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6月30日(日)

夏が近づき、スーパーの店頭で枝豆を見かけることが多くなってきた。

きょう行ったスーパーで、目を引くネーミングの枝豆を見つけたのである。

その品名は、”湯あがり娘”というもの。

なんとも艶っぽい響きがあって、浴衣姿の若い女性が、ほんのり桜色に染まった頬を団扇であおいでいる光景が目に浮かんでくるではないか。

その場面を想像するだけで幸せになった。

迷わずに買い物かごに入れたのは言うまでもない。

商品の名前のイメージは、消費行動を大きく左右すると思う。

いい例が”おーいお茶”である。

最初は”缶入り煎茶” の名称で売り出されたのであるが、鳴かず飛ばずの状態が続き、あるとき、広告会社のアドバイスによって”おーいお茶”に変えたところ、たちまち爆発的なヒット商品なった。

それ以来、業界でのトップシェアをずっと維持しているらしい。

事実をそのままあらわした品名よりも、ほのぼのしたお茶の間感が漂うネーミングが世の人々に受けたのだろう。

もっとも、一部の人には、「女性に家事労働を強要している」との印象をもたらしたようだが、それはごく少数派であったのかして、いつの間にかそんな声は聞かれなくなった。

男性の靴下で”通勤快足”というのがあるが、以前は”フレッシュライフ”と称していたらしい。

あるタイミングで”通勤快足”に変更したら、たちまち倍増どころではない売上増につながったという。

自分の足の匂いを気にしているビジネスパースンの心理をしっかりとらえたのだろう。

商品名だけでなく、店の名前でも同じことが言える。

”業務スーパー”など、いかにも業務用の商品を扱っているようなイメージがあり、きっと安い価格で売られているのだろうとの期待感を持たせるものだ。

私の家の近所にはないので行ったことはなく、実際の価格感はわからないが、一見したところ無味乾燥な店名に見えながら、消費者に夢を持たせたという意味で、ネーミングの成功例だと思う。

ただし、”業務スーパー”はもともとは、文字どおり、飲食店等の業務用が販売先であって、その後、一般消費者をターゲットにするようになったという。

もしかしたら、低価格をアピールするとの意図は全くなくて、軽い気持ちで店名をつけたのかもしれないが。

会社の名前も、しゃれたフレーズに変えることで就職希望者の数が増えたという例も多い。

いまどき、創業者の氏名がそのまま商号になっている会社など、内容がどれほど充実していても、人材募集では苦労するに違いない。

人間と同じで、何でも中身が大事なことは当然だが、ネーミング次第で受ける印象が大きく変わってくるという側面も忘れてはならない。


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いろんなところに人生の楽しみがあるものだ
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6月29日(土)

塩分節制の食生活をしているので、麺類を食べるのはほんのときどきである。

会合のときに、ウドンやソバが出てくると、神の与えたもうたプレゼントであると受け止めて、喜んで食べている。

家で、自分だけの食事のときにはほとんど麺類を口にすることはない。

麺そのものの塩分もさることながら、ダシに含まれている塩分含有量は生半可なものではないのだ。

ラーメンなどはもってのほかだと釘をさされている。

ただ、もともとはウドンもソバも大好きなのだから、煩悩はなかなか断ち切れない。

そこで、最近は、ソバをゆがいて塩分を排出させ、麺だけをザルでこして、そこに七味唐辛子をたっぷりとふりかけて食べる方法をとっている。

そうすれば、ダシは全く使わないので塩分を気にすることはない。

七味唐辛子は塩とは無縁な調味料なので、もとより安心である。

ただし、味覚の評価については猛烈に厳しいものがあろうと覚悟している。

私が麺類の好きな側面は、喉越しの感覚という要素が強い。

だから、ツルツルと口の中を通って食道を流れていく感触を味わえれば、それはそれで十分な満足に値する。

なお、七味唐辛子の成分の一つに、「麻の実」(おのみ)があるが、違法薬物の大麻とは直接には関係がない。

大麻草の実の部分には、陶酔作用をもたらす成分は含まれておらず、「麻の実」を食べたからといって違法行為にはならない。

だから、アンパンや稲荷寿司にも入っていて、公然と売られているのである。

とはいえ、大麻に厳しい国や地域では異なった対応をしているところもあるようだ。

そんなことも考慮して、七味唐辛子も、海外に輸出される製品については、「麻の実」を抜いていると聞いた。

ちなみに、国内で流通している「麻の実」は加熱処理が施されているので、七味唐辛子や鳥のエサを買ってきて土に埋めても、そこから大麻草が生えてくることはない。

万が一、芽が出てきたら、その時点で「大麻栽培」の容疑で警察のお世話になる(汗)。


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良い子の皆さんにはおすすめしない食べ方である

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6月28日(金)

健康保険は今は任意継続保険で加入しているが、7月4日で切れてしまうので、その後、国民健康保険に入らなければならない。

その手続きに、今日、行ってきた。

市役所の本庁でなしに、意図して近くの出張所に行った。

裏ワザというほどのものでもないが、出張所のほうが利用者が少なく、そのため待ち時間も格段に短くて済む。

今日も午後1時過ぎに出張所に入ったのだが、私より前には二人だけしか人はいなかった。

時間にすれば、たぶん10分も待たなくて済んだと思う。

これが本庁だとこんなわけには行かない。

窓口の前にはパイプ椅子が並べられ、20人から30人の人が順番を待っていたように記憶している。

聞いた話では、早くて30分、長ければ1時間以上は覚悟しなければならない、と。

それなりの年齢の人が手持ちぶさたな表情で座り続けている光景は、言っては失礼だが、沈滞ムードに満ちている。

新卒採用の面接控え室の雰囲気とは全く違う。

ともかくも、待つだけという空虚な時間を減らしたいと思って、出張所を選んだ。

手続きはごく簡単に終わった。

任意継続の被保険者証を提示し、出された書類に私と妻の氏名や生年月日などを書いて、ハンコを捺すだけであったから、ものの5分もかからなかった。

妻の生年月日もちゃんと覚えていたのだから、私の記憶力もまだまだ健全だ(汗)。

なお、市の公式サイトには「マイナンバーが必要」と書かれていて、財布に入れて持っていったのだが、実際には全く出番がなかった。

係の人から「見せなさい」とも言われなかったし、書類にも「個人番号」を記入する欄があったが、書くようには言われなかったのである。

個人番号などは市役所側で調べればすぐにわかることだし、何よりも極めて機密性の高い情報だけに、利用者個人にとってもあまり表に出したくはない、というのが本心だと思う。

市は大人の対応をしているというべきだ。

ちなみに、保険料は来月半ばごろに通知が来るらしい。

国民健保は世帯全員の保険料を支払うことになるので、妻の分も私が持たなければならない。

妻の場合は年金以外にも所得があるので、少なくとも私よりは高額になるはず。

今から戦々恐々の思いである。

 
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6月27日(木)

半年に一度の歯科定期健診の予約をしようと思って、ネット検索をかけてみた。

すると、歯科予約が簡単にできるとの触れ込みの予約サイトが出てきたではないか。

よくネットで名前を見かける予約専用サイトである。

これなら、予約の申し込みをしておけば、正式に予約がとれたときに連絡があるはずだから、ちょうどいいではないかと思ったのである。

午後にさしかかっていて、診療を休んでいる時間帯であるから、電話をかけてもつながらない。

夕方にかけることとなるが、私のことなので、つい忘れてしまう恐れがある。

それならネット予約をすれば確実だ。

渡りに舟とばかり、その予約サイトから受診希望日を入れて、氏名やアドレス、携帯番号まで打ち込んだところで、最後に入会登録を求められた。

せっかくだからというので、登録も済ませた。

しかし、翌日になっても返事は全くなしのつぶてに終わったのである。

そこで、昨晩遅くに、ネット予約の取り消しを行い、あわせてサイトからも退会させてもらった。

実質一日だけの冷やかしになってしまって申し訳なかったが。

そして、今朝、診療が始まる時間を見計らってクリニックに電話を入れ、今までと同じように口頭で予約をとって、一件落着と相成った。

冷静に考えれば、ネットで歯科の予約をとるメリットはあまりない。

電話での予約のとり方は、「何月何日の午前中は空いていますか?」と尋ねると、
「何時何分からならおとりできます」
とか
「その日はいっぱいで、何月〇日なら午前の空きがありますが」
などと返事がある。

