11月30日(木)

地元のテレビ局がやっている朝のニュース番組に、『すまたん』がある。

フランス語で”今朝”の意味があるらしい。

私の朝は、この番組から始まるようなものだ。

家で寝泊まりしているときは、欠かさず見ている。

辛坊治郎さんのニュース解説は、東京から全国ネットで放映されている番組では聞くことのできない切り口がある。

だから『すまたん』は貴重な番組だと思う。

さて、この番組が即席めんの会社とコラボして、カップ麺を制作した。

辛坊治郎さんの相棒である森武史アナウンサーが、このラーメン制作についての意見や提案を行ったらしい。

血圧の関係でラーメンはご法度の私であるが、『すまたん』がやっていることだから、乗らないわけにはいかない。

2年か3年前にも、同じ趣旨の企画があって、やはりカップ麺を買いに行ったことがあった。

なぜかそんな衝動に駆られるのか、自分でもわからない。

塩分相当量は7.1gと書いてあった。

一日の食塩摂取の上限値が6gと言われているので、それを上回っている。

もちろん、出汁は全部残した。

とはいえ、麵の部分だけでも塩分量はかなり多いと思う。

ただ、自分の好きなものを食べるというのも人生の大きな喜びである。

それを我慢していたのでは、生きている楽しみをみずから捨ててしまっているようで、あまりにもったいない。

悩みどころである。


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唐辛子がピリピリと効いていた
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11月29日(水)

運転免許の更新を済ませてきた。

警察署の「免許更新」の窓口に行ったところ、まずは写真撮影するように指示された。

運転免許証というのは、本人確認の書類として使われることも多いので、写真は重要な情報に当たるのだろう。

さて、免許証で使われている写真では、笑っている顔を見かけたことがない。

本人であることを証明するものだから、いつも笑顔を絶やさない人であれば、笑っているときの写真を使うのが、本来の趣旨にかなうことになるはず。

しかし、ニコニコ顔の免許証なんて、お目にかかったことがない。

念のためにネットで確認したところ、大阪府警の不適当な写真例の欄に、笑顔の写真があった(最上段の右)。

その理由は”平常の表情と異なる”というものである。

私が見た感じでは、せいぜい口元が緩んでいるだけなのだが、これでもアウトなのだろうか。

確かに、運転免許を提示するというのは、自分が自分であることを証明する場面だから、笑顔とは無縁なのかもしれない。

とはいうものの、ちょっと口角が上がっているだけで除外されるなんて、あまりに厳しすぎるのではないか。

ちなみに、今年の大晦日の『笑ってはいけない』は“アメリカンポリス”らしい。

まさか、大阪府警がこの番組にならったわけではないと思うが。

 
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11月28日(火)

昼食は、ベトナム料理を食べに行った。

定番えでゃあるが、フォーと揚げ春巻き、デザートのセットである。

2年前に、あるイベントでお世話になった人がここの料理を担当されている。

ずっと昔、ベトナムが政情不安で荒れていたとき、命からがら船に乗って逃げ出してきた、という経験の持ち主だ。

その悲惨さたるや想像を絶したものがある。

北朝鮮から木造船で流されてきた、という最近の事件は不慮の事故だから、少し事情は違っている。

いずれにせよ、日本のようにあまりに平和過ぎて、安全であることが当たり前の国では、実感の伴わない話なのだろうか。

日本人が、ともすれば「平和ボケ」と言われるのは愉快ではないが、一面は事実なのだから甘受しなければならない。

閑話休題。

料理は、2年前にもやはりフォーを食べたが、今回はパクチーの量が少なくなっていた。

以前に来たときは、客が好きなだけパクチーを追加ができるようになっていたが、今回はそのサービスがなかった。

もしかしたら、天候不順によってパクチーも不作になったのだろうか。

アジアの匂いの代表格がパクチーなのだから、制限を受けるというのは残念でならない。

そのかわりというわけではなかろうが、名前は忘れたが、かなり激辛の香辛料が添えられていた。

春巻きとフォーの両方につけたが、さすがに体の芯から火照ってくる。

折からの小春日和で、店からに帰りは汗をかいた。

やはり、アジア料理は汗をかくぐらいの辛さが魅力だ。


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11月27日(月)

地域での市民マラソンが盛んである。

当地でも、昨日、大阪マラソンが行われた。

地元のテレビ局もライブ放映するなど、なかなかの力の入れようである。

イベントが終わった次の日になっても、地元のテレビ局ではマラソンの話を引きずっているほどだ。

局がやっているテレビ番組の気象予報士やアナウンサーがランナーとして走った場面を取り上げ、それを繰り返し紹介している。

もちろん、テレビ局というのは最終的には視聴率の勝負であり、視聴者の歓心を買うような番組編成をするのは当然かもしれない。

だからこそ、美人の気象予報士やアナウンサーを走らせることで、注目を集めようとするのは、手法としては理解できる。

しかし、彼女たちの仕事は気象を的確に予報すること、ニュースを正確に伝えることに尽きるのではないか。

42㎞超の距離を走ることは、本来の仕事ではないのだ。

また、完走した後、やたら感動を演出していく報道姿勢にも嫌気がさしてきた。

今日も見ていたら、「がんばれ」「あきらめるな」のフレーズが、やたらに出てきていることに気づいた。

しかし、自分がやるべき職務を全うすることのほうが、はるかに大事だと思う。

走っていて途中で苦しくなれば、すぐにリタイアすることこそ、プロの姿勢だと私は感じる。

私にフルマラソンをするように声がかかることはないだろうが、もしそんな事態があっても、丁重にお断りする。

さすがにこの年齢になると、身のほどをわきまえているつもりである。

 
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11月26日(日)

