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4月30日(火)

今上陛下のご譲位により、あと何時間かで元号が改まって新しい御代が始まる。

気のせいか、ただならぬ緊張と興奮に包まれている。

私が経験した御代替わりは昭和から平成へのものだけであるが、そのときは先帝陛下のご崩御に伴うもので、奉祝ムードは全くなかった。

それを思うと、今回はご譲位によるものだから、心おきなく祝意を表すことができる。

今回も便乗商法ではないが、”令和”にちなんだイベントやバーゲン、新商品販売などビジネスも活発になっている。

とりわけスーパーでは、令和商戦がここぞとばかりに鼻息荒く展開されていた。

私も、”新元号”と大書されたお神酒一合を買ってきた。

日本酒ではあるが、あくまでもお神酒として、改元初日の明朝にいただくつもりである。

ほかにも、福袋に似せて”祝袋”が所せましとワゴンに並んでいた。

改元にあたっての便乗詐欺というのは困りものだが、祝賀に絡んだ正当なビジネスであれば眉を顰めることはないと思う。

消費者にしてもおめでた気分で購入するのだし、個人消費を刺激することにもつながるから大歓迎だ。

なお、私自身はリアルでの体験はしていないのだが、大正から昭和に変わったときの経過は、大正15年12月25日に大正天皇が崩御され、先帝陛下がその日にご即位になられた、という。

つまり即日改元である。

弔意と祝意のいずれに重きを置けばいいのか、当時の人々の心中は複雑そのものであったに違いない。

おりしもクリスマスの日に当たるが、例年とは違って微妙な雰囲気が漂っていたことは十分に想像できる。

それを思うと、今回のご譲位による改元は戸惑いなく祝福できるので、心も非常にのびやかである。

令和の御代も戦争がなく、そして犯罪や災害が最小限で収まる時代となるように、願っている。

 
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お神酒であっても未成年者が飲むのは違法である

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4月29日(月)

散歩の途中に、鯉のぼりを上げている家がある。

季節を知らせてくれる風物詩の鯉のぼりではあるが、最近は世間ではあまり見かけなくなった。

なんでも、近所同士で鯉の豪勢さを競うことがあってはならないというので自治会で制限したとか、あるいは、男の子がいる家庭だということを教えることになるのでプライバシー保護の観点から自粛しているとか、はたまた、真鯉と緋鯉で大きさが違うのは男女差別だから、などといろんな説を耳にする。

事実はわからないが、数が少なくなっただけに、たまに見かけると貴重なものに触れたような気がしてうれしくなる。

大空をバックに勇壮に風に揺られている光景は、見ているだけで躍動感を覚えるものだ。

ところが、今日はその鯉のぼりが上がっていなかった。

まさか5月5日の本番の日を前に姿を消すことはあり得ない。

そのお家に、のっぴきならない事情でもあったのだろうか。

散歩が終わってからも、その疑問は私の中でくすぶり続けていた。

夕方になって雨がぱらつき始めてから、ようやく私のさび付いた頭脳も気がついた。

雨が降るのを警戒していたから、あえて鯉のぼりを出さなかったのだろう。

当地は朝早くから雨もようの天候であった。

いつ降ってもおかしくない雲の色であったので、そのお家の人は大事をとったに違いない。

ネットを調べてみたら、雨のときは出さないということが複数のサイトに書かれていた。

ちなみに、夜も鯉のぼりは家の中に仕舞うのがしきたりらしい。

鯉のぼりを上げる趣旨は、お日様に「この家には男の子がいます」ということをアピールするためだという。

なるほど、雨が降っていても、また夜間にも太陽は出ていないから、理屈にはちゃんと合っている。

次の5月5日は天気は良いとの予報だ。

このお家の人の喜んでいる姿が、目に浮かんでくる。

 
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鯉のぼりの写真を撮り忘れたので散歩中の道で代用する

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4月28日(日)

ゴールデンウイークに入り、高速道路や観光地はオヤクソクの渋滞である。

多くの人はそれは覚悟していただろうから、さしたる混乱もなければ意外性もないと思う。

しかし、今日の私は思いもよらないところで渋滞に巻き込まれてしまった。

スーパーのレジが、私が災難にあったスポットである。

午後1時の時間帯で、店内はややすいている印象であった。

次の用事があるので、支払いをすぐに済ませて帰宅する心積もりで、順番待ち2人だけのレジの最後に並んだ。

レジ係の人が買い物かごの商品を1点ずつ打ちこんでいる最中、その客がやたらと話しかけている。

最近は気温が低い、外出のときに服装に迷う、インフルエンザがはやっている等々、買い物とは全く関係のない話題を間断なく店員さんにぶつけている。

私とほぼ同じぐらいの年齢の女性である。

しゃべることそのものが好きで、自分でもとめることができないのだろう。

本質とは関係のない話ばかりを、相手がちゃんと聞いてくれるものだからというので、果てることなく続けている。

ようやくレジ打ちが終わってレシートを渡したら、その客は「え?」と叫んで、「値段が違いますよ」と言う。

店員さんがレシートを見ると、私には経過がわからなかったのだが、要するに登録すべき商品が打たれていなかったようだ。

あわてて、その分を再度打って、支払いも終わってようやく終了かと思いきや、今度は客のほうから「ポイントカードを出すのを忘れていたわ、ははは」の言葉が出て、またポイントを付ける計算にかかった。

その時点で、私のすぐ後ろで待っていた客は、違うレジへと移動していった。

ポイント計算は総金額に率を掛けるだけだからすぐに終わるとはいえ、待たされているほうにとっては、フラストレーションが溜まってくるのは避けられない。

よほど、かごの中に入れた商品を元に返して、店を出て行こうかと思ったのだが、せっかく来たのだからと思いとどまった。

ようやくその客の支払いが終わってほっとした。

次に待っていた客は30代の男性だが、露骨に不機嫌な顔をして
「いつまで待たせるんや、早くしろや。」
とぼそっと一言。

店員さんのミスだとはいえ、その原因を作ったのはくだんの女性客である。

若干、男性が憤懣をぶつける相手は違っているような気がした。

店員さんにしてみれば、買い物客が話しかけてきたのに、あまりに素っ気ない対応はできないから可能な範囲で相槌を打っていたのだろうが、集中力を切らしてしまって間違いをしたのだろう。

他人が仕事中に世間話をしかけた客のほうこそ、迷惑な存在だ。

小言を言われた店員さんの気持ちがわからないでもない。

もっとも、仕事の能力というのは、作業をしながらも失礼なく客あしらいができるのも含んでいるのかもしれない。

私にはできないことだが。

おそらく、時間にすれば3分足らずの余分な待ち時間ではあったが、気の遠くなるような長い時間に感じられた。

 
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4月27日(土)

2週間ほど前から、マンションの目の前の路上に、乗用車が停められたままになっている。

当初は駐車違反のステッカーだけであったのだが、今朝は黄色い用紙の警告書が貼られていた。

放置車両とみなされたようだ。

先月は船の放置というか廃棄もあって、この近辺はいかに人通りが少ないエリアであるかを雄弁に物語っている(汗)。

車の放置は昨今では珍しくないが、かといって玄関前の目立つ場所を廃棄場所に選ぶ神経というのは合点が行かない。

しかも、ナンバープレートを付けたままだから、少なくとも所有者が誰であるかはすぐに判明する。

ただ、警察としては、所有者に対して「早く動かしてください」と言うところまでしか、できないらしい。

法律でそのように決まっているとのこと。

所有者の承諾がないと、車の移動はできないと定められているからだ。

とはいえ、その車の存在で危険が考えられるときや、交通渋滞が発生しそうなときは、警察の判断でレッカー移動ができると解釈されている。

このマンションの前の位置だと、車1台を置いたところで不測の事態が発生するとは考えられないし、交通渋滞なんて99%起こらない。

すると、警察が、所有者にやいのやいのと言って移動を促すか、あるいは、誰かが訴訟を起こすことになるのだろうか。

もし、その所有者との連絡がつかなければ、督促することもできないからこれは厄介である。

そんなことにでもなれば、公的権力を行使して強制的に撤去せざるを得なくなると思うのだが、どうなのだろう。

昨今は若者の車離れの傾向が著しい。

ましてや中古車の数が膨大になり過ぎて、いまや廃車にするにも幾ばくかの費用がかかる事例も増えてきたと聞く。

放置車両が増大する現象は、ますます勢いを強めそうだ。


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プレートの表示は消したが"練馬"ナンバーである

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4月26日(金)

