FC2ブログ

8月31日(土)

同窓会の打ち合わせを行った。

昼食を摂りながら、若干のビールを飲みながら話を進めた。

場所は母校の中にあるレストランで、もちろん一般人の利用もウエルカムのお店である。

その場でも話に出たが、学校の中の施設で、昼間からお酒を飲むなんて、われわれが現役学生の時代には考えられなかったと思う。

いろんな面で、時代は変わっていることを実感する。

幹事5人ではあるが、中には和歌山県からやってくる人もいる。

たしか、30年ぶりとか言っていた。

あまりも当時とは光景が変わっているので、驚きの連続であったという。

学校前の様子も、昔にあった喫茶店や食堂は姿を消し、しゃれた装飾のラーメン店やカフェなどが林立している。

私など、結構、頻繁に足を運んでいるので、そういった変化には慣れているが、30年ぶりの人間にしてみれば、あまりにショッキングなシーンだと思う。

たとえて言えば、他人の子供で赤ちゃん時代しか知らなければ、その子が30歳になったときの姿というのは目をみはるばかりだが、そのようなものである。

人間ばかりではなく、街の光景も月日の経過で変わっていくのは世のならいだ。

どちらかというと、学生時代の思い出談議に割いた時間のほうが長かったものの、案内状発送までの打ち合わせは済んだ。

前回に私が提案した「平服でお越しください」の文章は、入れないことになった。

私も、このブログにお寄せいただいたコメントでのアドバイスのおかげで、十分に納得が行っている。

あらためて、読者の皆様のご好意には感謝を申し上げたい。

なお、終わってからの会計で、請求金額を見てびっくりした。

あまりに安いのである。

ビールは飲んだものの、おつまがわりのサラダやピザの量が多かったところから、予想外に満腹になるのが早かったのだろう。

さすがに学生対象のお店だけあるからボリュームは相当なものがある。

大いに満足した午後であった。


20190831.jpg
今日も朝食を抜いたのでたっぷり食べたつもりなのだが
スポンサーサイト



20 : 20 : 03 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑

8月30日(金)

マンション管理組合の役員になるのは9月1日からであるが、今朝、引継ぎの一環としての仕事に携わった。

マンションのお隣さんがブロック塀の撤去工事をされることとなり、工事に入る前に、境界部分の確認をする、というものである。

実は、塀をめぐってはちょっとした確執があるのだ。

この夏に大規模修繕工事をやったのだが、その際、周辺の民家に協力をお願いしたところ、一軒だけ納得がいかないと反対したのである。

それは、マンションの一部のブロック塀を取り壊すことに賛成できないというものであった。

言い分としては、要は安全性が確保されないから、という趣旨であった。

粘り強く交渉を重ねたものの埒が明かなったので、結局、大規模修繕のときは、お隣との隣接部分の塀は手をつけずにそのままにせざるを得なかった。

それが、今回、先方から自分のところがブロック塀の撤去をすると言い出した。

虫のいい話だが当方が断わることはできない。

それどころか、この機に乗じて、最初に予定していたマンションのブロック塀撤去を済ませてしまうことができる。

さすがに、今回はそのおうちも反対はできまい。

そういった意味では千載一遇のチャンスである。

だからというのではないが、境界確認にはマンション側からは計5人もの関係者が立ち会った。

極端に言えば、コンサルタントの先生か現在の理事長1名でも任務は果たせるのだが、当方としても真摯に取り組んでいる姿勢をアピールする狙いもあったようだ。

これは伝聞の話ではあるが、今日は現場にはいられなかったが燐家のご主人というのは、相当にクセのある人らしい。

自分が約束したことなのに平気でホゴにしたり、都合の良いようにウソをつくのも日常茶飯事だという。

だから、現在の役員の人の中には、「はらわたが煮えくり返っている」とか「名前を聞くだけで腹立ちを抑えられない」という人もいるらしい。

とてもではないが、仲良くお付き合いしようという気にはなれない。

おそらくは、このマンションだけが対象ではなく、世の中の多くの人を敵に回しているのだろう。

家の外観を見ると、大豪邸であり芝生の植わった庭もあって、それこそ経済的には何不自由ない生活をエンジョイされているのは手にとるようにわかる。

しかし、彼の人生が幸福なのかというと、それは私にはわからない。


20190830.jpg
今日はそのややこしい人がいなくて助かった
20 : 20 : 36 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑

8月29日(木)

先日、マンションの総会の関係でやむを得ず一日二食の形を経験した。

もしかしたら、あるかたのブログに一日二食が書かれていたことも、その引き金になっていたかもしれない。

それ以来、一日二食のスタイルに関心を持つようになった。

ネットを検索したら、体験談や医師からのアドバイスなど、情報は豊富にある。

どうやら、パターンとしては、朝を抜いて、昼食と夕食の2回というのが一般的なようである。

ただ、私は朝を抜くことには抵抗があり、自分には精神的にも肉体的にもかなりの影響を与えるのは火を見るよりも明らかだ。

今朝は、いつもより1時間遅らせて7時からの朝食にしたが、それまで体に力が入らないのが辛かった。

なお、幾つかのサイトを読んでみて、朝食を抜くことの健康面や脳活動へのマイナス影響はないことがわかった。

世間では、朝食を抜くと、馬力が出ないばかりでなく、頭にブドウ糖が回らないので脳がしっかりと働かないとの説が横行している。

しかし、それは科学的な合理性はないらしい。

相撲の世界では、朝早く起きてハードな稽古に励み、午前11時ごろになってようやく食事である。

空腹状態で体力を大量に必要とするスポーツができるのだから、朝食抜きでも、体力は発揮できることをしっかりと物語っている。

もちろん、相当に過酷であろうことは言うまでもないが、彼らは文句を言わずにやっているではないか。

そもそも、日本では明治を迎えるまでは一日二食が常識であった。

だから、朝昼晩と食べるのは多過ぎる、ということになる。

とはいえ、私がいきなり朝食を抜くと何が起こるやらわからない。

やり方としては、現在の朝食のときに昼の分も含めて食べて次は夕食だけにするか、あるいは、朝食の時間を遅らせてブランチにしてしまうか、であろう。

実は、今日は朝は7時に摂り、正午にバナナとナッツを食べてランチ代わりとした。

そして、夕食は午後4時からにした。

おかげで、時間が予想外に浮いてきたのである。

食事の準備や洗いもの、食後の歯のケアが1回分減るので、これはこれで大きい。

お試しで一日二食を中途半端ながらやってみただけだが、十分な手ごたえを感じた。

私など、自分一人の生活なのだから、迷惑をかける他の家族もいない。

若い男性がいる家であれば、かなりの無理があると思う。

私は自分のペースで、無理なく試していこうと思っている。


20190829.jpg
エジソンが自分が発明したトースターの販売促進のために、
「朝にパンを食べよう」と宣伝して朝食の習慣が始まったとの説がある
20 : 20 : 32 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(15) | page top↑

8月28日(水)

野口健さんのツイッターでの発言が話題となっている。

日本高野連が、U18ワールドカップで韓国に行く日本代表の高校生選手に、あえて無地のシャツを着させ、日の丸のロゴが見せないようにするとの方針を出したことを、批判した内容である。
 
私も野口さんには心からの共感を覚えた。

先日、日本高野連が”日の丸隠し”の意向を発表したとき、とてつもない不快感を持ったのである。

こんなことを言われると、日本代表で戦おうとする選手たちに卑屈さをもたらすことは相続に難くない。

これから試合に臨もうという直前に、わざわざ戦意を喪失させるなんて愚の骨頂である。

韓国側から自粛要請があったというのならともかく、日本高野連が勝手に斟酌して事件が起こることを回避しようとしたのだから、これはとんでもない思い上がりではないか。

自己保身のために予防線をはっていると言われても仕方なかろう。

昔、ピュアな動機で立ち上がったボランティア団体が、規模が大きくなって社会的な地位を持つようになってくると、組織防衛が最大の関心事になってくる、といった話を耳にしたことがある。

日本高野連にしても、当初は野球が好きで好きでたまらないという人が、高校生に野球を存分にプレーできる環境を整えたいと願って、立ち上がったはずである。

それが輝くばかりの権威を持った組織になってきて、いまや高校生スポーツ界のリーダーの位置づけにまで達した。

すると、高邁な理想はどこへやら、自分たちが責任を追及される事態を避けることに奔走するようになってきた。

今回の”日の丸隠し”はその典型的な例だと思う。

なお、話は全くそれるが、この”U18”という表現が以前から私にはよくわからない。

私は英語は全くわからないが、”under 18”を直訳して「18歳未満」と理解していた。

しかし、実際の使われ方は「18歳以下」で通用している。

夏の選手権大会では準優勝に終わったものの、プロが注目していた某投手は2001年4月16日生まれなので、すでに満年齢で18歳に達しているが、代表選手になっている。

ほかにも18歳に到達している選手は少なくないと思うが、これはいいのだろうか。

それとも、年齢の計算の仕方が、日本と海外とでは違っているのだろうか。

ネットを検索しても、いろんな考え方があってわからなかった。

もし「18歳以下」という意味で”under 18”としているのであれば、これは単なる間違いだと思う。


20190828.jpg
高校生諸君の奮闘を祈る
20 : 20 : 13 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月27日(火)