そういったキャッチボールをしながら、予約を入れるのが通例であった。

ネットで予約をとる場合は、ピンポイントでその時間を指定しなければならないから、調整のためのやりとりができないのである。

物事、シチュエーションに応じて、対応していかなければならない。

もう20年ほど前になるが、地域の団体で消防の講習会を受けたとき、火事になったときの消防署への連絡の方法を教わった。

その連絡手法の一つに、
「FAXで通報する」
というものがあって、出席者の間には途惑いの空気が立ち込めたことを覚えている。

急を要する場では、FAXを送っている余裕はなく、電話連絡しか選択肢がないはずである。

私はそのときの教訓から学んでいたはずなのに、それが自分の中で活かされていなかった。

ちょっとした自信喪失を味わった。


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レストランの予約をネットでとるのとはワケが違う
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6月26日(水)

この4月に電気会社を大阪ガスに変えた。

新しくできるようになったことの一つに、スマートメーターで毎日の電力使用量を知ることができる、というのがある。

便利だというばかりでなく、日々の動きを見ていると面白い傾向に気づく。

6月の中旬から、くっきりと電力使用量が減っているのである。

数字ばかりでなくグラフでも表示されるので、それは一目瞭然なのだ。

1日で1kWhの減少なのだから、一人住まいの家としては無視できない数値である。

思い当たる原因は一つしかない。

電気ポットをやめたことである。

夏が近づいて、ポットを使う機会が格段に減った。

今では、1日にインスタントコーヒーを3杯飲むだけである。

私は、コーヒーやココアはホットで飲むのが気に入っている。

夏の盛りであっても、暑いものしか飲まない。

だから、その3杯のためだけにポットで終日保温しておくのは、効率がよろしくないという考えからである。

その都度、ガスで必要量を沸かせて飲むことにしている。

手間はともかく、ガス代なんて知れたものだと思う。

さて、電気ポットをやめてからというもの、「1日で1kWh」、料金で言うと約20円が浮いてきている。

ひと月だと600円の計算になる。

冬場だと、頻繁に熱い湯の需要があるので、それは快適な生活を送るためのコストとして考えてもいいのかもしれない。

しかし、夏場に、1日3杯の飲み物のために月600円というのはもったいないと感じる。

おカネの問題だけではなく、真夜中に私がスヤスヤ寝ている間も、ポットは電力を使いながら働いているのだから、考えようによってはバチが当たるかもしれない。

「見える化」のおかげで電力の使われ方の実態がわかり、家計を楽にする上でも役に立つことを実感した。


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最近の電気ポットは省エネなので事情は違うかもしれない
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6月25日(火)

マンションの修繕工事が完全に終わった。

途中で追加工事があったり、あるいは、燐家との壁の問題で中断期間があったものの、ほぼ予定どおりに完了し、前の日曜日に管理組合による完工検査も済んだとのこと。

完工のお知らせの掲示が上がったのは昨日のことで、これで屋上の物干しを使えるようになったと喜んだのは、私だけではなかろう。

今朝、布団を干しに行ったら、すでに多くの布団が降り注ぐ日光を存分に浴びていた。

一般の洗濯ものを干すスペースも、ほとんど空きが見られないほどの盛況ぶりである。

すっかり、マンションも日常を取り戻した感がある。

さて、工事が終わってからは、工事責任者の顔を見ることがなくなった。

彼が笑った顔はほとんど見たことがなく、挨拶をしても目礼で済まされるのが大半であったから、ぶっきらぼうな人物としか言いようがない。

ましてや愛想笑いやゴマすりとは無縁である。

ただ、仕事に関しては、職人さんをうまくまとめ、苦情にも適切に対応し、工事を最後までやり遂げたのだから、評価すべきであろう。

言うならば、友人にはしたくないが、ビジネスパートナーとしては頼りがいのある存在と言えるかもしれない。

第一印象はすこぶる悪いが、付き合っているうちに次第に相手の良さに気づいていくというケースがよくあるが、まさにその典型例である。

世間によくあるのは、最初のイメージが良かっただけに、当初の期待がふくらみ過ぎて、時間が経つほど好感度が下がっていくというパターンである。

そんなことを考えると、今回のマンション修繕工事の場合など、最初の印象が悪いほうが良かったのかもしれない。

工事説明会が初対面の場であったが、その時点で住民が”うっとうしい”と感じても、だからといってその工事責任者を交代してもらうわけにはいかない。

しかし仕事はちゃんとやってくれるのであれば、それは当然のことであっても有難いと感じるもので、最終的には住民の満足度は高まる。

これならお互いにハッピーではないか。

ただし、シチュエーションが訪問セールスの場合は、とにかく最初の印象でほとんどが決まってしまうので、そんなわけにはいかない。

”適材適所”とはよく言ったものだとつくづく思う。


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夕方ともなると、ほとんどの布団は自分の部屋に帰ってしまった

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6月24日(月)

以前にも書いたが、現在の健康保険は任意継続で入っているものの、7月4日で資格を失ってしまう。

次は、国民健康保険に加入するつもりでいる。

そのための手続きとして、任意継続保険の資格を失ったことを証明する通知書が必要なのだが、それがなかなか手元に送られてこない。

もちろん、手続きの上で重要な通知書だから、送るのを忘れていたということはないだろうが、以前の健診の前歴もあるので、不安になってきて問い合わせをしてみた。

この機関に電話をするとなると、本人確認がブッチギリに煩雑だ。

被保険者の記号、番号、氏名、ときには生年月日の確認まで求められる。

私の下の名前が画数の多い文字だけに、電話で伝えるのは少なからぬエネルギーを使う。

まるで、悪いことをして、警察で取り調べを受けているような気がしてくるほどだ。

もちろん、個人情報に関することだから、本人であることの確認が大切なことは言うまでもない。

しかし、すべての保険者に送るべき書類に関する問い合わせなのだから、私にしてみれば、特定の個人にかかわらない”一般的な”質問だと思っている。

それでも、本人確認をしないことには担当部署に電話を取り次ぐことができないルールになっている、とのことだからやむを得ないと服従するしかない。

そこで一計を案じて、あらかじめFAXに用件を書いて送っておくこととした。

連絡用の携帯番号も書いておいたので、そこに返事の電話がかかってくるだろうと期待して、である。

さすれば面倒な手間はかからない。

しかし、待てど暮らせど電話はかかってこなかった。

しびれを切らして、夕方にこちらから電話をせざるを得なかった。

当然のことながら、やはり本人確認が時間をかけて行われた。

結局、同じことではないか。

ようやくの思いでつながったのだが、そのFAXは電話口に出た人の元には届いておらず、FAXを確認してからあらためて電話をいただく段取りになった。

これなら、最初から電話をしていたほうが早かった。

結論的には、
「資格喪失日の3日前に喪失通知書を送る手順になっている。
 その喪失通知書を持って、14日以内に次の保険に加入手続きをしなければならない。
 もし、喪失後、次の被保険者証が届く前に医療機関で診療を受けた場合は、一旦は自分で全額を負担しておいて、後日、その保険機関に請求する形になる。」
という回答を頂戴した。

疑問点が解明したのはありがたい話だが、このことを知るためだけに、ここまでの手間をとる必要があるのかと思う。

電話口で対応いただいた人は、言葉遣いも丁寧だし、親切に細かい部分まで教えてくれる。

なら、保険者の個人にかかわらない内容に関しては、即答するシステムにしてくれたほうが、はるかに便利だ。

とはいえ、巨大な組織になると、現在のシステムを変えるのは至難のわざに違いない。

いずれにせよ、今後はここに連絡する用事はなかろう。

あと10日あまりのことだし、もういらだつこともないと思う。


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私の送ったFAXは受信トレーに置かれたままであったのか?