月1回の内科クリニックに行ってきた。

このクリニックでは木曜日が元から決まっている休診日で、原則としては暦どおりに診療をしている。

ただ、今年は特例ということで、連休谷間のウイークデーも休みになる。

おそらく、明日の土曜日は駆け込みでやってくる患者が増えるだろうと予測して、余裕を見て一日早めに訪れたのだ。

異例の大型連休を前に、この期間に薬を切らしてはいけないというので、患者が殺到するのは目に見えている。

今日も混んでいるのではないかと思っていたが、待合室はいつもと変わらぬ程度でいささか拍子抜けした。

春先につき、インフルエンザや風邪ひきが沈静化しているからかもしれない。

ところで、いろんな場で10連休の話題がにぎわっている。

あるアンケート調査によると、約30%の人が10連休になるとの結果が出ていた。

中小企業では完全週休二日制のところはまだ多くはないだろうし、大手でもサービス業などは書き入れ時だから、むしろ多忙である。

私の生活に限って言えば、気をつけなければならないのは医療機関とごみの収集、ATMぐらいのもの。

眼科も内科も薬をいただいてきたし、ごみの収集は平常どおり、万一に備えてわずかばかりの現金をおろしてきておいた。

対応策はとってあるので、とりたてて不安はない。

世間では特別な10日間が始まるような言い方がなされているが、少なくとも私にとっては極めて日常的な日々が淡々と続くにすぎない。

それ以上に、今上陛下のご譲位に伴い元号が新たになることの重みに、心なしか緊張感を禁じ得ない。

 
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おそらくこのクリニックが始まって以来の長期連休だと思う

 
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4月25日(木)

そろそろ冬は終わりそうなので、厚手の冬物の服をクリーニング店に持っていった。

スーパーの中に入っているお店で、自店内でクリーニングをするのではなく、取次だけをやっているところだと思う。

店員さんは、一点ずつ商品の洗濯表示をしげしげと見ながら受け付けてくれるのだが、その中のジャンパーを取り上げて、
「こちらは、おうちでも洗濯できますが・・・・」
と言うのである。

要は、クリーニング代をかけて洗濯しなくても、自分で作業すればお金はかかりませんよ、ということである。

専門家の話だから嘘ではなかろう。

少しでも出費が少なくて済むのなら私も助かるので、即、
「自分でやります」
と答えた。

客が持ってきた洗濯ものを断るというのは、お店にとってはもったいない話かもしれない。

せっかくのビジネスチャンスをみずから失ってしまうのだから。

しかし、これで無駄なお金は使わずに済んだのだから、私としてはありがたい話である。

そのお店への印象がすこぶる良くなったのは言うまでもない。

同時に、今まで私がクリーニングをお願いしてきた別の店では、そういった助言は全くなかったことを思い出し、不快感がふつふつと沸いてきた。

もちろん、店に言わせれば、客からクリーニングするように求められたので受けたにすぎず、断るべきいわれなんてないだろう。

それは理解できる。

しかし、本来なら、客に「ご家庭でも選択できますよ」と言ってみるのが親切というものではないか。

それが信頼関係だと思うが。

そんな思いをたぎらせながら、家にジャンパーを持ち帰り、再度、洗濯表示を確認してみた。

すると、
「家庭では洗濯せずに、クリーニング店でウェットクリーニングしてください」
と書かれているではないか。

どういうことか?

ジャンパーのメーカーが、より安全に商品のケアをしてほしいとの思いで”ウェットクリーニング”を指定したのか?

今日のクリーニング店では、それは過剰なサービスだと判断して、私には「ご自分でもできますよ」と言ったのか?

もう一度、お店に確認に行くか、それとも、イチかバチかでお風呂で手洗いしてみるか、いま考えているところだ。

 
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冬が終わるごとにクリーニングに出すことにも疑問がある




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4月24日(火)

家の電気の契約を、関西電力から大阪ガスにかえた。

いろいろなサイトでシミュレーションをやってみたが、大阪ガスの場合、アマゾンプライムの年会費4,900円を計算に入れると、どこの新電力会社よりも料金が下がる。

迷っていた理由は、電気料金だけを横並びで比較したら、実は高くなるというところにあった。

アマゾンを加味すればその4.900円が効いてくるので、トータルでは大阪ガスのほうが安くなるだけのこと。

電気料金そのものは高くなることに抵抗があって、それが変更を躊躇する原因となっていたのである。

大阪ガスが「4,900円の会費を負担しますよ」というニンジンをぶらさげたところ、私はまんまとそれに食いついたのだから、あまりにも幼稚過ぎると自分でも赤面の至りだ。

総合的に判断すれば、今回は賢明な選択であったとは言いがたいが、愚かな決断とも極めつけられないだろう。

念のために、関西電力のガスでも試算してみた。

こちらは、若干はガス会社より安くなる料金体系になっているが、当然ながらアマゾンプライムのサービスが付いていないので、その差で大阪ガスに負けてしまう。

いずれにしても、アマゾンプライムによって決めてしまったようなもの。

こういったことはまさか起こらないだろうが、もしアマゾン社のほうでプライムサービスをやめてしまったり、あるいは会費を無料にするような展開でもあれば、たちまち私はアホなことをした、ということになる。

もっとも、使用量はわずかなので、こうむる被害額は知れたものであるが。

 
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4月23日(火)

所属団体の総会が開かれた。

ご来賓の市長のスピーチの中で、おもしろい部分があった。

市の職員採用面接のときに、ごく簡単な英会話を試してみるのだとおっしゃる。

「私は〇〇市で働きたい」とか「私は〇〇市が好きです」といったレベルの日本語を、英語で言わせるものである。

もちろん、面接の前にそのことは告知していない。

この短いフレーズでも、面接という緊張した局面に置かれると、すぐには英語が出てこない応募者が多いらしい。

あえてこういった質問をする趣旨としては、いきなり予想もしていなかった質問が出たときの対応を見て、その応募者のパーソナリティーを判断していこうということが一つ。

そして、外国人在住者が市内にも増えてきたので、合格して市役所に勤務するようになってから、外国人と接するときに住民サービスの対象者としての意識を持ってもらいたいから、というものである。

日本国籍を取得した外国出身の人であれば、これは紛れもなく日本国民なのだから、法律で認められているとおりにサービスをするのは言うまでもない。

市長は、国籍は母国のままで居住だけしている外国人であっても、適切なサービスをすることを求めているのだ。

もちろん、「適切」の範囲としては、市長はそこまでのお話はされなかったが、生活保護受給や健康保険給付などは全く別の話だと思う。

あくまでも金銭が絡んでこない分野で、たとえば「日本語がわからないので勉強できる場所はないか」「パートでできる仕事はないか」などといったレベルの相談に応じるぐらいのことではないかと、私は推測しているが。

