であった。


20190928.jpg
この手の行事は天気が良ければそれだけで成功である
20 : 20 : 46 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

9月27日(金)

契約している駐車場から出てきたとき、その管理人から、正確には責任者の奥さんのようだが、呼び止められた。

何の用件かなと思って振り向いたら、10月1日からの消費増税のことに絡んでのものであった。

駐車場契約も賃貸の家と同じようなもので、おおよそ前月の末に次の月の駐車料金を支払うのが通例である。

私の場合は、銀行での予約振込の形をとっているので、つい先日、10%に対応した料金を振り込むように修正したばかりである。

なんと、管理人さんの話では、「10月は増税分は要りません」と言うのだ。

怪訝に思って話を聞くと、銀行引き落としの手続きを修正するのに、銀行で想像以上の時間がかかっていて、9月末の引き落としが物理的に無理だとわかった、との事情があるらしい。

責任の所在を突き詰めていくと、駐車場オーナーの不手際となるので、みずからが2%分を持たざるを得ないとの判断に至ったようだ。

だからといって、銀行引き落としの客だけは従来どおりの8%で、振り込みや現金持参の客は10%にすると、不公平が生じてしまう。

やむを得ず、10月の増税分は駐車場側が自腹を切ることになったらしい。

ざっと見回したところ、全部で50台ぐらいのクルマが駐車場契約をしているのではないかと思う。

すべてを総計すると、少なからぬ負担となる。

ほかに対応策はなかったのだろうか。

口座引き落としの客に事情を説明して、差額の2%分の料金を別途に支払ってもらうとなると、その徴収のための手間が大変だ。

客の中には「銀行振込で支払う」と主張する人もいるかもしれない。

そうなると、その手数料は誰が持つのかといった問題も出てくる。

紛糾するのは目に見えている。

あるいは、口座引き落としの客だけをこっそりと8%にしておいたとしたら、もしそれが露見すれば、他の手法で支払っている客の間から不満が爆発してくる。

駐車場の信頼感を維持するためには、10月の増税分はすべて自分のところで持つという決定は賢明であったと思う。

それに、駐車場であれば、賃貸の家と違ってメンテナンスの費用というのはほとんどかからない。

おそらく、固定資産税が最も大きな経費ではないのか。

はた目から見ると、駐車場経営というのは割の良い商売だと思うが。


20190927.jpg
私が契約しているのは1万円のゾーンなので、「200円」の負担を免れたことになる

20 : 20 : 53 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月26日(木)

今晩、同窓会の打ち合わせの委員会をする予定になっている。

9月9日に30人分の案内状を発送して、1週間のうちに8通の返事が来た。

以来、ぷっつりと返信が途絶えている。

10月10日必着の形で締切の日を設けたが、間が長過ぎたかもしれない。

同窓会の返事を送るのに、一か月の猶予でもって考える人なんていないだろう。

出席したいと思うのならすぐに返事を送るだろうし、反対に、予定があって出ることができない人なら、直ちに欠席の返事を出すだけのことである。

行くべきかどうかで検討を重ねる人なんて、ほとんどいないと思う。

単に、面倒だから返事を投函しないだけではないか。

往復葉書だから、返事を送るにはハサミで切らなければならない。

また、郵便ポストのところにまで行って、そこに入れることになるので、すべてを考えると結構な手間である

ましてや、締切が10月10日だと知れば、「ずっと先のことではないか」と放置してしまうのかもしれない・・・・・・これは私のいつもの心の流れであるが(汗)。

意外であったことに、3通がQRコードを通じての返事であった。

おそらくはゼロだと予測していただけに、内心は意外でならない。

うち2通は往復葉書でも返事が来ており、重複している形になっている。

私の勝手な憶測であるが、QRコードからだけだと往復葉書の返信部分が未使用になってしまい、そのことに抵抗を感じたからではないか、と。

まさか63円の価値を持ったものを捨てるわけにはいかないし、かといって、郵便局まで持っていって手数料を支払って新しい葉書に取り換えてもらうというのも、良心の呵責に苦しむことになる。

だから、ダブりを承知の上で、葉書のほうも送り返したような気がする。

仲間うちのことだというので、失礼を承知で勝手な想像をめぐらせてみた。

打ち合わせはいよいよ佳境に入り、今晩は、「当日のプログラム」について、食事をしながらあれこれと知恵を出し合う予定である。

学生時代も事あるごとに青い議論を交わしていたなと、40年以上も前の自分たちを思い出していることだろう。


* 本記事は予約投稿

20190926.jpg
ポストに郵便物を入れる機会がめっきり減ったと思う
20 : 20 : 01 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

9月25日(水)

昼から散髪に行った。

散髪の楽しみの一つに昼寝ができることがある。

シートを倒しているときなど、自然と眠気がやってきて、まどろみの世界の住人になってしまっているものだ。

心地よいこと、この上ない。

もちろん、熟睡しているわけではなく、話しかけられれば少し間を置いても返事ができる程度の眠りである。

ちょうど1週間前に管理組合の理事会があって就寝が遅くなってしまい、翌日は睡眠不足であった。

しかし、逆に十分な睡眠の深さが得られたのか、ぐっすりと眠りにつくことができたと思う。

その効果はあれから1週間続いている。

あえて、睡眠時間を少なくすることで、その分、寝つきもよくなり結果的に質の良い眠りができているという気がする。

前立腺肥大症を抱えているので、夜中にトイレで3、4回は目がさめるが、用を済ませたら再び眠ることができているのである。

以前は、トイレで目がさめたら、次はなかなか寝つけないことがよくあった。

よく、「人間は7時間は眠らなければならない」とか「早寝は健康にいい」とか言われているが、それは個人差があるのではないか。

特に年齢を重ねている人など、必ずしも”7時間”や”8時間”の睡眠時間が必要ということはなかろう。

若い人のように、肉体的な動きや頭脳活動をしなければならない場面も少なくなるのだし。

ただし、起床時間は一定にしておくほうが、生活リズムを整える上では好ましいことと思うし、多くの識者もそれは指摘している。

前の晩に飲み会があって床に就くのが遅くなったときは、翌朝は、本心として「せめて、あと1時間は寝ておきたい。」という思いがあるが、一度でもそれを許してしまうと、私の場合は、すべてのバランスが崩れてしまうことになるだろう。

目覚まし時計よりも早く起きることはあるものの、愚直に起床の時刻は守っている。

どうしても眠気に耐えられなければ、昼寝をすればいいだけのことだ(笑)。


20190925.jpg
散髪屋さんも来月から消費税増税分を代金にいれるとのこと
20 : 20 : 34 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月24日(火)