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6月23日(日)

自分でスーパーに買いものに行くようになって、初めて知ったことというのが幾つもある。

その一つが、特売商品として「卵1パック98円(本体価格)」を打ち出すスーパーがよくある、というもの。

たいがい、週に1回の企画で、条件として「卵以外に500円以上の買いものをすること」などが決められている。

その500円が1,000円の店もある。

店によっては、卵特売の曜日が決まっていたり、あるいは不定期のところもある。

ネットは便利なもので、新聞をとらなくてもスーパーのチラシを見ることができるから、そのあたりの情報収集には不自由はない。

散歩コースには3つのスーパーがあって、そのうちの一つの店舗で「卵1パック98円」が出ていた。

今日はそこに行った。

店に入ると、いつもの卵のコーナーに特売の卵が出ていない。

まさか日を間違えたのかと思って、スマホでチェックしたらちゃんと今日の日付になっている。

通りかかった店員さんに訊いてみたら、「少々お待ちください」の言葉を残して、従業員専用のドアを開けて入っていった。

仕方なくその場で待っていたら、私よりも少しばかり年齢が上と思われる女性客が近寄ってきて、
「今日はいつもの卵は出ていないんですか?」
と尋ねてくる。

私に言われても答えようがないので、事実経過をそのまま伝えた。

納得したような顔をして、ほかの買いものを先に済まそうと他の商品のところに行ってしまった。

おそらくは3分ほども経っただろう、従業員用のドアが開いて、特売の卵を山積みしたワゴンが姿を見せたのである。

もちろん、一番乗りで卵を手に取ったことは言うまでもない。

すると、近くにいた子供連れの若い男性客が、やはり特売のワゴンに近づいてきて、卵をとろうとしている。

彼も、特売品が出てくるのを待っていたのだと思う。

もし私が言い出さなければ、出てくるのはもっと遅かったかもしれない。

すると、その分、店にとっては販売機会を失うことになる。

小売業としては大きな損失ではないか。

卵だけの些細なことかもしれないが、何かにつけ、このお店には商売熱心さが欠けているように感じる。

値札の付け忘れがあったり、あるいは、店内放送などを使って客の購入意欲をかきたてようといった工夫も見られない。

他の2店に比べると商品の値段は安いのだが、どうも距離を感じるのはそんなところが原因なのかもしれない。

あえて苦情をお申し立てるような筋合いのことではないので、黙っているが。


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卵1個10円は迫力のある値段である

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6月22日(土)

今日も、所属団体の総会があった。

これで土曜日は3週間続けての総会ということになる。

気分はすっかり総会屋である(汗)。

今日のは、学校の卒業生で作るOB・OGの集まりなので、肩の凝るものではない。

とはいえ、運営側の立場にある者としては、とにかく無事に終わってほしい一心であった。

もっとも、会計報告や事業計画、予算案など、ほぼ似たような内容のものを毎年やっている。

私の記憶している限り、出席者から質問も要望も出たことがない。

会員相互の親睦が目的の集まりなので、よほど奇抜なイベントをやらない限りは、まず問題は起こらない。

これはこれでいいのだろう。

私は出たことがないので知らないが、自治会の総会ともなると、中には、”会長憎し”の意図からか、とんでもなく意地悪な質問が出ることもあると聞いている。

会計報告書の中の「消耗品費」をとらえて、
「その明細をこの場で明らかにしてください」
との質問もあったらしい。

その場に資料がなくて詳細の報告ができない旨を答えると、
「それで、会長としての責任が果たせると思っているのですか?」
とにわかに居丈高に非難する例もあったとか。

金額もたかがしれたものだろうし、それを責任者が即答できなかったといっても不都合もはないはずだし、不自然でもない。

なのに、ネチネチと質問を浴びせるのだから、まるでマスコミのやっている記者会見そのものである。

私が遭遇した場面でも、これは会社組織の集まった組織の総会であったが、会計報告の縦の合計と横の合計の数字が違っていた、という指摘があった。

その違いは1円である。

当時の表計算ソフトは、いまや古典となったLotus 1-2-3であり、だからというのではないのだろうが、確かに質問者の言うごとく、1円が違っている。

ちなみに、合計金額2千万円という単位の中の1円であるとはいえ、金銭に関連してはわずかな間違いであっても無視できない。

だから、事務局で懸命に再計算し、差し替えの書類を急いで作るなど、大わらわであった。

その質問者は1円の違いについては、すでに知っていたのは間違いない。

それを、総会の場で全出席者の前で明らかにすることによって、会のイメージダウン効果を狙ったのだろう。

もし事前に間違いに気づいたのであれば電話で連絡しておけば、事務局が恥をかくこともなかったのだし、その質問者は皆から感謝されることになる。

逆に、人間性を疑うような行動をしたことで、その質問者の人格評価を台無しにしてしまった。

もう20年以上も前のことだが、いまだに私の記憶に鮮やかに焼き付いている。

今日の総会には、そういったたぐいの人はおらず、平穏に終えることができて何よりであった。

よく食べ、よく飲んで、よく語った。

花も実もあるひとときを過ごすことができた。


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嵐の前の静けさを思わせる光景だ

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6月21日(金)

このブログの拙い記事にもコメントをいただくことがあって、世の中には善良な人がたくさんいらっしゃることを、思い知らされるものだ。

今朝のこと、やはり頂戴したコメントにお返しの文章を書いて「送信」を押したところ、なんとエラーが出てきた。

「不正な投稿です」と表示されたのである。

私は公明正大な人間であり、不正なんてしない(自分で言うか?)。

罵倒する言葉や性的な表現は書いていないはずだと思って、打ち込んだ文字を一つずつ追っていった。

まさかと思いつつも、”性癖”という言葉を”クセ”に書き換えたら、すんなりと送信ができたのである。

おそらく、FC2の機能の「おまかせ禁止ワードフィルタ」を使っているからだと思う。

そこに”性癖”が登録されていて、それに引っかかったに違いない。

しかし、なぜ禁止用語なのかわからず、調べてみたところ、あけてびっくり玉手箱であった。

wikiによると、
”21世紀初頭ごろから、性癖の語がもっぱら「性的嗜好」または「性的指向」の意で使用される傾向にある。”
と書かれていて、腰を抜かさんばかりに驚いた。

そんな話は指の先ほども聞いたことがない。

知らなかった私がトレンドに疎すぎるのか。

私にしてみればそういった趣旨は全くなくても、聞き手が性的な印象で受けとめていたと想像したら、冷や汗が出てくる。

時代が移り変わると、言葉の意味が変わってくるのは珍しくない。

”敷居が高い””煮詰まる””潮時”など、そもそもの意味からは離れて全く違った内容に変わっているが、今ではそれが定着しているようだ。

私も、頭の中で翻訳して解釈しているので混乱は起こらない。

しかし、”性癖”をそんな言葉と認識するなんて想像もしていなかったから、いきなり言われて面食らっている。

そのうち、”性癖”の言葉が放送禁止用語になるかもしれない。

そういえば、”本腰を入れる”が放送では使えない表現になっているそうだ。

性行為を連想させる言葉だからだという理由である。

確かに想像する人は想像するだろう。

とはいえ、これが放送禁止用語だと注意されなければ、従来は紳士淑女が平気で口にしていた言い回しではなかったか。

”本腰を入れる”が公的な場で聞かれなくなって久しい。

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6月20日(木)

血圧のチェックを受けているクリニックに行ってきた。

本来のタイミングよりも、1週間ほど早い。

家でも1日2回の血圧測定をしているが、何日か前からにわかに低くなってきて、上が100を切るレベルになってきた。

しかも、朝一番の測定ですら、上が100を切っているというのだから、まぎれもない低血圧症状だと思う。

午後ともなるとと、何とも表現できない倦怠感と脱力感に全身が包まれる。

風呂に入っていて、湯船から立ち上がろうとすると軽いめまいを感じることもある。

そんな症状を訴えて、医師に血圧を測っていただくと、辛うじて102の数字は出た。

平素は数字を下げたいと血眼になっているのに、3ケタをマークできたことで、内心は達成感を覚えたのだから皮肉な話である。

かかりつけ医の話では、血圧を少しでも下げることで動脈硬化のリスクが大きく減少するとのことであった。

最後まで”低血圧”の言葉は出てこなかったのである。

世間に流布している情報を総合してみると、医師の間でも血圧に対する見方には相当な差があることに気づく。

中には、「血圧は高いほうがいい」とか「降圧剤は飲むな」などと主張する人もいるほどだが、一般的には、上は130、下は80以下が望ましいとの考え方が通例だ。

ただし私のかかりつけ医は、できるだけ低いほうを好まれるようで、いつぞやは
「上は100を切るぐらい、下はできるだけ0に近いのが理想的」
とおっしゃったことがある。