2週間ほど前に、ネットで「478呼吸法」を知った。

なかなか眠られない晩にこれをすると、たちまち眠りにつける、という呼吸法である。

その日、寝るときに実際に試してみたら、4セットもしないうちに眠りについていた。

それが約1週間続いて、これはいいことを知ったと喜んでいたのだが、どういうわけか、この1週間は効果が出てこない。

4セット単位で何回か繰り返すのだが、最初の目覚ましいばかりの威力は姿を消してしまった。

もしかしたら、”ビギナーズラック”であったのだろうか。

そんなことを考えながら、スーパー銭湯の露天風呂に浸かっていると、なんと睡魔が襲ってきた。

まさか、ここで眠り込んでしまうわけにはいかない。

自分を叱咤して、目をさまそうと踏ん張った。

在職中、会議中に眠りを我慢するのに苦労したことを思い出した(汗)。

皮肉なもので、眠りたいと思っているときは寝られず、逆に、寝てはいけないシチュエーションでは眠気が出てくる。

お風呂の湯に浸かっていて眠くてたまらないなんて、今まで経験したことがなかったのに。

そういえば、今日は11月26日、「いいふろ」であった。

 
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11月25日(土)

日本の各地で雪が降ったり、あるいはすでに積もったりしている。

いよいよ本格的な冬がやってきた。

大阪では近年はほとんど雪が降らなくなったものの、それでも朝晩の寒さはこたえる。

よく言われるが、防寒対策として「3つの首」がポイントになる。

首と手首と足首の3つを冷やさない、ということである。

従来から、外出の時は、首はネックウォーマーで、そして、手首は手袋で暖をとっていた。

ただ、足首の部分への備えが足らなかったので、レッグウォーマーを買ってきて試してみた。

確かに、違う。

足元から迫ってくる寒気が、さほど強くはない。

厳密にいえば、”レッグ”だから足首ではなくて、膝から下の脚をあたためているのだが。

外へ出ているときというのは、散歩をしている、つまり体を動かしているときなので、そのせいかとも考えたが、夜、部屋の中にいるときも、保温効果を実感する。

今までは、家の中でパソコンに向かっている時というのは、重ね着をして、さらに膝かけがわりに毛布をかけていた。

しかし、毛布では隙間ができるので、まるですきま風を受けるような冷たい思いを強いられていたのである。

このたび、レッグウォーマーを履いたことで、画期的に快適になった。

年齢が上がってくると、サバイバルのためのツールがだんだんと増えてくる。

小学生ぐらいの頃なんて、せいぜいジャンパーくらいしかなかったことを思うと、年月が経つことの残酷さを身に染みて感じる。

 
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11月24日(金)

今日は11月の第四金曜日ということで、”ブラックフライデー”であった。

いつも行く総合スーパーでも、かなり熱心に事前の宣伝をしていた。

広告につられた形で、そのスーパーまで行ってみたが、確かに、”ブラックフライデー”のフレーズの入ったポスターやパネルは至るところで見かけた。

しかし、お店の力の入れ方は、商品の値段には必ずしも反映していなかった、というのが偽らざる感想である。

さしあたって必要なのは冬用のパジャマだけであったので、3,880円で買った。

それが高いか安いかはわからない。

ただ、頻繁に買っている食品類などは、普段と値段は全く変わらない。

ほのかな期待があっただけに、ちょっとした失望は免れなかった。

結局は年末商戦の一環ではなかったのか。

ところで、”ブラックフライデー”の言葉を最初に聞いたとき、かつての”ブラックマンデー”を連想して、あまり好感を覚えなかった。

そもそも、”ブラック”の持つ語感としてネガティブなものが強いと思う。

「ブラックリスト」「ブラック企業」など、少なくとも日本では好ましくないものに使われている。

日本語でも、「暗黒」「黒歴史」などと、良くないことの代名詞だ。

逆に、”白”は「身の潔白」「この人はシロ」などと、ポジティブな意味合いで使用されている。

どちらも色の名前なのに、天と地の違いがある。

もちろん”白”が天だ。

ということは、日馬富士関も白鳳関も間違っていないことになる・・・・?

 
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11月23日(木)

近所のコンビニに行ってきた。

アマゾンで、そのコンビニ宛てに配達してもらうように注文した品を受け取るためである。

店の機械で引換券をプリントアウトし、若い男性店員に手渡したら、少し戸惑ったような様子を見せた。

おそらく、まだ勤めて間がないのだろう、手続きの仕方を詳しく知らない雰囲気だ。

すかさず、ほぼ常駐している40歳前後の女性店員が若い店員をフォローする。

耳を疑う言葉が出てきたのは、そのときであった。

その女性が引換券の番号の入力を指示するのに、
「ケツの4つの番号を・・・」
と言ったのである。

店員同士の会話であればともかく、客が前にいるのだから、「ケツ」はないと思う。

「うしろ4つの番号」か、せめて「お尻4つの番号」とか言えないものか。

伝わりやすい表現ではあるが、だからといって公然と使っていい言葉ではなかろう。

決して不愉快に感じたわけではないが、そもそも「ケツ」という言葉自身が下品であり、ネガティブなイメージを漂わせている。

「自分で自分のケツを拭く」などのように。

あえて、そんなマイナスイメージの言葉を使わなくてもいいと思うのだが。

これを言うと女性差別になるかもしれないが、女性が使う言葉ではないと私は考えている。

もちろん、彼女にしても、客を相手には「ケツ」は言わないだろうが。

 
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11月22日(水)