妻から話があって、「年末年始はホテルで過ごす予定で考えている」と。

言葉には出さなかったものの、私もその選択は間違いないと思った。

昨年と同じように、大晦日から年明けの2日までは家を空ける形になる。

去年は娘一家だけであったが、今年は息子ファミリーも合流するので大集団だ。

もし自宅で新年を迎えるとしたら、妻の負担があまりにも大き過ぎる、というのは間違いない。

小さい子供用の布団も用意して、帰ったあとはその洗濯もしなければならない。

また、毎日の料理の準備が大変である。

娘や嫁が手伝ってくれるとはいえ、二人ともまだ幼児の面倒を見ている立場なので、フルにサポートするわけにはいかない。

特に嫁など、せっかく日本に帰ってきたばかりなのに、正月早々から家事のお手伝いをさせられるとなると、「アメリカのほうがよかった」ということになりかねない。

お正月だからというので、日常とは違った味わいを期待するのは当然だし、合計10人もの頭数を収容する場所すら見当たらない。

その点、ホテル暮らしであれば、その辺の煩わしさは全くない。

妻だけでなく、全員が上げ膳据え膳の世界を満喫できる。

お正月であれば今年1年に向けての英気を養うとの意味合いもあって、少々の贅沢をしても罰は当たらないと思う。

それに、おせちを注文しなくて済むから、その分の費用は浮いてくる。

なんでも、妻は神戸のほうのホテルを考えているようだが、おそらく、この時期だからすでに予約を入れているような気がする。

今後は、年末年始はホテルで、というのがわが家のパターンになるのかもしれない。


20190924.jpg
喪中ではないお正月というだけで華やいだ気分になる
20 : 20 : 24 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月23日(月)

いつもはコーヒーしか飲まないイートインで、たまたまパンも食べた。

散歩コースのスーパーにパンのコーナーがあり、家に持ち帰って食べることはあっても、お店の中でコーヒーをすすりながら食べたのは初めての経験である。

おかしな見栄のようなものがあって、食べているときに見知った人に会うと気恥ずかしいの思いがあったからか、そこのイートインではコーヒーしか飲んだことがない。

実は、焼き立てのフォカッチャを食べたかったのだが、なぜか今日は商品棚には並んでいなかった。

そこで見回すと白身魚フライのハンバーガーがあったので、こちらを選んだ。

コーヒーについては他のコンビニで買ったものだが、このスーパーでは他店の持ち込みとわかっていても嫌な顔はしない。

パンの会計をするためレジを通ったら、
「こちらでお召し上がりですか?」
と訊かれた。

いままで、持ち帰り用のパンを買ったときには、一度も尋ねられたことはなかったのに。

片手にコーヒーの紙コップを持っていたからか、あるいは、10月からの消費増税に備えて、店内飲食に際してはパンにかかる消費税率が変わるので、それの事前訓練なのか、いずれかはわからない。

それを確かめようと思ったのだが、例の”導かれし者たち現象”のなせるわざで、いつの間にか3人の人が私の後ろに並んでいたのであきらめた。

私のケースだと、他店で買って支払い済のコーヒーも外食扱いとなるのだから、理屈の上では差額の2%を購入したコンビニに払いに行かなければならなくなるのだろうか?

確かに、私の意思としては、コンビニでコーヒーを買った時点で、場所を変えて、このスーパーのイートインで飲むつもりであった。

だから、10%の税計算になるのかもしれない。

ちなみに、そのイートインは”レストスペース”と名付けられている。

私に言わせれば、テーブルや椅子などの飲食設備があるとはいえ、実際には単なる休憩所でコーヒーを飲みながらパンを食べるのだから、そもそもが外食には当たらない、と反論できなくはない。

税務の現場ではどのように解釈されるのだろうか。

10月からの消費税率アップに伴って、軽減税率とキャッシュレスポイント還元の二つのシステムが登場する。

レジでの混乱が、今から目に見える。


20190923.jpg
実質税率が5種類に及ぶというから私には理解不能である
20 : 20 : 44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月22日(日)

大相撲九月場所が幕を閉じた。

御嶽海関が決定戦の結果、見事に優勝を決めた。

なお、毎回、千秋楽は取り組みが終わった後も、最後まで見るようにしている。

アベマTVなら、表彰式が終わった後も、”神送りの儀式”まできちんと伝えてくれる。

さて、見るたびに疑問に思っていたのが、それは儀式として行われる”出世力士手打式”のことだ。

”出世”とはいえ、序の口といえば一番下の階級であり、これから先はまだまだ長い道のりである。

ただ毎月の給料はもらえないものの、お手当は支給されることになる。

第一、番付に自分の名前が乗るのだから、大いに励みになるのは確かだ。

ようやく序の口になれた若い人が土俵に上がり、そこでお神酒をふるまわれるならわしが”出世力士手打式”である。

今場所は一人だけであった。

いつもそうだが、これから序の口に上がるというのだから、年齢は若い人ばかりのはずだ。

中には幼顔そのものの人もいる。

たぶん、みな、未成年ではないか。

すると、未成年者にお酒を飲ませてもいいのか、という問題が出てくる。

まさか、儀式で使うお神酒を”水”で代用するとは考えられない。

神道儀式なのだから、やはりアルコールの含まれたお酒だと思う。

だとすると、たとえ少量であってもまずいのではないか。

法治国家において、公然と法律違反が行われているのであれば、これはゆゆしき問題である。

考えられるのは、未成年の力士にはあらかじめ、「飲むマネだけをしなさい」と言い含めている、という手法。

聴衆にも、力士が本当に飲んでいるかどうかまでは見分けがつかない。

これだとセーフになる。

本当のところはどうなっているのか、興味津々である。


20190922.jpg
場所中は土俵の神様が君臨されるとのこと
20 : 20 : 26 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月22日(土)

月一回の眼科クリニックに行ってきた。

白内障の進行状況の検査を毎月受けている。

今日は親先生に診ていただいた。

通常は若先生が診られるのだが、ほんの時折、ご不在のことがあって、その際は親先生が診察に当たられる。

おそらくは80歳近いご年齢ではないかという気がする。

診察というか検査は、実は若先生のほうが緻密になさっている。

今日は親先生であったので、診察室に入ってから出てくるまで10分とかからなかった。

要所要所をきちんと押さえての検査だと思うから、不安には感じていない。

最近、パソコンの画面が見えにくくなってきているので、そのことを相談したら、ニコニコしながら
「乱視が進んでいるようですね。ただ白内障はほとんど進行がありませんから、心配はいりません。」
とおっしゃった。

白内障そのものは、いわば年齢が上がれば出てくる症状だから、そういった意味では病気とは言えないかもしれない。

だから、私としてはそんなにも憂えているわけではなく、いっそ、手術によって完治を目指すほうが快適な視界が得られるのではないかと考えているぐらいだ。

2年前からずっと目薬で抑えているが、手術をしてきれいに見えるようになれば、そのほうが楽なはずだと素人的に想像しているのだが。

まわりの人で、やはり白内障の手術を受けたおかげで、見違えるほど見えるようになった、との話を聞かされると、早く受けたほうがいいような気がするし、片や、手術となるととかく煩雑がつきものだからためらう気持ちも出てくる。

何より、メスが目の中に入ってくるというのがイヤだ。

まさか目をつぶっているわけにもいかない。

痛くないのはわかっていても、鋭利な刃物が私の目の中を切り刻むような気がして、小心者にはそれが苦痛である。

私の年齢での平均余命が19年とされているが、もし25年ぐらい生きられるとしたら少しでも早く受けておきたいが、逆に、考えたくはないがあと5年でサヨナラだというのなら、ずっと目薬で抑えていく。

もちろん、実際にどうなるかは、神ならぬ身には到底わからない。


20190921.jpg
目の水晶体が白く濁るのが白内障らしい
20 : 20 : 09 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑

9月20日(金)