実は、結構、この手の問い合わせが多いようだが、市役所に行っても、まず言葉の障壁があってコミュニケーションがとれないので、問題解決に至らないらしい。

高度な会話は無理にしても、最低限の意思疎通ができれば、その専門の部門に話を持って行くこともできる。

来年からは、小学生から英語学習が義務付けられるのだから、市の職員にもそういった意識を持ってもらいたいとの市長の発想には共鳴できる部分が多い。

ただ、その市に住んでいる外国からやってきた人というのは、韓国人、ベトナム人、中国人が圧倒的に多いと、やはり市長からは伺っている。

たとえ片言であっても英語が話せるのかどうか、そんな素朴な疑問を禁じ得ない(汗)。


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この総会ではケーキとコーヒーが出されるのが楽しみである

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4月21日(月)

サムハラ神社の春季大祭に出かけてきた。

私にとってのパワースポットであるところから、春と秋の大祭には参拝を欠かさないようにしている。

あえて大祭の日を選ばなくてもいいのだが、行くのを忘れてはいけないとの思いから、それぞれの大祭の日に詣でているのである。

今日は神社に到着したのが午前9時20分。

近くに来ると、道路に多くの人がはみだしているのが目に入った。

なんでも、10時からご祈祷が始まり、11時から食事を共にするとのこと。

もちろん、事前に申しこんでいた人だけが対象になる。

ちなみに、6,000円が必要とのこと。

祈祷料が5,000円で弁当代が1,000円と考えれば、不当に高い金額とは言えないが・・・。

狭い境内にはパイプ椅子が一面に置かれていて、すでに多くの参拝者が座っている。

このご祈祷とは別に、一般参拝者と呼ばれる私のような人は、群衆をかき分けて神殿まで進み、そこで個人ごとに二礼二拍手一礼の参拝をするように案内があった。

おそらく、祈祷が始まると、神社の鳥居のところからでないと参拝は不可能だと思う。

そういった意味では、早く着いたのはラッキーであった。

やはり神社に詣でた以上は、神殿の前で手を合わせての参拝をしたい。

だからといって、わざわざ祈祷まで受けて食事までするというつもりはない。

節分のときに参拝している神社では、神主から祈祷を受け、自分の中に溜まった罪や穢れを洗い流していただいているから、そのときの洗浄効果はまだ残っているはず。

サムハラ神社は私のパワーの充電場所であるから、神社に行って参拝をするだけでいいのである。

参拝を終えて近くのスーパーに行けば、いつもよりも1.5倍は大きいと見られるカボチャの四分の一カット品が売られていた。

これは儲けものと思って、早速、購入した。

これもサムハラ神社のご利益か。

そういえば、応援している野球チームが3連勝して首位に返り咲いたり、突然に私の花粉症が治ったというのも、サムハラの神様の霊験あらたかなことを雄弁に物語っていることになるのか。

実際には、もちろん関係がないと思う。

ただ、理屈では説明のできない不思議な力がこの世にあると信じるだけで、私の心の中に安心が宿るのである。

今後もサムハラ神社の参拝を続けるのは言うまでもない。


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尋常でない混雑ぶりであった



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4月21日(日)

スマホの便利な機能の一つに、歩数計がある。

iPhone 6に、最初からインストールされていた。

健康のために一日1万歩を心がけているが、歩数実績をつかむのに役に立っている。

かなり以前に、かかりつけ医からは”1万歩”という数字こそ出なかったものの、歩くことで脚の筋肉を鍛え、認知症の予防にも貢献すると聞いて、自分への課題として取り組んでいる。

年齢がずっと上がってから、家族や周りの人の手を煩わせるのを最小限に抑えたいとの思いから発したものだ。

終日、強い雨が降っていて外出することが困難なときは、マンションの各階を歩くことで歩数調整をするほどの熱の入れようである。

台風のときなど、スマホをポケットに入れて部屋の中をウロウロ歩いたこともあった。

ただ、健康のバロメーターとしての歩数を言う場合は、掃除機をかけながら、あるいは漫然とブラブラするだけの歩行であればカウントから除外すべきとの説もある。

そうかもしれない。

スマホでは、そういった気合いの全く入っていない一歩も歩数に入ってしまう。

そこで、意味のない歩数が全体の1割として、それを合計から除外すれば、意識して歩行した数字を計算できることになる。

つまり、スマホに表示された数値に0.9を掛ければ、求めている値が得られる。

11,000歩の表示があれば、正味で1万を歩いた計算になるのだ。

実は、今日を振り返ると、体感的にはかなり少なかったような印象があった。

しかし、スマホを見ると、午後5時半の段階で1万歩を超えていたので驚いたのである。

おそらく、車で出かける用事があったので、そのときに歩数を稼げたのではないか。

駐車場までの往復は歩かなければならないので、歩数もかかってくる。

片道5分とはいえ、脚を鍛えるための散歩で歩くのと同じように気合いを入れているから、ロス分には入らない歩行だ。

皮肉なことに、車を持っていることで歩く距離が伸びたことになり、これは世間での常識とは真逆になる。

私の場合、車の運転をする時間はほんのわずかだから、こんな現象が起こるのだろう。

いずれにせよ、今後も意欲を持って一日1万歩を続けていく。

ちなみに、いま私がスマホを持っている意味の最も大きな部分は、歩数計にあると言えるかもしれない(汗)。


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昔は万歩計というツールがあって、腰ベルトから吊すのが標準であった

 
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4月20日(土)

今日の当地の最高気温は22度であった。

天気晴朗の状態で外を歩いていると、うっすらと汗をかくほどだ。

寒いのが苦手の私も、今日ばかりは日本語に”暑い”という言葉があることを思い出した。

とはいえ、私は昼間もセーターを着て出かけた。

油断するとすぐに寒気に襲われるからである。

街を歩いている人々の姿を見ても、実に多様だ。

薄いコートを着ている人やら、半袖シャツで闊歩している人など、その違いはあまりに大きい。

温度差に対する強さや弱さというのは、人それぞれで千差万別である。

こういった季節の変わり目など、個人差というものがあることを見せつけられる。

個人差が明確にあらわれるのは、ほかにも、お酒が強いか弱いか、絵を描くのが上手かそうでないか、スポーツが得意か下手か、好みの異性のタイプなど、それこそ枚挙にいとまがない。

飲酒運転の取り締まりにあたっては、運転手ひとりひとりに対してアルコールの許容量を測定するなんて現実には無理だから、一律、息の中のアルコール濃度が一定量を超えていれば処分の対象とされる。

これは仕方ないと思う。

個性の尊重は大切だが、しかし法律の世界では話はは別だ。

夏や冬になると、節電のためにというので、エアコンの設定温度を決められた数値に厳守させている事務所は少なくない。

これも、暑いのが苦手な人や寒さには我慢の限度があるという人には苦痛かもしれない。

ちなみに、私が勤めていた会社では、一応は会社で夏も冬も設置温度が決められていたのだが、現実には各部屋の裁量に任されていた。

すると、これは自然な成り行きかもしれないが、最も耐性のない人の希望に合った室温になってしまう。

冬はぽかぽかしており、片や、夏は冷気に充ちた空気の中で仕事をしていた。

これでは、会社として意図していた省エネの効果が出てこない。

大げさな話かもしれないが、実際の仕事の現場で規律が守られていないようであれば、ガバナンスも疑わしくなる。

個人差は認めつつも、工夫をすることで対応すべきではなかったかと、今頃言っても仕方ないが、今日の気象を見ながらしみじみと感じた。

 
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納豆の好き嫌いも個人差が大きい

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4月19日(金)

久しぶりに、学生時代の友人と会って夕食を共にしてきた。

総計4名ではあるが、うちひとりは40年以上のごぶさたである。

ほかの二人も、総入れ歯になったとか、白髪が増えたり、タヌキのようにお腹が出てきたり、目を覆わせるほどの変貌ぶりである。

私は、そもそもが人づきあいが苦手で、さらにコミュニケーション能力もないものだから、気軽に電話して飲みに行こうということができない。

人の輪に入り込むのは苦痛であったし、いまだにその意識は強く残っている。

豊かな人間関係を作ることができなかったから、必然的に友人の数も少なく、学校時代のプライベートタイムも誰かとしゃべっているよりも、一人で本を読んでいるとか物思いにふけっている時間のほうが長かった。