ゴルフではないのだから、数字が少ないほど歓迎されることもないと素人的には思うのだが。

もっとも、最近は「下は0」にはこだわらず、「できるだけ低い数値」と言われるようになってきた。

いずれにせよ、最近の私の血圧の状態は著しく好ましいもので、先生のご機嫌がうるわしかったことは言うまでもない。

私は人類の幸福を増やすことに貢献できたのだ。

そのご褒美なのかどうか、3種類の血圧の薬を処方していただいていたが、うち1つを減らすこととなった。

暑い季節に入ると血管が広がり、血圧も下がってくるのは毎年の傾向である。

今年も秋になって涼しくなれば、また戻るかもしれないが、それまでの束の間の健康体を喜びたい。


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塩分制限は続けるようにと言われた
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6月19日(水)

散髪をしてきた。

おそらくどこの散髪屋さんもそうだと思うのだが、髪を刈ってもらっている間は世間話をしながらというのが半ば常識になっている。

私は今まではこの慣習が苦手であって、おそらく愛想のないと思われる返事の仕方をしていたのだと思う。

だから、私にはあまり熱心に話しかけられなかったように感じる。

その散髪屋さんは、店長が父親で、息子さんと二人でやっていて、ほか店長の奥さんが手伝っている。

会話が苦痛な私だが、昨今、リアルな人間との会話の機会がとんと無くなってきたものだから、勝手なもので人恋しい思いがこみ上げてきている。

その思いが自然とあらわれたのか、今日の私は自分でも驚くぐらいに会話にのめり込んでいった。

ノリが良かったと思う。

そういうのは当然ながら相手にも伝わる。

話題が一段落したところで、店長が「最近は体力が落ちてきたんですワ」とポツリと言う。

聞いて見ると、4月に3週間ほど心臓の手術で入院していたとのこと。

心臓の弁の開閉がうまく動作しないというので、胸を全開しての大手術に踏み切ったらしい。

それはうまく行ったものの、術後の食事制限が想像を絶した過酷さであると漏らしていた。

糖尿病治療に準じた食事となったので、ほとんど味がないし、量も劇的に減らされている。

それは今後もずっと続けなければならない、というから気分が滅入ってしまうのも無理はない。

食べる楽しみは全くなくなったどころか、満腹になるまで食べることもできない。

その上、医師からは積極的に歩くことをリハビリとして求められている。

余計におなかがすくのは避けられない。

もっとも、筋力が落ちたのは入院していた3週間の間に歩かなかったのが、直接の原因だと医師は言う。

だからこそ、歩きなさいというのが医師の論理である。

それはそうだが、「食べるな、歩け」では、馬力が出ないのは当たり前だろう。

散髪の仕事は、一回の仕事が終わるたびに必ず座って休まないと、体がもたないらしい。

しかし、仕事をすることが同時に運動にもなるので、部屋にこもるよりは体にははるかにいいとのこと。

手術前から体重は10㎏も落ちたらしいが、力なく笑った顔には、以前と変わらぬ充実感があふれていた。

72歳というのは、まだまだ現役で活躍できるのだ。

店長にとっての職場は、単なる報酬を得るための場所ではなく、自分の人生そのものなのではないか。

心に響く話であった。


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店長も、誰かに話を聞いてもらいたかったようだ

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6月18日(火)

去年、渡米した息子一家から、ネットを通じての写真が送られてくる。

正確に言えば、保存と共有ができるクラウドサービスに掲載する形である。

先月ぐらいから、嫁が撮影してきた写真や動画をボツボツと小出しにしながらアップしてくれている。

嫁はなかなかのしっかり者で、私や妻が何を望んでいるのかをよく見極めて、こちらが頼んだわけでもないのに、自分からすすんでやっているのだ。

おそらく、嫁の用事の合い間にやっているからだろう、時系列がバラバラだから季節が前後していることもある。

今日、アップされていたのは冬の時期のもの。

アリゾナといえば、日本のプロ野球チームがキャンプに行くほど温暖な地であるはずなのに、まさか雪が降るなんて、と不思議に思った。

もしやトリック動画ではないかと嫁に確かめてみたら、
「アリゾナでも何年かに一度は雪が降ります」
とのこと。

疑っているわけではないが、ネット検索しみたらやはり事実であった。

砂漠のサボテンに雪が積もることもあるというのだから、私にはアンビリーバブルであった。

集積されているのは静止画と動画が混在している形だが、私は動画のほうにより注目して見入ってしまう。

動作が見えて音声も入るので、小さい子供の成長ぶりがわかり、可愛らしさもいっそう増してくる。

下の女の子が1歳半で、足がもつれそうになりながらも懸命に歩いていたり、4歳半の兄のあとをついて、全く同じ動作をしているのを見ると、自然とほおがゆるんでくる。

兄は兄で、妹に「Stand up!」などと命令して威張っている。

日本で言うところの幼稚園に通っているので、そこで言葉も覚えているのではないかと思う。

英会話の勉強ができるのはいいことだが、ただ南部英語の発音が身についてしまうと、それはそれで苦労するのではないかとの懸念もある。

それがもとでイジメにあったとしたら、あまりにもかわいそうだ。

いずれにせよ、今年末か来年早々には帰国の予定である。

それまでの辛抱だ。


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孫娘が1歳前のころ
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6月17日(月)

警察官に重傷を負わせ、拳銃を奪って逃げていた犯人は、今朝、あっけなくつかまった。

防犯ビデオが追跡の手がかりとなったようで、しかも、マスクもしないで素顔で犯行に及んだのだから、メンタル面に尋常ではない傾向がありそうだ。

もし精神鑑定を受けて、責任能力がないとなれば、刑事責任は問われなくなる。

これでは、重傷を負わされた警察官は刺され損ではないか。

しかし民事責任は残る。

犯行の当日、近隣のスーパーは臨時休業に追い込まれた。

ある店舗など、朝の7時開店だから、生鮮食料品などは早くから手配していたはず。

突然に閉店になったものだから、廃棄処分にした商品もあるかもしれない。

それに、昨日は不謹慎だと思って書かなかったが、そのお店では16日限定の5%引きセールをやる予定であり、私もその割引券を力いっぱい握りしめて買いに行く予定であった。

なのに、あの事件のせいで買いものにも行けなかったのである。

お店も莫大な損をしたが、私も5%の利益を得るはずであったのに、あの事件のせいでその機会を失ってしまった。

5%相当の金額の損害賠償をする権利が発生すると思うが・・・。

それはともかく、今朝、買いものに行ったところ、千里山駅の改札には報道関係者が群れを成して詰めかけていた。

大型の撮影道具を持っているので一目瞭然にわかる。

今さら何の報道をするのだろうか。

現場検証の模様を録って、「これが悪いことをした人です」とニュースで伝えることに報道の意義があるとは思えないが。

テレビを見なくなった私だが、今日、スーパー銭湯に行ったら、サウナ室の中ではテレビがあり、ワイドショーをやっていてこの事件がテーマになっていた。

遠赤外線サウナとスチームサウナの二つの部屋があるが、番組こそ違え、たまたま同じ事件を扱っていた。

それぞれにもっともらしい肩書の評論家が出ていたのだが、二人とも共通していたのが、
「この犯人は吹田に土地鑑があった」
という点。

犯人は小学校から高校にかけて吹田市に住んでいた、という。

しかし、阪急電鉄千里線の各駅前は、日々、恐ろしいスピードで装いを新たにしている。

吹田市のどこに住んでいたのかはわからないが、15年以上も前とは似ても似つかぬ姿になっているのが現実だ。

だから、犯人が、土地鑑と言えるほど地域事情に精通していたとはとうてい思えない。

また、これはネットニュースでよく書かれているフレーズだが、
「千里ニュータウンの一角を占める千里山」
という言い回しがある。

”千里ニュータウン”と”千里山”とは、隣接しているものの全く違ったエリアである。

竹林ばかりの地域を開発して人為的に作ったのが”千里ニュータウン”であり、”千里山”には元から人々が住んでいたエリアの一般的地名である。

名前の通った会社に所属する記者が書いた記事だから、鵜呑みにしてしまう読者も多かろう。

テレビやネットを通じて語られている事柄には、明らかな間違いもあるので注意しなければならない。


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お店の人に尋ねたが「これは使えません」と言われた(涙)

 
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6月16日(日)