マンションの樹木の剪定の日であった。

朝の8時から作業が始まるというので、7時45分に玄関前に行ったら、すでに業者さんが待機していた。

剪定をするのはマンション共用部分の庭の樹木だけであるが、一部、居住者の専用部分の庭にマンションが植えた木があるので、それを知らないとややこしいい。

決まった業者さんなので、その辺の事情はよくわかっており、間違うことなく対処してくれるから助かる。

もう一つ、イレギュラーな事態があって、本来なら年に1回の剪定のときに共用部分だけでなく、専用部分の庭の木も一緒に処理してもらっている。

そのほうが業者さんにとっても作業がやりやすいし、専用庭を持っている入居者にしても、料金が安くて済む。

もちろん入居者の負担だから、少しでも安いに越したことはない。

ただ、今回はマンションの大規模修繕工事のために夏にやっている剪定作業をずらせて、9月に行うこととなった。

ところが、消費税の駆け込み需要が集中したせいか、業者さんが予想外に多くの注文を抱え、1日分しか日を当てることができないと言ってきたのである。

やむを得ず、管理組合としては共用部のほうをやってもらうことにした。

これは大規模修繕工事の積み残し工事の関係もあるので、それもあって急いでいたのである。

そんなことで、専用部は後回しにせざるを得なくなった。

実は、専用庭をお持ちの入居者の一人が、そのことでひどくお怒りになっている。

自分の部屋には声がかからなかった、と。

そして
「枝が伸び過ぎてしまって見苦しいから、一日でも早く刈ってほしい」
と声高に主張しているのだ。

それなら、自分で業者を探して値段や工期の交渉もして、独自でやれば何の問題もない。

本来は専用庭は自己管理することが管理規約の細則で決められているのだが、世間の他の管理組合はどうか知らないが、当マンションでは専用庭の人にも声をかけて、申し込んでもらう形をとっている。

一種のサービスなのだが、それが当たり前になっているので、たまたま今回は飛ばされたのが面白くないようだ。

入ったばかりで事情を知らないというのならともかく、かなり以前から入居しており、理事長経験も複数回あるという。

大人になり切れていない人というのは、どこの世界にもいるものだとつくづく思った。

午前中は作業が始まってからは気が向いたときに様子を見にいったが、午後からは、あらかじめ頼んでいた他の理事にバトンタッチした。

私に用事があったからである。

スーパーマーケットとスーパー銭湯の2か所である。

20日は、マーケットのほうは5%引きだし、銭湯は回数券が1枚余分についてくる日なのである。

消費増税を前にして、日持ちのするものは買いだめておきたい。

スーパー銭湯はこの機に乗じて値上げを行うので、回数券を確保しておいて備えなければならない。

何かと充実した一日であった。


20190920.jpg
散髪をした後のような爽快感がある
20 : 20 : 55 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月19日(木)

今朝、散歩から帰ってきたとき、管理人さんに会った。

開口一番、
「昨日の理事会は何時までかかりました?」
と問われた。

「9時45分まで」と言うと、意外そうな顔をされた。

思っていたよりも早かったようだ。

午後7時から始まって3時間近くに及んだのだから、私にしてみれば長丁場であった、というのが本心だが。

いうまでもないが、長引いた原因は前の理事長が出席していたからである。

なんでも、第一回理事会には、前の理事長と会計理事が出席して引継ぎを行うのが慣例らしい。

昨年など、6時半に始まって終わったのは10時をはるかに過ぎていたという。

会社でも、いまどき長い会議は敬遠されている。

そもそも、会議というのは長い時間をかければ生産性が上がるというものではない。

昨晩の引継ぎにしても、あらかじめ文書が用意されていて、事細かに仕事内容の経過や現状、今後の課題が書かれていた。

この文書は、新任の理事長も私もすでに読んだものであり、少なくとも3回か4回かは口頭で彼女から話しも聞いていた。

内容に関しては十分に頭に入っているものなのだが、それをあらためて理事会の場で説明をするのである。

ほかにも新任の理事が二人いたので、もしかしたらその人に聞かせるとの意味があったのかもしれない。

それにしても、文書を読めばわかるというものだが。

彼女が読んでいくうちに、関連した事柄を思い出すのか、そちらのほうに脱線していく。

結局、40分は引継ぎ文書の読み上げにかかった。

話が長くなる理由は、同じことを繰り返し説明するところにあるのではないか。

また、議論になりかかったとき、相手が話そうとするのを遮って、自分の考えの補強をするためにさらに馬力をかけて演説をするので、どこまでも時間は延びていく。

その議論の相手にしても、自分の利害が絡んでいるのであれば懸命に応戦するが、いわばマンションのことなのだからというので、途中であきらめてしまっているように思う。

だから、彼女が自分の手法に自信を持つのは自然な流れかもしれない。

管理人さんからは貴重なアドバイスをいただいた。

「マンションで困ったことが起こったときだけ、前理事長に相談に行きなさい。
それ以外のことは、逐一、報告してはいけません。」
というもの。

肝に銘じておく。


20190919.jpg
終わるのが遅かったので、今日は睡眠不足であった。
20 : 20 : 09 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑

9月18日(水)

”積み立てNISA”をやろうと準備を始めて、口座もできファンドも決めて、ようやく10月からの買い付けを待つ段階になった。

ただ、一つ大きな障害として立ちはだかっていたものがあった。

それは、
「株式数比例配分方式を選択できない」
との指摘を受けていた点である。

最初に読んだときは、これが日本語かなと思ったほど、ワケがわからなかった。

簡単に言うと、積み立てNISAの魅力の一つが配当利益が無税であるということだが、現状だとその特典が利用できないらしい。

いろいろなところを調べた結果、他の証券会社に口座が残っていて、それが原因しているとのこと。

そもそも株式取引はさっぱりやっていないし、用語もわからない。

だから身に覚えがないのである。

いっとき義父の株式を私の名義で所有していたことがあったが、5,6年前にそれを全部売却した。

残っているなんておかしいと思って、楽天証券に尋ねてみると、証券保管振替機構(ほふり)なるところに問い合わせれば、その口座がわかるということであった。

そこから送られてきた書類を見ると、2つの信託銀行の名前がある。

それぞれに電話したところ、端数の株式が残っていることがわかった。

すぐに売りに出して、あわせて口座を閉鎖する旨を伝えたのはもちろんだが、これには結構な手間がかかるようだ。

とはいえ、やらないことには話が前に進まない。

なんても、9月の終わりまでは手続きができない期間になっているので、10月になってから処理をするらしい。

ただ、私が積み立てNISAのファンドを売却するのは、長ければ19年後という気の遠くなるような先の話である。

事務手続きが少々遅れたところで、何も困ることはない。

世の中、うまくしたものである。

手続きの電話が終わったときには、なぜか充実感をたっぷりと味わった。

わからなかったことが明らかになったことでの満足感なのかもしれない。


20190918.jpg
積み立てNISAは昔ながらの株式取引のイメージとは全く違っている
20 : 20 : 20 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月17日(火)

