FC2ブログ

4月20日(土)

今日の当地の最高気温は22度であった。

天気晴朗の状態で外を歩いていると、うっすらと汗をかくほどだ。

寒いのが苦手の私も、今日ばかりは日本語に”暑い”という言葉があることを思い出した。

とはいえ、私は昼間もセーターを着て出かけた。

油断するとすぐに寒気に襲われるからである。

街を歩いている人々の姿を見ても、実に多様だ。

薄いコートを着ている人やら、半袖シャツで闊歩している人など、その違いはあまりに大きい。

温度差に対する強さや弱さというのは、人それぞれで千差万別である。

こういった季節の変わり目など、個人差というものがあることを見せつけられる。

個人差が明確にあらわれるのは、ほかにも、お酒が強いか弱いか、絵を描くのが上手かそうでないか、スポーツが得意か下手か、好みの異性のタイプなど、それこそ枚挙にいとまがない。

飲酒運転の取り締まりにあたっては、運転手ひとりひとりに対してアルコールの許容量を測定するなんて現実には無理だから、一律、息の中のアルコール濃度が一定量を超えていれば処分の対象とされる。

これは仕方ないと思う。

個性の尊重は大切だが、しかし法律の世界では話はは別だ。

夏や冬になると、節電のためにというので、エアコンの設定温度を決められた数値に厳守させている事務所は少なくない。

これも、暑いのが苦手な人や寒さには我慢の限度があるという人には苦痛かもしれない。

ちなみに、私が勤めていた会社では、一応は会社で夏も冬も設置温度が決められていたのだが、現実には各部屋の裁量に任されていた。

すると、これは自然な成り行きかもしれないが、最も耐性のない人の希望に合った室温になってしまう。

冬はぽかぽかしており、片や、夏は冷気に充ちた空気の中で仕事をしていた。

これでは、会社として意図していた省エネの効果が出てこない。

大げさな話かもしれないが、実際の仕事の現場で規律が守られていないようであれば、ガバナンスも疑わしくなる。

個人差は認めつつも、工夫をすることで対応すべきではなかったかと、今頃言っても仕方ないが、今日の気象を見ながらしみじみと感じた。

 
20190420.jpg
納豆の好き嫌いも個人差が大きい

スポンサーサイト
20 : 16 : 03 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑

4月19日(金)

久しぶりに、学生時代の友人と会って夕食を共にしてきた。

総計4名ではあるが、うちひとりは40年以上のごぶさたである。

ほかの二人も、総入れ歯になったとか、白髪が増えたり、タヌキのようにお腹が出てきたり、目を覆わせるほどの変貌ぶりである。

私は、そもそもが人づきあいが苦手で、さらにコミュニケーション能力もないものだから、気軽に電話して飲みに行こうということができない。

人の輪に入り込むのは苦痛であったし、いまだにその意識は強く残っている。

豊かな人間関係を作ることができなかったから、必然的に友人の数も少なく、学校時代のプライベートタイムも誰かとしゃべっているよりも、一人で本を読んでいるとか物思いにふけっている時間のほうが長かった。

そして、それが苦痛でもなく、むしろ居心地が良かったのである。

今までの人生を振り返ってみて、学校でも職場でも、ほとんどイジメにあったことがないのは、もしかしたら私のそんな面が効いていたのかもしれない。

ただ、仕事をやめてからというもの、人恋しいからかどうかはわからないが、やたら学校時代関係の集まりに顔出しするようになり、それでもって、気心の知れた同期生同士の同窓会をやるのも面白いなと感じ始めていた。

今晩、集まったメンバーの一人に私のそんな思いをふと口にしたところ、彼が思いがけずに積極的に身を乗り出してきたところから、今日の集まりとなった。

いわば同窓会発起人の会合ということになる。

言うまでもない話だが、気の置けない人間同士の食事というものは理屈抜きに楽しめる。

飲むことや食べることを忘れてしまうぐらいに、時間の経つのも早い。

1時間程度のつもりが、気がつけば3時間を超えていた。

午後の5時からスタートしたのに、思いがけず、遅くなってしまった。

11月に正式の同窓会を開くことに4人で決めて、今日は散会した。

これで、一つの目標ができたことになる。

 
21 : 30 : 05 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

4月18日(木)

圧力鍋でカレーうどんを作った。

塩分がたくさん含まれているカレールーではなく、塩分を少ししか含有していないカレー粉末を使った。

私が塩分過多を気にしていたのをご覧になった読者のかたからアドバイスを頂戴し、その情報を参考にさせていただいた次第である。

圧力鍋を買ったときについていた取扱説明書には、圧力鍋でカレーを煮てはいけないと書かれていたので、その注意を忠実に守り、ジャガイモ、ニンジン、タマネギと豚肉だけを最初に煮た。