かかりつけ医に薬をいただきに行った。

そのとき、7月に受けた健康診断の結果表を持っていったのである。

貧血傾向の数値が出ていたので気になっていたのだが、やはり、かかりつけ医もその点を心配された。

おっしゃったのは、「この血液検査では鉄分の項目をチェックしていないので、鉄分が不足していることが原因なのかどうかはわからない」ということ。

一般的には鉄分の摂取不足によって貧血症状が出てくるのだが、ときには、内臓の疾患が原因で検査結果が貧血症状を示すこともある、という。

「内臓の疾患」という言葉を口にするとき、医師の顔に、若干ではあるが穏やかならぬ表情がうかがえた。

おそらくは、ガンのことを言わんとしているのではないかと心の中では思った。

帰宅してからネット検索すると、その可能性にも触れられており、「潰瘍やガン」でも貧血が出てくることがあるらしい。

女性に多いとされている貧血であるが、男性の貧血の場合はその線も疑っておくほうが無難だとのこと。

ただ、かかりつけ医のもとには健診結果のコピーが蓄積されており、2016年の時点ですでに貧血症状が出ているらしい。

もしガンが原因だとしたら、そこから3年間もガン特有の症状が顕在化しなかったというのは、ちと不自然ではないか、と素人ながら思った。

いずれにせよ、9月に診察のときに血液検査で鉄分の項目を調べていただくこととなった。

もし鉄分の数値が基準内に入っているとしたら、内臓のどこかから出血している可能性があって、それが貧血の引き金になっていると考えるのが自然である。

だとすると、胃の精密検査を受けるほうがいいのかもしれない。

受けるのであれば、内視鏡検査を選ぶつもりだ。

バリウム検査では、毎年、「慢性胃炎」としか判定されず、どうも診断結果が信頼に値するものかどうか、疑問である。

今日の診察では、先生は時間を気にせずにじっくりとお話をしてくださった。

午前診の受付の締切が11時45分なのだが、11時35分ごろにクリニックに入ったら、待合室には誰もいなかった。

終了間際というのは、すいているのかもしれない。

一種の穴場だと思った。


20190827.jpg
麻酔をかけてもらっての内視鏡検査は楽チンだ
20 : 20 : 19 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月26日(月)

同窓会の準備で、二次会の会場候補を探しに行った。

今日は比較的涼しく、ウロチョロと歩き回るにも楽だろうと思ったからである。

幹事会の打ち合わせで、「一次会の後はコーヒーを飲めるところ」という決めごとがあって、会場に近いところで喫茶店を当たってみた。

私が本命に考えていたのは、キャンパスの中にある”S”である。

コーヒーチェーンの代名詞的なところで、一種のネームバリューもある。

何より、キャンパスの中なので、コーヒーを飲み終わってから、学内を思い出にふけりながら散策することもできる。

ただ、席の予約ができないとのことであった。

なんでも、大学関係者であれば、カーテンで間仕切りのできるコーナーの予約が可能だという。

一般人の場合は、店に入ったときに空いている席を見つけて座るしかないらしい。

ただ、ポットサービスは提供されるので、仮にグループに分かれたにしても、コーヒーを飲めることに間違いはない。

おそらく、土曜日の午後のことだから、さほど混雑はしていないという気がするが。

二番目の候補は、駅前通りにあるファミレスチェーンの”G”である。

予約も可能だし、20人用のコーナーも用意されている。

ただ、”G”に行くとなると、いったんキャンパスを出てしまうことになるので、学校時代の思い出に再会するには、もう一度、学内まで歩かなければならない。

これは致命的な弱点である。

三番目は、昔ながらの学生食堂の延長上の喫茶店である。

100円コーヒーはありがたいが、店内の装飾はお世辞にも上質とは言えない。

喫茶というのは喉の渇きをいやすためにするのではなく、雰囲気を味わいつつ飲みものを楽しむ行為である。

この店は幾らなんでも対象外だ。

以上、3か所を見たものの、やはり私は”S”が最も好ましいと思った。

次の土曜日が打ち合わせのための集まりの日である。

その場で3つの案を出して、ほかの人の意見を聞いてみるつもりだ。


20190826.jpg
学校の近くの100均で珪藻土のコースターを買った
20 : 20 : 06 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月25日(日)

憂鬱に感じていた場面に実際に直面してみると、事前の予想とはうらはらに、スムーズに物事が進んでいって胸をなでおろす、というラッキーなことがたまにある。

今日は、マンション管理組合の総会であった。

総会そのものはともかく、来期に役員に選任され、理事長に就任せざるを得ない事態を恐れていてたのである。

7月の終わりに役員就任予定者の集まりがあって、その場の空気では私に理事長が回ってくる気配が濃厚に漂っていた。(こちら

おまけに、何日か前に現在の理事長が私の部屋に来られて何かとお話をしていかれたときの口ぶりは、もう既定路線であるかのようであった。

実は、今日の今日まで腹をくくっていて、潔くお受けしようと決心を固めていたのだ。

いよいよ迎えた総会で、正式に次期役員に選任され、終わってからの予定者の集まりが開かれた。

そして、役職決定の協議を緊張感たっぷりに迎えた。

進行役をしている管理会社の担当者が
「まずは理事長から決めます」
との発言があって、視線が私に投げかけられるのを痛いほど感じたが、私は、
「先月の打ち合わせでは、〇〇さんのご主人に理事長就任の意向をお伺いすることになっていたはず」
と最後の一縷の望みをかけて、発言した。

すると、その旦那さんは、にっこりしながら快諾をされたのである。

内心、ありったけの声で快哉を叫んだのは言うまでもない。

奥様がどんな伝え方をしたのか、そこに興味があったが、余計なことを言ってはいけないと自重した。

そのかたは現在会社勤めをされており、年齢はたぶん40代半ば頃とお見受けした。

適齢だと思う。

難を逃れたと喜んでいる私は卑怯者かもしれないと、良心がうずいたが、本人が納得の上引き受けられるのだから、何の問題もない。

すべての会議が終わって部屋に戻ったら、もう午後の2時に近かった。

昼食は抜くことにして、ナッツとコーヒーだけにした。

その分、夕食はややボリュームを多めにしたが。

惜しむらくは、日曜日は私の禁酒日に当たっていたので、祝杯を上げることができなかったこと。

しかし、それを補って余りあるほどの達成感に満ちた一日であった。


20190825.jpg
総会出席者に出されたお茶をお酒がわりに飲んだ
20 : 20 : 41 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月24日(土)

クルマの運転は下手である。

正確に言えば、goすべきか止まるべきかの判断力が劣っているのである。

夕方、クルマで出かけた帰りのことであった。

契約している駐車場に行くには、右折して細い道に入っていかなければならない。

近隣には珍しく、車も人も多く通る道である。

しかも信号のない狭い道路で右折をするのだから、私には結構な緊張となっているのは間違いない。

片道では一車線しかないので、私が右折のタイミングをうかがっている間は、後ろのクルマはひたすら待っていなければならない。

私も、後続の車が待っているのを察知すると、少しでも素早く右折をすべく、そのタイミングを今か今かと待っているのだが、対向車がなかなか途切れない。

もちろん、対抗車線を走ってる車の車間距離がそこそこに開いていれば、その瞬間に走り抜けることができるが、危ないと思ったら私は待つようにしている。

確実に大丈夫だと言えるところまでは、じっと我慢する。

万が一の事故を起こすよりは、時間をかけるほうがいいに決まっていると私は信じている。

いい言い方をすれば慎重派だし、早い話がドンくさいのである(汗)。

だから、一般の人よりも待機時間は余分にかかっているはずだ。

ようやく安全と思われるタイミングとなり、右折を始めたところで、後ろのクルマから軽くクラクションを鳴らされた。

私のクルマへの警報にほかならないが、私がそれを聞いて、自分の運転の下手さをあらためて自覚したのが6割、残り4割は”あおられた”との感触を持ったのが事実である。

ただ、冷静になって考えて気づいたが、”あおられた”というのは、世間一般で問題になっている”あおり行為”とは違うものだ。

”あおり行為”は肉弾戦覚悟で相手を挑発するものである。

男女二人がかかわった件とか、法衣を着た僧侶が行ったのが”あおり行為”であり、いずれも自らが暴力を振るうまでエスカレートしている。

今日のは、私が右折を始めたころ合いでのクラクションだから、単に”早く行ってよ”といった不満の気持ちの表明に過ぎなかったと思う。

しかし、一連の”あおり”事件が起こっていなければ、もしかしたら、私も後続車からクラクションを大音量で鳴らされ、運転手に罵声を浴びせられていたかもしれない・・・。

そう考えると、今日は穏やかに収まってよかったということになる。

いずれにせよ、安全に事故なく運転するポリシーは、私は変えるつもりはない。


20190824.jpg
自分の感情をコントロールできない人がハンドルを握ると恐い
20 : 20 : 08 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月23日(金)