朝食兼昼食の野菜炒めを皿に盛ろうとした、まさにそのとき、部屋のインターフォンが鳴った。

胸騒ぎを感じつつ出てみると、案の定、マンション管理組合の前の理事長であった。

玄関まで出ていかなければならないのは当然のことである。

どんな用件かと思って身を乗り出すと、マンションの庭の植木剪定の話であった。

昨日に、現在の理事長から
「9月20日に共用部分の剪定をするので、ときおりでいいから様子見をしてほしい」
と依頼を受けていた。

だから、その内容に変更が生じたのかなと思って話を聞いていたら、そうなった経緯についての説明がずっと続いたのである。

事情を書けば長くなるのでプロセスは省くが、さまざまな問題があって”9月20日”に決まったと語っていた。

ただ、私は、それを聞きながらせっかくの野菜炒めが冷めてしまうのではないかと、そのことばかりが気になっていた。

彼女にとって、途中経過は大切なことなのだろうし、その業者さんの行動パターンを私が知っておくのは意味がないことではない。

とはいえ、あえて他人の部屋まで行って伝えなければならないほどの緊急性はなかろう。

メールでも済むことだし、何かのついででも差し支えないのだから。

むろん、彼女は、私が朝食をとらずに10時半ごろにブランチをしていることは知らないのだから、その点は何の非もない。

こちらの勝手でいら立ちを感じていただけである。

そこで、ウソも方便で
「すみません、これから出かける用事がありますので・・・」
と言うと、「ごめんなさい」と言いながらも、まだ費用の支払いのことや管理会社の怠慢ぶりや、いつも口にしていることを5分ほど語って、ようやく退散してくれた。

時計を見るとちょうど30分が経過していた。

一連の話を聴く中で、彼女もこの工事にみずからがかかわる気持ちが満々なことがわかった。

私は”引継ぎ”だと考えて彼女の話に耳を傾けていたのだが、彼女の意思は別のところにあるようだ。

あるいは、生きがいであるマンション管理組合から離れたくないのかもしれない。

明日の晩は第一回の理事会が開かれる予定である。

まさか彼女がその場に居合わせないことを祈っている。


20190917.jpg
立ち話で失礼かもしれないがずっと玄関先で話を聴いた
20 : 20 : 17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月16日(月)

今日は”敬老の日”。

だから、おそらくスーパーも高齢者を意識した販売をやっているかと思っていたが、特別には変わったところはなかった。

おそらく、3連休の最終日になったので、そのネタも尽きたのではないか。

街の様子を見ても、”敬老の日”にちなんでの式典や行事をやっている様子もうかがえなかった。

一つには、ハッピーマンデーに従って「9月の第3月曜日」という決め方をしたものだから、休日を増やすという下心が見え透いていて、高揚感に欠けているのかもしれない。

なお、”老人の日”というのが別個にあって、こちらは9月15日、これは老人福祉法で定められているらしい。

趣旨は微妙に違っているものの、高齢者をターゲットにしたという意味合いでは、どちらも同じようなものである。

そもそも、高齢者というか老人の定義というのも曖昧で、日本で一般的に使われている”65歳以上”というのは、WHOによる古典的な基準にすぎない。

日本の医療の世界では、65から74歳が前期高齢者で、それ以上の人が後期高齢者との分類が行われている。

私が高校生ぐらいの年代では、つまり50年ほど前であれば、60歳以上の人が老人とかお年寄りと言われていたように記憶している。

その時代であれば、60歳の還暦になれば赤いちゃんちゃこを贈るという儀式は普通になされていたが、いまの時代に60歳を迎えた人にそんなことをすると、顔色を変えて怒られるに違いない。

そもそも、”初老”という表現は、本来なら数え年の40歳をあらわす表現であったのだが、現代では、39歳の人間をつかまえて”初老”なんて言っても通じないだろう。

今どきのアラフォー女性を”初老”と呼ぶと、以降は口をきいてくれない恐れもあると思う。

実のところ、66歳の私にしても、”老人”や”高齢者”扱いされるのは不快感を覚える。

おそらく、同年代の大半の人間はそうではないか。

いまだに何らかの形で仕事をしている人も少なくない。

私が「完全に仕事からはリタイヤした」と言うと、意外そうな顔をされるぐらいだ。

体力や健康状態を見ても、若者と呼ばれている世代には劣るが、致命的なダメージを受けている者なんてむしろ例外だと思う。

以前から考えていることなのだが、”高齢者”の定義を「75歳以上」でくくってもいいのではないか、と。

つまり、医療で言うところの後期高齢者そのものである。

もちろん、そうなると「年金支給開始年齢も合わせるのか」「会社の定年も75歳まで延ばすのか」などといった影響力の大きい問題が出てくるが、それは一旦保留にしておいて、別途に慎重に検討しなければならない。

言葉の表現としては、75歳以上を指して、”老人”もしくは”高齢者”と称する形にしたらどうか、というものである。

何が変わるのかというと・・・・私の気持ちが楽になるだけであるが(汗)。


20190916.jpg
75歳以上にすれば高齢者の比率が一挙に下がる・・・
20 : 20 : 42 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月15日(日)

今朝、コンビニから出てきたばかりの人が、日傘を広げようとしていた。

グレーっぽいズボンのややふっくらタイプの体型で、私は男性だとばかり思い込んでいて、男子日傘を見るのは初めてとばかり、ぶしつけながらその人の顔を眺めた。

すると、私の視界に飛び込んできたのは明らかに女性の風貌であったので、再度、びっくり。

もちろん、私が勝手に男性だと判断をしていたのが間違いの原因で、単にあわて者であったに過ぎない。

どうも私は、見た目の印象や先入観だけで一方的に決めてしまう傾向があるようだ。

自省しなければならない。

ところで、警備会社といえば、私の意識の中では、警察と同じで厳しい規律にコントロールされているはずとの認識を持っていた。

街の中で、ATMの前でキビキビと作業をしている光景は、見ていても頼もしさを感じるほどだ。

それだけに、先日、いとも簡単に、警備会社の金庫から3億6千万円もの現金が元社員に持ち逃げされてしまった事件は、私の耳を疑うものがあった。

事件発生直後はすぐにつかまると思っていたが、10日経ってもいまだに犯人逮捕には至っていない。

実行犯の顔も氏名も明確で、防犯ビデオにも一部始終が撮られているというのだから、ほぼ瞬殺で事件は解決を見てもおかしくはなかった。

しかし、捜査がどこまで進んでいるのかわからないが、少なくとも身柄は拘束されていないのである。

私はテレビを見ないのでワイドショーの様子はわからないのだが、おそらくは謎の多い事件として報じているのではないかと想像している。

単独犯なのか共犯者がいるのか、多額の現金をどこに隠しているのか、実行犯は海外に逃亡したのか、セキュリティーが甘すぎたのではないか等々、誰もが不思議に感じる点が少なくない。

私が不自然に思えてならないのは、実行者が9月4日に出社したのを最後に、二日間も無断欠勤をしていたにもかかわらず、会社は手を打たなかった、というところ。

一般の会社でも、1日でも無断で休んでいれば上司はもとより、まわりの人間が気になって翌日には何らかのアクションを起こすはず。

警備業という重責を担った会社の、しかもマネージャー職にある人が無断で休んだとしたら、もっと迅速に対応して然るべきではなかったか。

会社の不適切な判断が、事件の発覚を遅れさせたことは確かだ。

警備業を営む会社としては、あまり杜撰なリスクマネジメントであったと思う。

昭和にも”3億円強奪事件”があって真相はわからずじまいだが、今回の事件は詳細がわかっているのに、なぜか解決が長引いている。


20190915.jpg
3億6千万円の重さは36kgだというから、一人では持ち出しにくいと思う

20 : 20 : 17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月14日(土)

