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1月20日(月)

昨晩、寝る直前に、ある受信メールに気がついた。

あの前理事長からのものである。

用件は、「明日の朝、隣の民家との境界標を確認するので同行願いたい」というものである。

要は、お隣さんが塀の工事をした後、境界標が埋ってしまっていたら困るので、それがちゃんと外から見られる状態なのかどうかを現場確認する、という趣旨である。

もちろん、お隣さんが工事に着手される前に、その点は前理事長からも申し入れている。

実際にそのとおりに行われているかどうかを、この目で確かめておきたいとの思いから、今朝の確認を行ったものである。

ただ、お隣さんの工事はずっと以前に終わっているのだし、もっと早くに確認しておけば、前日になってあわてることもない。

一応、念のために私のスマホで写真を撮っておくように言われた。

そして、その写真を前理事長にメールした後、彼女から返信メールがあった。

おそらく単なるお礼のメールだろうと思って中を読んでみたら、
「今日の報告のために、今晩の理事会にオブザーバー出席します。」
と書かれていたので、思わず二度読みしてしまった。

実際に複数の人間が現場に行って確認すること自体は、私は無意味だとは思わない。

しかし、だからといってあえて理事会に本人が出席してまで報告するべき性質ものではなかろう。

私も理事会メンバーなのだから、私に報告を頼んでおけば済む話だ。

おそらく、自分自身が会議に出たいとの思いから発したものなんだろう。

彼女がしゃべりだしたら20分や30分はすぐに過ぎてしまう。

ほかにもあらかじめ用意された議案がある。

今晩も理事会が遅くなることは覚悟しておかなければならない。

それにしても面白い人だ。


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以前に境界のことでトラブルがあったらしい
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1月19日(日)

仕事でも家庭生活でも、順風満帆で毎日が進んでいるというのはむしろ少ないだろう。

大小はともかくとして、何らかのアクシデントに襲われるのは避けられない。

私は、毎日、朝と晩に血圧を測定することにしている。

朝はモーニングサージの現象が出るので、測定数値が高めに出るのが一般的であり、医師もその点は含んだうえでご覧になっている。

夜は、気分がリラックスしていることもあって安定した数値が出るので、バランス感覚の上からも朝の数値を注視されているようだ。

つまり、私にとって血圧測定は非常に重要な位置にある営みだということになる。

だから、おろそかにしていると、治療への意思があるのかどうか疑われかねない。

そんな事情を抱えた私がアクシデントに直面した。

昨日の朝にいつもどおりに測定しようとしたら、なんと電池が完全に切れていて、血圧計が立ち上がらない。

実は、5日ほど前に一旦電池切れのサインが出たものの、電池を本体からはずしてしばらく置いておくことで、リカバリーを図ってきていたのである。

それで、なんとかだましだまし使っていたのだが、いよいよ残っていたエネルギーもすべて枯渇してしまったようだ。

ウンともスンとも言わなくなった。

予備の電池を探したのだが、見つからない。

災害の直後は意識して予備の品を備蓄していたものの、喉元過ぎれば熱さを忘れるもので、すっかり意識に残っていなかった。

要は、最後の電池が切れてしまったのである。

コンビニに走れば済む話だが、朝早くの寒い時間帯に外に出るのは億劫だ。

白旗を上げて降参し、暖かい時間帯になってから買いに行こうと誓った。

・・・・しかし、それっきり忘れてしまって、次に気がついたのが夜の血圧測定のときであった。

夜も同様、やはり外は寒いし、風呂上がりだから湯冷めでもしたら風邪を引いてしまう。

そんな言い訳でもって、あきらめてしまった。

結局、買ったのは今日の午後になってからのことであった。

必要なものはメモ書きをしておく、という教訓が、私の中で活かされていなかったのは恥ずかしい限りである。

自責の念に駆られつつ、夕食の準備にかかったら、調理用タイマーのボタン電池が切れているのに気がついた。

取るに足らない些細なアクシデントではあるが、これも続くと自信喪失につながるものだ。



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10年の保存が可能だというから災害対策にも役立つ
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1月18日(土)

医療保険の代理店から封書が送られてきた。

先進医療特約の申し込みをしていたのだが、その手続きのための書類であった。

ネットから申し込んだのは昨年の暮れのことであったが、手続きが始まったのはこの時期だから、巨大な組織がやることというのは時間がかかるものだ。

私が先進医療特約に関心を持ったのは、ずばり、「多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術」があるからである。

社会保険では適用外となっているので、本来は費用は自分で持たなければならない。

だから特約の形をとって対応している医療保険が出ている。

要は、白内障の手術を受けるとき、水晶体をごっそりと入れ替えることになるのだが、その際、特殊なレンズを使えば、近くでも遠くでも焦点を合わせることができる、という先進的技術なのだ。