そのプロセスを終えてから、普通の鍋と同じ扱いで、うどんとカレー粉末、そして片栗粉を入れて温めて完成である。

カレー粉末の量をどれぐらいにすればいいのか見当がつかないので、小さじ1つだけにしておいた。

これで塩分量は0.004ℊなので、ゼロと同じである。

ウドンは0.4ℊだから、両者を足しても1ℊを切っていて、全く塩分については問題はない。

なお、だし汁は、やはり塩分の関係で使わず、普通の水を220㏄入れた。

なんとか出来上がったが、一応はカレーの風味は味わえた。

が、やはりカレー粉一さじだけというのではカレーとしての味覚を楽しむまでにはいかなかった。

また、水の220㏄というのは量が多かったようである。

圧力鍋だから調理中に蒸発して失われる水分は極めて少ないので、張り切って大量に入れる必要はない。

水が多過ぎたせいか、シャブシャブ感が強かった。

片栗粉でとろみを出したつもりだが、あまり効いていなかった。

次回は、カレー粉は小さじ2つ、水は180㏄で試してみるつもりだ。

私の場合、料理については、自分が納得できれば味覚にはさほどこだわる必要がないので、その点は気楽だ。

それにしても、圧力鍋は便利だ。

人間がかかりっきりにならなければならない時間は限られているので、任せておけば、後は自動で調理をしてくれる。

フライパンで野菜を炒めるのに比べると、実に大きな省力化になった。

いい買い物をしたと思う。


20190418.jpg
粉末100ℊあたり0.2ℊの塩分含有量とのこと

 
20 : 20 : 44 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑

4月17日(水)

今朝、期日前投票を済ませてきた。

前回に引き続き、これで2回目である。

慣れてきたからか、本来の投票日でないのに票を投じることへの特別感は大幅に薄まった。

今後も期日前を意図して続けていきたい。

当地は市長と市議会議員の二つであり、どちらも大事な職であることは当たり前だが、選ぶ側としての緊張感は市長候補の名を書くときのほうが強いものがあった。

首長だから一人しかいないので、最終責任者の位置づけになる。

その点、議員は何十人もいるので考え方や意見は多様なものがあり、それらがバランスをとることで大きな過ちをおかすことはないと期待できる。

当地の市長選も、大阪府知事や大阪市長と選挙と同じ図式で、両陣営が真っ向からぶつかっている。

ただ違うのは、当地では片方が現職の市長であり、また、都構想の直接の対象市にはなっていないことの二つである。

だから、今回の結果がどうであれ、”都構想に対する市民の評価”を示しているものとは言えないだろう。

そんな気がする。

投票を終えて帰るときに頭に浮かんできたのだが、もし自分の一票でもって市長を決定するというシチュエーションになれば、こんな気楽な気分では名前を書けなかったはず。

自分の投票が最高責任者を決めるとなれば、責任と重圧で神経がまいってしまうかもしれない。

投票日が近づいてきたら夜もぐっすりと眠れなくなるに違いない。

今まで投票と同じ一票であっても、その重みは全く違うことになる。

そんな思いをめぐらせながら、投票所を出るときに意味もなくもらってきた”投票済証”を、ポケットの中で握りしめた

 
20 : 15 : 36 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑

4月16日(火)

月に1回か2回、決まって訪問する先がある。

そこに行くときは車で行くのだが、駐車するところは決めてある。

スーパーや歯科クリニックなどが入っている商業ビルの駐車場だ。

そのついでと言っては何だが、ほぼ毎回、入居しているパン屋さんで100円パンを幾つか買っていく。

今の時代、100円パンは珍しくはないが、そのお店は味がいいというので近所の評判もいいようだ。

警察署がすぐ近くにあり、宿直の警察官が夜食がわりに、あるいは夜勤明けに朝食としてよく買いに来るとの話も聞いた。

今日行ったら、午後3時過ぎという時間なのに、ほとんど残っていないのには驚いた。

時間的に言って、待ったところでパンの追加は当分はないはず。

私が好きなフランスパンのような細長いパンも品切れである。

残っているのは菓子パンばかり。

仕方なしに、サンドイッチとピザパイを買って帰った。

なお、100円パンとはいうものの、今月の1日から110円に値上がりしている。

ただ、10円を上げただけでお店の商売の採算がとれるのだろうか。

それて帳尻が合うというのなら、少々の無理をしてでもコストダウンを図って値上げ回避ができたのではないか、という気もする。

パン経営には全くの素人だから無責任な発想かもしれない。

今の売値ではどうしてもやっていけないというのならば、いっそ20円ぐらい上げておくほうが、効率がいいのではないのか。

客の立ち場からすれば、100円のものが10円上がろうが20円上がろうが、心理的に受けるダメージにはそんな大きな違いはないと思う。

お店にしてみたら、10円の値上げだけで収益を改善できるからとの判断であったとしたら、それは良心的だから賞賛に値する。

しかし、また2年後ぐらいに「再度10円上げます」などと言われると、客にしてみたら、その打撃は大きいと思う。

真相はわからないが、どうも直感的には中途半端な値上げではなかったか、という思いが濃厚である。


20190416.jpg
ピザパイを家まで持ち帰ったら少し干からびていた
20 : 18 : 31 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
| ホーム | 次ページ

プロフィール

声なき声

Author:声なき声

昭和27年に生まれ、平成29年に職業生活をリタイヤ。 現在、北摂のマンションに在住。   

月別アーカイブ

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する