昨晩の8時前に、マンション管理組合の理事長が私の部屋にやってこられた。

おそらく、「次の日曜日の総会にはちゃんと来てね」の念押しだと思っていたが、そればかりでなく管理会社との付き合い方や注意事項など、結構、長い時間にわたっての話があった。

聞いているうちに気がついたのだが、どうやら、私が次の理事長を受けることを前提に話しているようだ。

ただ、やむを得ず就任するというのはほかのかたに失礼だし、私も、一旦引き受けた以上は、誠意を持って最善の結果が出るように仕事をするのは当然である。

そのためには最低限の知識は必要だ。

実は、昨日の夕方に、仲介業者が渡し忘れていた「管理規則」が郵便受けに投函されていたので、お客さんが帰った後は、すぐにそれを読む作業にかかった。

経緯を書くと長くなるが、私がマンションを買ったときの若い担当営業が、本来は契約時に手渡すべきところ、何らかの事情で抜けてしまっていて、催促したものだから私のマンションにまで届けに来たということである。

結構重要な書類として扱われているようで、その若い営業は、「お渡ししたはずです」を繰り返していて、みずからの手違いを認めようとはしなかったが(汗)。

私にしてみれば、受け取っていなかったからといって実害はないのだし、一言、「すみません」と言えば済む話なのだが、「お渡ししたはずです」の一点張りであった。

これは彼の性分なのかもしれない。

もう接触を持つこともないだろうし、私は「管理規則」さえ手に入れば、別段、困ることはない。

手に取ってみると、1㎝ぐらいの厚さがあって、小説を読むような気楽さがないのは当然である。

結局、今日は朝から「管理規則」をする読むことに時間を使った。

どこのマンションでも通用する一般的な事柄から、このマンションだけに適用される、役員の任期や職務内容、役員選出の順番までもが部屋ごとで決められている。

それ以外に、修繕工事や集会室、自転車置き場、駐車場などの使用規則も、細則として付けられているので、かなりのボリュームになるのだ。

ほとんどは社会常識の範囲内のことだが、中には、独自の規則もあるので、「目を通す」だけでは内容の把握はできない。

読むだけなのだが、結構、疲れた。

今晩は熟睡できると思う。


20190823.jpg
必死のパッチで読んだらお腹がすいてきた
20 : 20 : 30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月22日(木)

午後、近所のファミレスに行った。

目的は高校野球の優勝戦を観戦するため。

携帯用のノートブックを持ち込んでネットで見た。

最後の試合は、ビールを飲みながらエアコンの効いた場所で見たいという、意味不明な理由からである。

事前の予想と少し違ったのは、打ち合いの試合展開になったところである。

息詰まる投手戦を見込んでいたが、両チームとも10本を超えるヒットを放ち、素人目には十分に面白い内容であったと思う。

ところで、今大会の選手の力量を評して、”不作”との声がいろんなところでささやかれている。

なんでも、プロのスカウトの目から見ればそう映るらしい。

しかし、高校野球に取り組んでいる選手のすべてがプロを目指しているわけではない。

プロ野球選手の基準に至ってないのはもしかしたら事実かもしれないが、それがどうしたというのだろう。

そもそも、野球の醍醐味はスーパースターの活躍だけではなく、チームワークや監督の采配なども大切な要素となってくる。

スカウトが見ての”不作”であっても、毎回見ている人間からすれば、常に新鮮な発見があるものだ。

第一、”不作”という表現は、高校生に対して失礼ではないか。

教育の一環として行われているスポーツなのだから、言葉の使い方には細心の注意を払って当然だ。

ついでながら、高校野球をめぐっての言葉の問題で、「地方大会」のことを”予選”と言う人が、それなりの立場の人にも見られる。

地方大会の優勝校が全国大会への出場資格を得るのだから、結果的には、”予選”に間違いはない。

しかし、各都道府県ではそれぞれに独自性を持って地方大会をやっているのだから、それは尊重すべきだと思う。

一般の市井の人が”予選”というのはともかく、大会関係者ならば「地方大会」とするのが礼にかなっているのではないか。

今大会に限ったことではないが、今までから気になっていたことである。

ともかく、高校野球選手権大会は終わった。

ファミレスに3時間近くいたせいか、さすがに最後のほうは寒かった。

夏もそろそろ終わる。


20190822.jpg
全国で一番になるというのは理屈抜きに栄誉である
20 : 20 : 16 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月21日(水)

マンション管理組合の総会が近づいてきた。

朝から、あらかじめ送られてきた議案書と管理委託契約書の内容を熟読した。

もちろん、受け取ったときにも大雑把に目は通したものの、内容を詳細にわたって読んでいないので、疑問点を明確にする意味合いもあって、目を皿のようにして中身の把握に努めたのである。

議案書のほうは、要は前期の決算報告と予算の承認である。

しかし、その内容が実に事細かに記されているのには、驚くばかりであった。

勘定科目の費目ごとに収入と支出が書かれ、予算に関しては月ごとに配賦した金額まで載せている。

だから資料も膨大なものになっているし、製本の手間と経費も無視できないレベルのものだと思う。

どこのマンションでもこのように細部にわたっての数字を示しているのだろうか。

一般の入居者からしてみれば、大項目で集約された数字を見せられるほうが、逆に理解はしやすいと思うのだが。

管理委託契約書は、要は、実務的な仕事はすべて管理会社に任せますよ、という意味のことを文書化してあるものだと私は認識した。

助かることは言うまでもない。

総会資料を作るなんて、私の能力では無理である。

そういった事務的な作業はすべて管理会社の担当者がやってくれるというのだから、ありがたい話だ。

総会の議案は、あとは次年度役員の承認だけである。

だから、これで総会の事前準備はすべて終わったことになるのだが、一つだけ、気になる点がある。

これも最初から引っかかっていたのだが、総会開催通知の文章の末尾に、
「持参物 : 管理規約」
と書かれていたのである。

送られてきた資料一式には同封されていないし、私の記憶の中では、受け取った覚えはない。

念のために、入居以来の資料のファイリングを調べてみたが、やはりなかった。

だらしのなさでは人後に落ちない私であるが、さすがにこんなに大事なものをどこかに捨ててしまうことはない。

マンションの入居者には知り合いが誰もいないので、やむを得ず管理会社の担当者に電話をして尋ねてみた。

彼の言うには、「マンションの購入契約のときに、仲介業者さんから受け取ってもらっているはず」という。

しかし、契約のときの書類ホルダーの中は、何回も探したのだがそこにはなかった。

たぶん、仲介会社の担当営業が忘れてしまっていたのだろう。

彼ならありそうな話だ。

今日は水曜日で会社は休みだから、明日の朝に電話してみる。

「管理規約」を持っていかなくても、だからといってほかの人に大きな迷惑をかけることはないが、指示されている以上はちゃんと守るのが筋だ。


20190821.jpg
不動産関連の仕事は極めて幅広い知識が求められている
20 : 20 : 49 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

8月20日(火)

今日はマンションの水槽の清掃をするので、一時的に断水になるとの案内を受けていた。

午後1時から午後3時までの断水というから、わずか2時間ばかりのものである。

だから、入居者にとってはさしたる負担はない。

断水の知らせを受け取ったとき、最初はファミレスにでも出かけようかとも思っていたが、そこまでする必要もない。

あらかじめ予告された断水だから、くみおきさえやっておけば、何の苦労もないと思う。

よく、災害地で水道の供給が断たれ、自衛隊の給水を受けている光景をニュースで見るが、そういったシーンに漂っている悲劇性からはほど遠い。

気をつけなければならないのは、清掃が終わって給水が始まったときは、最初はお風呂か洗面所で水を流す作業をするということぐらいである。

なんでも、浄水器や洗濯機、トイレで最初に流すと、フィルターの目詰まりを起こす恐れがあるとのこと。

その注意書きを忠実に守って、給水開始後はまずはシャワーを浴びた。

浴びながら思ったが、日本では水は基本的には無料だと考えられている。

水道代というのはあっても、水代なんて請求することはできない。

しかし、砂漠地帯に行くと水は貴重な資源であり、日本では土地の所有者を”地主”と呼ぶが、砂漠では水源を管理している人が「水主」と言われ、圧倒的な権力を持っているらしい。