市の関連団体のイベントに出席してきた。

毎年、河川敷で行われているのだが、通年であれば10月に開催されるものが、いろいろな事情があって、今年は11月の今日になったものである。

10月であれば、一年でも最も過ごしやすい季節であり、空気を吸うだけで快適そのものだ。

しかし、今日のように寒い日となると話が違う。

内心、早く終わってほしいと願っていた参加者は多かったと思う。

根っからの寒がりの私は、今日は、重武装して出かけた。

熱をためやすいシャツを2枚着て、さらに、靴下もスポーツ用の厚手のものを履いた。

足の部分の冷えをあまり感じなかったのは、靴下のおかげか。

今日はフォーマルな場なので、スーツ姿で臨んだ。

もちろん、参列中はコートを羽織っていたことは言うまでもない。

それでも、空が曇ってくるとたちまち寒さを感じる。

幸いにして、風があまりなかったので救われた。

しかし、世には、寒風吹きすさぶ中で終日仕事をしている人もいる。

それを思うと、私の場合は、せいぜい午後3時間だけのことだから、そんな大した負荷ではないはず。

やはり、寄る年波には勝てないのだろうか。

体力的にはそんなにも衰えていないと思うが、寒さに対しては、めっきりと弱くなったと思う昨今である。

 
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11月21日(火)

妻のところに、息子から連絡が入ってきたらしい。

アメリカ転勤についての正式の話があって、アリゾナ州に赴任することになった、とのこと。

来月の20日に日本を発つ段取りである。

赤ちゃんも一緒に行くのかどうか案じていたが、結局は、まずは息子だけが単身で向かい、年明けの2月に現地で合流することとなった。

おそらくは周囲からもかなりアドバイスがあったのだと思う。

ともかくもこの点では安心した。

出発までは大阪のわが家で一緒に生活することとなった。

それはそれで喜ばしい話だ。

静まり返っていた家が、急ににぎやかになるのだから。

しかし、息子がアリゾナに行ってからは、嫁にしてみたら気疲れするのではないか。

正月に夫の実家に帰ることを嫌がる奥様の話は頻繁に耳にする。

それが、約2か月も続くのだから、息が詰まってしまうのではないか、それを心配している。

ただ、妻は”意地悪ばあさん”ではないし、嫁は結構クレバーなので、私の心配は杞憂に終わるものと信じたい。

もちろん、息子夫婦が話して決めたことなんだから、そのあたりの事情は承知のはず。

ところで、アリゾナと言われても私には砂漠の光景しか連想できないのだが、息子一家は大丈夫なんだろうか?

 
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11月20日(月)

散歩のとき、たまたま通学の時間帯に重なると、横断歩道や校門近くで生徒の見守りをしている人が立っていることがある。

私立の中学高校一貫校で、やはり、その役割の人がいる。

私がそのコースを通るときは、結構、お姿を見かけする。

たぶん先生だろうが、もしかしたら職員かもしれない。

ラグビーのフォワード選手を思わせるようないかつい顔つきで、通学してくる生徒には「おはよう」の言葉を必ずかけている。

ときおり、顔を見知った生徒には笑顔で話しかけたりもしている。

年齢は50歳前後。

さぞ、オープンな心を持った人なんだろうと想像している。

顔とは裏腹のあたたかいハートが感じられるのだ。

ところで彼に与えられた使命は何なのだろうかと、考えることがある。

私がウイークデーの散歩を始めたのは、今年の7月からである。

だから、いつから彼が立ち始めたのかはわからない。

もしかして、怪しげな人物の動きがあったので、その警戒のためかもしれない。

あるいは、生徒の服装や髪型が校則に違反していないか、そのチェックのためかもしれない。

さらには、遅刻しそうな生徒に注意を促すためなのかもしれない。

趣旨がどうであれ、彼がそこで立っていることに、私は安心感を覚えている。

貴重な存在である。

これから寒さが本格化するが、風邪を引かないように職務を全うしていただきたい。 

 
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11月19日(日)

万博記念公園に行ってきた。

秋の無料デーとやらで、入場料が要らなかった。

ありがたい話である。

去年も無料デーのときに行ったことを思い出す。

たまには、ちゃんと入場料を支払う日にも行かなければならないと、心ひそかに誓った。

朝9時半の開門と同時に入ったら、さすがに人は少なかった。

まだ完全には紅葉していないものの、自然公園の中は圧巻としか言いようがない。

毎年楽しみにしているスポットの滝では、備え付けの椅子にしばし座って、何も考えずに流れ落ちる水と赤く染まった木々を愛でた。

この光景を目にするだけでも、私はありあまる幸福を享受していると思う。

太陽の塔の近くで、地元のラジオ局がイベントをやっていた。

屋台もたくさんでていた。

野菜の販売をしているところもあって、レタス100円のブースには長い行列ができていた。

驚いたのは、法律事務所や歯科クリニックのブースもあって、客も入っていたことである。

おまつりに来ている人に、法律や歯科への需要があるのだろうか。

中には、「終活相談」というのもあって、私にとってはひとごとではないが、場違いの感はぬぐえない。

いずれも世相を反映しているのだろう。

私が高校3年生のときには、各国のパビリオンが林立していたスぺースが、いまや、美しい自然を満喫できる場所になっているなんて、当時の私は想像もしていなかった。

人間は自然をも作り出すのだから偉大だ。


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11月18日(土)