そして、それが苦痛でもなく、むしろ居心地が良かったのである。

今までの人生を振り返ってみて、学校でも職場でも、ほとんどイジメにあったことがないのは、もしかしたら私のそんな面が効いていたのかもしれない。

ただ、仕事をやめてからというもの、人恋しいからかどうかはわからないが、やたら学校時代関係の集まりに顔出しするようになり、それでもって、気心の知れた同期生同士の同窓会をやるのも面白いなと感じ始めていた。

今晩、集まったメンバーの一人に私のそんな思いをふと口にしたところ、彼が思いがけずに積極的に身を乗り出してきたところから、今日の集まりとなった。

いわば同窓会発起人の会合ということになる。

言うまでもない話だが、気の置けない人間同士の食事というものは理屈抜きに楽しめる。

飲むことや食べることを忘れてしまうぐらいに、時間の経つのも早い。

1時間程度のつもりが、気がつけば3時間を超えていた。

午後の5時からスタートしたのに、思いがけず、遅くなってしまった。

11月に正式の同窓会を開くことに4人で決めて、今日は散会した。

これで、一つの目標ができたことになる。

 
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4月18日(木)

圧力鍋でカレーうどんを作った。

塩分がたくさん含まれているカレールーではなく、塩分を少ししか含有していないカレー粉末を使った。

私が塩分過多を気にしていたのをご覧になった読者のかたからアドバイスを頂戴し、その情報を参考にさせていただいた次第である。

圧力鍋を買ったときについていた取扱説明書には、圧力鍋でカレーを煮てはいけないと書かれていたので、その注意を忠実に守り、ジャガイモ、ニンジン、タマネギと豚肉だけを最初に煮た。

そのプロセスを終えてから、普通の鍋と同じ扱いで、うどんとカレー粉末、そして片栗粉を入れて温めて完成である。

カレー粉末の量をどれぐらいにすればいいのか見当がつかないので、小さじ1つだけにしておいた。

これで塩分量は0.004ℊなので、ゼロと同じである。

ウドンは0.4ℊだから、両者を足しても1ℊを切っていて、全く塩分については問題はない。

なお、だし汁は、やはり塩分の関係で使わず、普通の水を220㏄入れた。

なんとか出来上がったが、一応はカレーの風味は味わえた。

が、やはりカレー粉一さじだけというのではカレーとしての味覚を楽しむまでにはいかなかった。

また、水の220㏄というのは量が多かったようである。

圧力鍋だから調理中に蒸発して失われる水分は極めて少ないので、張り切って大量に入れる必要はない。

水が多過ぎたせいか、シャブシャブ感が強かった。

片栗粉でとろみを出したつもりだが、あまり効いていなかった。

次回は、カレー粉は小さじ2つ、水は180㏄で試してみるつもりだ。

私の場合、料理については、自分が納得できれば味覚にはさほどこだわる必要がないので、その点は気楽だ。

それにしても、圧力鍋は便利だ。

人間がかかりっきりにならなければならない時間は限られているので、任せておけば、後は自動で調理をしてくれる。

フライパンで野菜を炒めるのに比べると、実に大きな省力化になった。

いい買い物をしたと思う。


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粉末100ℊあたり0.2ℊの塩分含有量とのこと

 
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4月17日(水)

今朝、期日前投票を済ませてきた。

前回に引き続き、これで2回目である。

慣れてきたからか、本来の投票日でないのに票を投じることへの特別感は大幅に薄まった。

今後も期日前を意図して続けていきたい。

当地は市長と市議会議員の二つであり、どちらも大事な職であることは当たり前だが、選ぶ側としての緊張感は市長候補の名を書くときのほうが強いものがあった。

首長だから一人しかいないので、最終責任者の位置づけになる。

その点、議員は何十人もいるので考え方や意見は多様なものがあり、それらがバランスをとることで大きな過ちをおかすことはないと期待できる。

当地の市長選も、大阪府知事や大阪市長と選挙と同じ図式で、両陣営が真っ向からぶつかっている。

ただ違うのは、当地では片方が現職の市長であり、また、都構想の直接の対象市にはなっていないことの二つである。

だから、今回の結果がどうであれ、”都構想に対する市民の評価”を示しているものとは言えないだろう。

そんな気がする。

投票を終えて帰るときに頭に浮かんできたのだが、もし自分の一票でもって市長を決定するというシチュエーションになれば、こんな気楽な気分では名前を書けなかったはず。

自分の投票が最高責任者を決めるとなれば、責任と重圧で神経がまいってしまうかもしれない。

投票日が近づいてきたら夜もぐっすりと眠れなくなるに違いない。

今まで投票と同じ一票であっても、その重みは全く違うことになる。

そんな思いをめぐらせながら、投票所を出るときに意味もなくもらってきた”投票済証”を、ポケットの中で握りしめた

 
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4月16日(火)

月に1回か2回、決まって訪問する先がある。

そこに行くときは車で行くのだが、駐車するところは決めてある。

スーパーや歯科クリニックなどが入っている商業ビルの駐車場だ。

そのついでと言っては何だが、ほぼ毎回、入居しているパン屋さんで100円パンを幾つか買っていく。

今の時代、100円パンは珍しくはないが、そのお店は味がいいというので近所の評判もいいようだ。

警察署がすぐ近くにあり、宿直の警察官が夜食がわりに、あるいは夜勤明けに朝食としてよく買いに来るとの話も聞いた。

今日行ったら、午後3時過ぎという時間なのに、ほとんど残っていないのには驚いた。

時間的に言って、待ったところでパンの追加は当分はないはず。

私が好きなフランスパンのような細長いパンも品切れである。

残っているのは菓子パンばかり。

仕方なしに、サンドイッチとピザパイを買って帰った。

なお、100円パンとはいうものの、今月の1日から110円に値上がりしている。

ただ、10円を上げただけでお店の商売の採算がとれるのだろうか。

それて帳尻が合うというのなら、少々の無理をしてでもコストダウンを図って値上げ回避ができたのではないか、という気もする。

パン経営には全くの素人だから無責任な発想かもしれない。

今の売値ではどうしてもやっていけないというのならば、いっそ20円ぐらい上げておくほうが、効率がいいのではないのか。

客の立ち場からすれば、100円のものが10円上がろうが20円上がろうが、心理的に受けるダメージにはそんな大きな違いはないと思う。

お店にしてみたら、10円の値上げだけで収益を改善できるからとの判断であったとしたら、それは良心的だから賞賛に値する。

しかし、また2年後ぐらいに「再度10円上げます」などと言われると、客にしてみたら、その打撃は大きいと思う。

真相はわからないが、どうも直感的には中途半端な値上げではなかったか、という思いが濃厚である。


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ピザパイを家まで持ち帰ったら少し干からびていた
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4月15日(月)