記事に取り上げていいのかどうか、かなり迷ったのだが、私の中を占めている重大な関心事であるので、書くことにした。

今日の早朝に、警察官が刺され拳銃が奪われる事件があったが、その現場となった千里山は、まさに私の地元なのである。

朝の早くからヘリコプターがずっと旋回し、サイレンを鳴らしながら走るパトカーが何台もあった。

何かあったのかなと呑気に考えていたところ、警察官に傷を負わせ拳銃を奪って逃げたとのニュースを知って自分の目を疑った。

事件の舞台となった交番のあるエリアは私の散歩コースの一つであり、駅前のビルはシャレた作りの建物が立ち並んでいて、一幅の絵画になり得るような光景である。

私のお気に入りのスポットであった。

そもそもが閑静な住宅街から発展してきて、治安の良いことで知られている地域だけに、凶悪な事件が起こるなんて想像もしていなかった。

犯人が逃走中であるとのことで、とばっちりはいろんなところに出ている。

警察からは「外出の自粛」「戸締りの徹底」を言われている。

市内での学校行事はすべて中止で、私がお手伝いをしている小学生の野球チームの選手は自宅で待機することとなった。

犯人がつかまっていなければ、明日も学校は休みになる予定だ。

オープンキャンパスを予定していた大学も、イベントは中止である。

私自身については、散歩に出られない、買い物ができない、スーパー銭湯に行けない、予約して本が借り出し可能になったのに図書館に取りに行けない、などといった程度の不便だから、今日一日というのであれば十分に我慢できるものだ。

とはいえ、これが明日からも続くとなると生活面でもメンタル面でも不具合が出てくると思う。

日常的な取るに足らない営みというのは、実は、人生そのものなのであり、それができないとなると、それこそ自分が自分でなくなってしまう。

今日は一日中部屋に閉じこもったが、明日からの行動は未定である。

午前中はヘリコプターの音がほぼ絶えることがなく、また、防災行政無線を通じての市からの注意喚起が頻繁に繰り返されていた。

午後になってからはその頻度は下がったものの、思い出したかのようにヘリが飛んでいる。

G20直前のアクシデントだけに、警察としても神経質になっているようだ。

ただ、一地元民の思いからすれば、G20はあくまでも警備の問題であるが、この事件はすでに被害者がいて、さらに拳銃を持っているところから、一層の被害の拡大が懸念される。

できればG20に想定していた警備力をも動員して、早期解決に全力を投入していただきたい。

しかしながら、とんでもない父の日のプレゼントであった(汗)。

ちなみに、千里山には約3万人の住民がいるという。

私という人間が個人として特定される可能性は、ほぼゼロに近いと思う。

 
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6月15日(土)

所属団体の総会が行われた。

この何日間は、6月とは思えぬ涼しさが続いており、本来ならば”クールビズ”の慣行に従った服装をするのが好ましいのだろうが、今日はネクタイを締めていった。

昨今のホテルは、エアコンを目いっぱいにきかせるのが顧客サービスと考えているのか、5月ともなれば、私などは血管が縮むほどの冷え込みを感じることがある。

そういった事態に備えるためにも、保温の構えを忘れてはいけないのだ。

これは個人差の問題が相当にあって、今日も会場に行くと半袖で暑そうにしている人もいたから、エアコンを責めるわけにはいかない。

もう一点、天候が気になって仕方なかった。

ネットの各種の予報では、ちょうど会の始まる直前ぐらいから雨天となっているところが多い。

現実に私が自分の目で見ている気象は、午後の3時時点では雨もよいの雲に覆われながらも、一部に晴れ間が出ている程度の曇りである。

少なくとも雨は降っていなかった。

なのに、某サイトでは「強い雨」との予報が出され、注意報までついていた。

片や、他のサイトでは「曇り」が表示されていた。

もちろん、更新のタイミングの問題もあるので一概に言えないが、かなり曖昧なものだと受け止めるべきだと思った。

天気予報が自由化されたのはいいことだが、元はといえば、気象庁が出したデータをベースにしている点は同じなのに、ここまで予報の内容がサイトによって違うのは今一つ解せない。

結果的に、傘は少しは使ったものの、体感的には降雨量はしれたものであった。

ところで今日の総会の団体は、自衛隊を協力支援するとの趣旨の地域の団体である。

万が一の不測の事態に備えて平素から対処しているのが自衛隊である。

それにならって、私も万全の体制で総会に出かけていったつもりだが(汗)。


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現役自衛隊員による和太鼓の演奏は豪快そのものであった

21 : 51 : 12 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

6月14日(金)

3日前に定期健診の案内状を督促したのだが、まだ送られてこないので、健康保険協会に問い合わせをしてみた。

とにかく猶予がないので、こちらも気が急いているのである。

間に合わなかった場合のことを思って、もし7月4日までに健診を受けられない場合はどうなるのかを質問してみた。

すると、
「次に移行した国民健康保険の中で受けていただくことになります」
とのこと。

なんでも、7月と8月に被保険者としての資格を喪失する人の場合は、そのような手続きになっているようである。

もちろん、結果としては同じことだから目くじらを立てる性質のものではないが、同じ被保険者でありながら、任意継続保険でのサービスを受けられなくなるというのは不平等ではないのか、との理屈も成り立つ。

さすがに重箱の隅をつつくような話だから、口に出しては言わなかったが。

電話に出た人に「早く健診を受けたい」との思いを告げると、秘策を伝授してくれた。

まずは、健保協会が提携している検査機関に連絡をとって、7月3日までの日で予約をとっておいてから、健保協会に申込書を提出するというやり方である。

順番が違うとはいえ、それはとがめられるような問題ではないらしい。

よし!とばかりに、希望している検査機関に電話をしたところ、あっけに取られてしまった。

すでに7月いっぱいは予約がふさがっていて、8月でないと受付できないという。

がっかりして電話を切った。

ほかにも提携の検査機関は幾つかあるが、場所が遠すぎる、医療関連施設とは思えない汚れた外観などといった理由で、要は私の気に食わないところばかりだ。

無理してまで行きたいとは思わないので、国保に移ってからにすることにした。

今回の一連の事柄は、冷静に反省してみると、落ち度はすべて私の側にある。

4月頃から気にし始めていたのに、電話の一本も入れなかったのだから、これは怠慢でしかない。

少なくとも、5月の大型連休のときぐらいにでも問い合わせをしていれば、おそらく被保険者の期間中に受診できたと思う。

制度の不備について文句を言うより前に、気になったことはその場で確かめておけば、無用な混乱は避けられたはず。

この年齢になって気づいても遅すぎるが(汗)。

 
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6月13日(木)

車検の見積もりをとってきた。

法定費用や24か月点検を含めると、税込みで10万円に近い見積金額になっている。

平成20年の登録のクルマだから、考えようによっては妥当なラインと言えるかもしれない。

”ロアアームボールジョイントブーツ”とやらが破断していて、これは修理しないことには車検を通らないという。

人間の体にたとえると、関節に相当する場所らしい。

部品代はしれているものの、脱着に大変な手間がかかり、この箇所だけで15,000円近い費用がかかるとの説明であった。

このクルマには少なくともあと2年間は乗り続けるつもりなので、いたしかたない。

免許返納にはまだ早すぎる。

それに、遠くない将来、完全自動運転のクルマが一般化するだろうから、そのときのために免許は所持しておきたい。

なんでも、高齢者の中には免許を返したにもかかわらず、返納したことをすっかり忘れてしまって、平気でクルマの運転をしているケースも多いらしい。

また、住んでいる地域によっては、クルマが文字どおり足がわりになっているところもある。

運転ができなくなれば、それこぞ死活問題だ。

最近、著名人が高齢を理由に免許の返納をしたとのニュースが相次いで報じられている。

この動きを助長したいとの意思が働いているのかもしれないが、そういった人たちは自分でハンドルを握らなくても、代わりに運転してくれる人がいるだろうから、何の不便もない。

一般人とは事情が違うのだから、十把ひとからげに判断してはいけないと思う。

事故が起こるたびに「高齢者が・・・」と声高に伝えられることが多いが、実際の数字を見ると若い人のほうが事故率は高い。

任意保険の料金体系を見ても、若年層ほど保険料が高くなる形をとっているのが通例である。

少なくとも保険会社の目で見れば、高齢者だからといって事故を起こすとは判断していないことになる。

悲惨な事故を少しでも減らすには、完全自動車運転カーの普及こそ最善の策だと思うのだが。

 
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6月12日(水)