涼しくなってきたこともあって、夏の間はあまり行かなかったコミュニティセンターまで散歩に行った。

いつもはガラガラのビルの吹き抜けが、高齢者であふれんばかりになっていた。

掲示されているポスターを見て気がついたのだが、地区の敬老会の集まりである。

敬老の日は今年は9月16日だが、催しをする日はおそらくは地区に任せているのだろう。

最も円滑に進められる日時を選んで、開催しているのだと思う。

今日の会場では、テーブルを幾つも並べて受付を用意してあった。

そこで、引換券と交換で、記念品と和菓子の入った手提げ袋を受け取る手順になっている。

記念品といっても、まさかiphone11ではないだろう(汗)。

義父が元気なとき、市から敬老の日の式典の案内状が来て、やはり記念品の引換券が入っていて、私が代わりに受け取りに行ったことがある。

しかし義父にはお気に召さなかった品のようで、不平を漏らしていたのを覚えている。

それ以来、私が代わりに交換に行ったこともなければ、義父みずからが行事に出席した様子もなかった。

ただ、今日は出勤時刻の駅を思わせるような混み具合で、受付テーブルの前には長い行列ができていたから、欲しい人は欲しいのだろう。

本来は、記念品の入った袋をもらってから式典の行われる会場に入る段取りになっているのだが、大半の人は、袋を手にしたらそのまま帰宅する様子であった。

もし私が招待される側になったときは、やはりもらえるものだけもらったら、そのまま帰ってしまうと思う。

第一線で活躍している人のお話を聞いても、それなりの年齢になってしまうと心を打つものはほとんどない。

逆に、来賓で招かれている政治家などは、決しておろそかにはできない自己PRのチャンスである。

この3日間は選挙区内の各所で敬老の催しが行われるに違いないので、その会場にまめに顔出ししてアピールしておくことが、次の選挙につながるのは自明のことだ。

しかし、それは、政治家が本来やるべき仕事ではない。

中には、夏の町内会盆踊り大会のすべてに顔を出すというので、一晩で11か所を回った人もいたと聞く。

そういった行動は、半ば常識化していて、それをしないと選挙のときに投票してもらえないというから、選ぶ側の問題もあるのではないかとの疑問もわいてくる。

手提げ袋を片手に機嫌よく帰っていく人たちの姿を見ていて、あまり無粋なことを言うのは興ざめな話だが(汗)。


20190914a.jpg
私の住んでいる市では75歳以上の人に案内状が送られる
20 : 20 : 20 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月13日(金)

図書館との息が合わないことが何度かあった。

私が図書館の近くまで散歩に行って、帰宅したら「貸出可能になりました」のメールが送られてきたとか、あるいは、予約していた本の3冊分がまとめて貸出可能になったり、そうかと思えば、2週間ほど全く本が入ってこないということもあった。

私は、世間の一般的な事柄については運はいいほうだと思っていたが、しかし図書館運はもう一つだと受け止めていたものである。

本を借りるタイミングが合わなくても、それが私の人生に与えるマイナスなんて無いに等しいと、割り切って考えることにしていた。

しかし、たまには間合いがぴったりになることもあるのだ。

先週に借りた内館牧子さんの『すぐ死ぬんだもん』を読み終えて、すぐに、『終わった人』の予約を入れたのが昨日であった。

すると、今日になって貸出可能のメールが来たではないか。

早速、図書館まで返却を兼ねて借り出しに行ったのは言うまでもない。

おかげさまで、手持ちぶさたに過ごさずに済んだ。

『終わった人』も彼女の人気作品の一つなのだが、なぜか予約のページでは待ち人数が0と出ていた。

いずれも同じ作者のヒット作品でありながら、片や半年以上待って他方は事実上の即日だというのだから、あまりにも両極端過ぎる。

神様はいたずらがお好きなのか。

それはともかく、『すぐ死ぬんだもん』は読ませる内容があった。

何も知識を持たないで読み始めて、最初は軽いホームドラマのつもりで読んでいたのだが、途中で思いも寄らぬ大展開があって虚をつかれた。

老いることや夫婦について、今までにはなかった角度から考えさせられた。

作品の最後のほうで、やや説教じみた口調が感じられた部分もあったが、それはほんのわずかばかりのもので、十分に無視できる。

極めて完成度の高い作品だと思う。

少なくとも、読み終えたときに時間を損したとは全く感じなかったし、ほかの人もそうだろう。

これから読む『終わった人』も、期待に応えるものであってほしい。


20190913.jpg
自分に重ね合わせてしまうタイトルである
20 : 20 : 33 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

9月12日(木)

先月の末ごろから何げなく始めた一日二食であるが、最近はすっかり私の生活の中に根づいたと思う。

朝食を午前10時半頃に摂って、夕食は午後4時半ごろから食べ始めるというスタイルに、もはや慣れっこになってしまった。

朝の食事をしないで散歩に出ても、そんなに空腹感に苦しめられることはない。

ただ、10時半ごろに食事をするものだから、夕食をさらに摂ると過剰に食べた感覚がついてまわる。

しかし、食事の絶対量を計算すると、間違いなく一日二食のほうが少なくなっているはず。

なぜ量が少なくなっても満腹感が続くのかはわからない。

そこで思いついたのが、一日一食へのチャレンジである。

午前11時ごろにたらふくと食事をとって、原則として、それで一日分は終わりにする、というもの。

もちろん、私一人だけでの生活サイクルでの話であるが。

それを試して見ようみようと考えて、早速、今日から実験に入った。

近所にあるホテルで、ランチビュフェをやっているところがある。

税込み1,000円である。

初めて行ってみたが、オープンの11時半には半分ほどの席が埋まっていた。

見た印象では、ほとんどは近所の仲の良い主婦同士がランチを楽しもうということで集ってきた様子だ。

中には、バギーを引いた若いお母さんたちもいた。

さすがに、スーパーのレジ袋を持った人は見かけなかった。

また、ホテルの宿泊客には外国からやってきた人も多いはずだが、ランチに来ているのはほぼ全員が日本語で会話をしている。

観光客なら、昼間はホテルの中には残っていないだろうから、当然と言えば当然だが。

ホテルウォッチングもさせてもらえて、見聞を広める上でも役に立ったと思う。

それで、一日一食の試みだが、夕方になってウイスキーを飲んだら食欲がわいてきて、ナッツやサンマや野菜を食べ始め、結局はいつもと変わらぬ内容になってしまった。

明日はお酒抜きで夕食を摂らない実験に再試行する覚悟である。


20190912.jpg
室内温度が29度を切ると急に涼しくなる
20 : 20 : 13 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(14) | page top↑

9月11日(水)

日課の朝の散歩を終えて帰宅し、ホットコーヒーを飲んでいると、部屋のインターホンが鳴る。

このインターホンを鳴らすのは、管理組合の前理事長と決まっている。

用件の大小にかかわらず、まずは相手の部屋を直接訪問するというのが、彼女の流儀のようである。

何の用件かなと思って出てみたら、
「支払いのために理事長印を捺すので、その現場に立ち会っていただきたい」
ということである。

管理組合の内規として、多額の支払いをするときの理事長印捺印に際しては、他の理事2名以上が立ち会って確認する、という決まりがある。

先だっての大規模改修工事の代金のうちの残金の振込をするので、内規に従い、私が現場確認をすることとなった。

9月1日からは新しい理事会体制になっているが、新理事長は会社勤務をしているので、平日はマンションにおらず、また通帳や印鑑の引継ぎも終わっていないところから、前理事長が代行せざるを得ない。