夏用のズボンを買いにスーパーに行ってきた。

実際には春から秋にかけてはくことになると思う。

このスーパーに行くのは食品売り場に行くのがほとんどで、アパレル売り場に顔出しするのは例外である。

客の数も少ないが、スタッフもほとんど姿を見かけない。

これはスーパーに限らず、利益率がそんなに高くない商品を扱っている店には共通した現象である。

経費を少なく抑えるためには、スタッフの数から減らそうという発想であろう。

ある部分では客としては助かる面もある。

一部の店など、客が来たとなるとずっとまとわりついて、何としても買わそうと躍起になる。

まだ買うかどうか決めてもはっきりしないのに、「買え!買え!」とばかりに攻撃されるのはフラストレーションもたまる。

店員が少なければそんな心配は無用だ。

他方、疑問や質問があるときには、尋ねる相手がいないので困るものだ。

私は痩身の人間で、ウエストは63㎝しかない。

大人用のズボンで、そんな貧弱な寸法のものはない。

だから、既製品を買うときはできるだけ細いものを探すようにしている。

そしてベルトをきつく締めることで、ずり落ちないように対策をとる。

今日、売り場で見た商品でお気に入りの一連は、最も細いものでも76㎝であった。

目を皿にして探したが、ほかは76㎝を超えているものばかりであった。

念のためにもっと細いものがないかを知りたかったのだが、人がいない。

やむを得ず、商品片手にレジに行ったら、店員は誰もおらず、
”スーツ売り場のレジへどうぞ”
の掲示がしてあった。

言われるがまま、スーツ売り場のレジに行ったところ、今度は
”中央レジまでどうぞ”
と書かれた掲示があった。

たらい回しの末、そのレジまで行くと人がいたので、サイズについて尋ねたところ、その店員さんは小走りで、商品の置いてあるところまで行って、私がしたのと同じように探し始めたのである。

結局は、
”76㎝が一番小さいですね”
と言われ、それで妥協することにした。

そんなに手間をかけるのなら、試着するほうが早かったが。

昨今のスーパーのアパレル売り場には、”販売員”という役割の仕事は見られなくなったようだ。

こんなところにも時代があらわれている。


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家ではいてみたら無理なくフィットしたので一安心

20 : 15 : 24 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

4月14日(日)

当地では、統一地方選の後半が始まった。

市長と市議会議員の選挙なので、地元密着になるのはやむを得ない。

選挙区が狭い範囲に限定されることもあって、やたら選挙カーからのマイクの声が目立つ。

いつものことだ。

名前の連呼行為は公職選挙法で認められた候補者の権利なので、それをするなとは法治国家の国民としては言えない。

しかし耳ざわりでならない。

連呼行為は投票日が近付くにつれて、連呼する回数が増えてくる現象がある。

4年前には6回まで自分の名前を言い続けた候補がいたが、その日一日中、耳にこびりついてしまって、ひたすら心地が悪かったことを覚えている。

それだけ強烈なインパクトを与えることで、有権者に印象付けたい思いからだろう。

しかし、壊れたレコードのように・・・・・と言ってもすこぶる若い人には通じない表現かもしれないが、同じ言葉を繰り返すだけの芸のなさには辟易する。

ただ、名前の連呼行為は票集めに結び付くという大学教授の調査結果があったほど、効果はあるのだろう。

だから、多くの候補者がやっているのだ。

テレビCMと同じで、何回も繰り返し、目で見たり耳で聞いたりしているうちに、知らず知らずのうちに商品やサービスに惹かれていって買ってしまうのと同じ流れである。

しかし、一般消費財の宣伝ならともかく、住民の代表を選ぶ選挙で同じ手法を使っているのはどうかなと思う。

現在の公選法では、動いている車での選挙運動は名前の連呼しか認めていないというのが、そもそも間違っていると私は考える。

いっそ、車に乗っての選挙運動そのものを禁止するか、あるいは候補者の名前の連呼は禁止して単発だけにするとか、現実に見合った改正が必要ではないか。

現行法で、なぜ「名前の連呼行為」を認めているのか、その趣旨がわからない。

 
20 : 10 : 27 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

4月13日(土)

午後から、マンションの共用廊下部分の工事が始まった。

これが実にけたたましい音を発するのである。

ドリルでコンクリート部をぶち抜いていくわけだから騒音は避けられないが、まるで耳をつんざくかのよう。

私の部屋の目の前に非常階段があるのだが、その鉄部の錆を落とすためにサンダー掛けをやっていて、それが私を直撃する。

そんな大音量の喧騒に包まれているので、作業者同士の会話も自然とボリュームが上がってしまう。

まるで怒鳴り合っているようにしか聞こえない。

だから部屋の中にいても、音が気になって集中できない。

本を読んでもビデオを見ても、とにかく気が散ってしまう。

このまま部屋にいたのでは精神のバランスを崩してしまいかねないと思って(笑)、散歩に出ることで音から逃げようとした。

午後4時頃に帰ってきても、この作業は終わっていなかった。

それどころか、本来の終業時間である5時を回っても、終える気配はない。

ようやく5時半を過ぎてから一段落つき、マンションには元の静寂が戻ってきた。

やれやれと思いつつ郵便受けを覗いてみたら、施工業者からのアンケートが入っていた。

「バルコニー部の工事での不具合があったら手直ししますので指摘してください」
という内容のものである。

おそらく、こういった住民への文書は、現場責任者の人が原稿を作っているのだろうが、いつも些細な箇所でミスをしている。

今回は
「投函期限:4月14日(月)」
というのがあった。

14日は日曜日だから休みだし、15日の誤りだというのは明白だ。

ほぼ毎回、こういった誤りをしている。

現場のたたき上げの人なのだろうから、こういった緻密なところに注意を払うというのは苦手なのではないか。

私は、彼のこういった間違いはほほ笑ましく受け止めている。

午後に強いられた不愉快さを吹き飛ばしてくれるようなオトボケが感じられて、心が和んだ。


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”問題点なし”として回答を出した

20 : 10 : 42 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

4月12日(金)

ネットニュースによると、アマゾンプライムの年会費が、現行の3,900円から1,000円の値上がりをするらしい。

午後になって、Amazonからも値上げを知らせるメールが来た。

年間で1,000円だから、月にすれば100円に満たない。

外に出たときのコンビニコーヒーを1回だけやめれば帳尻は合うことになるが、ここでしばし考えた。

電気やガスの自由化に伴って、契約先を変える動きが以前から盛んである。

私のように一人暮らしで少額しか使っていない場合は、契約変更によって節減できる額なんて知れているので、あまり関心はなかった。

ただ、今回のアマゾンプライムの会費値上げを縁と見て、電気の契約を大阪ガスに変えようかという発想が頭に浮かんできた。

値上げ後は4,900円となり、これを大阪ガスが負担してくれるのだから、年間の電気ガス料金が4,900円安くなるのと同じことだ。

年金生活者にとって、5,000円に近い金額というのは無視できない重みがある。

3,900円なら眼中になかったのに、4,900円なら目の色を変えるというのも矛盾した話かもしれないが、今回の値上げ発表が私の心変わりの引き金をひいたのは確かだ。

はやる気持ちを押さえつつ、電気の使用量でもって比較計算をしてみたら、なんと大阪ガスに切り替えたほうが電気代は高くなることがわかった。

単身で使用量が少ないと、割高になる計算方式になっているのだ。

高くなった金額の1年間をトータルすると、ほぼアマゾンPの値上げ後の会費と同じぐらいの額になる。

それなら、今の電力会社よりも年間で5,000円安くなるところを探してきて、アマゾンPは今までどおり自己負担でもいいのではないか、という気がしてきた。

どうやら振り出しに戻った形だ。

ちなみに、米国のアマゾンPでは昨年に会費が値上げされ、119ドルになったという。

あらっぽく日本円に換算して、13,000円ぐらいか。

かなり高いという感覚があるが、NHKの受信料もこれぐらいだ。

ほとんどNHKを見なくなったわが家では、受信料の支払こそ無駄の最たるものだと思う。

口座振替にしているので、支払いを逃れることができないのが残念だ。

 
20 : 10 : 19 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

4月11日(木)