逆に、砂漠には土地がほぼ無限にあるので、二束三文の値打ちしかないらしい。

価値観というのは、場所が変われば大きく変わるものだ。

そういえば、アメリカとイランが緊張状態になってきて、ホルムズ海峡封鎖が懸念されてきている。

日本の大半の原油がホルムズ海峡を通って入ってきているのだから、もし封鎖されでもしたら日本は終末を思わせる様相となることは避けられない。

具体的にどうなるのかは私には想像すらできないが、私の極楽とんぼの年金生活にも暗雲が漂ってくるのは間違いなかろう。

日本に原油が入ってこないシチュエーションは何かと議論されているが、では、安全に飲める水がなくなるかもしれないというリスクについては、誰も取り上げたことがない。

ひと昔前、自称ユダヤ人が、「日本人は安全と水はタダだと思っている」と著書で書いて、大反響を巻き起こしたことがあった。

その頃の日本では”安全”はタダであったかもしれないが、最近はそうとも言えなくなってきた。

”水”についても、時代が進んでいけば、それこそ”湯水のように”気楽には使えなくなるかもしれない。


20190820.jpg
シャワー5分間で約60リットルの水を使うらしい
20 : 20 : 55 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月19日(月)

マンションの郵便受けに、私の名前は表示されていない。

正確に言えば、前の入居者の表示があって、その上に黒いテープを貼る形で隠しているのである。

去年の入居のとき、管理人さんからは「いま作っていると思いますので、出来上がったら貼り付けます」ということであった。

しかし、待てど暮らせどやってこない。

昨年の暮れぐらいに管理人さんに尋ねてみたら、「いまはいろいろあって管理会社としてはあえて用意しないようです」とのこと。

個人情報の保護が厳しく叫ばれ、入居者によっては部屋の号数だけを出して、名前は見られたくないという人が増えてきたのだろう。

私も、あえて積極的に名前がわかるようにはしたくない。

ただ、ほとんどすべての郵便受けには名前も表示されている。

また、ほんの例外的に郵便物の誤配が起こる可能性もあるので、号数と合わせて名前の表示をしておいたほうがいいのではないかとの考えもある。

さらに、来年度は管理組合の役員を受ける予定となっている。

ヘンな言い方になるが、忠誠心を示す意味からも、自分の名前を掲げておくほうが好ましいと思った。

規格どおりのプレートを作るとなると、自己負担になるし、決して安くはない値段だろう。

そこで、自分の苗字をプリンターで印刷して、水道修理業者が宣伝で入れていくマグネットシートに貼り、適当な大きさに切れば代用品が出来上がると考えた。

字の大きさを知るために現物を見てサイズを測ろうと思ったのだが、肝心の定規がない。

部屋の中をあちこちと探したのだが、出てこない。

もしかしたら、引越しのときに持ってこなかったのかもしれない。

マーフィーの法則ではないが、100均に行って新しいのを買えば出てくるだろうが、そこではたと考えたのである。

引越して1年経つが、その間、全く使わなかったのだから、今後も使う機会はおそらくゼロに近いはず。

会社での仕事では必須のツールであっても、家の中で使うチャンスはほとんどないのだろう。

そして頭に浮かんだのが、メタル製のメジャーである。

寸法を測るだけなら、メジャーで十分に代行できる。

早速、実行に移した。

やや文字サイズが大きかったような気もするが、他のお部屋の手作りと思われるプレートも、サイズはまちまちである。

気にしないでおく。

ただ、マグネットで貼っているだけなので、密着力はない。

もし手で触れられたりすると、たちまちはずれてしまう。

いたずらで捨てられるかもしれないが、そしたらまた作ればいいだけのこと。

これで、懸案事項が一つ解決した。


20190819.jpg
私宛の郵便物は実は数少ない
20 : 20 : 13 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

8月18日(日)

いつものスーパーに行くと、入り口近くの部屋で子供向けのイベントをやっていた。

”キッズフェスティバル”と題されて、小学生以下の子を対象にした催しである。

鉄道模型の展示があったりウチワ作りのような工作を楽しめたり、気軽に遊べるスペースになっている。

毎年行われているが、一つには、小学生の夏休みの宿題である自由研究を片づけるために役立っている部分もあるようだ。

当地の小学校は、26日から新学期が始まる予定なので、残された休みも数少なくなってきた。

宿題も追い込みの時期に入っているのだろう。

小学1年生の孫娘は、初めての夏休みの宿題になる。

私が心配するまでもなく、ちゃんとやり終えていることだろう。

2週間前に会ったときは、自由研究で何を作るかをあれこれと考えていた。

私が小学生のときは、自由研究は”工作”という言い方をしていたと思う。

私も、何をテーマにするかを考えるのは好きであったが、しかし、実際に作ってもイメージどおりには完成しなかったものだ。

小学5年生か6年生の時に、びっくり箱を作ったことがあった。

しかし、バネが弱過ぎたからか、フタを開けても勢いよくは飛び出さず、おそらくは誰もびっくりしないシロモノに仕上がってしまった。

単に、箱の中に、ピンポン玉のついたバネが入っているだけのこと。

何の意外性もない。

よほど作り直そうかと思ったが、締め切りが迫っていたので、そのまま提出したことを覚えている。

私の不器用さは、すでに小学生の頃から明確な兆候があったのだ。

そのとき、同じクラスのT君が、たしか粘土を薄く貼り付けて、横幅1mぐらいの世界地図を作ったのである。

先生から絶賛されていた場面は、いまだに記憶に鮮明に残っている。

子供心に、人間の能力には小さいときから際立った差があることを感じとったものだ。、


20190818a.jpg
会場内は鉄道模型のところに子供たちが群がっていた
20 : 20 : 16 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月17日(土)

暑い日々の続く中、高校野球は一服の清涼剤である。

今日の試合は私の注目しているチームが集中した。

地元チームの試合もあって、熱が入ったことは言うまでもない。

ところで、昨日の試合でかつてない事態が発生した。(こちら

審判員が下したジャッジを、協議の結果、ひっくり返したというものである。

おそらく、前代未聞ではないか。

そもそも、高校野球は公認野球規則に基づいて行われているが、野球規則の「審判員の裁定」の規定で、
”審判員の判断に基づく裁定は最終のものである”
と明確に定められている。

ただし、例外規定があって、
”審判員の裁定が規則の適用を誤って下された疑いがあるときには、監督だけがその裁定を規則に基づく正しい裁定に訂正するように要請することができる。”
とある。

つまり、「誤審」というのは審判員がプレーに適用すべきルールを間違えたことを言うのであって、発生したプレーのジャッジを誤った、というものではないのである。

プロ野球では録画を見てプレーを検証することを規則として取り入れているが、高校野球ではそれはない。

だから、ルール適用が間違っていた場合以外は、いったん下した判定を覆すことは、高校野球ではあり得ないのである。

ということは、問題の場面では、判定を下した審判員が
「ボールを正規に捕球していなかったから、ランナーにタッチしてもセーフである」
との野球規則を知らなかったか、うっかり忘れてしまっていたか、と認識されることになるが、まさかそんなことはあるまい。

おそらくは、失礼ながら二塁審判の見落としで「アウト」の宣告をしてしまったのだろうと推測される。

ということは、”審判員の判断に基づく裁定”なのだから、それが変えられることはない。

ちなみに、高校野球の審判員は原則として、球審は日本高野連が務め、3人の塁審は各都道府県の地方高野連から派遣されている。

当然ながら、力関係で言えば日本高野連のほうが強力なものがあるのは当然だ。

審判員協議のときに、その力関係が働いて判定の変更になったとすれば、これはパワハラそのものである。

高校生のスポーツで、野球規則に反しての決断を大人が行ったのはいかがなものかと思う。

なお、私の考え方としては、高校野球でもプロと同じ、ビデオ判定を取り入れた規則をとるのが妥当だと考えている。

たまたま審判員の死角に入ったり、炎天下にあって頭が真っ白になってしまって、ジャッジを誤ることもあり得るだろう。

そんな場合はいったん下した判定を覆すのは、むしろ自然では内容か。

でないと、そのプレーに関連した選手にしても後味が良くないはず。

それなら、録画で再確認するというのは、合理的な考えだと思う。



*今晩は鱧を食べに行くので予約投稿とした。

20190817.jpg
今日は試合中に体調を崩してリタイアした審判員がいた
20 : 20 : 47 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

8月16日(金)