つまり、遠近両用眼鏡をつけているのと同じ形になる。

ただ、眼鏡の場合は、私が経験しているのだが、遠くと近くといずれも焦点を合わせるとなると無理が出てくる。

近くを合わせた場合、眼鏡をかけて歩くと足元が危うく感じられるのだ。

その点、目そのものを入れ替えれば、自然と遠方も近くも見ることができる、という。

これは便利だと直感的に思った。

とにかく、今は老眼のほうが辛くて、パソコンモニターや本の文字が見えづらいのだ。

近視だけであれば、眼鏡で矯正をかければ、さほど不便ではない。

そんなわけで申し込んだのだが、今日受け取った注意書きを読むと、保険開始の時期は5年後となっている。

つまり、白内障の手術は5年以上経ってから受けないことには、先進医療特約は使えないのだ。

一瞬は迷ったものの、これで進めようと決めた。

私の年齢での平均余命は18年と言われている。

すると、5年が経ったときでも、まだ13年の人生を残しているのである。

QOLの高い生活を楽しむためにも、そのときのために万全の健康コンディションを整えておくつもりだ。

そうした目標があるからこそ、やりがいも持てると思う。

ただし、その5年の間にルールが変わって「多焦点眼内レンズ」が先進医療からはずれてしまったら、あるいは、医師が使用を認めないようであれば、私の壮大な夢は水の泡となってしまうが(汗)。



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保険料の追加はひと月99円である
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1月17日(金)

血液検査の結果をうかがいに、クリニックに行ってきた。

総合的に見て、貧血の指標となっている数値はすべて改善している。

5,6年前の健康そのものであったときの数値にはまだ足りないものの、最悪の状態と比べれば著しい進歩だ。

処方の鉄剤を増やしたのがよかったのか。

医師からは、鉄分を示すFeが86μℊと出ていて、これは合格ラインに入っているものの、男性であれば100は欲しいと言われた。

やはり、日常生活での鉄分摂取が少ないのが原因らしい。

ただ、自分の意識としては、鉄分が豊富に含まれているとされている食材は、積極的に摂っているはず。

おそらく、食べたもののデータをとっていくなら、過去の人生ではなかったほどの鉄分摂取を試みていたのは一目瞭然だ。

だから私の心の中では釈然としない。

ひと月前から、鉄剤を2錠に増やしたのが今回の好成績の結果だとしたら、薬からは鉄分摂取ができたものの、食べものからはできなかった、との結論に至る。

ということは、一生、鉄剤を飲み続けなければならないことになってしまう。

私の体のどこかに何らかの問題があって、それが食べものから鉄分をとれない仕組みを作りだしているのか?

その疑問を解決するための第一歩として、来週に胃内視鏡検査を受けることとなっている。

一つずつつぶしていくしかない。

なお、今日は検査結果を聞くだけであったので、かかった費用は0円であった。

もし血圧の測定でもしていれば、それは「診察」になるだろうが。

考え方としては、血液検査をしたときにすでに結果説明にかかる費用も含んで支払っている、ということなのかもしれない。

とにもかくにも、今日は無料で受けられて飛び跳ねたいほど喜んでいる私は、やはり小人物なのだ(汗)。



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鉄分を摂りたい一心で小松菜もたくさん食べたのだが
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1月16日(木)

”木で鼻をくくる”という言い回しがある。

無愛想で冷たい態度をとることを、そんなフレーズで表現している。

気になって由来を調べてみたら、そもそもは
”木で鼻をこくる”
と言っていたのだが、いつの間にか”こくる”が”くくる”に化けてしまったらしい。

”こくる”というのは昔の言葉で、今で言う「こする」の意味を持っていたそうだ。

その語源が興味深い。

なんでも、モノがなかった時代は、鼻水を拭くときも木の枝をこすりつけていたらしい。

ティッシュなどはあろうはずがなかった。

想像するだけで痛々しく感じるものだが、まさしく木で鼻をこすったときの顔の無表情ぶりから
”木で鼻をこくる”
が生まれた、との説を目にした。

言われてみれば、なるほどという気がして妙に納得できる。

同時に、言葉というのは古くからの歴史を抱えていることに、感慨めいた思いを禁じ得ない。

以前に勤めていた会社に、文字どおり”木で鼻をくくった”話し方をする男性がいた。

もちろん、社外の人とはそれなりの話し方をしていたのだが、同じ会社の人間が相手だと実にそっけない物言いなのだ。

私より一つか二つ若いだけだから、ほぼ同年齢と言っていい。

彼が恋愛をしたときや子供が生まれたときは、どうであったのだろうか気になる。

なかなか頭のいい人間であったし、仕事ぶりは真面目そのものであったが、社内ではほとんど仏頂面をしていたことを思い出す。

もし彼と再び会ったら、やはり同じ話し方をするなのだろうか。



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今なら彼とは以前とは違った接し方ができると思う
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Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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