いつ行けばいいのかを尋ねると、どうもそれが曖昧なのである。

「お昼ごろ」というだけで、明確に何時何分とは言わない。

この段階で、どこかおかしいなと感じた。

そもそも、支払日という大切な仕事の日時が、急に決まるわけがない。

それに、管理組合側が支払いをするわけだから、必要書類を持ってくる日や時刻を指定しても、決して不自然ではない。

たとえば
「9月11日午後1時に振込に必要な書類一式を持ってマンションまで来てください」
と管理会社に言えば、何の問題もないと思うが。

私の妄想に近い憶測であるが、工事業者が少しでも早く残金が欲しいものだから、管理会社に頼み込んで「すぐに振り込んでくれ」と働きかけたのではないか。

だから、待ち時間が不要に長く、おまけにあわただしい思いを強いられた。

完全に相手のペースで持っていかれ、われわれ管理組合側は大いに翻弄されることとなった。

段取りの大切さを体感できて、私としても、意義のある教訓を学べたと思っている。


20190911.jpg
2か所にハンコを捺すだけの仕事であったが時間がかかった
20 : 20 : 47 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

9月10日(火)

今日の午後3時から、マンション管理組合の役員引継ぎの一環で、庭の植木剪定工事の業者対応に立ち会うこととなっていた。

業者さんが、従来はシルバー人材センターにいた人が独立して剪定専門の会社を作ったので、いわばそちらにとっては初めての作業となる。

また、当マンションでも例年は7月頃にお願いしている剪定が、今年は大規模修繕のために順延になったという双方のイレギュラーが起こったので、念のために打ち合わせをする、というのが趣旨であった。

前理事長と私が立ち会う予定になっていたのだが、業者さんが来るのが午後3時のはずが、午後1時過ぎにひょこっとやってきたらしい。

私は用事を早めに済ませておきたいと思って、正午過ぎから出かけていた。

午後2時ごろにマンションに帰ってきたら、ちょうど、前理事長が玄関前にいて、かくかくしかじかと事情を説明してくれて一部始終をのみこめた。

入れ違いで業者さんは帰ったらしい。

約束の時間よりも2時間も早く来るというのだから、事前に電話1本入れてくれれば間に合わせることも可能であったかもしれない。

ビジネス感覚からするとルーズというか”エエかげん”に思えるが、高齢者が集ってのグループだけに、そこまで厳密な要求をされるぐらいなら、仕事を請けたくないとの思いが底辺にあるようだ。

年齢が70歳を超えた人が夏の炎天下で作業をするのだし、肉体的な負担は相当なものがあると思う。

こちらの都合ばかりを主張するわけにはいかない。

しかもかなり安い工賃でやってくれるので、当方としても逃げられたら困る。

このように、双方のいろんな思惑が作用し合ってバランスがとれたところで、契約成立と相成ったようだ。

実際の剪定作業は、おそらくは11月になってからになりそうな見込みである。

その頃にはすっかり」涼しくなっているに違いない。


20190910.jpg
シルバー人材センターのWEBを見ると”高齢者の話し相手”の仕事もするらしい
20 : 20 : 06 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

9月9日(月)

ゲンかつぎではあるが、私は、特別な思いのこもった郵便物は、たとえ普通郵便であっても郵便局の窓口で職員の人に手渡するようにしている。

7,8年ほど前からの慣習だと思うが、それを実行している。

仕事関係で多大の影響力を持つ文書とか、プライベートでも相手に誠意を伝えたい郵便の場合は、必ず窓口まで持ち込んでいる。

今朝は、同窓会の案内状を郵便局に持ち込んだのだ。

朝の散歩ついでに行ったのだが、特定郵便局だから9時からでないと開かない。

10分ほど早めに着いたので、しばらく近辺を散歩して、9時になると同時に郵便局に飛び込んだ。

単に職員の人に渡すだけのことだから、ポストに入れれば済む話であるが、ゲンをかついでのことなので手順を変えるわけには行かない。

かたくなに私の流儀にこだわったのだ。

合理的な根拠は全くないが、今までうまく行ってきたやりかただから、それを変えることで思わぬピンチに遭遇したら、
「だからあのとき、窓口まで持って行けばよかったのに」
と後悔することになる。

「出席します」の返事が予想外に少なければ、ポストに直接投函したことが悔やまれ、失意のどん底で苦悩にあえぐ人生を送るなんて御免こうむりたい。

だから、従来のやり方そのままに進めたのである。

ちなみに、私が家で飲むインスタントコーヒーはネスカフェのゴールドブレンドと決めているし、納豆は『とろっ豆』しか買わない。

私にはコーヒーや納豆の味の違いなんてわからないが、今まで何の不都合もなかったし、長く食べ続けていることで知らない間に信頼感が植え付けられている。

生産中止にでもならない限り、今さら、ほかの銘柄に乗り換えすることは考えられない。

広い意味でのブランド信仰のようなものだが、これも一種のゲンかつぎではないか。

明確な根拠もないのに、長い間、慣れ親しんでいるからという理由だけでずっと使い続けているのだから。

もしかしたら、人生をもっと楽しめる可能性への道を自ら閉ざしてしまっているのかもしれないが、もしそうだとしても、私は方向性を変えるつもりはない。


20190909.jpg
朝一番であったのでほかの客は誰もいなかった
20 : 20 : 40 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑

9月8日(日)

図書館からメールが来て、予約していた内館牧子さんの『すぐ死ぬんだから』が貸し出し可能になったと伝えてきた。

ちょうど、いま、家に借り出し中の本がなくて手持ちぶさたになっていたところであったので、干天の慈雨とばかり、勇んで図書館まで取りに行った。

予約したのが今年の1月25日だから半年以上も経っている。

この図書館には同じ本が21冊も蔵書されているというから、人気が集中している作品であることは間違いなかろう。

恥ずかしながら、同書を実際に手にするまでは、エッセー集だと思い込んでいた。

しかし、小説仕立てになっていたのには、少々、当てがはずれた。

私自身、自分の年齢からいっても人生の終わり方に考えを巡らさざるを得ない立場に置かれている。

私が願っていることは、妻や子や孫たちの足手まといになるような老後は送りたくない、ということ。

そのために、幾ばくかの預貯金と健康な体を維持しておくことは最低限の義務だと思っている。

この夏でも一日一万歩を欠かさないのは、足腰の老化を少しでも遅らせたいとの思いからである。

節酒に努めている、一日二食にチャレンジする、塩分を制限するなどというのも、健康体を保ちたいとの意識にほかならない。

積み立てNISAを手がけたのも、儲けそのものよりも85歳まで積み立てを続けるというプロセスを大切にしたかったからである。

平穏にこの世とのお別れができるような老後生活を送るために、もしヒントになればと思って、この本を手に取ったのだ。

待望の一冊だけに、腰を据えて読もうと思ったのだが、今日から大相撲の九月場所が始まった。

白熱の闘いを観戦するのも、自分自身のマインドを鼓舞する上で大いに役立つ。

今日の取り組みでは、私の応援している豪栄道関が勝ってくれたし、横綱の白鵬関がまさかの黒星という大波乱もあった。

手に汗握る熱戦であった。

世の中、楽しみの種は尽きない。


20190908.jpg
それにしても挑みかかってくるようなタイトルだ
20 : 20 : 44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

9月7日(土)