今日は未明の午前2時に目がさめた。

足元を蚊に刺され、そのかゆみに耐えかねてのことである。

蚊取り線香は、実は昨年の残りが幾ばくかあって、それを使っている。

消費期限はなかろうと思っていたのだが、実際には劣化が進んだのか、もろくて折れやすい傾向がある、

昨晩も、一部が折れてしまった線香を使っていたので、効力を失くすのも早い。

夜の9時に蚊取り線香に火をつけたのだが、少なくとも5時間後には消費し切ってしまっていたのだろう。

だから無防備な状態になっていて、蚊に攻撃のチャンスを与えていたのだと思う。

蚊に刺されたときは、まずはキンカンを塗るようにしている。

今朝も、いつもどおりの処置をとった。

そして、新しい蚊取り線香をセットして、再び眠りにつこうとしたものの、眠気が全くわいてこない。

逆に、頭が冴えてくるような気がするほどだ。

昨日、夕方にインスタントコーヒーを飲んだのだが、その影響だろうか、あるいは、薬を縫ったり線香をセットしたりの一連の作業をしたことで、眠気が飛んでしまったのか、いずれにせよ眠りにつけそうな気配が全然ないのである。

もちろん、トイレのために眼がさめるのは一晩に2回はある。

今日も、すでに1回はトイレで目がさめたほどだ。

しかし、その場合は、用が済めばすぐに眠りにつくことができる。

今回は事情が違った。

瞬時に頭の中で「5時間」の睡眠をとったはずだと計算した。

ならば、最低限の睡眠時間は確保できているはずだ、と意を決して起床することにしたのである。

昼食後に10分ほどの昼寝をしたら、眠気もかなり緩和されたように思う。

今日一日、ときおり睡魔にとりつかれることがあったものの、散歩にもスーパー銭湯にも行けたし、日常の生活は難なく送ることが可能であった。

それにしても、一匹の蚊にここまで翻弄されるとは思いも寄らなかった。

なお、地球上の動物の中では、最も多くの数の人間を殺しているのが蚊だという。

蚊に刺されてマラリヤに感染して亡くなるアフリカの人は実に多数にのぼっている。

そういった意味では日本国内にあっては、あまり恐いものではないかもしれないが。

ちなみに、人間の敵の二番目は人間だというから、やるせない思いに襲われる。

まさか”人間取り線香”なんて売っていないだろうし、人間同士、なるべく仲良くしていくことを考えざるを得ない。

しかし、私は蚊とは共存はできない。

お盆休みの時期に殺生をすすめるのは良心がとがめるが、今夜も蚊取り線香の備えはしっかりと行うつもりである。


20190816.jpg
仏教国では蚊を殺さずに遠ざけるための線香があるらしい
20 : 20 : 29 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月15日(木)

「15日」というのは、私には特別な日である。

偶数月の15日と言えば、65歳以上の人にとっては希望と歓喜にあふれる年金支給日である。

金融機関の休日によっては日がすれることもあるか、基本的には2か月に一度のお楽しみの日なのだ。

なぜ2か月に一度なのかは、日本年金機構のサイトでも経緯が書かれていない。からわからない。

諸外国では毎月支給というのが標準のようだし、日本でも保険料の徴収は毎月やっているのだから、筋から言えば、支給も毎月するのが本来だと思うが。

ただ、二か月分まとめて振り込まれることで、受け取る金額は倍になる。

まるで、一生かかっても使い切れないほどの多額の年金をもらったような錯覚に陥って、お得感に浸っているのは私だけだろうか(汗)。

ともかくも、年金が入ってくる15日は二か月に一度の特別な日にほかならない。

ほかにも、15日の楽しみはある。

投資の真似事として今年から細々と手がけているソーシャルレンディングの配当金も、原則として毎月15日に振り込まれる。

先月にようやく合計額が月に1万円を超えたというレベルなので、まだまだこれからであるが。

毎月一度の分配が行われるというのは、出資する立場からすれば楽しみでもあり、励みにもなるのは言うまでもない。

3つ目の特別な意味というのは、行きつけのスーパーの5%引き特売日がやはり15日なのである。

ただ、ありがたみは特筆するようなものではない。

このスーパーでは、ほかにも20日と30日にも5%引きのキャンペーンを行っている。

ほかの店でも、いまどき5%引きはどこでもやっており、希少価値はないと思う。

もちろん、無いよりはあったほうがいいのは当然だが、その程度のものだ。

そして、4番目に8月の15日である。

年に一度、日本人には重々しい「終戦の日」である。

極めて一部の例外を別にすれば、日本人の圧倒的大多数が平和を望んでいる。

ただ、その実現のための手法をめぐっては、これまた多くの考え方があることも周知のとおりである。

とはいえ、戦争で命を失った人々の御霊の安からんことを祈る思いは、共通していると信じたい。


20190815.jpg
台風に見舞われた8月15日というのは私の記憶にない
20 : 20 : 01 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月14日(水)

図書館で本を借りるときは、面白そうだと思ったらすぐにネットで予約を入れることにしている。

どなたかのブログで紹介されていて興味を持ったとか、電車の中の吊り広告を見たとか、要は惹かれるものが少しでもあれば、即、予約をする形である。

そして、図書館のほうで貸し出し可能となれば、メールで案内が送られてくるので、借りに行くという流れだ。

神の見えざる手が働くのか、図書館のお世話になり始めて約1年間、トラブルなく順調にやってこられた。

ところが、今日になってかつてない事態が発生した。

貸し出し可能のメールが一挙に3通もやってきたのである。

さらに、いま読み始めたばかりの本が手元にある。

つまり、計4冊を読んでいくこととなる。

期限がないのであれば、何も悩むことはない。

しかし、借りてからは原則2週間の返却期限が設けられている。

ただし、次にその本を借りる予定が入っていない場合であれば、さらに期限を延長することができるが、人気の本ということになれば、ほとんどは誰かが予約を入れているものだ。

だから、一旦、図書館から借りると、2週間以内に読まないといけないことになる。

締め切りが生まれてくると、楽しみのはずの読書が義務になってしまってたちまち興味半減である。

いま、高校野球の季節であり、これはというチームだけでもリアルタイムに見たいものだから、思いのほか時間がとられている。

ほかにも、月末のマンション管理組合の総会議案書を精読しなければならないし、アマゾンプライムビデオで途中まで見て中断しているものの続きも気になるし、同窓会の案内状の原稿も仕上げなければならない・・・・などとやり残しの用事がたまっている。

それもあって、自由になる時間が制限されているところから、少しばかりの切迫感を持っているのは確かだ。

奥の手であるが、図書館に貸し出し可能図書を取りに行くのを、ギリギリまでずらすという秘策がある。

返却期限は、実際に借り出した日から2週間という計算の仕方をしているからである。

小手先のテクニックではあるが、追い詰められれば知恵が出るものだ。

いずれにせよ、物事には優先順位というのがあるので、取捨選択をしていかなければならない。

どんな人間にも一日24時間は平等に与えられている。


20190814.jpg
自分で本を買って読めば済む話だ
20 : 20 : 21 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑

8月13日(火)

今日の高校野球は、私が無関心ではいられない試合が重なってしまった。

観戦の合い間を縫って、買い物や散歩、食事の準備などもしなければならない。

だから、年金生活者らしからぬあわただしい一日であった。

今日の組み合わせはまだ2回戦なのだが、まるで準々決勝かと見まがうような著名チーム同士の対戦であった。

お宝そのもので、とても見逃すことはできない。

このように高校野球は大好きな私だが、大会のありようには大きな疑問を持っている。

猛暑の中でのプレーを強いることもそうだが、大会日程の過密さも問題だ。

とりわけピッチャーの肉体的負担は厳しいものがある。

無理に投げて肩を壊し投手生命を失ってしまった例は、それこそ枚挙にいとまがない。

しかも、日程が進んできて決勝が近づいてくると、それこそ連日の試合日程とならざるを得ない。

過密スケジュールが毎年問題になっているが、休養日が1日設けられただけで、全く改善されていないのが現実である。

甲子園球場は、大会用に阪神電鉄が無料で貸しているという。

ということは、プロ野球の日程に支障が出ないようにスケジュールを立てれば、余裕をもって大会運営ができるはず。

選手権大会は日本高野連と朝日新聞社が主催しているが、公益財団法人と民間会社がともに主催という形態もアブノーマルではないか。

朝日新聞にしてみれば、何よりも自社の宣伝になり、イメージアップにも大いに貢献しているから、手放すことのできない重要なイベントである。

あの”従軍慰安婦”をめぐっての大誤報事件以来、販売部数の減少はとどまるところを知らず、社内にもかなりの動揺をもたらしているという。

会社の印象を良くするためには、これほど恰好の行事はなかろう。

だから主催者の位置づけは死守したいところである。

その気持ちはわかるが、教育の一環としての高校野球に民間会社が主催者に名を連ねるのは、形の上でも実態の面でも好ましくない。

協賛なり後援なりの形で、朝日新聞で記事として取り上げていけばいいのではないか。

小学生の野球大会の場合、新聞社が協賛して、地方版に試合結果を載せてくれるケースは多い。

それだけでも、その新聞社に対する好感度は著しく上がっている。

これはセンバツの毎日新聞社でも全く同じだ。

いずれも、日本高野連単独で主催しても、何の問題もなかろう。

なんでも、1大会で日本高野連には約1億円の収益金があり、いまや純資産が14億円とも15億円とも言われている。

しかし、民間会社でもないのに、公益団体がそんなに稼いでどうするつもりなのだろう。

せめて球場使用料ぐらいは適正なレベルのものを支払うのが当然だと思うが。


20190813.jpg
4試合ともネットの”バーチャル高校野球”で観戦した
20 : 20 : 15 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑

8月12日(月)

同窓会の案内状を送るために、印刷ソフトの筆まめを使うことにした。

ただし、私の年代の同窓会だから、送る相手は例外なく昭和20年代生まれである。

だから、往復葉書でもって出席するかどうかの返事を求める形をとらざるを得ない。

本当なら往信だけのハガキを送って、そこにQRコードを載せておけば、いまどき60代でもほとんど携帯かスマホを持っているので、そこから返事をしてもらうことも可能なのだが、なかなかそうは行かないのである。

QRコードの読み取りまではできても、そこからネットにアクセスして回答を打ち込むとなると、抵抗を感じる人が多いとよく耳にする。

結局、往復葉書で返信用の葉書のついたものを送り、同時に、そこにQQコードからも返事ができるようにしておいて、さらに、幹事の一人の携帯番号まで載せるという三段構えをとることにした。

打ち合わせの結果、こうすることに決めたのだ。

ここまでしておけば、
「自分の名前や住所をさらしたくない」
「ネットにつなぐのは不安だ」
などという人々の懸念を一掃することができる。

今の時代、こんなことまでやらなければならないのだから、それを考えると昭和はノンキであったと思う。

そういった事情があって、往復葉書の印刷ができるソフトが必要となり、筆まめのバージョンアップをすることになった。

オンラインでやればすぐに終わるとタカをくくっていたが、最終の動作確認まで含めると、2時間はかかったと思う。

筆まめといえば印刷ソフトとしては広く名が知られているが、いろいろあったようで、いまは販売やサポート、運営はソースネクスト社がやっている。

移行の混乱によるものか、ネットにアップされている手順書に書かれていることと実際とが食い違ってる部分もあり、その関係もあって余分に時間がかってしまった。

実は、先日より、体験版でもって試していて、これなら大丈夫ということになり、正式に購入することなったのである。

体験版では、1枚印刷すれば、10分が経たないと印刷機能が使えないという制限があって、これには手を焼いたものだ。

ちなみに、直接、体験版からのバージョンアップはできない仕組みになっている。

会社が入金を確認すればパスワードを発行するとの形で、すぐに正式版の購入ができれば非常に楽であったのだが。


20190812.jpg
本当に筆まめな人なら手書きにすると思う
20 : 20 : 53 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月11日(日)

取るに足らないことで、朝からあれこれと考えを巡らせていた。

ガソリン給油のことで、今まで通っていたスタンドに行くべきか、手近なところで入れるか、いわばそれだけのことである。

以前から行っていたスタンドは値段が安い。

1Lで126円である。

いま住んでいる地域では、135円というスタンドが目立つ。

さらに、行きつけのスタンドであれば、土日の朝に給油すればウドンの麺をもらえる。

もちろん、物事には必ず負の側面というものがある。

今までどおりのスタンドは遠いので、時間をとってしまう。

今日など、部屋を出るときから、戻ってくるまでの時間は50分もかかった。

もっとも、駐車場までの時間が往復で10分はかかるから、給油だけの用件で近所のスタンドに行っても、30分近くはかかるが。

また、遠方のガソリンスタンドに行くまでにガソリンを使っているのだから、それももったいない話である。

実は、この6月に近くのスタンドで車検を受けたのは、一つはこれを機会に給油スタンドを変えようとの意図があったのだ。

集客に余念のないスタンド側にしてみれば、客のほうからやってきたのだから、飛んで火に入る夏の虫そのものである。

だから、私にしてみれば、車検が完了した時点で、必ず店のほうから働きかけがあると思っていたのだ。

少し安い価格でのガソリン料金を約束してくれるはず、との期待感も持っていた。

なのに、事務的というか、車検が終わったらそれでおしまい、ガソリンの話は全く出なかったので拍子抜けしてしまった。

私は車検の支払いもちゃんとしたし、納期も店側の言うがまま、無理難題を吹っかけることは全くなかった。

自分で言うのもおこがましいが、優良顧客のサンプルと言っていいほどだと自負している。

もしかしたら、このガソリンスタンドでは利益率管理が厳しく、ガソリンのように低マージンの商品はあまり売りたくないのかもしれない。

本当の理由が何なのかはわからないが、いずれにしても私には縁がなかったのだと断念せざるを得ない。

そんなわけで、私の中でのガソリン給油問題は宙に浮いたままだ。

私の場合、クルマは週に1回か2回、しかも比較的近距離でしか使っていない。

だから、ガソリン代と言っても、目を三角にしてコスト削減しなければならないとの差し迫った思いはない。

そもそも、1Lで126円とか135円なのだから、ペットボトルの飲料品のほうがはるかに高いと思う。

しかも、ガソリンは半分以上が税金なのだから、正味の原価で比較すると、ジュースやミネラルウォーターの価格との比ではないレベルだ。

私の気持ちの中では、値段よりも時間を優先させようという方向に、今は傾きつつある。


20190811.jpg
ウドンの玉をくれるガソリンスタンドは珍しいと思う
20 : 20 : 48 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月10日(土)

テレビを見なくなった私だが、情報入手の点でも娯楽の部分でも、ほとんど困っていない。

毎週テレビで見ていた『そこまで言って委員会』はネットで見ることができる。

大相撲はアベマTVで観戦できるし、高校野球もネットの動画配信でライブで見られる。

「それなら、テレビを見ているのと同じではないか」と言われれば、それまでであるが。

ただ、わざわざテレビ受像機の電源を入れていると、その分、余計に電力を消費してしまう。

パソコンでネット配信で動画を見るのであれば、わずかなりとも省エネにつながるという利点がある。

それはこじつけだとしても、テレビを見なくなったことで不利益というか不自由を感じたことはない。

約3か月間にわたる実験の結果、それは実証された。

ところで、昨日のことであるが、クルマで出かけたときにカーラジオから高校野球の実況中継が流れてきた。

NHKの女性アナウンサーが担当していたのである。

そういえば、たしか昨年も女性が実況をしていたとの話を聞いたことがあったが、実際にリアルタイムで耳にしたのは私には初めてであった。

最初は耳慣れていないせいか違和感めいたものがあったが、5分も聞いていると極めて自然に受け入れられるようになってきた。

むしろ、民放の男性アナウンサーよりも言葉が明瞭であり、私は聞きやすいと感じたのである。

緊迫した場面にあっても発声が乱れることなく、冷静に展開を伝えてくれる。

ラジオの場合、画像がないので言葉がすべてである。

民放の若い男性アナウンサーの中には、みずからが興奮してしまって何を言っているのか聴き取りにくい場面があるが、この女性アナウンサーはそれは全くない。

NHKと民放の差なのかどうかはわからないが、熟練度が高い実況であったと評価している。

今日は、ネットのラジコで東京NHKの高校野球中継を聴いてみた。

プレーを目で見ることはできないものの、それだけにラジオのほうが迫力がある。

新しい発見をすることができたと思う。

なお、今でこそ当たり前になっている女性アナウンサーであるが、世界で一番最初に女性をラジオのアナウンサーとして採用したのはナチスドイツである。

どんな狙いがあってのことかは知る由もないが、いずれは野球や相撲の中継を女性が担当するのが珍しくない時代になるだろう。


20190810.jpg
滝川クリステルさんの野球中継を聴いてみたいものだ
20 : 20 : 27 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月9日(金)

先月頃から考えていたのだが、「つみたてNISA」をやってみようかと。

年間40万円以下であれば無税というのは魅力であるし、また、2037年までの期間のいわば特例であるとの点に因縁めいたものを感じたからである。

2037年といえば、私が満年齢85歳を迎える年であり、いみじくも私の年代の平均余命に当たるタイミングである。

私の脳裏にある計画としては、「つみたてNISA」は可能な限り塩漬けにしておいて、無税の期間が終わる直前に売却して現金化する」という壮大で杜撰極まりないものだ(汗)。