家の近所に、そこそこの大きさの街路樹が整然と植えられた通りがある。

毎年、11月の半ばを過ぎた時期ともなると、紅葉が真っ盛りとなり、それを目当てに写真撮影にやってくる人も多い。

私もその一員だが。

中には、車があまり通らないのをいいことに、道路の中央に三脚を立てて撮影に及んでいる御仁もいる。

幸い、事故やトラブルは聞いたことがないが、あえて危険なことはするべきではない。

さて、昨日もこの街路樹の道にやってきたが、とにかく、人と車であふれかえっていた。

さすがに今日は雨上りの曇り空のせいか、ギャラリーは少なかった。

紅葉は青い空にこそ美しく映えるのだろう。

グレーに赤色は、相性としてはもう一つだと思う。

なお、昨日も今日も、介護施設で生活している人の姿が目立った。

施設のスタッフが車で連れてきているようだ。

単調な施設の生活が続く中で、美しい自然を体感できるのは何よりの慰めになっているに違いない。

知らず、入院中の父の姿を重ね合わせて見ていた。

美しい街路樹も、せいぜい今月で終わりである。

すべての葉が散ってしまうと、現金なもので、もう誰も見に来ない。

しかし、短期間かもしれないが見事な紅葉を見せてくれた木々には、言葉では言い表せない愛おしさを感じる。

よく、スポーツ選手がインタビューで
「勇気を与えるプレーをしたい」
と語っている。

私は、木々の紅葉の光景を見ると、そこに燃えるような生命力を感じる。

自然現象と言えばそれまでだが、街路樹は、私に勇気を与えてくれていると思う。

 
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HDRで撮影すると空が青く写っている・・・?

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11月17日(金)

どういう風の吹き回しか、妻が柿をめぐんでくれた。

誰かからたくさんもらったので、そのおすそ分けらしい。

大ぶりで、見るからにブランド柿の空気をたたえている。

さっそく、食べた。

今回も、柿の皮をむくべきかどうか、少し考えた。

ネットを検索してみれば、どのサイトでも、
「洗ってから食べれば問題はなく、むしろ、滋養分に富んでいる」
と解説されていた。

つまり、サツマイモやジャガイモと同じことだ。

私の場合、食べ物を口にするとき、体に悪くないか、あるいは、健康にプラスになるか、ということを考える。

おいしいものであることは当然だが、かといって、体に悪い作用をもたらすのであれば、なるべく遠ざけるようにしている。

ラーメンが典型的な例で、確かにおいしいのだが、塩分があまりに多すぎるので、日ごろは遠慮している。

基本的に嫌いな食べ物がない私なので、そうなると、健康にいいものを優先して食べることになる。

サツマイモもジャガイモも、皮に滋養分があるとなれば、躊躇なく、皮のまま食べる道を選ぶ。

その伝で、今日は柿も皮のままで食べた。

全く違和感はなかった。

硬いものが苦手な人には抵抗があるかもしれないが、そうでなければ、ごく自然に食べることができると思う。

柿は、ビタミンCの含有量が果物のなかではトップクラスだという。

しかも、実よりも皮のほうにたっぷりと含まれているらしい。

これで、私の美肌度も大きく前進した・・・。


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11月16日(木)

今日は、財布から現金やクレジットカードを取りだして買い物をすることが、全くなかった。

つまり、1円も使っていないことになる。

とはいっても、電気や水道は使っているので、消費をしていることは間違いない。

散歩には、朝と夕方の2回出たが、買うべきものがなかったので、店には立ち寄らなかった。

散歩のときに買うものといえば、ほとんどが食料品である。

だから、買いだめしておけば、何日間は買わなくても済む。

思い起こせば、会社勤めしているときは、車通勤ということもあって、買い物をするのは土曜か日曜日が基本であった。

会社帰りにスーパーやコンビニに行くなんて、極めてまれなことであった。

そういった意味では、今日のようにお店に一度も入らないというのは、とりたてて珍しい事柄ではないのである。

さて、ナンセンスな仮定論だが、もしお金を全く使わない、つまり消費を全くしない生活を続ければ、相当な蓄財ができると思う。

快適な生活からはほど多いが、預金通帳の残高はふくらんでいく。

ただし、1億2千万人の国民がこれを実行すれば、日本経済は大きな打撃を受けることは間違いない。

可処分所得に余裕のある人は、積極的に自分の好きなものに使うべきだ。

日本でのカジノ解禁には慎重論も根強いが、日本観光に来た外国人だけが入場できるというのであれば、経済効果の面から大いに期待できると思う。

・・・自分の一日の行動でもって、天下国家を云々するのはあまりにも飛躍し過ぎていると、少々反省している(汗)。

 
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11月15日(水)