当マンションの資源ごみ収集日は月に2回あって、第一土曜日と第三土曜日がそれに当たっている。

これは自治体から指定された日付である。

なお、資源ごみの中でも、ビンと缶に限定されており、古紙や段ボール類は別の日に業者に引き取ってもらう契約になっている。

その売却代金は、わずかばかりではあるが、管理費に充当する形をとっている。

マンションでの取り決めとして、あらゆるごみは「収集日の朝8時まで」に所定の場所に持っていくのがルールである。

ただ、この解釈として、「朝の8時が締切だから、前の晩から持っていっても良い」と理解している人もいるようだ。

もちろん生ごみは当日の朝に出す人が圧倒的に多いようだが、ビンや缶については、前日に持ち込んでいる人が少なくない。

なぜわかるのかというと、収集日の前の晩ともなると、決められた場所まで持って行いくときにビンが触れ合う音がにぎやかに伝わってくるので、たちどころに判明するのである。

夕方ごろからそういった音が頻繁に耳を刺激するので、私は「明日が収集日だ」と思い出すほどなのだ。

時には、私が寝床についたころにも、音がすることがある。

一度は、それでもって目がさめてしまい、なかなか寝付けなったこともあったほどだ。

もちろん、人にはそれぞれの言い分があると思う。

夜型の生活なので朝の8時までに作業を終えることは難しいとか、土曜日の朝ぐらいはゆっくり眠りたいとか、ビンや缶を前日から出しておいても問題はないではないか等々、さまざまな理由付けができるだろう。

ただ、少なくとも夜間に騒音とも受け取れる音を出す行為は、住民としては慎むべきである。

最近は、特別なごみ出しスペースを設置して、24時間、いつでもごみを出せるようにしているマンションが増えてきた、と聞く。

当マンションのように、収集日の朝8時までというのは、あまりに住民にとっては窮屈だ。

だからといって、ルール解釈を勝手にゆがめてはならないと思う。

ただ、これを正面切って主張するとなると、感情的な対立を呼び起こすことにもなりかねない。

下手すると、「就寝時刻が早いのが問題だ」などと言われかねない。

いまどき、晩の9時半に就寝というのはかなり早いほうではないかと自分でも思う。

実際、前の晩からビンや缶をごみとして出したことでの事件は起こっていないし、私が取り返しのつかない不利益をこうむったわけでもない。

しばらくは我慢することとする。


20190907.jpg
ごみをめぐってのトラブルはどこのマンションでも起こっているようだ
20 : 20 : 24 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑

9月6日(金)

今朝、郵便局に行って、同窓会の案内状に使う往復葉書を買ってきた。

実は、昨日、近くのスーパーで126円の往復葉書を買い求めたところ、店員さんが不思議そうな顔をするのである。

「124円のものでしたらありますが・・・・」と答える。

そこで、「10月から消費税が上がるので、それに対応したもの」とまで説明して、ようやく理解をしてもらった。

ただ、在庫を置いているのはすべて今の税制に基づいたものらしく、
「郵便局でお問い合わせいただけませんでしょうか」
との言葉で、店員さんとの会話には終止符が打たれた。

増税については、当然ながらその店員さんが知らなかったことはあるまい。

ただ、片道の葉書ならともかく、往復葉書で先方からの返事が送られてくる可能性を秘めたものなのだから、10月1日以降の料金が適用されるところまでは、頭の中でシミュレーションできていなかったのだろう。

とはいえ、ここで冷静に考えると、いまどき往復葉書を出す人なんて少数派ではないか、という気がしてきた。

昭和に学生生活を送った人間ならいざ知らず、SNSやスマートフォンが常識の時代に育った人たちが、仲間との再会にあたって、1通126円のツールを使うなんて、むしろリアリティを感じないのではないか。

5年ほど前に、やはり往復葉書を老若男女に送った人が言っていたが、送り返されてきたのを見ると、往信葉書も一緒にくっついたままのものが何枚かあってびっくりしたらしい。

切り離して返信葉書のほうだけを送り返すというのは、私たちの世代では常識だが、若い人だと知らなかったとしても不思議ではない。

存在感の希薄な往復葉書なので、お店としても力を入れて販売していこうという熱意がわいてこないのは当たり前だ。

先日の話題の「固定電話」と同じで、時代の流れに逆らうことはできないのだろう。


20190906.jpg
単体の葉書が20円であった時代を覚えている
20 : 20 : 41 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月5日(木)

そろそろサンマの季節になってきた。

とはいっても、最近は冷凍ものが流通しているので、ほぼ1年中、口にすることができる。

私の行きつけのスーパーでも、毎週火曜日の野菜特売デーには、季節にかかわらずサンマが並んでいる。

昨年ぐらいから不漁が懸念されており、ちゃんと食卓に姿をあらわすかどうか心配したが、値段はともかく、なんとか品切れは起こしていないようだ。

ただ、生ものというよりは、冷凍ものが圧倒的に多いは言うまでもないが。

私も、スーパーで買ってきた何匹かのサンマは、一匹はその日の夕食で摂るが、他のサンマは保存袋に入れて冷蔵庫で冷凍している。

ただ、いままでは深く考えずに冷凍して解凍していたのだが、ネットを調べてみると、冷凍のやり方にもいろんなパターンがあるようだ。

サンマをそのまま保存袋に入れるとか、あるいは水に浸して保存袋に入れるとか、人によって流儀はさまざまだ。

水に浸して解凍すれば、空気が遮断されるので風味が損なわれず、栄養価も保たれるらしい。

かかりつけ医からは、秋ともなると、診察のたびにほぼ例外なくサンマの話が出てくる。

いわく、DHAが豊富で血液がサラサラになる、と。

私がサンマを食べる目的の一つがDHAにあるので、それを聞くと大いに刺激される。

さらに、解凍に際しても、冷蔵庫での解凍、自然解凍、流水に浸して一気に解凍する、電子レンジで温める、あるいは、冷凍のままグリルに入れるというのもあって、料理人の数ほどやり方があると言っても過言ではない。

ちなみに、豚肉については小分けして保存袋で冷凍したものを、そのままフライパンで温めているが、私の場合はこれで何の問題もない。

次にスーパーでサンマを買ったときは、一匹は水に浸して保存袋に入れてみるつもりである。

今日のところは、いつもどおり、冷蔵庫内での解凍をしてからグリルで焼いた。

気のせいか、去年の10月頃にサンマを焼くと、脂がたっぷり出てきて、グリルのプレートの掃除が大変であったが、今年は脂があまり出ないので楽チンである。

いいことなのかどうかはわからない。

あるいは、季節がまだ早いのかもしれない。

味覚の秋という言葉があるが、サンマの味は秋のシンボルと言ってもいいだろう。

日本の秋を堪能するためにも、サンマはおいしくいただきたい。


20190905.jpg
内臓の苦さが絶妙の味を出している
20 : 20 : 23 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

9月4日(水)