買い物を兼ねての散歩に行っていたら、救急車がけたたましいサイレンを鳴らしながら走ってきた。

その後を追うかのように、今度は消防車が続く。

何ごとかなと思って救急車の行く手を見やると、目の前のビルの下にちょっとした人だかりができている。

警察官の姿も見えた。

おそらく、誰かが歩いている途中で具合が悪くなり、倒れたのだろう。

救急車と一緒に消防車が出るぐらいだから、容易ではない症状だと想像される。

5分ほど経って、再びその道を通りかかると、消防隊員がひたすら心肺蘇生処置を施している。

かつては心臓マッサージと称していたが、昨今は、胸骨圧迫との言い方が主流だ。

たぶん、呼吸も止まっていたのだと思う。

なお、マニュアル的には、倒れている人の口に自分の口をつけて息を吹き込むという動作が加わるのだが、今は、省略されることも多いようだ。

衛生上の問題と、何より、見も知らぬ人の口に、直接、自分の口に触れるのを嫌がる人が多いからだと聞いた。

とりわけ、女性が男性を救助する場合は抵抗を感じるのが普通だろう。

講習会のときには、口にはさむ道具を洗浄しながら使っていたが、まさか日常的に持ち歩いている人なんていないはず。

そうこうしている間に、倒れている人は救急隊員によって救急車に運び込まれ、搬送されていった。

消防車も姿が見えなくなり、警察官がまわりの人に話を聞いていた。

さすがに、スマホで撮影している光景は見られなかった。

まだまだ、日本人には良識が残っていることを確信した次第である。

救助された人のその後の経過はわからないが、無事であってほしいと念じている。

ちなみに、心肺蘇生法は急な救助の際には極めて役立つらしい。

最近はAEDがいろんなところに設置されているが、一刻の猶予もないほどの切迫した局面では、まずは心肺蘇生法が力を発揮するとのこと。

3年ほど前に、救急隊員の人から教えていただいた情報だ。


 
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私は心肺蘇生法は講習会の場でしかやったことがない

 
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6月11日(火)

健康保険の定期健診の案内が、まだ手元に送られてこない。

いま任意継続保険になっていて、来月の4日で被保険者の資格がなくなってしまう。

その日までに健診を受けておかないと、今の保険での優遇措置は使えないことになる。

それでもって、健康保険協会に電話をしてみたところ、担当者のお話では
「今月の末にすべての被保険者のかたにお送りする予定です。」
との返事であった。

それでは間に合わない。

すぐに「7月4日で資格が切れる」ことを言うと、少し驚いた様子で、
「では本日に健診の通知表を送らせていただきます」
とのこと。

ただ、去年がそうであったが、その通知状を受け取ってから自分の希望する検査機関に連絡をとって、そこからさらに書類や検査キットが送られてくるので、結構な日数がかかる。

検査は半日かかるので、機関の受け入れ可能日と私の都合のつく日が合うかどうかの問題もある。

おそらく、資格喪失日のギリギリになるのではないかという気がするが。

電話を切った後で気になったのだが、私と同じように被保険者の資格がなくなる期限まで、あまり日数が残っていない人も少なくはないと思う。

私はたまたま気になって電話をしたからよかったようなものの、協会から案内が来るのをじっと待っている人がいたとしたら、チャンスを失うのではないか。

次に切り替えた保険システムの中で受ければいいではないか、で済む問題ではなかろう。

それはそれとして、健康診断といえば、今と昔とでは大きく変わった。

かつては、私の高校時代までは座高の測定まで行われていた。

測定用の椅子に腰かけて、頭のてっぺんまでのサイズを図るのである。

中学生ともなると、生徒の間で、身長から座高を差し引いて脚の長さを計算し、長いとそれが勲章になるが、逆に短いと「短足!短足!」とはやしたてられたものだ。

悲喜こもごもの身体測定の場面を懐かしく思い出す。

いまは、座高の項目がなくなり、そんな光景を目にすることもできないようだ。

当時の学校での健診は、一般に身長測定と呼ばれていて、血液を抜いたり、バリウムを飲んだりというのはなかった。

機器を使うのは、胸のレントゲンぐらいであったと思う。

もちろん、メタボ健診なんて言葉すらなかった。

大人と違って、内臓関係の病気の恐れは少なかったから、それはそれで自然な対応であったのだろう。

将来、AIが飛躍的に進展すれば、健診のありようも一段と変わるかもしれない。

 
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6月10日(月)

ネットで無断キャンセル事件が話題となっている。

和食店の開店前日に10人分の予約が入ってきたのだが、店をオープンしても一向に姿を現さなかった、という。

7,000円のコース料理であったというから、計70,000円の売上を逃したことになる。

この手のニュースはあまりに多く、さほど特筆すべき珍しさはないと言ってよかろう。

しかし、この店長がツイッターに書き込んだことで事件のことがにわかに広まり、テレビのワイドショーでも取り上げられて多くの人が知るに至った。

ネットでは被害者への同情が集まるのと同時に、宣伝効果を狙った狂言ではないかという見方も出てきている。

もちろん、私にはどちらなのかはわからない。

ただ、不可解でならない点がある。

開店早々に7,000円の料理を10人分予約するという電話に、店長は不自然さを感じなかったのだろうか、というところである。

予約した時点では店がオープンしていないので、当然ながら一般人は料理を口にすることができない。

実際に食べたという人からの評価を聞いてもいないのに、お店と無関係の人間が高額料理を10人分もまとめて予約するなんて、実際には考えられないのである。

私も、ほんのたまにではあるが、飲食店の予約をすることがある。

特に大切な相手との食事の場合は、例外なく、自分が一度は行ったことのある店を選ぶようにしている。

これが娘一家との食事であれば、誰かから教えてもらった情報やネットの口コミだけで、店を予約することもあるが。

実績の全くない初めての店に大人数で行って高級料理を食べるなんて、リアリティはゼロに近いと言ってもいいと思う。

22歳の若さとはいえ、商売を志す人間であれば、それぐらいの感覚は持っていて当然ではないか。

知名度もブランド性も持ち合わせていないお店にとっては、不釣り合いな規模の予約であることに思いが至らなかった点に疑問を感じてならない。

世の中、そんなおいしい話はないのである。

もし今回の事件が広告のための狂言劇であるとしたらこれは論外だが、仮にニセ電話に騙されたのであったとしても、あまりに思慮が足らなかったと断じざるを得ない。

京都という料理の激戦区にあっては、サバイバルは絶望的だと思う。

真相がいずれであるにしても、失礼ながら、料理店経営者としての資質には欠けているのではないか。

 
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6月9日(日)

久しぶりにテレビ番組を見た。

5月の大型連休以来だと思う。

そもそも、4月になってからはローカル局の朝の情報番組しか見ていなかったが。

もっとも、ネット配信のアベマTVで大相撲を観戦したし、辛坊治郎さんの『そこまで言って委員会』も、後日になるがネット動画で見ていた。

だから、正確に言うなら、テレビ放送をテレビ受信機を通じては視聴していなかった、となる。

いま密かに計画しているのが、テレビ受信機を部屋から撤去してしまうことで、NHKへの受信料を支払わなくても済むようにしたいという作戦である。

装置そのものを処分してしまうことを想定して、テレビを見ない生活を続けたらどう感じるかをシミュレーションしてみたのである。

結論だけを言えば、全く不便も不快感もなかった、ということ。

むしろ、テレビを見たことで受けるマイナスの影響を受けなかったのがありがたいほどだ。

具体的には、川崎市での悲惨な殺傷事件を映像で繰り返し見せられることがなかったり、それに伴って専門外の人間が発する感情的なコメントを聞かされることもなかった。

さらに、取材の記者が被害者に執拗に迫っている場面を見なくて済んだのは、精神衛生上、非常に好ましかったと思う。

番組によっては、自分の役に立つ情報をもたらしてくれるものとか、娯楽として楽しめるものもあるが、ほとんどはネットで代替できる。

相撲にしても、大相撲や高校野球にしても、ネットで見ることができるし、ネットで見逃し配信を流している番組も少なくない。

ひと月だけの実験であるが、テレビ受信機がなくても私に不利益がないことがわかった。

これでテレビと縁が切れる確信めいたものができたが、その矢先、思わぬ事態が発生したのである。

国会で、NHKのインターネット常時同時配信を認める法律が可決されたという。

NHKテレビと同じものがネットでも見られるところから、便利になったという利用者の声もあるが、私が恐れているのは受信料支払いがどうなるか、という疑問である。

これは「放送」ではなく「ネット配信」なので、いわばアベマTVと同じであり、本当ならば受信料の対象にはなり得ない。

現に、NHKとしても当面は受信料の義務化はしないとの方針らしい。

ただ、その方針が変わる可能性は十分にある。

スマホのワンセグやカーナビからも徴収しようとしているぐらいだから。

予断は許さない情勢である。

そのあたりの様子を見ながら、テレビ受信機撤去の決断をするつもりである。

どう考えても、放送法は現状には合っていないと思う。


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テレビがなくなると、掃除機をかけやすくなる。

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6月8日(土)