眼科に再検査に行った。

先週、医師から言われた視野検査を受けるためである。

目はまっすぐ前方を見詰めながら、光が見えたら合図を送るという簡単なテストである。

単純ではあるが、しかし、目は中央の一点から目をそらせてはいけないのだから、結構、ハードである。

左右それぞれをするので、最終的には30分かかった。

結果は、左目は正常、右目の一部に視野の欠けている部分があるという。

医師によると、「右目は緑内障の可能性があります」とのお話であった。

とはいっても、懸念するようなレベルではないらしい。

しかし、私が異常を感じて眼科に行ったのは、左目がぼやけるというか、かすんでいて、視力が出ないから、というのがそもそものきっかけである。

いつの間にか、問題が左から右に移ってしまった。

視野検査では左目はOKだというから、結論としては、白内障と黄斑前膜が何らかの悪さをして、左目がぼやけてしまったということだ。

その証拠に、白内障の進行を抑える目薬を1週間さしていたら、かなりよく見えるようになったのである。

白内障の初期段階であれば、目薬で回復することもあるらしい。

今後、ずっと目薬をさして白内障を抑えながら、様子見をするとの「治療方針」が下された。

結局は、たいしたことはなかったことになる(汗)。

実は、「視野検査」と最初に聞いたとき、
「あなたの発想は視野が狭い」
といったニュアンスで語られる”視野”のことを連想して、少しばかりイヤな気がした。

検査を受ける前は、もし、検査を受けた結果、私の考えが狭量だと指摘されたら不愉快だと、内心、憂うつであった。

バカげた話ではあるが、それにしても、検査結果が心配すべきものでなくて胸をなでおろした。

 
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11月14日(火)

横綱の日馬富士関が、同じモンゴル人力士相手に暴力行為に及んだらしい。

なんでも、酒の席で、横綱がビール瓶で頭を殴ったという。

よくも、全治2週間程度の怪我で済んだものだと、ある意味、感心する。

横綱は今日から休場するとのことであるが、相応の処分は免れないようだ。

モンゴル人は日本人と同じモンゴロイドで、基本的には、お酒に強くない人が半分はいると聞く。

厳密に言うと、アルコールを分解する酵素を遺伝子として持っていない人が約50%ということになる。

それで、アルコールが入っているときに、何か気に障ることがあると自分を抑えきれないで、暴発する事件もよく起こるようだ。

白人や黒人の間では、遺伝子としてアルコールを分解する酵素が備わっているのが前提だから、モンゴロイドにはお酒の強くない人がいると言われても、アンビリーバブルとなるらしい。

アルコールをすぐに分解できるかどうかは遺伝子の問題なのだから、弱い人がお酒に強くなろうというのは、どだい無理な話である。

日本国籍をたとえばイギリス国籍に変更することはできても、遺伝子を変えるなんて不可能だ。

お酒が強くなるための努力をするよりも、話題を豊富にするとか、聞き上手になるトレーニングをするほうが、好ましい結果が期待できる。

ひと昔前は、他人に飲酒を強要する場面がいろんなところで見られたが、昨今はアルハラとして非難の対象になっている。

当然のことだ。

それにしても、日馬富士関は先場所では唯一の横綱として踏ん張っていたのに、今回の失態は残念というしかない。

 
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11月13日(月)

今日、今年初の喪中欠礼ハガキを受け取った。

毎年のことであるが、これを目にすると、押し詰まってきつつあると感じる。

しかも、晩には、さる団体でお世話になったかたのお通夜に参列してきた。

おそらくは200人を超えていたと思われる参列者の中に、ちょっとした変わった人がいた。

僧侶の読経に唱和する形で、自分もお経を読んでいるのである。

それが、僧侶とは微妙に、いや大胆にずれているのである。

しかも、僧侶よりも先に文言を唱えるというフライイングに及んでいるほどから、どちらが通夜式を執り行っているのかわからない。

不謹慎ながら、笑いをこらえるのに神経が集中してしまった。

かなりマイペースの人なんだろう。

私よりも年齢は上のかたのようだが、家庭の中でも、孤立しているのではないか。

おそらくは良かれと考えてのお経の唱和なのだろうが、シチュエーション的には全く合っていない。

見ていて、私も気をつけなければいけないなと感じた。

いいことだと思ってやっていることが、逆効果になっている例は多いことと自分でも思う。

「他人のふり見てわがふり直せ」の言葉をあらためて噛みしめている。

 
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11月12日(日)

今朝、散歩をしていたら、バイクに乗った二人組に声をかけられた。

ハンドルを握っているのは野球のユニフォームを着た若い男性である。

後ろに、妻なのか彼女なのか、同じ世代と見られる女性が乗っている。

男性が私に、
「〇〇北公園野球場はどこですか?」
と尋ねてきたのである。

まさに〇〇公園を散歩していたのだが、野球場なんて見たことも聞いたこともない。

そのことを伝えたが、
「〇〇公園というのは間違いないんですけど・・・」
と、私のほうを疑わしそうな目で見詰める。

地元の人間だから、野球場が本当にあるのなら、いくら情報に疎い私でも気がつくはずだ。

カラオケボックスの所在を問われてもわからないかもしれないが、広いスペースの野球場ならわかって当然。

だから明確に、
「この公園には野球場はありません」
と歯切れよく答えた。

するとそのバイクはあきらめて、私と逆の方向に走っていった。

5秒も経たないうちに、その男性の声で、
「〇〇北公園野球場は・・・」
と言うのが聞こえてきた。

どうやら、私のことを全く信じてくれていないようだ。

私は、「わかりません」でなしに、「ありません」と答えたのだから、他を探すように暗にすすめたつもりだ。

なのに、また5秒もしないうちに、彼の
「〇〇北公園野球場は・・・」
と尋ねる声が風に乗って聞こえてくるのだ。

2人に聞いて2人とも知らないのであれば、自分の情報が間違っていると気づきそうなものだが。

その後がどうなったかはわからない。

それにしても、二人とも携帯電話を持っていなかったのだろうか。

野球をするのだから、ほかにも行く人はいるはずだし、また、ネットで検索すれば、今いる公園には野球場はないことが判明するはずなのに。

夕方になって、念のために「〇〇北公園野球場」で検索してみたら、
「○○北町野球場」
が検索結果として出てきたので、謎は解けた。

全然違う場所だが、名前が酷似しているので彼らも混同したのだろう。

よく似た地名を付けるのがまずいのか、あるいは、世の中にはあわて者が多いということなのか、それは私にはわからない。

 
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11月11日(土)