一昨日に記事にしたバルコニー壁の”汚れ”であるが、なんと今日見たら、きれいに修復されていたので驚いた。

まるで何ごともなかったように元の状態になっていて、自分の目を疑ったほどだ。

手直しした痕跡は全く残っていないから、完成度としてはかなり高いものがある。

しかし、いつ修正したのかそれが不思議だ。

写真を撮ったのは一昨日の夕方ごろで、昨日はほぼ一日中雨が降っていたから、塗装の補修はやらないと思う。

私が修正を確認したのは、今朝の散歩から帰ってきた10時ごろ。

だから、今朝一番に電光石火の早わざで手直しをした、という可能性が高い。

もう一点、バルコニーで以前と変わった点がある。

お隣との境にある蹴破り戸の面に、
”ここを破って避難できる”
といった意味合いの言葉が大書されたステッカーが貼られていたのである。

これも、以前に記事にしたが、そこでは、私としては”蹴破り戸”にはあまり気乗りがしないことをダラダラと書き並べた。

これも、私の心の中を見透かしたように、注意喚起をしているかのようだ。

「いえいえ、いざというときには頼りになるものですよ」とでも言いたげに。

”汚れ”にしても”蹴破り戸”にしても、私の関心事に応えるがごとく、工事会社は対応している。

これは単なる偶然なのだろうか。

あまりに出来過ぎているように思うが。

ここで私の得意の妄想癖がさく裂した。

実は、工事会社の中にこのブログを読んでいる人物がいて、私の求めや不満に対応すべく、アクションを起こしたに違いない、と。

だとしたら、それは私にとっても好ましいことであり謝意を表すべき筋合いのものだ。

なにより、この拙いブログの読者であるのだから、大切にすべきお客様にほかならない。

お目にかかってお礼を述べたい思いでいる。

あわせて、なぜ私がブログ主であることが判明したのか、その秘密もお教えいただきたい。

・・・・・・罪のない空想は際限なく広がっていくからおもしろい。


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いずれは室外機を動かして通過できるようにする

20 : 15 : 47 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

4月10日(水)

圧力鍋で温野菜を作った。

今まで、フライパンで野菜を炒めて食べていたのだが、フライパンでの料理だと時間もかかるし、何よりも油を使わなければならない。

量はわずかにせよ、それが毎日のように繰り返されると、積もり重なったら少なからぬ量になる。

健康には好ましくないと考え、圧力鍋で野菜を蒸して食べることにした。

ネットで調べてみると、鍋の底に蒸し皿をセットして、その上に生野菜を置くだけでいいようだ。

その蒸し皿であるが、私の買った圧力鍋には付属品として付いてこなかったので、どこかで買わなければならない。

メーカー純正品だと300円~50.0円で、ネット通販で購入できる。

ただし、ネットで買うと送料のほうが高くつく。

アマゾンでも求めることができるが、プライムの送料無料品の対象にはなっていない。

本体価格よりも送料のほうが高額になるという買い方はしたくないので、実店舗で探すことにした。

さらにネットで調べると、大意としては、
「鍋の底から上がってきた蒸気で野菜を温めることができれば、どんなものでも使える。
 100均でも売っている。」
といった意味のことが書かれていたので、その言葉に従い、100均に行って買ってきた。

最初は試験なので、カボチャとニンジンを蒸してみた。

おそるおそる出来上がりを口に入れてみたところ、たっぷりの甘みがあって自然と頬がゆるんだ。

この2種類の野菜をサンプルに選んだのは、実は甘みがどの程度まで出るのかを見たかった、という趣旨からである。

そういった意味でも、実験成功というところだ。

これなら温野菜をまとめて作っておいて、その都度、必要な分だけを取って食べていくこともできる。

これで料理のレパートリーが一つ増えた。

今日は私の温野菜記念日だ(汗)。


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すこぶるシンプルな作りである

20 : 11 : 14 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

4月9日(火)

マンションの工事は着々と進み、今日、私の部屋のバルコニーの防水工事が終わった(と思う)。

昨日までは下地がむき出しであったのが、午後から作業者がシートを張っていき、きれいな形になっている。

工事が終わって新しいシートが敷き詰めれたバルコニーを歩いてみたいのだが、工事会社から、完全に乾燥するまではバルコニーに出るのは禁じられている。

しばらくは眺めていることしかできない。

ひっかかっているのは、バルコニーの壁部分に塗装の汚れがついていることである。

3日ほど前に気がついた。

溝部分と同じ色であるから、おそらくは溝の塗装をやったときに誤ってつけてしまったのだと思う。

私が気になっているのは、汚れそのもの以上に、何人もの作業者がこのバルコニーを行き来しているのに、みな、知らん顔しているところである。

客に不快な思いをさせないために、問題が大きくならないようにスタッフ同士で配慮するのが社会の通例ではないか。

まさか、ひとりも汚れに気づいていないことはないはず。

溝の塗装とシート張りの担当は違う人だろうし、「オレは関係ない」っていうところなのだろうか。

担当が違えば所属会社も別だから、一般の会社員が持っているような帰属意識は備わっていないのかもしれない。

もちろん工事会社に要請して補修はしてもらうつもりだが、住人から指摘するのではなく、施工している側から補修する旨を申し出るほうが姿勢としてははるかに美しいと思うが。

なお、しばらくはこのままにしておき、私からは何もアクションは起こさないつもりでいる。

もし、全く反応がなしのつぶてであれば、「目安箱」に文書を入れようと考えている。

足場が外れるタイミングまでには申し出ないといけないが。

世の中、簡単なこと、あるいは単純なことほど実行が難しいと言われるが、本当にそのとおりだと思う。


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生活に不便はないとはいえ、気になるのは確かだ
20 : 32 : 54 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

4月8日(月)

統一地方選挙の前半戦が終わった。

大阪では、府知事と大阪市長のW選挙が全国的な関心を集めていたようだが、結果は開票と同時に維新候補の当確が出るなど、ワンサイドゲームであった。

もっとも、事前に予想されたとおりの結果であって、府知事選に至っては告示の段階で、事実上勝負が決まっていたのが現実である。

選挙期間中、たまたま出会った反維新陣営の人の話では、
「候補者を出さないわけにはいかない」
ということであったが、負けるとわかっていれば候補を立てずに白旗を上げるということはできなかったのだろうか。

無投票で終われば、候補者にとっても陣営にとっても労力や資金を使わなくて済むから助かるはず。

何より選挙費用がかからないところから、住民の負担する税金を大幅に減らすことができるのに。

しかし、それができないのが政治の世界なのだろう。

終わってみれば、当初は接戦が予測されていた大阪市長選挙も、20万票もの大差が維新が勝っていた。

ネット記事の見出しの言葉を見ると、いずれも維新の圧倒的な強さを表現している。

読者の目を引くためには、少し大げさな言い回しになってしまうのはやむを得ないかもしれない。

しかし「完勝」はないだろうと思う。

大阪市議会の選挙では過半数をとることができなかったのだから、この部分は負けである。

「完勝」とは、たとえば野球で言うところの”完全試合”、あるいは”ノーヒットノーラン”であって、これは球史に残る完璧な勝ち方である。

4つのキーポイントの一つを落としているのだから、せいぜいが”完封試合”がふさわしい。

メディアが興奮し過ぎて、言葉が先走ってしまったのだと思う。

なお、今回の大阪の選挙は「都構想が問われた選挙」だと喧伝されていたが、私にはそんな意識はなかった。

大阪府知事選挙に関しても、政策や未来ビジョンがどうのこうのではなく、責任ある政党にもかかわらず節操のない行動をとった側への批判票を、私は投じたのである。

勝手な憶測ではあるが、私と同じ趣旨の選択をした人は少なくないような気がする。

ちなみに返り咲きを狙って奮闘していた私の友人は、落選の憂き目を見た。

彼が失意のドン底にあるのは想像するまでもないが、私も本当に気が重い・・・。

 
20 : 15 : 36 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

4月7日(日)