もし2037年までに私が生命活動を終えてしまったら、それはその時点で遺産として子孫に残せる。

おそらく、税制が変わっていなければ相続税が発生する恐れもない。

投資金額はわずかなものだから、毎月、積み立てていく上でもさほど負担はない。

しかし、それを19年間続ければ、合計額はそれなりの数字になる。

もちろん、投資だから最悪の場合は、すべて0になるかもしれない。

ただ、マイナスになって負債が生じることがないのは安心だ。

もしリターンが得られたとしたら万々歳で、そのときは、子や孫を引き連れて回転寿司を食べに行く・・・・・などと言うと、夢のないヤツだとバカにされるのがオチだ。

財産形成よりも、夢を見てみたいというのが本心である。

だからく、いまの私はタイムカプセルをこれから埋めるかのような高揚感を味わっている。

19年後に開けてみたときの思いはどんなものか、想像するだけでも楽しくてならない。

ちなみに、私が「つみたてNISA」に投資しようという気になったのは、金融庁のすすめのおかげである。

世間を騒がせた金融庁のあの報告書では、盛んに老後のハッピーな生活のために「長期・分散・積立」の投資を推奨していた。

「95歳の世帯では2,000万円が足らなくなり、貯蓄を取り崩さなければならない」とまで書いて、人々の不安を煽った。

世間ではその「2,000万円」だけがひとり歩きしたのだから、奇妙な現象であったとしか言いようがない。

私などは報告書を読んで、「長期・分散・積立」の投資なら安全だとすっかり洗脳されたのだから、素直というか騙されやすいというか、いずれにせよ緻密な思考能力が致命的に欠けているのだと自分でも思う。

しかし、もし民間の金融機関が全く同じ文章を書いたとしても、事実、よく似た営業パンフレットは嫌というほど読んできたが、今まで見向きすらもしなかった。

「金融庁」という名前は、それほどまでに私には説得力があるのだと、心の奥底から痛感した。


20190809.jpg
楽天証券に口座開設を申請している段階である
20 : 20 : 40 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月8日(木)

竹やぶの道を散歩していると、後ろからバイクらしきものが近づいてくる音がした。

幅1mほどの細い道なのだが、バイクの通行は珍しくない。

こんなときの私は、極力、道の左端のほうによけるようにして、バイクに先に行ってもらうようにしている。

今日はいつもと勝手が違って、私が道を開けているにもかかわらず、追い抜いていこうとはしないのだ。

まさか、隙あらば私の金品を奪おうとしている悪しき人間ではないかと、一瞬、身構えた。

金目のものといっても、財布の中の現金はわずかばかりしかなく、まさかクレジットカードを強奪したところで使い道がなかろう。

振り向いて、後ろのバイクの主の顔を見てやりたい衝動に駆られたのだが、変に相手を刺激して逆上させてはいけないと考え、我慢した。

そうこうしているうちに、道幅の広いところに差しかかったので、道をはみ出すぐらいにまで左端に寄ったところ、追随者はバイクを加速させて、私を抜いていった。

見ると、日本郵政の制服を着た人であった。

そうとわかって、たちまち安心感に包まれた。

おそらくは、細い道で追い越そうとして、万が一接触でもしたら大変なことになる、との懸念から、道幅が広くなるまで様子をうかがっていたのだろう。

制服を着ている状態で事故を起こしたとなると、下手をすれば失職にもつながりかねない。

それだけに、慎重にならざるを得ない。

もし彼が、仕事中であるとはいえ、何らかの事情で制服を着ていないとすれば、ここまで細心の注意を払ったのだろうか?

制服着用の有無による比較試験などはできないが、私の想像の世界では、私服で同じシチュエーションにいた場合は、事故に対する注意力は幾ばくかは減少すると思う。

制服効果と言っていいのかどうかはわからないが、職場から命じられた服装をすることで、自然と緊張感もわいてくるのではないか。

昨今は従業員やスタッフの個性が尊重される傾向があり、制服を廃止する職場が増えてきている。

しかし、規律の維持という側面から見れば、制服は大きな効果を果たしているのは確かだ。

将来にわたって、警察官や消防隊員の制服着用の義務はなくならないだろう。


20190808.jpg
たぶん私のマンションに配達に来ている人だと思う


20 : 20 : 30 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月7日(水)

恩義のある人から頼まれて、さる団体の創立記念式典に出席することとなった。

いわゆる”動員”である。

大々的に式典をやる以上、出席者がまばらというのでは興ざめなので、枯れ木も山のにぎわいよろしく、私にもお声がかかってきたのである。

最初は記念式典とパーティーだけでいいから、ということであったが、後日になって、その前に行う総会にも出るように言われた。

ちなみに、総会は午後4時からで、パーティーのお開きは午後9時とのこと。

パーティーのほうはキリを見て中座させてもらうが、それにしても私にとっては長丁場だ。

しかも、会場はホテルだからエアコンが効いていて、最後は冷凍人間になってしまう(大げさ)。

とはいうものの、こういった式典に参加者の一人として出るときの楽しみもある。

親しかった人に再会できること、日ごろは疎遠な珍味佳肴を味わえること、そして、関係各位のスピーチを聞けることだ。

三つ目は、他人に言うと一様に意外な顔をされる。

どこがおもしろいのか、と。

しかし、私には重要な意味合いを持っているのが、とりわけ主催者側のスピーチなのである。

主催者代表の挨拶を聞くと、その団体がどれぐらいの力を入れて式典に取り組んだのかが、手に取るようによくわかる。

”周年だから仕方なく”といった惰性が言葉の端々に漂っているときもあれば、”この節目にさらに活動を活性化させる”との意欲があふれていたり、結構、その姿勢が見えてくるものである。

さらに、来賓のかたの祝辞もいい勉強をさせていただける。

行政の首長や議員なりをされているかたなので、いろいろな場面での演説や挨拶には慣れている。

だから、自分がもし聴衆を前に話すこととなった場合のことを想定すると、まさに絶好の学びの場となる。

ちなみに、私なりにつかんだコツは、
1. 滑舌よく話す
2. ややゆっくり目のスピードで話す
3. ほんの少し大きな声で語る
の3点である。

この3つを意識しておけば、どれほど内容がからっぽであっても、あらたまった場でのスピーチとしてはお叱りを受けることはなかった(汗)。


20190807.jpg
本日は帰宅が遅くなるので予約投稿
20 : 20 : 56 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月6日(火)

中国医学の薬膳についてのセミナーに出席した。

医療機関のお世話になる機会が増え、自然と薬とも浅からぬ縁ができてくる。

いま飲んでいるのは西洋医学に基づく薬がメインになるが、30年近く前より、かかりつけ医からは漢方の葛根湯を処方していただいている。

当初は肩こりの対処というのが目的であったのだが、服用を続けているうちに風邪を引かなくなったところから、私には手放させない漢方となってしまったのである。

そんなところから、漢方には少なからぬ関心を持っていたこともあって、それがきっかけて薬膳のセミナーを聞いてみようという気になったのである。

講師は国際薬膳師の資格を持つ専門家であった。

セミナーは薬膳の概論のレクチャーに続いて、出席者の体質を自己評価で判定し、その結果を見ながら、それぞれの体質に見合った食べものを解説する、という流れで進められた。

出席者が関心を持って講師の話に耳を傾けるのは自然である。

目の前に現れている症状だけを見て対処法を判断する西洋医学とは、その辺が全く違う。

その人の全体の”エネルギー・血液・水分”の3つのバランスを見て判断するというのは、むしろ合理的と言ってもいいのかもしれない。

チェックリストでの判定の結果、5つの指標の中から、私は”瘀血(おけつ)”が最も顕著に出ていた。

”瘀血”とは、血液が濁っていて、血流が滞っている状態を示しているらしい。

最悪の場合、脳溢血やガンの引き金となる恐れがあるという。

食材としては、サフランや紅花、酢などがいいと示されている。

セミナーでは、それぞれの体質に向いている茶が用意されており、”瘀血”の私には紅花茶を出していただいた。

デザートに、薬膳の緑豆水まんじゅうも出てきて、不思議なもので今日一日ですっかり健康になったような気がする(笑)。

ただ、薬膳の食材を販売している実店舗は少なく、ネットで注文することも多いようだ。

薬膳レストランもまだまだ少数派で、趣味半ばに運営しているところもあるぐらいだという。

世にはさほど認知されていない薬膳ではあるが、それだけに可能性が潜んでいるような期待感を持った。


21090806.jpg
水まんじゅうはスタッフの手作りだと言っていた
20 : 20 : 52 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月5日(月)

ひと月ぶりに回転寿司を食べに行った。

いつもいくお店で、平日は午前11時開店であるが、オープン直後は客が多くて混むので、毎回、11時半目標に訪店している。

大好きなお寿司を安く食べられるので、ありがたいことこの上ない。

定期的に外食をするのは、回転寿司だけと決めている。

さて、安価の秘密は寿司ネタを代用魚で賄っていることは、ほぼ周知の事実である。

サーモンやマグロ、甘えびなどは有名で、いずれもメニューの名称とは全く違った魚が使われているのが通例である。

回転寿司やレストランは対面販売の形をとっているので、法律上の問題はないらしい。

これが、スーパーマーケットで売られるとなると、たとえばニジマスを”鮭”と銘打って店頭に並べたことが発覚すれば、こちらでは食品表示法が適用されて、文句なしに違反になる。