秋になると、イモ類がおいしくなる。

サツマイモとジャガイモは、ほぼ毎日食べるようにしている。

おいしいし、栄養もあるからだ。

ただ、皮をむくのが手間である。

いっそ、皮ごと食べるようにすれば、皮むきの工程を省くことができるのではないかと考えた。

たしか、サツマイモなどは、私が子供のころは皮のついたままで食べるのが普通であったと記憶している。

ただ、衛生上の問題が気になるので、ネットで調べてみた。

意外なことに、サツマイモもジャガイモも、皮の部分に滋養分がたっぷり凝縮していると書かれていた。

だから、しっかり洗ってから茹でて食べれば、残っている土も流されるから、衛生上の問題も心配無用とのこと。

ということは、皮をむいて捨てているのは、味覚の点はともかく、栄養分をムダにしていることになる。

早速、ジャガイモを茹でての試食をしてみた。

皮の部分を噛んだときの感触が気になるといえば気になるが、そんなにおそらく慣れれば自然に受け入れられるだろう。

手抜きのために思いついたことだが、健康にプラスになる結果が得られた。

世の中には、私の知らないことがいっぱいだ。 


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11月10日(金)

今晩、ちょっとした集まりがあるので、昼間に散髪に行った。

「集まり」といっても合コンではない、念のため。

ウイークデーの昼間に散髪をしてもらうなんて、おそらく学生時代以来のことだと思う。

客は私一人かなと思ってお店に入ったら、すでに先客がいた。

店長がその客の髪を刈っていた。

こちらでは、店長とその息子さんがカットをして、店長の奥さんが洗髪や髭剃りなどの手伝いをする役割分担になっている。

店長の息子さんのほうが、私にはありがたい。

というのは、作業中に客に話しかけることはほとんどないし、終わった後のマッサージのサービスがある。

なんでも、肩のコリの強い人にはより時間をかけてやってくれるようだ。

店長はおしゃべりというのではないのだが、どうも私の仕事や家庭の中のことを、根掘り葉掘り尋ねたがる。

近所だけに、あまり知られたくないという思いが私にはあるので、うっとうしい。

また、仕上げの髪型に必要以上にこだわり、いろんな角度から眺めて、細部までハサミを入れる。

こんなことは口に出しては言えないが、過剰品質なのである。

さして時間をとるわけでもないので、またか、といった思いで見ているが。

今日は、うまいぐあいに息子さんのほうに当たってラッキーであった。

まさか、こちらから指名することはできない。

単に、店に入ったときのタイミングの問題だから、運だけの勝負である。

今日は、ぐっすりと昼寝をし、最後は手とマッサージ器の両方でもって、肩と二の腕を揉んでくれた。

さわやかな秋空のような気持ちで、店をあとにした。

 
18 : 13 : 29 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

11月9日(木)

先日、日本年金機構から封書が届いた。

内容は、
「あなたは年金を正式に受け取ることのできる要件を満たしたので、書類を提出するように」
とあった。

11月で満65歳を迎えるので、12月から支給期間がカウントされることとなる。

年金の支給は2か月まとめて偶数月に振り込まれるので、来年の2月には満額が入ってくる。

ざっと、今までの倍になるので、これは私にとっては大きい。

2月と言えば最も寒い時期だが、振り込まれたら、気分は明るくなるに違いない。

忘れないうちにということで、請求の手続きにとりかかった。

と言っても、同封されていた葉書に、氏名と住所を書いて返送するだけである。

ただし、郵便切手は自分で貼らないといけない。

理屈を言うなら、本来は、書類を出せと言ってきたほうが切手を貼っておくなり、受取人払いの処置をとっておくべきだと思う。

しかし、そんな自己主張をしていたのでは、支給が遅れてしまい、結局は自分の得にならない。

仕方なく、お年玉つき年賀状で当選した52円切手に、10円切手をプラスして送ることにした。

そして、夕方の散歩のときに、投函してきた。

ポストに入れただけのことであるが、その瞬間、自分の人生のステージが飛躍的に上がったようなそんな気がした。

 
19 : 01 : 57 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

11月8日(水)

昨日の続き。

朝一番に、家の近所の眼科に行ってきた。

あえて近所を選んだのは、おそらく眼底検査を受けるだろうと考えてのことである。

瞳が開いた状態が続くので、普通に歩くのにも気をつけなければならない。

少しでも、自宅に近いほうが安全だと思ったからである。

家からゆっくり歩いても3分とかからないところにあるクリニックで、朝の8時半から診察を受けられるというから助かる。

オープンとほぼ同時に入ったら、さすがに、私が最初であった。

もしかしたら、今日の患者は私だけかもしれないな、とそのとき思った。

医師は、極めて事務的な人で、愛想もないし、無駄話は全くしない。

花粉症なのか、鼻をズルズルさせている。

大丈夫かなとの一抹の不安を覚えつつ、多種類の検査を受けた。

やはり、今日の測定でも、左目だけが視力の矯正がきかないと言われた。

医師の話では、症状としては、左右とも白内障と黄斑前膜(おうはんぜんまく)が進行しているらしい。

黄斑前膜とは初耳だが、要は網膜の上にさらに薄い膜ができていて、右目よりも左目のほうがその症状は強く出ているとのこと。

とはいえ、黄斑前膜の程度は心配するようなレベルではないので、それが左目だけが視力低下している原因かどうかは不明のようだ。

来週、視野検査をやってみて、それで治療方針を出していただくこととなった。

パソコンモニターに映し出された自分の目を見ていると、ゲゲゲの鬼太郎の父を思い出した。

彼にとってはほぼ全身が目であるから、目の調子が悪いとなると、最悪の場合、命取りになる危険性がある。

妖怪に生まれなくてよかった。


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きのうからがんばっている"最後の一葉"