春は各種団体での総会のシーズンである。

会社を辞めてからは総会出席の機会はめっきり減ったものの、いまだに幾つかには関係している。

今日も、某団体の総会があって午後から出席してきた。

会員数が何万人という大規模な組織なので、会費収入だけでも相当に巨額だ。

それだけに、総会での決算報告はかなり厳格に行われている。

こういった大規模組織の会議に行くと、いろんな面での勉強をさせてもらえるのがありがたい。

会の代表者の挨拶も単に時候の挨拶だけでなく、社会の流れを適切にとらえて、聴衆を惹きつける内容のスピーチをするものだ。

そして、議長の采配ぶりも参考になる。

時には会員から予期せぬ質問が出ることもあるが、そのときも当意即妙の対応をしていて、それは貴重な学びとなった。

私が、こんな大組織でリーダーになったり、会議をつかさどる立場になることは実際にはないと思う。

しかし、自分の実体験でないとはいえ、脳内にインプットされた情報というのは、血となり肉となっているはず。

どんな形で活かされてくるかは見当もつかないが、知っていてマイナスにはならないと思う。

そういった意味では、今日はいい勉強になった。

なお、会員からの「質問」や「要望」については、例外なく、しかるべき人から回答がなされる。

きょうも、30分ほどは質疑応答の時間があったのではないか。

さすがに最後のほうになると、聞えよがしの大きな声で、「異議なし!!!」と叫ぶ会員がいた。

要は、早く終われ、という催促なのだろう。

総会の後は、よくあるように懇親会が予定されている。

会議に時間を費やすよりも、早く飲みたいというのが、おおかたの出席者の思いではなかろうか。

いままでの私がそうであったように(笑)。
 
ちなみに、私は今回は懇親会は欠席で申し込んでいた。

参加費の3,000円が痛いから、というのではなく、単に惰性で飲み会に出ることをやめてみただけのこと。

いずれにせよ、日常とは違う世界の空気を吸えたことには大いなる充足感を覚えている。

 
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6月7日(金)

日本年金機構からメールが送られてきた。

今月の14日に年金が振り込まれるので、その通知だろうと思う。

「ねんきんネット」にアクセスして、念のために受給額を確かめてみようとしたのだが、パスワードにロックがかかっていてログインができない。

そういえば、たしか今年の2月にも、全く同じ動機からアクセスしようとしてパスワードの入力を間違えたことを思い出した。

そのときに、何回か試しているうちにロックがかかってしまい、ネットに入ることができなくなったのである。

自動的に解除されるのであればいいのだが、年金機構に電話をして解除してもらわないといけない。

もしくは、登録のやり直しを最初から行うことになるのだが、いずれにしても面倒である。

こんなこと言っては元も子もないが、「ねんきんネット」に登録していて助かることといえば、確定申告で使う源泉徴収票の記載金額を早く知ることができることぐらいか。

逆に言うと、「ねんきんネット」を使わないからといって、さほど不利益を受けることもない。

年金支給の通知は文書でも送られてくるので、それで確かめれば問題ない。

個人情報だからというので取り扱いに慎重になるのは当然だが、あまりに度が過ぎいているのではないか。

ネット銀行にも幾つか登録しているが、中にはパスワードを一定回数間違えるとロックがかかってしまうシステムのものもある。

ただ、時間が経てば、たとえば30分か1時間か経過すれば、次に正しいパスワードを入れることで利用は可能になる。

しかも、ネット銀行のほうが、送金や振込などの手続きができることもあって、万が一、他人に侵入されたときのリスクは大きい。

「ねんきんネット」は現状の数字を知るだけのことだから、お金を動かすことはできないのだ。

そのわりには、セキュリティ管理が過剰に厳しいように私は感じる。

ともあれ、来年の確定申告までには、アクセスできるようにするつもりである。


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マイナンバーでもアクセスできるらしいが、私は
カードリーダーを持っていないので無理だ。

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6月6日(木)

マンション修繕工事の一環で、各部屋の扉の塗装工事の順番が私のところにも回ってきた。

事前連絡はもちろん入っていた。

今週月曜日の晩に、マンションのエントランスの掲示板に部屋番号別に工事日が書かれた書類が貼りだされ、あわせて入居者それぞれの郵便受けに連絡表が投函されるという、至れり尽くせりぶりである。

私の部屋には今朝の9時15分に作業者が来て、「これから塗装に入らせていただきます」と丁寧に声をかけられた。

その後、1時間ほどしてから別の作業者の人が来て、「仕上げをいたします」とのことで、ほんの5分ほど仕事をされていた。

そして、「完全に乾くまでは扉は開けたままにしておいてください。約2時間ほどです。」と言い置いて、事実上、すべての作業は終わったこととなる。

感じたことは、最近の職人さんは言葉づかいも接し方も丁重になってきた、ということ。

私の子供の頃と言えば、頑固一徹がにじみ出たような難しい顔をして、気に入らなければ口もきかないという職人さんがいた。

手に職をつければあんなふうに威張っていられるのかなと、子供心に思ったものだ。

近年は、昔ながらの職人かたぎのというのは、伝説の中のお話になったのかして、ほとんど聞かない。

思うに、昔は技能や技術を独占することができたのに、昨今は、学校や通信教育、インターネットなど、さまざまな場面で誰でも学ぶことが可能になった、という環境変化があるのではないか。

技術を持っている人に頭を下げて頼まなくても、その気にさえなれば自分で勉強することができる。

師匠の値打ちが下がったのは、否定できないと思う。

私が学校を出て就職した最初の会社では、「仕事は盗んで覚えろ」などと指導を受けたことを覚えている。

わずかの例外を別にすれば、上司や先輩から仕事を教わることはあまりなかった。

一般的な知識レベルのことであっても、質問しても教えていただけないのには困った。

親切な先輩にこっそりと尋ねるか、あるいは、同行営業に出たときに、車の運転をしながらそれとなく問うてみるしかなかったのである。

今のようにインターネットで検索して調べるなんて手法は、当時は夢にも想像できなかった時代なのだ。

門外不出の情報が簡単に入手できるようになった現代、世の中で自分だけしか知識も経験も持っていないという職人さんは希少となった。

むしろ、顧客対応がきちんとできて、後輩の指導や育成にも熱心な職人さんであることが求められる時代になっていると感じる。

「情報共有化」の言葉は、職人さんのありようまでをも変えてしまったようだ。


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仕上がってみると思いのほかきれいであった

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6月5日(水)

6月に入って、いよいよ昼間の暑さは増してきた。

長袖で外を歩いていると、いやが上にも夏の空気を感じる。

そろそろ、冬の寝具は納めることにした。

ニトリのNウォームは、この冬にどれほど役立ったことかわからない。

とりわけ、掛け布団カバーは、冬の寒い晩に布団に潜り込んでも、すぐに温かさに包まれることができた。

もしかしたら、この冬の寒さを防いでくれた一番の立役者がNウォーム掛け布団カバーであったかもしれない。

マンションの屋上の工事が終わり次第、洗濯して干す予定にしている。

そしてもう一つ、窓ガラスのすき間を埋めるために、マスキングテープを貼ったが、これですき間風をかなり抑えることができた。

冬のすき間風というのは、余計に厳しい寒さをもたらす。

防寒グッズの中には、窓ガラス全体を覆うようなカバーもあるが、それだと外が見えなくなってしまい、気分的に息苦しい思いを強いられる。

その点、マスキングテープだと目には見えない部分をふさぐのだから、外観は全く変わらない。

100均で買ってきたから、コストはたかが知れたものである。

はがすときもきれいに取り除けたので、跡が残ることもなかった。

当地はそもそもが若干の丘陵地帯にあり、しかもマンションは丘の上に建っているので、冬はひときわ寒い。

さらに、私の部屋は東と北に窓があるから、北風に直撃されるポジションにある。

もとより寒がりでは人後に落ちない私だけに、去年の秋口から冬の到来が憂鬱でならなかった。

しかし、万全の迎撃態勢のおかげで、風邪を引くこともなくやり過ごすことができた。

しもやけにはなったが(汗)。

お名前は挙げないが、これらの情報はネットを通じて教えたいただいたものであり、感謝にたえない。

今日は6月5日で、語呂合わせで”ろうごの日”に当たるらしい。

私は幸せな老後を送らせてもらっていると思う。

 
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テープをはがしていくのはなかなかの快感である

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6月4日(火)

ある商業ビルに行くと、さりげなく、しかし目立つように掲示がなされていることに気づいた。

要は「未成年者の飲酒喫煙禁止」を呼びかけるものである。

同様のものはこのビルだけではなく、多くのところで見られる。

そして多くのケースは、「警察に通報します」の言葉で締められている。

今日もそうであった。

おそらくは、脅かしのつもりで書いているのだと思うが、もし本当に警察に
「未成年者がお酒を飲んでいます」
と電話を入れたら、どうなるのか?