片や、回転寿司の店では景品表示法の拘束を受けるので、ニジマスを”サーモントラウト”なり”サーモン”とうたっても何ら問題はないらしい。

要は、”鮭”とさえ書かなければOKだという、ワケのわからない話になっている。

寿司ネタではないが、”シシャモ”などもその好例だと思う。

料理店で出される”シシャモ”は、ほとんどすべてが”カラフトシシャモ”なのであるが、口で言う場合は、”シシャモ”で通用している。

しかし、スーパーで売られている商品の場合は、例外なく”カラフトシシャモ”と明記されている。

つまり、両者は全くの別物なのであるが、飲食店では一括りにして”シシャモ”と呼ばれているのが事実である。

私も、ほんの昨年までは”カラフトシシャモ”こそがホンモノだと信じて露ほども疑っていなかった。

なお、本来の魚を使っていないからといって、回転寿司を敬遠する理由にはなれない。

”鮭”であろうが”ニジマス”であろうが、実際には私にはその違いがわからない。

安く食べられればそれで満足である。

ホンモノの寿司の味がわからないヤツだ、とさげすまれるかもしれないが、一向に構わない。

私にとっておいしければ、それが至上の楽しみ方なのである。


20190805.jpg
ひとりで食べるからこそ落ち着いて味わえると思う
20 : 31 : 11 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

8月4日(日)

お盆の法要をするので、久しぶりに以前に住んでいた家に行ってきた。

昨年の暮れ以来のことだと思う。

孫たちとは3週間連続で、顔を合わせていることになったが。

アリゾナ州のツーソンを訪ねた孫娘の話をゆっくりと聞くことができた。

「サボテンばっかり」と言う。

みなが笑うと、すかさず妻が
「クルマでちょっと走ったら、ショッピングセンターや大型ビルもあった」
と補足した。

そりゃ、そうでなければ経済活動が成り立たない。

孫娘は、先週に帰国してからは、時差ボケが何日間が出てきたらしい。

夜中の3時ごろから目がさめて、おしゃべりをするらしい。

母、つまり私の娘がその会話につきあうものだから、当然に母も早朝に目がさめることになる。

ようやく3日ほど前から目覚めが朝の6時ごろになって、ほっとしているようだ。

大人でも時差の違いで体調を崩す例があるのだから、これはやむを得ない。

そんな話に花を咲かせているうちに、お坊さんがお越しになった。

関西では、お坊さんのことを”おっさん”もしくは”おおっさん”と呼ぶならわしがある。

アクセントを先頭の”お”に置くことによって、大人の男性の通俗的呼称と区別しているが、他の地域から来られた人が戸惑うのは無理もない。

私も、実家が神道系の宗教であったので、最初のうちは意味がつかめなかったものである。

今日は、そのお孫さんがお一人で見えていた。

孫と言ってももう35歳で、お寺の後を継ぐのではないかと見られている人物である。

勤行が終わって雑談となったとき、妻が
「ご結婚はされているのですか?」
と尋ねた。

芸能記者並みのストレートな質問だが、若い僧侶は顔色一つ変えず、まだ独身であり、実は婚活中であると告白された。

なんでも、自分より2歳か3歳の上の年齢の女性が希望とのことであったが、最近は見合いしても2回とも不調に終わったという。

浄土宗であり、宗教そのものとしては本来は僧侶の結婚は禁じられているはずだが、日本では明治政府が妻帯も肉食も許したということで、今では、僧侶の結婚は大手を振ってまかり通っている。

見方を変えれば、その若い僧侶が
「腰がくびれていて、バストサイズが大きい女性が望みです」
などと言わなかったところに、良心を感じる(汗)。

いっそ、著名な結婚斡旋エージェントを利用するほうが効果が期待できると思うのだが、口に出しては言わなかった・・・・。

かくしてわが家のお盆は淡々と膜を下ろしていった。

ご先祖様もさぞかし満足されているに違いない。


20190804.jpg
妻からのお土産のマグを今日受け取った
20 : 20 : 08 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月3日(土)

マーフィーの法則の中に、
「失くしたものを見つけるには新しく買えばいい」
といった内容のものがあった。

今日は、その法則の正確性をど真ん中で感じた。

一昨日、プリンタの用紙がなくなったことに気づいて、室内をあちこちと探したのだが、最後まで見つけることができなかった。

あきらめて、100均に買いに行った。

すると、今日、探したはずのところから、今までの貯蔵分がこれでもかというほど大量に見つかったのである。

ほとんどがプリンタを買ったときにオマケで店からもらったもので、写真印刷用の上質なものも多いが、いずれにせよ、私が使っていく分には十分過ぎるほどだ。

たかだか108円の出費のことにすぎないし、たぶん私が生きている間には使い切ってしまうだろうから、決してムダにはならない。

しかし、この春にも同じことを経験している。

3月頃のことであったが、春用のブルゾンが見当たらなくなった。

室内をくまなく鵜の目鷹の目で探したのだが、結局は出てこず、新しいのを買った。

そのひと月後ぐらいに、たしか、収納したであろうクロークからそのブルゾンが出てきたのである。

モノこそ違え、失ったものを探すのを断念し新しく買ったら出てくるというのは、ぴったりと共通している。

私一人だけの体験であれば、「探し方が十分ではなかった」の一言で終わりかもしれないが、マーフィーの法則として認知されているということは、多くの人が経験している事実と考えていいのだろう。

何らかの科学的な根拠があるのかもしれない。

ここで私が頭にひらめいたのは、この法則を逆手にとって、探しものを見つけだす方法なのである。

どうしても出てこないときは、その品を新たに買いに行って、レジで「もしかしたらキャンセルさせてもらうことがあるかもしれない」と店員さんにお断りをいれておくのである。

そうすれば、その商品を受け取って探しものが出てきたタイミングで、「まことに申し訳ございませんが・・・」と返品をお願いする、という作戦。

モラルの点では好ましくないが、無駄な買い物を避けられるというメリットはある。

われながら妙案だとほくそ笑んだが、過去には、私が策を弄したことでうまく行かなかった経験も少なくない。

念のためにマーフィーの法則をつぶさに読んでいたら、
「失敗する可能性があるものは失敗する」
というのが見つかった。

ストライクゾーン的中である。

私の目論見は一瞬にして水泡に帰した。

やはり私は凡庸な人間であった。


20190803.jpg
正規品なのに100均で返品を申し入れることはできない
20 : 20 : 43 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

8月2日(金)

今日は、マンションの各部屋ごとの排水管清掃作業の日に当たっていた。

事前に、何号室から何号室までは何日の午前中、といった具合に予定が決められていて、掲示はもちろん、個別の郵便受けにも作業予定表が配付される。

これだけ念が入っているのだから、安易にすっぽかすなんてできない。

9時半から12時頃までは、いつ作業に来ても対応できるように部屋で待機しておかなければならない。

共働きをしていて、誰も在宅していない場合は、前もって申請しておけば、ほかの日に変更してくれるようだが。

宅配便の配達でもそうだが、時間指定とは言いながらも”午前中”などと言われると、待っている側にすればずっと拘束されることになる。

とはいえ、決まり事だから仕方ない。

今朝も、9時半からパソコンの前で待機していた。

うまい具合に、昨晩は飲み会を兼ねて、同窓会の打ち合わせがあり、そのときの話のまとめをしなければならなかった。

打ち合わせでは、皆に送る案内状の内容についていろんな意見をもらった。

その中の議論のテーマの一つに、ある文言をめぐってのものがあった。

それは、「平服でお越しください」のフレーズを入れるべきかどうか、というものである。

たたき台の原稿を作ったのは私であるが、私の懸念は、女性の中には当日の服装をどうすればいいか、結構、頭を痛める人が多く、一言「平服」と入れておけば、安心するのではないか、というものである。

昨晩は4人が出ていて、考え方はちょうど半分に分かれた。

「そんなもの常識だから書く必要はない」が二人いて、文字どおり一笑に付された感があった。

「もし心配であれば、同窓会の日までに気の合った者同士でお互いに相談をするはず」というのである。

私以外で賛成したのは一人だけで、しかも、「書いておいても困ることはない」という消極的なものであった。

余計な気遣いを少しでも減らしたいとの思いからの提案であるが、私の説得力のなさで、なかなか受け入れられそうにない。

思えば、学生時代はこんなレベルの議論を熱心に交わしたものだ。

問題解決よりも、いわば議論そのものを楽しんでいたのだと思う。

あの青い時代を思い出させる一場面であった。

なお、最終の結論は次回の打ち合わせで出すことにしている。

ところで、肝心の清掃作業の担当者は9時50分ごろにやってきて、10時には終わっていた。

私のj部屋は、順番が早かったようだ。

ツキを感じた。


20190802.jpg
飲み放題1,200円を頼んだら一人3,000円で収まった
20 : 20 : 48 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
| ホーム | 次ページ

プロフィール

声なき声

Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する