 
18 : 33 : 00 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

11月7日(火)

最近、遠くのものが見えにくくなってきたので、メガネのレンズを入れ直そうと思い、メガネ店に行った。

あれこれと時間をかけて視力測定をしてもらって、最後に店員さんの口から出てきた言葉に驚いた。

「左目に目の疾病があるのではないかと思われます。
眼科で診察を受けられてはいかがでしょうか。」と言われたのである。

なんでも、右目のほうは矯正をすれば1.0まで戻る、という。

しかし、左目は、レンズの調整だけでは0.3までしか見えないらしい。

おそらく、左目のほうに何らかの疾患があって、それが原因ではないかとのこと。

普段は両目でものを見ているので、まさか左目だけがそんなトラブルに陥っているとは、気づきもしなかった。

言われれば、特にパソコンの画面を集中して見ていると、左目から少しばかりの涙が出てくることがあった。

以前から、両眼に飛蚊症があるものの、トラブルを感じることなんて全くなかった。

早速、明日、眼科に行く。

ドライアイ程度であれば安心だが、白内障となれば手術を受けなければならない。

あるいは、網膜剥離とでも言われたら、奈落の底に突き落とされてしまう。

なお、店を出るとき、その店員さんは、
「お役に立てず、申し訳ございませんでした。」
深々と頭を下げてくださった。

こちらのほうこそ、1円も出さずに、アドバイスだけをいただいたのだから、お詫びをすべきである。

目の治療が無事に終わったら、必ず、このお店でメガネを作る決心をしたことは言うまでもない。

 
18 : 59 : 58 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

11月6日(月)

日課の玄関前の掃除をしていたら、通りかかった老婦人から声をかけられた。

年のころ、80歳は超えているとおぼしき、上品な空気をたたえた女性であった。

スーパーでやってる、野菜の詰め放題セールで血眼になっている場面は、とても想像できないような印象のご婦人である。

私のほうを見ながら、「おきれいになさってますね」と、にこやかに話される。

うかつなことに、その人がどなたであるのか思い出せない。

近所付き合いは両隣さんだけしかないので、おそらくはOさんだとは推測するのだが、確信はない。

もとより、私には相貌失認症の傾向があり、顔を覚えるのが苦手である。

動物園の飼育係の人が、多くのサルがいてもそれぞれをしっかりと区別ができると聞くと、超能力を目の当たりにしているかのような驚異を覚える。

ただ、その女性にしてみれば、「声なき声」家の前で箒を持っているオジサンはこの家の住人だと特定することは、極めて自然である。

逆に、私のほうにしてみれば、かつて一度か二度しかお目にかかったことしかない人であれば、気がつきようがない。

だから、私が戸惑ったのも無理はないと、心の中で自己弁護した(汗)。

せっかく女性から声をかけていただいたので、「台風がきつかった」「風が強い」「最近は晴れの日が続く」といった日常会話を、さも古くからの知り合いのような親しげな口調で交わした。

ささやかな心の通い合いを感じたひとときであった。

 
18 : 27 : 31 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

11月5日(日)

今月11月は、私の誕生月である。

この月になると、いろんなお店からクーポンが送られてくることである。

スーパーやメガネ店、レストラン、行った記憶のない焼き肉屋など、さまざまな業種からDMがやってくる。

スーパー銭湯からも、無料入湯券が来るが、これが一番の楽しみである。

早速、今日、行ってきた。

おそらく、11月の上旬というのが、スーパー銭湯には最適のシーズンではないかと思う。

暑いときは汗を流せるので気持ちがいいが、サウナはかなりこたえる。

寒いときは露天風呂に浸かっていると蘇生する思いがするが、銭湯を出てから帰宅するまでに寒さが戻ってくる。

今日など、暑くもなく寒くもなく、うってつけのスーパー銭湯日和であった。

私にとって、一番のリラクゼーションの場はスーパー銭湯である。

友人の中には、スタバがそうだというのがいる。

また、高速道路のサービスエリアで休憩するのがベストだ、というのもいる。

さらには、水族館が安らぎの場だという人もいた。

人によってくつろぎの場はさまざまである。

日本シリーズで血まみれの猛追を演じたDeNAのラミレス監督は、今日は、ファミレスで家族と団欒を楽しんでいるのだろうか。

 
18 : 43 : 43 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

11月4日(土)