未成年者飲酒禁止法では未成年がお酒を飲むことを禁じているが、これは子供の健康を守るために定められた法律なので、未成年者を罰するためのものではない。

罰則規定がないのだから、警察の出る幕がないのだ。

だから、警察としても通報を受けたところで、なんともできない。

通報してきた人に対して、
「その子たちに注意をしておいてください」
としか言いようがないのではないか。

喫煙も基本的には同じである。

法律で禁止されていることをやってはいけないのだから、未成年者がお酒を飲んでいたりタバコを吸っていたりしたなら、気がついた人が注意するのが筋である。

聞いた話だが、110番で寄せられる用件には夫婦喧嘩が原因のものが多いらしい。

警察という公共機関は関係ないトラブルなのだが、結構な頻度で電話があるという。

しかし、中にはDV事案として刑事裁判に発展したケースもあるそうだから、すべてを一笑に付すわけにもいかない。

悲鳴が聞こえたり、物が投げられる音がする場合は、近所の人が警察に電話を入れるほうが確実だそうである。

それを聞くと、未成年の飲酒や喫煙に対しても、罰則規定を設けて警察がかかわることのできる体制にしておくほうが安全なのかもしれない。

ちなみに、令和4年4月1日よりは「未成年者」が「二十歳未満」に変更される。

民法改正で成人年齢が「20歳」から「18歳」へと引き下げられたが、飲酒や喫煙に関しては「20歳」を守った。

賢明な判断であったと思う。


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暴走族まがいの集団を念頭に置いているようだ

20 : 20 : 17 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

6月3日(月)

昨晩の遅くに娘から電話があって、
「上の子が風邪で熱を出して月曜日は小学校を休ませるので、マンションの部屋で見ていてほしい。」
と言う。

娘は出勤日で抜けにくい仕事があり、妻のほうも予定が入っていて朝からは無理らしい。

となると、天下御免の素浪人である私にお鉢が回ってくるのは、当然と言えば当然である。

朝から、娘のマンションに行って、小学1年生の孫娘にずっとつきっきりであった。

なんでも土曜日から熱が出て、きのう日曜日には38.5度まで上がったとのこと。

今朝も、パジャマ姿のまま、ソファに横になってアニメを見ていた。

孫娘は「ディズニー劇場」が大好きで、特にリトルプリンセスものには目がない。

以前は「アナ雪」「ソフィア」などに夢中で、今日も、私はプリンセスの名前は知らなかったが、何本かのお姫様の作品に目を凝らしていた。

「シンデレラ」とか「アラジン」であれば、私でも名前は頭に入っているが、昨今の作品となると全く見当がつかない。

さすがに、孫娘も「アンパンマン」は卒業したようで、アニメの世界でも、子供は子供なりに成長をしているのだと思う。

肝心の体調のほうであるが、午前中は全く元気がなかった。

アニメを見ることと塗り絵を描くことだけはできても、会話すらしたくない様子であった。

午後に1時間ほど昼寝をして、目覚めてからは今までどおり盛んにおしゃべりをするようになったものの、体温は37度である。

まだ熱は下がっていない。

午後5時過ぎには妻が来て、6時を回ったら娘も会社から帰ってきた。

協議の結果、今晩も熱が下がらなければ明日も学校を休ませることにした。

小さい子供がいると、こういったことは珍しくはない。

おそらくは、親と言われる人は誰もが経験してきたことだろう。

こんなときでも、三世代が連携できる環境にあれば、わりと対処はしやすいものだ。

無芸大食の私も、少しは役に立つのだという実感を味わいつつ、帰路についた。

帰宅すると、マンションの玄関前の道路に放置されていた高級車の姿がなかった。

撤去されたようである。

歴史的瞬間を自分の目で確かめたかったのだが、それは見果てぬ夢に終わった。

 
20 : 20 : 51 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

6月2日(日)

スーパー銭湯に行ったら、受付で小さな缶ビールをいただいた。

以前にも、このような企画があったことを思い出す。

厳密にウォッチングしたわけではないので確たることは言えないが、おそらくは確実に20歳以上と判断した人だけに渡しているのだと思う。

そして、一目で大人とわかる客に対しても、
「家で冷やして飲んでください」
との言葉を付けることを怠らない。

万が一、風呂上りに常温のままで飲んで、そのまま車で帰宅する客がいるかもしれないから、その予防線を張っているのだろう。

何かと問題含みなアイテムをあえて配付するのだから、この銭湯は基本的には客を信頼しているのだと思う。

まさか常温でビールを飲む人はいないはずだし、飲酒運転なんて論外だ、と楽天的な人間観を持っているに違いない。

それで思い出したのが、コンビニの出入り口に置かれている灰皿のこと。

コンビニ側の趣旨としては、
「店に入る客がタバコを吸っていたときは、そこで火を消して吸い殻を灰皿に捨てる」
というものである。

しかし、現実には、タバコを吸いたい人がその灰皿の近くで吸っている、という場面を頻繁に見かける。

お役所などでは、出入り口の近くに灰皿を置く場合は、
「ここでタバコの火を消してから中にお入りください」
といった注意が書かれていることが多いが、コンビニでは見たことがない。

これは、コンビニは客を信頼してのことなのか、それとも、事実上は喫煙を黙認しているからなのか、私にはわからない。

 
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「アルコール分5%」だから250mlとはいえ十分に酒である

20 : 20 : 23 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

6月1日(土)

昨晩、郵便受けをに工事会社からの連絡文書が入っていた。

『在宅のお願い』と題するもので、すべての部屋の玄関の扉の枠を塗装するので、その間は、部屋にいてほしいというもの。

居住者の都合の良い日を選んで工事会社に回答する、というものである。

書いてあることの意味がわからなかったので、今朝、責任者に直接問いかけてみた。

私が疑問に感じた点は2つ。

まずは、部屋にいなければならない時間が一日なのか、それとも半日だけでいいのか、というところ。

もう一つは、都合のいい日の候補を幾つか選んだ場合、最終的に工事日が決まったら、それは個別に連絡してくれるのか、というところ。

最初の疑問は、書類には
「在宅は約一日間(AM8:45~PM5:30)必要です」
と書かれているが、選択肢は「午前」と「午後」に分かれているのだ。

どっちやねん?というところである。

朝から晩まで、一日中、部屋の中でじっとしているとなると、会社や学校に通っている人はたちまち困る。

しかも、在宅を求められているので、どこかに出かけて時間をつぶすこともできない。

私も、散歩にでるのは我慢できても、食料品の買いものにも行けないとなると、これは命にかかわる問題だ(汗)。

第一、自分の意思ではなしに部屋から出ていけなくなるなんて、刑務所に収監されているのと同じではないか。

2番目の問題は、候補となる日を回答したら、いずれの日も朝から待機しておかなければならないとなると、あまりにも負担が大き過ぎるので、事前に実施日を連絡してくれほしいとの思いがあるからである。

責任者が丁寧に説明してくれた。

「塗装工事は30分で終わり、あとは乾燥させるために扉を2時間ほど開けておかなければならないので、計2時間半は部屋にいてほしい。
3日の月曜日に、返事をいただいた各戸に実際の工事日を連絡する。」
というものであった。

なら、そんなに心配するようなレベルものではなかった。

気を揉んでエネルギーを使ったのがもったいない。

これは責任者には言わなかったが、文章の書き方として、
「在宅は約3時間ほど」
「事前に実施日を知らせる」
の2点を書いておけば、何ら問題はなかったのに。

これは私の読解力のなさが原因なのだろうか。

ほかの入居者の声を聞くことができないので、何とも言えないが、どうも作業者の視点でもって書かれた文章のような気がしてならない。


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自信満々で回答を投函してきた
20 : 20 : 04 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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