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8月17日(金)

久しぶりに涼しい一日であった。

せっかくだからと、いつもの散歩コースを少しばかり変えてみた。

本当ならまっすぐに歩いている道を、辻のところで曲がってみるというレベルのものだが、ちょっとした冒険である。

暑いときにこれをやった場合、もし道に迷ってしまったら炎天下で長時間にわたってさまようことになる。

熱中症がこわい。

だから、今日のようなタイミングでないと冒険はできない。

折り返し点からの帰り道で、順路をはずれて手前の道を曲がってみた。

方角的には、直進すればマンションに着くはず。

迷子になっても、スマホのGPSで何とかなると思い、細い道を前進した。

閑静な住宅街ではあって、商店もレストランもカフェもない。

人通りすらほとんどない。

好奇心がわいてくるのを感じつつ進むと、見慣れた車道が目に飛び込んできた。

間違いない。

そこからは、ちょっとは遠回りになるがマンションまですぐである。

知らないことを知ったというのは、結構、達成感のあるものだ。

散歩コースのマイナーチェンジは脳を刺激することになり、認知症予防にもプラスになると聞いたことがある。

満足度の高い散歩であり、冒険であったと思う。

しかし、いま逃亡中のお騒がせ人間にとっては、逃げ切りたい気持ちしかなく、初めての道を通っても心のときめきなんて全くないだろう。

いずれはつかまるのだから、少しでも罪が軽いうちに出頭するほうが本人のためなのだが。


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静けさに包まれた住宅街であった


 
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19 : 25 : 58 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

8月16日(木)

マンションに住み始めた当初から、不思議に思っていたことがあった。

ほんのときおりだが、物を動かしたり、引っ張ったりする音が聞こえてくるのである。

運送便のドライバーが、配達の品を持ってきたにしては、その時間が長過ぎる。

資源ごみの収集日でもない。

時間帯で言えば、夜が多い。

それが、今日は夕方にその音が聞こえてきたのである。

チャンスとばかり窓から覗き込んだところ、原因がわかった。

私の部屋の近くにトランクルームがあって、それを契約している人が荷物の出し入れをしている音なのである。

わりと、晩にこの作業をする人が多かったのだが、たまたま今日は、外が明るいうちにトランクルームの作業をする人がいたので、原因究明に至った次第である。

音というのは生活の中では重要な位置にあって、マンション生活の場合、ともすればトラブルの種となったりするものだ。

私が気をつけているのは、朝の5時過ぎからつけてるテレビのボリュームのことである。

もしほかの部屋の人にとって大音量であれば、迷惑をかけていることになる。

夏のことで窓は開けているので、音が伝わりやすいこともあり、このことには神経質になっている。

そんな私の心配にお構いなく、テレビのCMは通常以上にボリュームを上げているようだ。

しかも、早朝の時間帯は回数も多いと来ている。

その都度、音量を下げなければならない。

下げたままだと、肝心のニュースが聞こえない。

だから、また音量を上げる。

朝はこれの繰り返しだ。

実にムダなことをしていると自分でも思う(汗)。

 
19 : 20 : 29 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

8月15日(水)