私は、なるべく土曜日に、父の入っている病院に行くようにしている。

父にしてみれば、そうすることで、今日は土曜日であるとしっかり認識できるだろう、と考えてのことだ。

困ったことに、最近は、曜日感覚が薄れてきたようだ。

その対策として、「土曜日は息子が来る日」との意識を持ってもらおうと考えてのことである。

しかし、今朝も、「今日は何曜日か?」ということを何回か問われた。

何食わぬ顔で「土曜日」と答えたものの、父の記憶力はかなり衰えてきたように思う。

ただ、食欲のほうは、2週間ほど前から、急に出てきたらしい。

それまでは、実のことろ、ご飯もひと口かふた口しか食べられなかったという。

最近は、見違えるように食欲が出てきて、ほとんど残すものはないらしい。

私も、そういえば、涼しくなってからにわかに食欲が増進してきた。

真夏の間、空腹という感覚を失ってしまったような時期があった。

特に、ことしはエアコンのない夏を経験しただけに、食べる量は激減した。

しかし、昨今では、食事直後の2時間を除けば、すぐにでも食べられる状態になっている。

食欲の秋とはよくいったものだ。

秋に食欲が増す理由としては、さまざまな説が言われている。

1. 日照時間が少ないので、食べることでセロトニンを増やして、精神の安定を保とうとするから

2. 秋は食べ物がおいしくなるから

3. 冬は食べ物がなくなるので、秋のうちに食べだめをしておく動物としての習性があるから

どれが正解なのかは私にわかるはずはないが、秋の美味を心ゆくまで楽しみたい。

なお、四季のない国や地域では、「食欲の秋」などという発想も言葉も存在しないのだろうか?

 
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11月3日(金)

昨晩、息子のところに赤ちゃんが誕生した。

3,600gの女の子である。

息子一家は神奈川に住んでいるので、すぐに赤ちゃんの顔を見に行くことはできない。

送られてきたメールを何回も読んで、喜びを深めた。

これで私には4人目の孫となる。

万々歳ではあるが、ただ、息子が来年からアメリカに転勤になる。

具体的な話は未定だとのことだが、ひと月前に内示があったときは、アメリカのテキサス州だと聞いた。

期間は2年だけということだが、来月にも現地に飛ばなければならないらしい。

息子の意思としては、子供も連れて家族みんなで赴任する、と言っている。

しかし、生後一か月ちょっとの赤ちゃんを連れての長旅は、あまりにリスキーではないか。

現地に着いてからも、赤ちゃんが体調を崩したときのことを考えると、医療システムも違うし、言葉もほとんど通じないのに、大丈夫なんだろうかとの心配がある。

私の妻も説得したようだが、息子の気持は、いまのところ変わらない。

思い返すと、息子が大学受験のときに、四柱推命の占い師に診ていただいたことがある。

よく当たると評判の人であった。

いろいろな予測の中で、
「この人は、将来、親と離れて暮らすことになります」
というのがあった。

確かに、東京の大学に進み、東京本社の会社に勤め、今回は、日本を遠く離れた地で生活することとなった。

息子がこの世に生をうけた瞬間から、アメリカ行きのことは決まっていたのだろうか。

その占い師はお亡くなりになっているので、いまとなっては確認のしようがないが、四柱推命は科学なのかもしれない。

 
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11月2日(木)

会社生活を終えて良かったと思っていることの一つに、気兼ねなく昼寝ができる、ということがある。

昼食後、眠けに襲われたときは、躊躇なく、枕を引っ張りだしてきてうたたねをする。

時間にしてみれば、短いときは5分ぐらい。

今日は、30分を超えてしまった。

目覚めたときの心地よさは、言葉にはし難い。

何よりも、起きてからテキパキと行動できるのがいい。

最近は、日本シリーズが佳境にあって、試合を最後まで見た後、スポーツニュースまで見ているので、どうしても眠りにつく時間が遅くなる。

だから、睡眠不足がたまっているのかもしれない。

なんでもアメリカの大学で「睡眠負債」なる発想が打ち出され、話題を呼んでいる。

昼寝で睡眠不足を解消するのも有効らしい。

期せずして、私は「睡眠負債」の考えが導き出した解決策を行っていることになる。

ちなみに、”うたたね”の定義は、
「寝るつもりはなく、うとうとすること。」(by wiki
だそうである。

だとすると、私の場合は、意図して眠ろうとしているのだから、”うたたね”ではなく、単なる”昼寝”ということになるのだろうか?

私は、寝転んで仮眠をとるのだから、”うたたね”(転寝)だとばかり思い込んでいたのだが・・。
 
それに、”うたたね”という言葉の響きが気に入っている。

”昼寝”よりも情緒が漂っているではないか。

 
18 : 37 : 23 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑

11月1日(火)

年賀はがきの発売が始まった。

年末モードが高らかに宣告されたような気がする。

高齢の父のこともあるので、買うにしても、12月の中旬になってからだと思う。

勤務していた会社関係者への年賀状をどうするかということも、考えておかなければならない。

6月30日まで勤務していたので、暦では、ちょうど半年分になる。

これが迷いどころで、たとえば10月末まで勤めていたというのであれば、ほぼ1年間だから、躊躇なく年賀状は出す。

あるいは、今年の2月末で退職していたなら、逆に退職して約1年となるので、去る者日々に疎し、年賀状は欠礼させてもらうのだが。

まさに、中途半端の典型だと、われながら感心する。

なお、世間では、年賀はがきを出す人が年々減っていると聞く。

メールもあるし、SNSもあるから、「おめでとうございます」を伝える手段には事欠かない。

私も、あえて郵便はがきで送る必要はないと感じている。

とりわけ、会社勤務のときなど、正月休みが終われば顔を合わせるのは確実なのだし。

とはいうものの、たとえば学生時代の友人で、40年以上も全く会っていない人からの年賀状には、実家に帰ったような安心感を覚える。

そうなると、勤務していた会社の人たちとの縁も切りたくないから、生きている限り、送り続けることになるのだろうか。

ひと月ほど、あれこれと考えてから、結論を出そうと思っている。

 
18 : 48 : 12 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
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声なき声

Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、千里ニュータウン在住。   

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