近くの大学キャンパスで花見があった。

お手伝いをすることとなっていたので時間の余裕を持って出かけたところ、早く着き過ぎてしまった。

集合時間にはまだ30分もある。

そこで、キャンパスで催されているイベントを見物に行った。

応援団の演舞はいつ見ても勇壮そのものだ。

もっとも、昨今は学生服姿の男子学生よりも、可憐なコスチュームに身を包んだチアガールのほうが存在感を放っている。

リーダーとして指揮をとるのは学生服の男子学生であっても、そのすぐ後ろを多くのチアガールが陣取って、最後部に男子学生が文字どおり後塵を拝す形で控えている。

時代が変わったことをまざまざと見せつけている。

いっときは応援団と言えば男の匂いがプンプンしていたのだが、いまや様相はすっかり一変してしまった。

次に、茶道部で野点をしていたので、一服させていただいた。

妻や娘がお茶をやっていたものの、私は全く心得はない。

それでも、茶道部の人たちは嫌な顔ひとつされず、丁重にご接待をしてくださった。

茶道部員はほとんどが女性であったが、ときおり男性の姿も見られる。

皆さんが黒のスーツの正装で、正しい姿勢での立ち振る舞いであったのにはすがすがしさを感じる。

立ち去るときに、心ばかりの気持ちのものを差し出したのだが、毅然とした態度で固辞された。

これにも茶道らしさというものを学ばせていただいたような気がしてならない。

応援団にしても茶道部にしても、言うならば上から教えられた挙措動作をそのままに演じていることになり、そこに個人の自由意志や個性は表に出てこないものである。

近年はやたら個の尊重が声高に叫ばれているが、物事を覚えて身につけていくプロセスでは、教えられたとおりに愚直に真似ていくというのが本当は大事な姿勢なのだと思う。

応援団と茶道部の姿からは、しっかりと伝わってくるものがあった。

そして、本来の目的であるお花見が始まった。

おりしも、ソメイヨシノは満開で、おそらくはこの季節一番の見ごろではないか。

明るいうちから飲むビールはひときわおいしい。

今日は、花も実もある一日であった。


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抹茶をいただいてからお菓子を食べるのは反則なのか?

 
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4月6日(土)

アマゾンに3,700円で注文していた圧力鍋が届いたので、早速、料理をしてみた。

3.5リットルなので、ひとり暮らしには大きいかもしれないが、大は小を兼ねるという言葉もあるので、あえて大きめのを選んだ。

そもそも圧力鍋を使おうと思った動機は、調理時間の短縮である。

電気の炊飯器で米を炊いていると、1時間以上かかる。

白米が大好きな私にとって、炊き立てのご飯というのはこれにまさるご馳走はない。

三度の飯よりもご飯が好きだ・・・・というのはおかしな表現かもしれないが、とにかくご飯が気に入っているのである。

しかし、炊くのにあまりに時間がかかかり過ぎるので、食べたいというタイミングがずれることが多いのだ。

これではせっかくの高揚感が萎えてしまう。

圧力鍋だとスピーディーに炊飯ができると聞き、それで注文してみた。

要は時短目的である。

機械のメカニズムが苦手な私なので、ちゃんと使いこなせるかどうか不安であった。

取扱説明書を何回も読んだものの、意味がわかりにくいので、レシピのとおりに実際に作ってみることにした。

そこで、コメ1合だけを試験的に試してみたのである。

1合だからかどうか、早かった。

沸騰するのに3分ほど、あとは弱火の加熱5分と指示があったので、そのとおりに5分だけ加熱して、火を止めた。

蒸らす時間が10分だというので、説明書に忠実に10分待った。

おそるおそる口に運んでみると、なんともこれが美味ではないか。

甘さもあり、噛んだときの感覚も心地よい。

電気炊飯器とは天と地ほどの違いがある。

一度、これを食べたら、もう電気炊飯器でご飯を炊く気にはなれない。

ただ、この違いというのが、電気とガスの差によるものかもしれないから、圧力鍋だからと断定はできない。

そこで、次はサツマイモを煮てみた。

いつも、なると金時の太いのを4本、一口サイズにカットしてガスコンロで煮ている。

全く同じ条件で圧力鍋でやってみた。

さすがに量がまとまっているだけに、あっという間というわけには行かなかった。

それでも、普通の鍋で煮るよりははるかに早く仕上がったが。

実際に食べてみると、やはり、圧力鍋で煮たほうが明確に甘さが引き立っている。

同じガスで煮ても結果が全く違うのだから、圧力鍋の機能のなせるわざというべきだろう。

つまり、早くておいしい仕上がりになるのだから、これは一石二鳥である。

来年のお正月は黒豆を作っておせちの一つにすることを、ひそかな目標にしている。

ただ、あまりに調子に乗って、ご飯やサツマイモを食べる量が増えていくと、ますます炭水化物過大になってしまう。

圧力鍋は自重しながら使っていくつもりだ。


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圧力鍋を使い始めたら手ばなせなくなると思う

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4月5日(金)

散歩に出たときの楽しみの一つに、コーヒー休憩がある。

街を行き交う人たちを眺めながらコーヒーをすすっていると、えも言えぬくつろぎを味わえる。

ただ、私の場合、実はコンビニで買ってきたコーヒーをスーパーのイートインに持ち込んで飲んでいる。

そのことに後ろめたさを感じないわけにはいかない。

そのスーパーにも100円コーヒーがあるのだが、どうも味がもうひとつなのだ。

片や、コンビニのコーヒーは安定した味と香りなので、テイクアウトしてそのスーパーまで持参している。

スーパーのイートインでは、
「ご来店のかたはお気軽におくつろぎください」
と書かれた案内板があるだけで、他店購入品の持ち込み禁止とはなっていない。

買う買わないは別にして、私自身は物理的にはそのお店に入っているのだから、店からみれば「来店客」にかわりはないという理屈は成り立つ。

とはいうものの、スーパーでも同等のコーヒーがあるから、やや気が引ける。

まさか、店員さんに面と向かって
「コンビニで買ったコーヒーを、ここで飲んでもよろしいですか?」
と質問するわけには行かない。

店員さんにしたら、アンパンマンのようににっこりして
「はいどうぞ」
としか答えようがないだろう。

無意味な質問にほかならない。

だから、コーヒーを片手にそのスーパーに入るときは、極力、店員さんとは目を合わさないように意識している。

スーパーでパンなり、おにぎりを買って入ればいいのだが、すでにコーヒーを手にしているので、その状態で買い物となると煩わしいのだ。

・・・こんなことで頭脳と神経を消費しているというのは、私がいかに小人物であるかを示す良き証拠だと思う(汗)。


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良心の呵責にさいなまれるひとときでもある
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4月4日(木)

朝と昼の散歩は、マスクなしで出かけてみた。

季節的に言えば、4月の上旬でヒノキ花粉が飛散しまくっているはずだし、現に花粉情報を見ても”最盛期”とのアラームが出ている。

ただ、眼科で、点眼薬の”パタノール”を処方していただいてからというもの、最近は目も鼻もすこぶる調子がいい。

当初は、まさか目薬が鼻の症状に効くわけはないだろうと思っていたのだが、実際には鼻の不具合も雲散霧消してしまった。

また、加齢により、私の免疫力が低下したのかとも考えたのだが、”パタノール”処方の二日後に著しい改善が見られたのだから、目薬が効いたと認識するのが自然だと思う。

抗ヒスタミン作用を持っているところから、目だけではなく鼻にも力を発揮したのではないか。

ともあれ、私には喜ばしい限りである。

4月と言えば、本来なら寒さも遠のき、ポカポカ陽気を楽しめる気持ちの良い季節だ。

だが今までの私にとって4月は受難のひとときであった。

なのに、今日などは、満開目前のソメイヨシノを愛でながら散歩ができ、春を満喫させてもらった。

”感謝”という言葉がよく使われるが、他人からやれと言われて感謝できるものではなく、自分で感じるからこそ自然とありがたいという気持ちがわいてくるものだ。

いま、私は”パタノール”に心からの感謝の念を持っている。

もちろん、私に対しての効能があったというだけのことで、天下万民老若男女のすべてに恩恵をもたらすというわけではない。

私の異物への過剰反応メカニズムを緩和する上では効果を発揮しただけなのだから、半ば偶然の産物である。

テレビでやっている健康番組では、特定の食材を取り上げて、たとえば便秘や高血圧や肥満などに効果が期待できるかのように伝えている。

なるほど一人か二人には成果があったかもしれないが、1億2000万人を対象にして同じ結果が出せるかというと、そんなものは検証できるはずがない。

一昨年に会社をやめた時期は、メモをとりながらその手の番組を見ていたものだ。

が、あまりに科学性に欠けていたと思う。

医師や医学部教授という肩書の人が出演していると、いかにも説得力を持ってくるから不思議だ。

もちろん、今は全く見なくなったことは言うまでもない。


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使い終わった後の空容器は神棚に飾っておくべきか

 
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4月3日(水)