終戦の日であった。

私も中学生頃までは、両親から戦争体験をよく耳にしていた。

父も母も原体験としての戦争を知っており、子供ながらに説得力を感じたものである。

母からの話は、決まって空襲のことであった。

当時、母の一家は大阪市内に住んでおり、米軍の攻撃目標とされていた。

夜中に大きな空襲警報が鳴り、焼夷弾が投下される中、泣きわめきながら防空壕まで駆け込んだという。

空襲が何回も繰り返されるうち、「いつ死ぬかしか考えないようになった」との述懐は私の記憶にこびりついている。

想像を絶した恐怖であり、何十年経ってもその恐ろしさは忘れられないと語っていた。

高校野球の試合開始のサイレンが鳴ると、母は耳をふさいでしばらくは席を離れていた光景を思い出す。

殺されるかもしれない危機に直面した母と違って、父の戦争体験はのどかな雰囲気をたたえている。

昭和18年の秋に志願兵として入隊し、広島で訓練を受けていたが、実際に戦闘行為の場面に出たことは全くない。

軍隊には人を殴るのが趣味のようなサディストもいたが、粗食とはいえ1日3食が与えられ、夜は寝る場も提供されていた。

貧乏農家の七男坊にとっては、半ば天国であったかもしれない。

父が軍隊で死を意識したのは8月15日のこと。

日本が無条件降伏をし、軍隊が武装解除されることとなったとき、「全員殺される」との話が伝わってきた。

単に末端兵士の噂だけではなく、軍隊の将校クラスからも正式に通告があって、大事に温存してきたタバコやお酒を宴会で大放出したほどである。

この世の最後の宴席というわけだ。

ちなみに、父がタバコを吸い始めたきっかけがその宴会であるから、これも一種の戦争被害と言えるかもしれない。

もちろん、宴会だからといって死の恐怖が紛れるわけがない。

父が何度も語っていたが、「明日殺されると思ったら、すでに生きている気がしなかった」と。

しかし、武装解除にやってきた米軍は、兵隊に食事やお菓子などを与え家に帰らせたのである。

当時の日本軍の幹部クラスでも、戦時国際法を知らなかったのか、あるいは厳密に実行されているとは考えていなかったのだろう。

ちなみに、父が米軍からもらったお菓子の中にチョコレートがあって、これは珍しそうだからと土産がわりに家に持ち帰って、皆で分けて食べたらしい。

すると、家族全員、次の日の朝まで目が冴えて眠ることができなかったという。

当時はチョコレートのカフェイン含有量が相当に多かったのだろう。

ところで、昭和20年8月15日に日本が降伏した事実が国民に公表されたところから、”終戦の日”と言い慣わされている。

アメリカでは、日本が降伏文書に調印した9月2日を”対日勝戦記念日”にしている。

8月15日以降も、解体されたはずの日本軍は、当時のソ連軍と樺太で戦っていたのだから、必ずしも戦闘行為が終ったという意味合いではない。

国際法の上では、昭和27年4月28日のサンフランシスコ平和条約で多くの国との戦争状態が終ったことになるらしい。

考え方はさまざまだが、中華人民共和国は9月3日を”抗日戦争記念日”と定めているのは明らかな間違いだ。

1945年の時点では、中華人民共和国という国はできていなかったのだから・・・。

 
19 : 15 : 51 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(12) | page top↑

8月14日(火)

物忘れがひどくなってきた私であるが、ごみ出しの日はきっちりと覚えている。

マンションに越してきて収集日が変わっても、忘れたためしはない。

私にとってごみ出しは趣味であり、人生の意義実現であり、ストレス解消であり、とにかく特別な意味合いを持ったイベントなのである。

ごみは朝の8時までに出すことになっているので、私は7時前後に所定の場所までごみ袋を持っていくようにしている。

同じことを考えている人は多いせいか、たくさんの人と出会う。

そのつど、すれ違う人とは挨拶を交わしている。

ほとんどすべての人が挨拶を返してくれるが、必ずしも全員というわけではない。

今朝も、ごみ出しを終えて玄関に入ろうとしたら、自転車を押しながら逆に出ていこうとしている人に会った。

高校生か大学生ぐらいの男の子である。

自転車があるとドアを開けにくいだろうと思って、私が開けて押さえておいた。

彼が通り抜けるときに、「あはようございます」と言ったのだが、全く反応はない。

器の小さい私のこと、礼の一つぐらい言ってほしいと心の中では不満に思った。

あるいは留置場から逃げ出した犯人かもしれないと思って、彼の顔をまじまじと見たら、耳にイヤホンを入れていたのである。

なるほど、もしかしたら椎名林檎さんの音楽に聞き入っていて、心ここにあらずの状態であったのかもしれない。

私からの挨拶の言葉は聞こえなかったはずだ。

理由がわかって、なんとなく安心した。

 
19 : 17 : 43 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

8月13日(月)

昨晩、大阪府警の富田林署で留置場から被疑者が逃げ出すとのニュースがあった。

お盆の静かな空気を一変させる事件である。

まだ被疑者段階なのできめつけはできないが、筋金入りの凶悪事件で留置されていたという。

著作権法違反や駐車違反でつかまっていたわけではなく、何を仕出かすかわからないリスクがある。

この4月にも、松山で刑務所から脱走した事件があったばかりだ。

あのときは、海を泳いで渡ったという予想外の逃げ道があったが、今回はどうなのだろう。

大阪の場合、人がたくさん集まる場所なら防犯カメラは間違いなくついているし、電車に乗って逃亡しようとしても、顔写真が公開されているので通報される恐れは十分にある。

ネットカフェにこっそり泊まるにしても、顔が知られているからリスクが大きい。

黒のジャージーのままでずっと逃げ続けるのは無理だろう。

松山の事例よりもはるかに逃走の条件は厳しい。

で、私がこの事件について大きな違和感を持ったのは、大阪府警のWEBを見たときのこと。

事件情報」のページでは
---------------------------------------------------------------------------
被留置者逃走事案の発生[富田林警察署]
8月12日、被疑者は、留置中の富田林警察署の施設の一部を、何らかの方法で壊して逃走しました。
被疑者は男1人です。
---------------------------------------------------------------------------
と書かれているだけであった。

もちろん、WEB担当者にしてみれば、自分の落ち度でも何でもないし、悪いのは逃げた人間であるのは確かだ。

ただ、あまりに客観性を装い過ぎではないか。

ひとごとのような扱いをしているようにも感じられる。

大阪府警では3,000人態勢で追っているというのだから本気なのは理解できるが、WEBでももっと切迫感を持たせた書き方があって当然だと思うが。


20180813.jpg
身長163㎝だから私と一緒である

19 : 19 : 31 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
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声なき声

Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

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