ひょんなことから、固定電話を利用せざるを得ない事情が出てきた。

用件のある相手先への連絡方法としては、固定電話が最も効率的だからである。

いきさつについては省略するが、メールや携帯電話では都合が悪い、というのである。

致し方ないものの、私の家には固定電話がなく、街の中の様子を思い返しても、公衆電話というツールは心当たりがない。

そこで、まさかと思いつつ、ネットで検索してみたら、NTT西日本のサイトに”公衆電話所在地”のコーナーがあり、地域ごとに地図までつけて解説してくれている。

それによると、屋外で終日使用ができる公衆電話が、なんと、毎日のように行っているスーパーの前にあると記されていた。

”驚き桃の木山椒の木”のフレーズは、これを見たときの私の気持ちそのものである。

スーパーの入り口の目の前にあるので、入店のときに私の視界に入っていることは間違いない。

なのに、私の記憶には全く焼き付けられていない。

実際に行ってみると、なんと2台も電話ボックスがあるではないか。

本当に使えるのかどうか心配しながら番号をプッシュしたら、ちゃんとつながった。

電話ボックスに入って出てくるまで15分かかったものの、用件は無事に終わった。

それにしても公衆電話があることになぜ気がつかなったのか、不思議でならない。

おそらく、自分には関心のない対象物なので、視覚ではとらえていても頭脳には残らなかったのではないか。

会社勤めをしていて、携帯電話を持っていないときは、外回りの仕事では公衆電話は欠くことのできないツールであった。

出張で会社から出ているときなど、朝と昼と夕方にはこちらから会社に電話をかけて、用事がないかどうかを確認するのは半ば常識であった。

公衆電話がどこにあるかをしっかりと頭に入れておかないと、たちまち情報伝達で困ってしまうのである。

昨今は、若い人には、公衆電話を使ったことがないという人もいるかもしれない。

中学生だと、公衆電話からの電話のかけ方を知らないケースも少なくないと思う。

だから、電話ボックスの中に何人が入れるかのチャレンジをしたとか、気のある女の子の家に電話をかけて父親が出てきて怒られた、という経験もしていないだろう。

昭和の中学時代の思い出の舞台に、いろんな形で公衆電話が出てくる。

公衆電話というのは、それだけ生活に密着した存在であった。

それにしても、あれほど明確に見えているはずの電話ボックスをさっぱり覚えていなかったのは、老人特有の症状なのだろうか。

今日は9月4日、私は”屈指”の間抜けであった(汗)。

 
20190904.jpg
今は災害時の緊急連絡用として公衆電話が設置されているらしい
20 : 20 : 04 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

9月3日(火)

ひところ、「草食系」「肉食系」という言葉がはやったことがあった。

ある年の流行語新語大賞にもノミネートされたか受賞した記憶もある。

今も使われているかどうかは知らないが、久しく耳にしていないような気がする。

当初は、”草食男子”のワードで世に出たはず。

恋愛に積極的ではなく、性欲もさほど旺盛ではない男性を評して、”草食男子”と名付けたと私は勝手に理解していた。

そこから派生して、情熱が煮えたぎっているギラギラ男性を”肉食男子”としたり、あるいは女性にも適用範囲を広げて”草食女子”なる言葉も生まれた。

私の印象では、当初は、”草食男子”は「気が優しくごり押しをせずに、まわりとの協調性を大切にする」といったポジティブなニュアンスで語られていた。

それが、月日の経過によって、「意欲がない、無気力、弱腰、引っ込み思案」などといったネガティブな面で使われることが目立ってくるようになり、言葉の持つニュアンスというのは時の流れによって激しく変わっていくことを身をもって感じたものである。

ところで、正午前に、買うのを忘れた食材があったのを思い出し、急いでスーパーに走った。

今日は特売の日ということもあって、レジは長蛇の列である。

順番を待っている客の中には、買い物カートを自分の体の代わりに置いておき、他の買いものに行っている人もいた。

ただでさえ混んでいるのに、レジ前にカートを置かれたものだから、ほかの客にしてみたらいい迷惑である。

ある客は、自分の通路をふさいでいるカートを、自分のカートでもって無理矢理にずらし、スペースを作ってから自分の進むべき道をそのまま進んでいった。

しかし、その直後の客は、カートが邪魔になっているのを見るや、自分の進むコースを変えて空いている通路へと曲がっていったのである。

いずれも私と同じぐらいの年齢の女性であった。

その対照的な光景を見た瞬間、「肉食系」と「草食系」なる言葉が頭に浮かんできた。

どちらがいいとか悪いとかいう問題ではないが、対応の仕方がくっきりと分かれている。

家での生活でも同じなのだろうか。

ちなみに、もし私がこのシチュエーションに直面していたら、強行突破を図ることなく、違う通路を選んだと思う(汗)。


20190903.jpg
画一的にどちらかに分類できるものではないと思う
20 : 20 : 58 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

9月2日(月)

朝の散歩ついでに、図書館で借りていた本を返してきた。

開くのは午前10時なので、9時前であれば当然ながら開館していないので、時間外返却ポストに入れることとなる。

今までは、本の返却に合わせて、予約していた本の借出しを受けていたので、必ず時間内に図書館に行って、窓口で返却をしていた。

最近は予約していた本の入荷案内がピタッと止まり、借りていた本の貸し出し期限が近付いてきたので、返却だけのために出向かなければならなくなったのだ。

返却ポストを利用するのは初めてである。

ポストの中には本が山のように詰まっていた。

月曜日の朝だからか、あるいはいつもこんなに満載なのかはわからない。

今日返した本は、河野景子さんの『こころの真実』である。

実のところ、興味本位で借りたのだが、彼女の離婚のことには関心があったのは言うまでもない。

おそらくは、彼女の語った言葉を専門のライターが本に仕立てたのだろうと思うが、相撲界のあれこれやマスコミによる執拗な取材攻勢と虚報のでっち上げなどを、仔細にわたって、厳しい口調で語っている。

ただ、最後まで読んでも、なぜ彼女が離婚という決断に踏み切ったのかはわからなかった。

この本の中は、元夫へのあふれんばかりの愛情と深い敬意に満ちあふれており、時には歯の浮くような元夫への賛辞がちりばめられていた。

少なくともパートナーへの嫌悪感は微塵も感じられなかった。

なら、なぜ袂を分かったのだろう。

私の読み方が浅かったのかもしれないし、もしくは、彼女が大人の態度でもってドロドロした事実を表に出さなかったのかもしれない。

あやふやなままで終わってしまい、不完全燃焼の感は免れなかった。


20190902.jpg
なんと、11時にはネット上での返却処理がなされていた。
20 : 20 : 13 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

9月1日(日)

9月に入り、いよいよ消費増税まで残りひと月となった。

そろそろ準備に入らなければならない。

ただ、増税前の駆け込み購入といっても、60代半ばともなれば、欲しい高額商品もほとんどないというのが偽らざるところである。

しかも2%だけの上げ幅なのだから、あえて先買いするほどのメリットはないと思う。

せいぜい、ウイスキーをちょっと余分に買う程度のものだ。

そういえば、きのうの同窓会の打ち合わせでも少し話が出たことに、往復葉書の料金のことがあった。

案内状の発送は来週の月曜日だから現行の8%だが、出欠の返事の締切が10月10日なので、返事を出すタイミングによっては、増税後の料金が適用されるケースもある。

結局、それを考えて、あえて増税後の料金の往復葉書を買って送ることにした。

124円が126円になるだけのことだし、送る枚数もしれているので無視できる範囲内のことだと思う。

だから増税だといっても、少なくとも私個人の生活の範囲内では大きな影響を受けないと見ている。

ただ、手続きの問題として、駐車場代は銀行口座からの振込予約を設定しているので、その金額を税率10%に変更しておかなければならない。

これは、今朝一番に処理を済ませた。

よって、増税前の準備はすべて完了したと自分では思っている。

いや、私のことだから、何か大事なものが抜けているかもしれないが(汗)。


20190901.jpg
軽減税率をめぐってはお店でもめるのは必至
20 : 20 : 27 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
| ホーム |

プロフィール

声なき声

Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する