選抜高校野球が終わった。

平成時代のセンバツの最初と最後を東邦高校が優勝で飾ったのだから、これは多くの人の記憶に焼き付けられるに違いない。

ただ、今大会でも物議をかもす問題が幾つか起こって、今後に課題を残すこととなった。

応援団があまりに大音量であった、負けたチームが試合終了後の相手選手と握手をせずに帰った、サイン盗みの疑いがあった、等々。

応援団に力が入るのは無理からぬところだが、なるほどネット中継を見ていると解説者の言っていることが聞き取れないときもあるほどだった。

球場で観戦している人には、もっと大きなインパクトがあったはずだ。

試合終了時の挨拶の後の相手選手との握手は、私は本来はすべきではないと考えている。

ホームベース前ですでに挨拶を済ませているのだから、早くグラウンドを立ち去るというのが関係者への配慮だろう。

ただ、いつの間にか高校野球では、相手チームの健闘を称えるための握手をする慣習が定着してしまった。

ならば、負けた側も、今までのやり方を尊重するのが基本だろう。

高校生ともなれば、それぐらいの分別は持ってほしいと思う。

今回は負けたほうのチームがこの挙に出たというので、まだ問題は小さくて済んだ。

もし勝った側が握手をせずに帰ってしまったとしたら、轟々たる非難の声が上がっていたに違いない。

そして、最後のサイン盗み疑惑であるが、これは今までにも起こっていた事柄である。

しかし、今回は憤懣やるかたない監督が、試合終了後に相手の監督に直接抗議したことから、さらに炎上したのである。

実に異例である。

なお、「高校野球の規則ではサイン盗みは禁じられている」との複数の記事があったのだが、高校野球特別規則高校野球周知徹底事項アマチュア野球内規を見た限り、その記載は見つけられなかった。

私の探し方が不十分であったのだろうか。

ただ、相手チームのサインを盗み取る行為が批判されるのは、セカンドランナーがキャッチャーのサインを見ることだけが問題になっている。

逆に、守備側が攻撃チームのサインを見た場合は、これは見過ごされるのだろうか。

スクイズのサインが出たとき、守備側がそれを見破った行為があっても、それ規則違反にはならないのだろうか。

このあたりが”高校野球の規則”ではどう規定されているのかを見たかったのだが。

ともあれ、何かと論議を呼びながらも、春の高校野球は楽しませてもらった。

自分の好きなタイミングで野球中継を見られるというのも、無職の人間ならではの贅沢である(笑)。

 
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4月2日(火)

加入している団体での会議があった。

街づくりを掲げるボランティア団体のOBによって結成されている会である。

だから親睦のためのほのぼのした場であるはずなのだが、近年はなぜだか緊張感を帯びるようになってきた。

今年の1月から役を命ぜられていて、今日はその会議に出席した。

議事は淡々と進み、最後に議長が
「何かご意見やご要望はありませんでしょうか?」
と投げかけたところ、60代後半と見られる人が発言した。

その内容は、
「執行部は、ホームページに掲載していますとか、メールを積極的に活用しますとかいうお話をされているが、会員の中には、私のようにそれができる環境にない人も多い。
機械任せにするのではなく、この会合の場で説明をしたり、ハガキや封書での連絡をまめにする方向で配慮をいただきたい。」
というものであった。

回答として、会長がすっくと立ちあがり、にこやな表情で語りかけた。

「せっかくホームページを開いているのですから、こちらをご覧いただきたい。
今なら公共の施設でインターネットも簡単にできる。
そういった手間をとっていただけませんか。」
とのお返事であった。

質問した人は、納得の行かない面持ちで、
「はい」
とだけ答えていた。

私は会長の回答に心からの快哉を叫んだのである。

実は、ほかの団体でも似たことがあった。

おそらく、この手の話は多いのではないか。

仮定の話は無意味かもしれないが、会社であればメンバー同士の情報共有は必要だから、あらゆる方法でコミュニケーションがとれる環境を整えるのは必須だ。

しかし、慈善団体のOB会で、そこまでする必要はないと私も考える。

この会合に出てくる人で、明日の食事に事欠くような経済的困窮者はいないはずだし、パソコン操作の勉強をする時間がないほどの多忙な人もいないと思う。

図書館か市役所に行けば、インターネットができるパソコンが置いてあるところもあるので、そこでサイトを見るぐらいなら、そんなにハードルは高くはない。

ただ、その質問者は、だからといって、これからパソコンの学習に着手することはないだろう。

興味も必要性も感じなければ、60を超えた人間が新しいことを学ぼうという気にはならないのが通例だ。

ひとごとではない、私自身も学ぼうという姿勢を忘れてはならないと強く感じた。

 
20 : 17 : 20 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

4月1日(月)

統一地方選の期日前投票に行ってきた。

本来の投票日は4月7日であるが、その日はお花見と銘打っての飲み会が入っており、世話役をやっているので、夕方まで手がふさがってしまう。

夜でも投票はできるが、アルコールが入っている状態で投票所に入るのは不謹慎と思い、前もって済ませておくことにした。

”期日前投票”の制度が正式にスタートしてからという意味合いでは、初めての経験である。

今から20年近く前に、”不在者投票”の一つで決められた投票日より前に投票をしたことがあった。

そのときは条件が厳しく、投票日が仕事や冠婚葬祭などのやむを得ない所用と重なったときだけに限定されていた。

私もたまたま日曜日に抜けられない仕事が入ったので、不在者投票ができた。

当時は、花見や旅行などのレジャーに行くからという理由では、不在者投票は認められなかったのである。

おそらくは投票率の低下を少しでも防ぎたいとの意向からだろう、”期日前投票”の制度ができて、都合が悪いという理由が遊びであっても構わないこととなった。

これは妥当な措置だと思う。

当時は窮屈な制度があったものだ。

今回は、私は告示の前から票を投じる候補は決めていたし、あと1週間の間に私の思いが変わることは、99%ない。

だから、いつ投票しても同じ結果である。

そもそも、投票日に投票すべき合理的な理由なんてあるのだろうか。

有権者が候補の絞り込みに10日間もかかるなんて、極度に意識の高い人の中にはいるかもしれないが、それは例外である。

実は、指定された投票日ではない日に投票するということに、私は少ならぬ後ろめたさを持っていた。

法律で認められた権利なのだから、臆することなく行使すればいいのだと自分の気持ちを鼓舞して、投票所に向かったほどであった。

”期日前投票”という言い方そのものにもイレギュラーだというニュアンスがこもっている。

「告示日翌日から開票日までの都合のいいときが投票日です」
の発想に変えたらどうか。

そうしたからといって、行政コストが上がることはない。

すでに、”期日前投票”のための会場とスタッフを用意しているのだから。

なお、朝の10時半ごろに会場に行ったが、広い会場に投票のためにいたのは私ひとりであった。

夜の時間帯になれば増えるのかもしれないが。

統一地方選の後半戦も、意識して期日前投票にいくつもりである。

 
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Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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